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小説
cocco ココナッツ


 ※ 死ネタ。シャマル+スクアーロ。


「生きてゆくにはなぁ、倫理も、道理も必要はない」
ニコチン中毒の男はそう言って腕を伸ばした。
白衣がはためく。
「善悪は重要じゃねぇんだ」
怠そうに、しかし、軽やかな口調だ。
「…愛だ何てチンケな事言ってんじゃねぇぞぉ」
オレは目を伏せた。
風が強くて、髪が顔に掛かる。夏だというのに、風は冷たい。秋の足音が耳を擽る。
「んー…それがなぁ、そうでもないんだよなぁ?」
腕を頭の後ろで組んだ。煙草の煙が細く、緩やかに、まるで白い龍のようにくねり、流れる。枯れ葉にも何処か似た、甘い香り。
じゃあ、と、答えを求める前に与えられた。
「人殺しでも愛される、それが重要だ」
踵を使って振り向いた。顔は、不思議にも笑っていた。
オレは耐えられなくなって、堰を切ったように、涙を流した。温かい滴は直ぐに、風に冷えて頬を伝った。
ああ、そうだぁ。それが、重要だぁ。
「オイオイ、泣くなよ。三十路の男が」
だから、だ。哀しい。哀しい。哀しい。オレは、アンタは。愛された?愛されなかった?わからない。わからない、自分が人殺しという事以外は、知らない。
罪も罰も、オレ達には追い付けない。あるのは、躁鬱だけだ。なのに、流れ着く先には、何があるだろう。
アンタは、何か、あったのか?アンタの流れ着いた先には。
「ti.amo」
凪いだ瞳が、口ずさむ。時代遅れの、レトロなラブソング。その一節だけを歌う。
「泣かせた回数も、殴らせちまった回数も、覚えちゃいない。だけどな、大丈夫だ。確かに、あった」
青い葉の匂いが全てを鮮やかに彩っていた。音の全ては同じ比重を持っていた。
「恋人は、居た。家族のようなもんも、出来た」
骨ばった手が、煙草を捨てた。靴底で消した。緋色の点は黒く炭になった。
「そんだけだ」
哀しくは、なかった。哀しくはなかったのだ、この、人間、は。哀しんでいるのは、錯覚で、しかし、幸福と呼ぶには、余りにも孤独ではないだろうか。
「はは、だから、泣くなって」
足音は軽い。柔らかい羽のように。
「子どもみたいだぞ、お前」
「るせぇよ」
「オレンジのチョコレートか?パンナコッタか?ココナッツのジェラートか?」
煙草と、女の体にばかり触れていた手が、滑らかな石に触れた。
「ガキじゃねぇ」
「ガキじゃなくても、人生に甘いもんは必要だ」

達観して、いるのか。いないのか。悲しんでいるのか、いないのか。受容して、いるのか、いないのか。












自分の墓碑に手を触れた男は、その二週間後に命を終えた。












「…妙なものを埋めるな」
「ああ」
土を薄く被った棺桶に、それぞれオレンジチョコレートと、パンナコッタと、ココナッツのジェラートが入った箱を落とす。
深い長方形の穴は、触感と反比例して、暖かな枯れ葉の色をしていた。
「…どうせ死体共々虫の餌だ」
「人生には甘いもんが必要なんだとよぉ」
「煙草の間違いじゃねぇのか?」
「肺癌で死ぬ奴がんな事言う訳ぁねぇだろぉ」
オレの父親役を演じたまま死んだ色ボケの医者は、ありふれた片田舎の丘に埋めた。
今は故人の愛人達が大勢集まって代わりを勤めているが、来年になれば、色ボケの養分を吸って辺りには鮮やかな花が咲くだろう。
オレは埋葬が終わるか終わらないかの内に、恋人と一緒に抜け出して、最寄りの街に行った。
人生に必要だという、甘いもんを食う為に。










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