espuma
縮んだ距離とココロ
左足を着こうとすると痛みに顔が歪む。
「松下…こりゃ、捻挫だなぁ」
体育教師が眉を下げながら告げた。
「保健室で湿布してもらえ。おーい、浜野〜!手ぇ貸せ!」
先生の声に浜野くんが走ってきてくれた。
「捻挫っスか?」
頷いて浜野くんの肩に僕の左手を置く。
「もし飯島先生が居なかったら手当て頼むわ」
「わかりました」


保健室のドアをノックすると中から声がした。
「失礼しまーす」
「失礼します」
浜野くんの元気な声につられて僕も声を出す。
「どうした」
「転けて捻挫でーす」
パイプ椅子を素通りしてベッド座らせられた。
「松下か」
ボクを見て苦笑する。
「すみません…」
体育の度に保健室を訪れるボクはすっかり常連だ。
「じゃ、お願いしまーす」
「はいはい」
軽く答えた飯島先生に浜野くんは一礼して保健室を出ていった。
「こりゃまた…」
左足は膝から下が砂に擦れて広範囲の擦過傷。
靴下を脱いだ足首はパンパンに腫れている。
「ちーっと滲みるぞ」
消毒液を染み込ませたコットンが足を滑る。
「足…速いらしいな」
「慶ちゃん情報、ですか」
笑って頷く。
「足速いというか、逃げ足は速いというか…」
その代わりなのか、ありとあらゆるスポーツが苦手。
球技なんて開始数秒で突き指する自信がある。
「でも…持久力無いから意味ないです」
200mも走ればバテバテ。
「すぐ転ぶし?」
飯島先生は笑っている。
「……まぁ、はい」
消毒を終えて包帯と湿布を取りに腰を上げると、前触れなく保健室のドアが開いた。
「センセーベッド貸してぇ!って、カナデちゃんじゃーん!!」
タレ目を眠そうに細めていた千堂先輩の目が丸くなる。
「おまえな…ただのサボリに貸すベッドはねぇっつったろーが」
唸るように言う先生の横を素通りしてボクの隣に座った。
「どしたの〜?わぁ…痛そうっ」
ボクの足を見て眉を寄せる。
「千堂!」
「センセーうるさいよぉ」
なんだかいつもと印象が違うと思ったら前髪をピンで留めてないんだ。
「はーちゃんにお知らせ〜」
ピコーンとボクを写メに収めるとカチカチ操作して立ち上がる。
「センセー、こっちのベッド借りるね〜ぇ」
なんともマイペースな千堂先輩に先生は溜め息を吐いた。
「あんまサボるようなら柊先生に報告すんぞ…」
湿布をボクの足首に貼りながら目は千堂先輩を捉えている。
「ダメだよ〜!慶ちゃんセンセーはダメ!!」
頬をひきつらせた千堂先輩は布団に潜ってしまった。
慶ちゃん……何したの?
「それにサボリじゃないからぁ」
「んだよ?」
手は休まず包帯を巻くけど、顔は険しい。
自分に向けられてるわけじゃないのに、怖くて膝に視線を落とした。
「飯島センセー、カナデちゃんが怖がってるよ〜」
ちらりとボクに視線を寄越すと軽く膝を叩かれる。
包帯を留めて立ち上がると隣のベッドの布団を捲った。
「顔見せろ」
「やぁだ〜ぁっ」
うつ伏せで枕に顔を押し付けている千堂先輩の肩を掴むと簡単に引っくり返してしまった。
「もーっ!やだって言ってんのに〜」
文句を言う千堂先輩を暫く見て、布団を掛け直す。
「昼には戻れ」
それだけ言うとカーテンを引いてボクの方へ戻ってきた。
先生用の椅子に座ると何もなかったようにボールペンでボクの名前や来室時間を書き始める。
「擦過傷と捻挫…と」
「はい」
「けっこう腫れてるから病院に行くようにな」
「はい」
「それから」
ガラ…ッ!
突然ドアが開いた。
「………新倉」
特に何も言わずに入室してまっすぐボクの方へ来た。
「おまえもな、なんか言ってからドアを開けろよな…」
呆れたような声で注意をしても、少しだけ視線を遣っただけ。
「かな」
「は、はいっ」
手当てされた左足を見ると微妙に眉が寄った。
「あ、新倉。せっかく来たんだし、松下を教室まで連れてってくれ」
それに頷くとボクに背中を向けると腰を降ろす。
「かな」
ちょいちょいと手が動く。
「ぇ…ぇ、と…っ」
「おんぶだろ?松下一人くらいで潰れたりしないから安心しろ」
そう言って飯島先生はボクの体を立たせてしまう。
恥ずかしいのはもちろんだけど、ボクなんかおんぶしたら重たいよ…
「ああああのっ」
飯島先生と広い背中を交互に見る。
「かな」
促すような声に逆らえないボクはしっかりとした肩に手を置いた。
「あ!はーちゃ〜ん」
勢い良くカーテンを開けると千堂先輩が飛び出てきた。
「カナデちゃんのお家までちゃんと送るんだよ〜」
「えっ!ゃ、あのっ!大丈夫ですっ」
「足痛いんでしょ〜」
そう言うと包帯が巻かれた足首を軽く叩く。
少しの振動に息を詰めた。
「千堂…おまえ、ちったぁ静かにできねーのか!?」
「いたいっ!いたいからぁっ!!」
飯島先生が千堂先輩の首を掴むとベッドまで引き摺って放り投げた。
「センセーひどいからっ!」
喚いているのに構わず、カーテンを閉めてしまう。
「かな、行くぞ」
「は、い…」
肩に着いた手を首に回すとしっかりとした腕がボクの体を支える。
ふわりと浮いた体はいつもより高い視界。
「じゃ、お大事に」
「ありがとうございました」

いつもより高い視界にキョロキョロしてしまう。
眺めがいいなぁ。
「かな」
「ひゃあっ」
軽くお尻を叩かれて変な声が出た。
肩が微妙に震えてる…
「笑わなくても…」
急にお尻を叩かれてびっくりしただけだし。
「帰り、送るから」
「や…でもっ」
そんな、迷惑かけるようなこと…
「かな」
「はい…」
「かなが心配だから」
「せ、ん…ぱ」
「葉澄」
「は…す、み…」
「ん」
なんだか満足そうに頷くと足を進める。
「はす…み」
「うん?」
「はすみ…」
「うん」
広い背中は温かくて、視界はいつもより遠くを見渡せて…
「葉澄」
「かな」
「はい」
「かなは…軽いな」
ヒュッ、と喉が鳴った。
「軽い、です…か」
「かな?」
ボク…軽くなったんだ。
おんぶしてもらえるくらいに。
そっと肩に頬を寄せた。
「温かい…」
こうやって、慶ちゃん以外の人の体温をこんなに感じることは初めてで。
なんだか瞼が熱くなった。

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