espuma
恋をするということ

「どういうことだ?」

目の前で仁王立ちする慶ちゃんの顔は笑っているのに怖い。
慶ちゃんが本気で怒っている時は、なぜか笑顔になるんだ。
目を見なければ満面の笑み。
それが余計に怖い。
「奏は新倉と付き合ってんの?」




──────

ゆっくりと添えていた手を離してボクをソファーへ座らせてくれた。
「ありがとうございました」
「柊先生は?」
「慶ちゃんはまだ…」
「かな」
ギシリ、とソファーが軋んだ。
ボクの隣に葉澄先輩…
「あの…」
「ん?」
ぴったりとくっついた体が恥ずかしくて俯いた。
「かな」
俯くボクの頭を撫でる優しい手。
「かな、痛みは?」
学校から一度帰宅して、病院まで付き合ってくれた。
「ちょっと…でも、大丈夫です」
「朝、迎えに来る」
迎え…?
「え?」
そっと顔を上げたら、大きな手が頬に触れてゆっくり撫でた。
そのままこめかみを通り過ぎて髪の毛に指が潜る。
頭皮を滑っていく感触になんだかイケナイことをしているような気がして俯いた。
「かな」
ふわりと漂う馴染んだ匂い。
いつもは混雑した電車の中で感じるもの。
いまは…
いまは、髪に差し込まれた指に引き寄せられて触れる首元から。
「あの、あの…っ」
周りには人は居ないのにこの近さ。
さっきまでしてもらっていたおんぶとは感じる距離が違う。
「かな」
耳朶にふれた吐息に肩が震えた。
「柔らかい」
何が柔らかいんだろう?
頭皮を擽っていた指はするすると下がって肩を通過する。
肩胛骨も通過して腰付近で漸く止まった。
包まれるような体勢に頭がぐらぐらと沸騰してしまいそう。
「もっと」
「もももも…っ」
なにをもっと!?
「かな、真っ赤」
葉澄先輩が話す度に耳朶を擽る吐息が笑ったように揺れる。
「!!?」
しっとりと柔らかなものが耳朶を挟み込んで…
ちゅう…
微かな吸引音。
「は…」
なに?
なに?
ボクの耳朶、どうなってるの?
ちゅ、ちゅ…ぅ
繰り返される柔らかい感触。
混乱した頭を必死に動かしていたら、賑やかな足音が響いてリビングのドアが勢い良く開いた。
「かーなでー!足は大丈夫かーっ」
びくり、と体が震えて硬直した。
「け…いちゃ」
耳朶から離れていく柔らかい感触と包まれていた体温と匂い。
「奏…と、新倉?」
部屋に響くのは慶ちゃんのひんやりとした声と、葉澄先輩の立ち上がる音。




──────

葉澄先輩は慶ちゃんと一言二言、言葉を交わすと帰って行った。
また明日、と言って。

目の前に立つ慶ちゃんが怖くて俯いてしまう。
膝に置いた手をぎゅっと握り締めると、盛大な溜め息が聞こえた。
「かーなで」
ドスン、というような勢いでボクの隣に腰を降ろす。
さっきまで葉澄先輩が座っていたところ。
「奏は新倉が好きなのか?」
「…へ……は?」
顔を上げて見つめた慶ちゃんはさっきまでの怖い笑顔ではなくて、眉間にシワを寄せた困り顔。
「……さっきの、奏と新倉が居た距離は恋人がする距離だぞ」
わかってんの?と頬を摘ままれた。
「こいっび、とっ!?」
「………違うわけだろ?」
ボクと葉澄先輩が!?
ぶるぶると首を振ると慶ちゃんは溜め息を吐く。
「あのさ…奏が新倉を好きで、新倉が奏を好きで気持ちが通じ合っているならとやかく言うつもりないけど」
違うならどうなの、と静かな声が告げた。
「新倉は悪い奴じゃないよ。でもさ、それと奏が新倉に恋をするかどうかは別」
「慶ちゃん…」
「新倉みたいにモテる男に気持ちが伴わないで流されるとキツイぞ」
摘まんでいた頬から指を離すと優しく撫でてくれた。
「あの、慶ちゃん」
「なに?」
「慶ちゃんは…」
なんて言ったらいいんだろう?
唸って首を捻るボクに慶ちゃんは笑った。
「男同士で好きとか恋するとか、何で言うのか…か?」
たぶん、そんなような疑問だと思ったから頷いた。
「俺は平気だから」
慶ちゃんの話はわかり易くて、すぐに理解できるんだけど…
「え?」
いまのは全然わからない。
「んー……平気、というのは違うかぁ」
ますますわからなくて、眉間がぎゅうっと寄るのを感じた。
「俺は男にしか恋しないから」
さらりと告げた言葉を理解するには暫く時間がかかった。

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あきゅろす。
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