カイとソウ《2》
*
少しの間。
それから苦笑したのか。
でも、いいよと答えてくれた電話越し。

今年は恢の地元のお祭りに行くことになった。






──────

運転席には槇原さん。
仕事先からそのまま僕の家に寄ってくれた。
慌てた僕に槇原さんは優しく笑ってくれた。
ほんわかした笑顔は癒しだと思う。
後部座席に座る恢の隣に滑り込むと、恢の指が絡むように手を握る。
肌を通して浸透する体温にほっとして力が抜けた。
それから槇原さんにミカの家へ寄ってもらうように頼んだ。
「ミカちゃん?」
きょとんとした恢がかわいくて頬が緩む。
「うん。あの、浴衣…貸してくれるから」
「浴衣」
ふ、と綻んだ表情は何というか…
甘くて甘くて、恥ずかしさで顔が熱くなる。
「じゃあ、着付けは麻姉に頼もう」
「麻子さんは着付けができるんだ」
「うん、まあ…ね」
あ、でもそうか。
恢の家みたいに大きな家だとそういうのは教養とかたしなみの一部なのかもしれない。
現にミカも普段はあんなにチャキチャキしてるけど、華道やら茶道やらは小さな頃から習っているし。
「そーたの浴衣姿、楽しみ」
「…あんまり期待しないでよ」







ミカのにやにや笑顔に見送られて車に戻ると、槇原さんが風呂敷に包まれた浴衣をトランクへ仕舞ってくれた。
暫くしたら恢は僕の肩を枕にして寝てしまったので、ぼんやりと外を眺める。
なんだかこうやってくっつくのは久しぶり。
さらりとした髪の毛に擦り寄ると触れた頬が擽ったい。
近付いた分だけ感じられる柑橘系の香り。
馴染んだそれにほっとする。
「箏太くん」
「はい」
運転中の槇原さんとミラー越しに目が合った。
「明日から暫く仕事無いから、恢くんのことよろしくお願いします」
柔らかな口調と優しい瞳。
槇原さんの持つ空気が穏やかで、なんだか素直に頷けた。
「やっぱり箏太くんと離れてると疲れちゃうみたいだから」
「…そん、な」
石崎やヤスから言われるのとは一味違う恥ずかしさ。
だって槇原さんは完璧な第三者視点だから。
「たくさん我が儘言って振り回してあげてください」
「疲れてるのに我が儘なんて…」
余計に疲れさせてしまうと思う。
「箏太くんは別枠だから、むしろドンと来いでしょ!」
にこにこと笑う槇原さんに曖昧な表情で頷いた。





恢の家に着くと麻子さんが出迎えてくれた。
恢は槇原さんと話していたから麻子さんとリビングへ。
「さっき恢からメール来たけど、浴衣はそれ?」
「はい」
「ちょっと見せてね」
リビングのテーブルに風呂敷を広げていく。
「あら」
和紙を開くと紺地に鮮やかに咲く色とりどりの朝顔と瑞々しい蔦の柄。
「ねぇ、この浴衣って」
覗き込んだ麻子さんと目が合う。
一気に上がってしまった体温で顔が熱い。
だって、この浴衣。
「あの、たぶん間違えたんだと思います…っ」
「んー…似合うと思うけどねぇ」
ふわり、と広げて肩に掛けられた浴衣。
「…で、も」
この浴衣は見覚えがあったんだ。
去年の夏祭りでミカが着ていた物。
「あ、じゃあさ」
浴衣を肩から外してテーブルに置く。
「この帯じゃなくて、ウチにあるのにしようか」
ポンポン、と肩を叩いてリビングから出ていった。
「ミカのばか…」
顔の熱さが引かないよ。

リビングのドアが開いて恢が入ってきた。
「あれ、麻姉は?」
「…帯を探してくれてる」
「帯?」
頷いた僕の頭を撫でて隣に座る。
「あの、この浴衣…ミカが着てた」
「………あぁ、そういうこと」
浴衣を見つめて苦笑を溢す横顔。
「でも、そーたに似合いそうだよね」
「……意味わかんないから」
よしよし、なんて宥めるように頭を撫でられた。


戻ってきた麻子さんが持ってきたのは濃い灰色の帯。
詠くんが使っていたものだそうで。
詠は使わないから平気、と言う恢を見つめた。
「麻姉」
「なぁに」
「かわいくしてね」
「任せなさい」
にやりと笑う麻子さんはびっくりするくらい恢にそっくりで、固まってしまった。
「かわいくとか、何でそうなんの…」
「だって、そーたはかわいーから」
「………」
理由が理由になってなくて、項垂れたら麻子さんに笑われた。


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あきゅろす。
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