小説 birra ビール 熱めの湯に浸かって、よく冷えたビールを飲む。昼間からだと、尚更贅沢で有意義な時間の使い方だ。 この何とも言えず素晴らしいプランは、日本に住む雨の守護者・山本武の父から教わった。 日本人の発想力は本当に素晴らしい。湯船に浸かる習慣が余り無い西洋人では絶対に思い付かないだろう。湯船に浸かって血行を良くし、疲れた体をほぐす。東洋の文化に加え、日本に昔からあるという社交場としての温泉。そこでは、風呂に浸かりながら酒を飲むという風習がある。 そこから派生したのだろうという話を聞いて、本気で感動した。 日々XANXUSの暴虐に耐える自分を労う為にも、と行っている内に、今では生活の中のちょっとしたオアシスになっている。 休暇中は必ず一回はこれをやる。やってしまう。やらずにはいられない。 「あー…美味いぜぇ…」 今日は朝食を食えとがなるルッスーリアを無視して、昼近くまで惰眠を貪った。起きてからのろのろと風呂を用意し、ビールと濡れても構わない雑誌を持ち込んで現在に至る。今日は邪魔をするベルも任務で居ない。実に快適な時間が流れている。 つい、酷く開放的な気分になり、こんな完璧な時間が次に何時得られるだろうか、と思い、飲めるだけ飲もうと決心し、スクアーロはまた新しくビール瓶の栓を開けた。飲んで空になる度に、瓶を床に置いていく。 三本程が床に並んだ所で、スクアーロはすっかり酔っていた。 だが、酔うと人は冷静な判断力を失う。そこで止めておけば良いものを、意地になってもう二本、床に空き瓶を転がしてしまったのが、そもそもの間違いだった。 聞いている方の頭がおかしくなりそうな、そんな速さでキーボードを叩く音が部屋を満たしていた。 実際、ごく平均的な頭脳の持ち主が一日でやれ、と言われたら、思わず首を括りたくなる程の量の仕事が、尋常でない速度で処理されていた。 正に超人的な働きぶりを見せているのは他ならぬXANXUSで、眉間には深い皺が刻まれている。 広い机の上には冷め切った珈琲の入ったカップや山積みにされた書類、それから酒瓶と目薬などが並んでいた。 だが恐ろしい事に、膨大な量の仕事の内、三分の二以上は既に片付いていた。内容はボンゴレが運営する会社の事務処理で、眉間の皺はある末端会社の営業成績の悪さが原因だった。頭の良さが殆ど化け物じみている。 机の端にある電話が鳴った。出ると、聞き慣れた声。 『いよ゛ぉ、XANXUSぅ』 「…何だ?」 『今から部屋ぁ、来ねぇかぁ?気持ち良いぜぇ?』 異様だ。これが電話越しの相手に対する率直な感想だった。 「…カスザメ。酔ってやがるな」 『あ゛ー?まだ酔ってねぇよ。今、風呂ぉ、入ってんだぁ。お前も来ねぇかぁ?』 昼間から、風呂。そして酒。自堕落の見本とも言える状態のスクアーロに対して呆れる。それでも暗殺者か、というところだが、最早怒る気にも起きない。 「カスが。わざわざ電話するな」 一方的に電話を切り、パソコンの電源を落としてから、XANXUSはスクアーロの部屋へと向かった。 呆れたが、普段自分から誘ってこないスクアーロの誘いが嬉しかったのも事実だ。万が一誘いではなかったにせよ、ここで食らい付いた所で責められはしないだろう。 滅多に態度には出さないが、XANXUSは十六の頃からスクアーロに惚れている。嬉しくない訳がなかった。 スクアーロに会う為なら、もう殆どが終わっているとはいえ仕事すら投げ出してしまう自分に呆れながらも、XANXUSはスクアーロの部屋のドアに手を掛けた。 鍵は掛かっておらず、ドアはすんなりと開いた。部屋の中程までが水浸しになっていて、電話を取りに濡れたまま移動したのだろうと容易に想像出来た。電話線は風呂場まで続いている。 「…おい!カ…」 「う゛ぉおおぉい、来たかぁ、XANXUSぅ!お前も入れぇ!」 風呂場のドアを開けた途端、酒臭いスクアーロがいきなり抱き付いてきた。風呂に入っていたので、当然びっしょりと濡れている。よって、当然XANXUSも思いっ切り濡れた。 「…ドカスが…朝から胃に何も入れねぇまま風呂に入って飲みやがったな?」 床に転がる瓶の数からも分かるが、これではかなり回り易かった筈だ。元々、スクアーロはイタリア人にしては酒が強くない。 完全にただの酔っ払いと化しているスクアーロを見て、誘いではないかと僅かでも期待してしまった自分は馬鹿か、とXANXUSは自己嫌悪に陥った。 「騒ぎてぇだけならルッスーリアだろうが誰だろうが誘え。俺は仕事だ」 スクアーロを引き剥がし、XANXUSが舌打ちをしながら風呂場を出ると、今度は後ろから抱き付いてくる。背中まで濡れ、XANXUSは顔をしかめる。 「んー、だけどな゛ぁ、オレ、はぁ、お前が好きだからな゛ぁ。誘いたかったのはお前だけだぁ」 「…犯すぞカス」 「風呂入るかぁ?明らかに会話がかみ合っていない。何故かは知らないが、兎に角俺を風呂に入れたいらしい。 「…入る。先に戻ってろ」 [次へ#] [戻る] |