カイとソウ《2》
*


恢しか、見てないのに。





濡れて、つやつやとした唇。
そこを滑る赤い舌先。
綺麗に弧を描くのに、僕を見つめる瞳はちっとも甘くなくてじりじりと焦がすような熱さがある。


ああ、怒っているんだ。


わかったけど、どうしようもなくて恢の首に腕を回した。
引き寄せて肌に頬を押し付ける。
じわりと伝わる体温は変わらず気持ち良い。
「……そうやって、甘えればいいのに」
「え…?」
少しだけ和らいだ雰囲気に顔を上げる。
「そーたと居たいから選んだけど」
擦り合わすようにくっついた額。
目の前には切れ長の目。
「もう、やめる」
小さな、でもはっきりとした声が唇を撫でる。
「恢?」
軽く触れた唇はすぐに離れて、また触れる。
優しい感触なのに、ざわざわと胸の奥が騒ぐ。
「…なに、やめるの」
情けないほどに掠れて震えた声を包むように触れた唇。
「モデル」
あっさりと告げて、浸入した舌を含まされて絡め取られる。
くちゅくちゅと掻き回す音はいつもと変わらない。
慌てて頭を振って恢の唇を振り切った。
「そーた」
むっ、と寄った眉間に不機嫌さを感じたけど…
「だめ…っ」
それよりも。
「そんなの、だめ」
カメラの前に立つ恢の姿。
きらきらした照明の中は遠くて、別世界。
あの中での恢は僕の恢ではなくて、モデルの山崎恢。
触れない。
近付けない。
たくさんの視線の中、期待と羨望を向けられて、それに潰されることなく立つことが出来る。
求められてそれ以上に魅了することが出来るなんて、きっと稀有な存在。
簡単にやめるなんて、出来ないはず。
それに…
「どうして?そうすれば前みたいにそーたと一緒に居られる」
当たり前みたいに告げられた言葉。
それにも違うと首を振る。
「そーた?」
違うよ。
違うんだって。
喉の奥が詰まったみたいになって、上手く言葉が出てこない。
でも、違う。
「だって俺の中はそーたが居ないと空っぽなんだよ」
そうじゃなくて。
「そーたが迷うなら」
「違う!」
ぎゅうぎゅうと抱き締めてしっかりとした肩に顔を押し付ける。
「そーた?」
「違うよ、恢」
張り付いた僕を剥がすことなく体を起こして抱き締め直す。
「やめたら、だめ」
「…そーた」
大きな掌が背中を撫でる感触は優しくて、僕の甘えも我が儘も全部許容してくれそう。
だから、だめ。
「だって恢はモデルの仕事が好きでしょ」
「え…」
ああ、やっぱり気付いて無かった。
「恢は僕のことがなくても、モデルを続けてる」
だって好きじゃなかったら続けられないよ。
決して簡単なことではないはずだから。
沢山の制約と規制があるはず。
望まないことも、やりたくないことも、それでもやりきれるのは責任感だけではどうにもならないこと。
「恢はモデルをやめたら、だめ」
「そー…た」
「僕が寂しさ、とか…どうしようもなさとか、感じても…」
だってそれは僕自身で克服していかないといけないことだから。
「やめないで」
顔を上げると難しそうな表情の恢。
「そーた」
離れていってしまう怖さ。
置いていかれそうな怖さ。
追い付けない怖さ。
「でも、そーたは俺の周りしか見てない」
「っ」
ひゅ、と喉が鳴る。
その情けない音は、恢に聞こえたかな。
「俺自身を見てくれないなら、意味がない」
ぶるり…
背中を走るひんやりとしたもの。
僕の心の奥底まで暴かれてしまいそうな恢の瞳。
目を逸らすことは出来なくて、唇を噛む。
長い指が僕の唇を撫でる。
それを追いかけるように滑る柔らかな唇。
「俺はそーたのなぁに?」
「こ…い、びと」
「そうだよ…恋人だよ」
呟くように落ちた言葉。
拾い上げる前に噛み付かれた。

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