カイとソウ《2》
*



後悔をする。


どうして望んでしまったんだろうか。


あの時の、自分の言葉。



「実感、とか…」
したくなかったなぁ。
自嘲を含んだ呟きは喧騒に掻き消された。







──────

麻子さんに着付けてもらった浴衣は帯の色のお陰か、女の子らしさは薄らいでいた。
手際良く帯を締め終わったら椅子に座らされる。
「苦しくないかな?」
「大丈夫です」
「コンタクト持ってるんだっけ?」
「はい」
ミカに言われて準備していたから頷く。
「じゃあ、眼鏡は止めてコンタクトにしようか。それで前髪を上げようね」
ほっそりとした指が前髪を掻き上げる。
優しい感触に恢のお姉さんなんだ、なんて思ったりして。


コンタクトを着けて麻子さんの指が髪の毛を捻るのを鏡越しに眺める。
「オデコ出すと印象がかなり違うわね」
「そ…です、か?」
「うん。箏太くんは美人さんだからね」
「いや…」
美人の麻子さんに笑顔で言われて顔が引きつった。
「ん、よし!」
「ありがとうございます」
猫っ毛でどうにも出来ない僕の髪の毛は捻ってピンで留めるという単純作業で綺麗に纏められている。
「もし浴衣と髪の毛が乱れたら恢に直してもらってね」
「え?」
「それくらいだったら恢にも出来るから」
なんというか…
やっぱり器用なんだな。




待つように言われたリビングには誰もいなくて、なんとなく窓から庭を眺めていた。
「そーた、あの…さ」
恢の声に振り向くと固まって僕を凝視している。
「恢?」
「……っ、ちょ…」
口元を覆ってその場にしゃがみこんでしまった。
「え、ぇー…と?」
俯いて隠れてしまった顔は表情がわからないけど、髪の毛から覗く耳は真っ赤。
「あ、詠くん」
恢の後ろから顔を出したのは怪訝な表情の詠くん。
「箏太サン、久しぶり」
「うん」
「俺も一緒に行こうと思って」
「ぁ、そうなんだ」
「…で、恢は何してんの?」
「えーと」
何だろうね。
僕と恢を交互に見て、それから苦笑する。
「ぁー…、あぁ、うん。頑張れ?」
「……おー」
兄弟間では通じ合ったらしい。


それから復活した恢は相好を崩したままで。
眼差しはトロトロに蕩けてしまいそうに甘い。
「あの、さ」
「なぁに」
僕の手を当たり前のように握っている。
「手は、あの…」
「そーたはかわいーから問題なし」
「いや、でも」
恢の隣を歩く詠くんに助けを求めるように視線を遣ったけど苦笑が返ってきただけ。
「そーた」
「ぇ、え?」
反対の手が頬を撫でて顎を持ち上げる。
「詠を見たらダメ」
「!!」
ちゅ、と額から小さな音。
それから肌を撫でるように囁かれた言葉。
何がどうしてこうなった!?

お祭りの喧騒が近付いてくると気持ちが高揚してくる。
「立派な神社だね」
「んー…そうなのかな?」
首を傾げて僕の腰を引き寄せた。
「か、い…っ」
「混んでるからね」
浴衣越しの恢の体温はじんわりと温かくて安心してしまう。
夜店を覗きながらゆっくりと歩いて。
たこ焼きは3人で食べた。
恢と詠くんに注がれる視線は相当なもので、一緒にいる僕もついでに見られてしまう。
それでも恢と居ることでだいぶ免疫がついていたのか、気になりつつも気にしないようにはできた。
「そーた、かき氷食べる?」
「うーん」
そういえば、去年のお祭りでもかき氷を食べていたよね。
「恢の少しちょうだい」
「いいよ〜」
笑った恢はかき氷の夜店に向かう。
「詠くんは?」
「甘いからいらない」
「…甘いの苦手だっけ?」
「うん」
苦笑してペットボトルのお茶を飲む。
恢の後ろ姿は周りにいる人とは全く違う。
背が高いというのもあるけど、腰の位置が高くて肩幅が広い。
重ね着したTシャツの上からもわかるくっきりとしたライン。
「…箏太サン、見過ぎ」
「えっ、あ!」
詠くんに言われて思わず逸らした視線。
恥ずかしいな、もう。
なんとなく視線は爪先へ。
下駄の鼻緒は浴衣に合わせて群青色。
慣れない下駄は歩くペースが遅くなってしまうけど、地面と響く音は好き。
「あ」
詠くんの声に顔を上げた。
『氷』と書かれた大きな紙コップにこんもりと盛られたかき氷。
シロップはブルー。
それを持った腕とは反対の腕に絡まる細い腕。
見上げる位置にある恢の顔を覗き込むのは赤い浴衣を着た女の子。
ネイルを施した指が恢の頬を撫でて首に絡まった。
ふっくらとした唇がゆっくりと動く。


「来るなら声かけてよぉ」



甘えたようなその声は大きいものじゃなかったのに、すぐ近くで聞いたみたいに感じる。
一瞬、怪訝な表情をした恢はすぐにそれを解く。
眉間のシワが現れて軽い動作で絡んだ腕を離させた。
「全然こっちに帰ってこないしさ、連絡もくれないしぃ」
みんな待ってるんだから、と再び恢の腕に抱きついた。
「おー!恢じゃんっ」
「マジでっ!?」
「ちょっと〜、ユカってばなに抱きついてんのぉ!」
「だって私と恢の仲だしー」
「そんなん私だって!」
あっという間に集まった人。
恢を囲んでいるのは女の子だけではなくて、男…友達も。
「中学の同級生」
詠くんの声が耳元でする。
「同じ部活だった人と、女子バスケ部の人」
「…うん」
恢よりは低いけど、十分高い身長の男達。
体つきもガッシリしてるから現役で続けているのかも。
ぼんやりと見つめる先で、恢が腕に抱きついている女の子を離す。
それでもめげずに抱きつく。
周りはそれを見て盛り上がる。
恢に気がつく女の子たち。
頬を染めて近付いて、それから恢の名前を呼んで触れる。



「そっか…」



思わず漏れたのは何でだか笑いを含んだ声。
「箏太サン?」
肩に触れた詠くんの掌は恢よりも小さくて、軽い。
「僕が軽率だったんだなぁ、と」
皮肉るつもりはなかったのに、音になった自分の声はずいぶんと冷たかった。
去年、僕の地元のお祭りに行きたいとねだった恢。
好きな子の地元を見たいというのは本音だったと思うけど…
「見せたくなかったんだね」
「箏太サン…」
中学の同級生で、部活の仲間。
それってきっと濃い関係だったんじゃないかな。
だって、話しかける男友達には石崎に見せるような受け答え。
絡んでくる女友達は学校での対応よりは緩やかな拒絶。
「たくさん、いたんでしょ?」
「え」
「恢と関係があった女の子」
高校での恢の噂は、結構なものだった。
恢は否定しなかったし。
その更に前の中学は、聞いたことないけど…
「ぁー…」
詠くんの視線がふらりと逸れる。
肯定できないけど、否定もできない。
弟の立場では困ってしまうよね。
「…ごめん」
聞いたって仕方ない。
それに僕にも彼女はいたし。
そのことで散々迷惑をかけたし。
「箏太サン、あのさ」
「あー!詠もいるじゃーん!」
詠くんの声に被った大きな声。
「お前も久しぶりじゃね!?」
「……ドーモ」
そう言って軽く頭を下げる。
俺もバスケ部だったから、とこっそり告げて僕の前に出る。
「ホント、仲良い兄弟だよな〜」
親しそうな声に一歩下がった。
「ねぇ、恢〜」
甘えた声に顔を上げる。
恢の腰に抱きつこうとして剥がされた赤い浴衣の女の子と目が合った。
「あのコ誰?」
ネイルを施した指が僕を指す。
「さっきからすっごい睨んでくるんだけど〜」
言われた台詞に思わず恢を見た。
睨んでなんて、ない…はず。
「おっ、珍しー!恢のツレか?」
「えー?違うでしょ〜」
「そうだよぉ!恢の趣味じゃないじゃん!」
「それに釣り合わないじゃーん」
「じゃあ、趣味変わったのか!?」
被るように次々と言葉を投げられて思わず視線を逸らしてしまう。
だって、何て言ったらいいかわからない。
「うるせぇ」
低い、唸るような声がして空気が張り詰めた。
ジャリ…
地面を擦るような音がして腕が掴まれる。
「え、え、恢?」
「恢、どうしたのよ〜っ」
「怒るとか、らしくないじゃない!」
掛けられる声は綺麗に無視して少し屈んだ恢の唇がこめかみを滑る。
「ごめん」
ちゅ、と小さな音。
恢の背後に悲鳴が響く。
「詠、行くぞ」
「ん」
詠くんは軽く頷くと、僕と恢の少し後ろをついてくる。
肩に触れた恢の掌。
詠くんとは違う。
「そーた、ごめんね」
「……」
「嫌な思いさせた」
恢の苦しそうな声に顔を上げる。
「………へーき」
「そーた?」
「へいき」
「そーた…っ」
「平気、だよ」
だって、恢はここに来ることを躊躇ったんだ。
僕が来たいと言ったから、連れて来てくれただけ。
前を向いて揺れる提灯をぼんやりと眺める。
でも、やっぱり後悔した。
知ってはいたけど、見たかったわけじゃない。
我儘だとは思うけど。



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