espuma
会えない日
今朝の電車もかなりの混み具合。
「……ぁ…」
先輩、いないや。

ボクが熱を出して1週間。
翌日には熱も下がり、やっぱり風邪ではなかったようで。
それから毎日、朝の電車が楽しかった。
先輩と一緒だったから。
でも…
車内に視線を巡らせてもすっかり馴染んだ無表情は見付からなかった。




──────

教室に着いて挨拶をしながら席に座る。
だいぶスムーズに挨拶を交わせるようになったら、普通の会話も普通に出来るようになってきた。
「はよ………って、なに?すげー顔してんよ」
浜野くんの声に本多くんも頷いた。
「お、はよ」
なんだかすっかり疲れてしまって、椅子に座ったら大きな溜め息が零れた。
「体調悪いのか?」
心配そうな本多くん。
体調が悪いわけじゃないから首を振る。
「なんか…電車、疲れちゃって」
またまた溜め息。
「ぁー…朝は混んでるからなぁ」
坊主頭を撫でながら同意をしてくれた。
それに頷いて、やっぱり溜め息。
「でも、いつものことだろ?なんで今日に限ってそんなに疲れてんだ」
「……そ、だね…」
その通り。
昨日までの朝も電車は混んでいて、身動きできないくらい。
最初の頃は泣きそうになりながら電車に乗っていた。
それから、時々…
先輩に会うようになって。
トクン…
会うと押し潰されないようにドアと手摺りの隙間に立たせてくれて。
トクン…
先輩の胸に額がくっついちゃって…
トクン…
先輩の匂いに包まれて…
トクン…
降りる時は『かな』って呼んでくれて、優しく頭のてっぺんを撫でてくれる。
トクン…
でも、今朝は先輩がいなかったから。
「険しい顔…」
本多くんはそう言うとボクの眉間を指で押した。



昼休みになってケータイを眺めてみてもメールも着信も無い。
「松下?早く食わないと時間無くなるぞ」
浜野くんに言われて慌ててお弁当の蓋を開けた。
お弁当は毎日きちんと慶ちゃんが作ってくれている。
自分のついでだから、と言ってくれるけど。
とにかく野菜がたっぷり入ったお弁当をゆっくり咀嚼しながらだから時間がかかるんだ。
「そういえばケータイ眺めてたけど、連絡待ちなのか?」
大きな口で焼きそばパンを頬張る浜野くん。
「連絡待ちってわけじゃないけど…」
というか連絡してもらう関係なのかも良くわからない。
時々、メールが来るくらいで。
ボクからというのは無いかも…
「けど?」
浜野くんに促されてしまい、口の中のニンジンを飲み込んだ。
「……朝、一緒になる先輩がいるんだけど…今朝は来なくて」
「心配してんの?」
「心配…」
心配、してる…とは違うような気がする。
というか、ボクは心配してないの?
なんかそれはそれでショック…
薄情な人みたい。
「……朝会えなくて寂しい、とか?」
「寂しい…のかなぁ」
電車に探した姿がなくて、寂しい?
それとも心細い?
「連絡来ないんだ?」
「ぅ…う、ん」
でも…
「約束…してたわけじゃ、ないし」
あの電車のあの場所に、なんて約束はしていない。
「メールしてみれば?」
「えっ!」
「…その方が手っ取り早いというか、普通じゃね?」
「……そ、そう…だよ、ね」
ボクから先輩にメール…!
頭、ぐらぐらするかも。
「ちなみに何て先輩?俺、知ってるかなぁ」
「顔、広いもんね」
「まあね〜」
教室移動で一緒に歩いているといろんな先輩と挨拶しているから。
「んで、誰!?」
「新倉先輩」
「……えーと、も一回」
「新倉葉澄先輩……え?は、はま、の…くん!?」
手にしていたコロッケパンを力の限り握りしめたらしく、潰れたコロッケがボテッと机に落ちた。
「よりによって新倉先輩かよ」
その言葉に引っ掛かって浜野くんをじっと見た。
「俺さ、新倉先輩と同じ区内で」
頷くと、中学は別だけどと付け足される。
「なんちゅーか……一言で表せば恐ろしい?」
恐ろしい?
「無、表情だから?」
「ん〜…それも要因の1つかもしんないけど」
でも、恐ろしいなんて結び付かないよ。
「不良ってわけじゃないと思うんだけど、とにかく喧嘩が強いんだよ」
「喧嘩…」
想像がつかない。
「さすがに今は手を出す人間はいないみたいだけど、中学まではかなりのもんで」
だって…優しいよ?
「噂話で尾ヒレな部分もあるとは思うけどさ、火のないとこにはそんな噂も出ないだろーし」
優しくボクの名前を呼んでくれるんだよ。
無表情だけど…
たまに、ちょっとだけ表情も変わるんだよ。
「群れるのは好きじゃないみたいで一人でいるかな…ぁー、でも千堂先輩は一緒にいることが多かったわ」
千堂先輩も喧嘩が強くて、自分から吹っ掛けることも度々…みたい。
そんなふうな話は頭からスルスルと抜けていく。
「でも」
「松下?」
「優しい、よ」
きっぱり言い切った声は震えて情けなくて、下を向いてしまったけど。
「………そか」
悪い、そう言ってボクの頭を撫でてくれた。
「で、新倉先輩が今朝は来なかった…と」
「そう…」
「あんまりさ、人に構うタイプじゃないんだろうけど…」
考えるように言葉を切った浜野くんをじっと見つめた。
「松下は可愛がられてんだろうなぁ」
机に落ちたコロッケは片付けて、カレーパンを取り出す。
浜野くんを凝視していると軽く腕を叩かれた。
「そのにゃんこの目でじっと見るなっ!」
「にゃんこ?」
つり目ってこと?
タレてはないけど…
「無駄に心拍数が上がるわっ」
「ご、ごめ」
目を逸らして俯く。
「あーっ!違うっ、違うぞっ」
慌てる浜野くんにそっと顔を上げた。
「いやだとか不快とかじゃなくてさぁ」
困ったな、と坊主頭を撫でている。
「松下って可愛い顔してんじゃん」
「へ?」
初めて言われたことに間抜けな声が出てしまった。
「なんというか、仔猫っぽい?」
「つ、つり目?」
「そうじゃなくて…」
困ったように笑って、坊主の部分まで赤くなった。
「庇護欲をそそるというか……って俺はなに言ってんだぁっ!!」
カレーパンを口に突っ込むとすごい勢いで咀嚼して教室を飛び出して行った。
「ぇ……と」
浜野くんが消えたドアを見つめる。
なにがなんだか。
…とりあえず。
「メール…してみよう、かな」
人に対して自分から動くのは怖くて、慶ちゃん以外にはなかなかできないけど。
でも、ボクは変わりたいから。
このまま止まっていたら、慶ちゃんのところに来る前と同じだから。
「迷惑、じゃない…よね」
先輩は迷惑だったら、きっとそう言う。
うん、と頷いてメール作成場面を開いた。

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