Summer-days [6] [6] 長い髪、両手で持ったカバン。その少女が入ってきた瞬間、教室はざわめいた。 「あー、静かにするように。今日から編入してくる、本間 恵美さんだ。」 「あ、あの、本間 恵美です。よろしくお願いします。」 教室がまたざわめいた。当然だろう。恵美みたいなきれいなやつはこのクラスでも1人か2人しかいなかったからな。 「じゃあ、あっちの健一のところに座ってもらおうか。」 「あ、はい。」 恵美は、健一の隣においてあった机に座った。 「一樹。」 「なんだよ?」 ひそひそ声で話す。 「あの子かわいくね?やばいよ、マジで。健一がうらやましいぜ。」 「あ、うん。まあ、そうだな。」 うらやましいか、確かにそうだな。 「じゃあ、連絡事項がいくつかあるから連絡するぞ――」 5分ほどペラペラと連絡事項を言って休み時間となった。 「はぁ・・・」 俺は、目の前の景色に愕然とした。恵美の席の周りには、他の男子が群がっていた。いろいろなことを聞いていた。休み時間がこれじゃ、学校で話すのは無理そうだな・・・ いろいろな人が私に声をかけてきた。好きなものとか、どこに住んでるのかとか、そんなことを。どこに住んでるのかというのは明かさなかった。だって、一樹君の家に住まわせてもらっているんだし。だから、当然電話番号も教えなかった。ていうか、なんで電話番号なんて・・・ 「なぁなぁ――」 また質問?もうやめて。私は、一樹君のほうをチラッと向いた。一樹君は1人で本を読んでいる。あんなに本は読まないって言ってたのに。ああ、こんなのが毎日続くの?嫌だよ・・・学校ってもっと楽しいものじゃないの?ねえ、一樹君・・・ほんの2メートル離れてるかはなれてないかぐらいの距離しかないのに、私の心の声は、一樹君には、届かない・・・ 授業開始時刻になっても人だかりはいっこうにおさまる気配を見せない。健一は、気まずくなったのか、廊下へ出て行ってしまった。まあ、あいつは、ああいうの嫌いだったからな。人だかりとか。そんなことを考えていると、教室のドアが開いた。 「おい!もう授業開始時間だぞ!まったく、受験生なんだからけじめぐらいつけろ!」 こうして、いつものように授業は始まった。恵美がいたらなにかが変わると思っていた。だが、それは俺の思い過ごしだった。何も変わってはいない。 正直なところ、俺は恵美と話したい。たくさんのことを話したい。だけど、無理だ。俺なんかには無理だ。絶対。はぁ・・・自分にイライラしてきた。ここぞという時に何もできないなんて。あ、俺は自分が嫌いなのかも・・・ もし恵美に「自分が嫌いだ」と打ち明けたらいったいどんな言葉をかけてくれるだろう。そんなことを考えながら、恵美のほうを見る。恵美は、先生の板書したことをノートに写しているらしい。俺はしばらく、ボーッと窓の外をなんとなく眺めていた。そんな時、 「おい、堀川!」 自分の名前を呼ばれ、俺はふっと我に返った。 「今、話を聞いていなかっただろう?ほら、前に出てきてこの問題を解いてみろ!」 俺はしぶしぶ前に出た。黒板には、「3(x+3y+2)−(2x−8y+5)」と書かれていた。なんだ、夏休み前の復習じゃないか。えっと、まず・・・ってあれ?何をするんだっけ? 「やっぱりな。解けないと思ったよ。話を聞いてないやつに、この問題が解けるはずないからな。」 解けないと思ったなら指すなよ。と、心の中で文句を言っておいた。 「席にもどれ。」 「はい・・・」 「じゃあ、本間!この問題を解いて!」 恵美が俺が座ったのと同時に前に立つ。 「えっと、まずこの式は――」 と、恵美がすらすらと問題を解いていく。 「――となるので、答えは『x+17y+1』となります。」 「うむ。正解だ。さすが編入テストに合格しただけのことはある。よし、席にもどれ。」 恵美が静かに席に戻る。今ので、恵美に対するクラス全体の好感度も上がったことだろう。 「いいか、堀川!この問題が解けていないんじゃ、到底入試では通用しないぞ。しっかり復習をしておくんだぞ。」 って言われても、やる気が起きないんです、はい。 「じゃあ、次は因数分解の復習だぞ!教科書の30ページを開いて!」 いつもより先生の声がやかましく聞こえる。まあ、いつもやかましいと思っているわけだが、今日のそれは、さらにやかましく感じた。ああ、こんなのもう嫌だ。授業時間は、まだあと40分も残っている。最悪だ。いっそ、寝て過ごしてしまおうか。ああ、夏休みが始まる前、俺は決意したはずだ。「入試の関係もあるし、せめて授業態度ぐらいはしっかりしておこう」と。しかし、その決意は、夏休み明けに見事に崩れ去った。まだ今この時が夏休みだったら・・・ずっと、恵美と一緒にいられたら・・・ はっ!俺は、俺は・・・恵美がいなければ何もできないんだ。それってただの弱虫?だが、そう言っても過言ではないだろう。ということは、知らない間に、こんなにもあいつのことを―― そして、知らない間にあいつのことが―― 「こら!堀川!何度言ったら分かるんだ!」 ちっ、ったくうるせえな。 口に出したくて出したくて仕方なかった。しかし、そんなことをすればどうせ怒号で跳ね返ってくるだけだ。俺は必死に耐えた。「奴」の怒号に。「奴」はまだ怒っているのか。こんなことをしている間に復習を進めろよ。ったくよ、んなことも分かんねえのかよ。 「知らないぞ。受験に落ちて、泣きわめくのはお前なんだからな。」 「・・・」 「じゃ、授業を進める。次は公式の2つめだ。」 公式の2つ目ですか、俺には興味がありません。そう、この学校には何もないのだ。あるといえば、うざったらしい「奴」、それから嫌みったらしい「奴」、人の秘密を人前で平気でばらす「奴」、女子には人気があるが男子にはまったく人気がない「奴」、面白い話をしているつもりなのだろうが、まったくウケず、授業中に何度も何度もスベる「奴」、あげていったらキリがない。とにかく、この学校にはいいものなんて一つもないのだ。唯一いいものがあるとすれば、それは―― [前へ][次へ] [戻る] |