espuma
ゆっくりと、でも確実に
緩く繋がれた指先。
隣を歩く葉澄先輩を見上げた。
ふ、と足を止めるとボクを見た。
「かな?」
ドキン…
跳ねた鼓動に顔が熱くなる。
「あの、ボク」
学校から駅までは歩くのが遅いボクの足で15分くらい。
途中にある住宅街はあまり人通りはない。
「いろいろ自信がなくて、知らないこともたくさんあって」
立ち止まっていても誰かに見られることはない。
だからなのか、言葉がポロポロと零れてしまう。
「慶ちゃんは自分で考えて決めろ、て言ってて」
なにを言いたいのか自分でもよく分からない。
でも言葉が止まらない…
「ボク…葉澄先輩のこと、知りたいです」
驚いたのかな…
僅かに瞠られた目を見ながら思う。
「それから、ボクのことを知ってほしいです」
一気に言い切って、大きく息を吸った。
それから俯いてきつく目を閉じる。
「ボク、この間までふと…太ってて、すごく太っててっ…それで」
「知ってる」
「へ…」
「かなが太ってたのは、知ってる」
顔を上げて葉澄先輩を見つめる。
「な、なん…で」
この学校で中学生の頃のボクを知っている人なんていないのに。
もしかして…
慶ちゃんから聞いたの?
「慶ちゃんに」
ゆっくり首を振って否定された。
それからまた、ゆっくり足を進める。
「入試の時、かなを見た」
「ぇ…う、そ」
受験勉強とそれまでに溜め込んだもののストレスが膨れ上がって、かつてないほど太っていた時期。
今では思い出すのも恥ずかしい姿だったボク。
それを、見られてたの?
「受験する人数が多くて、柊先生に頼まれて手伝ったから」
「ボク、覚えてない…」
くすり、と葉澄先輩が笑う。
「だって、かなはずっと下を見てた」
「う…」
「電車でぶつかった時はわからなくて」
そっと顔を見ようとしたら目が合う。
「千堂がかなに名前を聞いた時、思い出した」
大きな手が前髪を軽く撫でる。
「どうしてボクのこと、覚えてたんですか?」
だって、太っていたからってそれ以外は特に目立つことはなかった。
クラスでも影が薄くて、忘れられることもよくあったし。
それなのに…
「他の受験生とは違ったから」
「え?」
「試験が終わったのに表情が硬くて、泣きそうな顔して教室から出てきたから」
あの時そんな顔をしていたの…?
試験が終わって、校門の外にはお母さんが待っていた。
家に帰るのが嫌で。
そのまま慶ちゃんのところへ行きたくて。
「廊下で千堂と誘導してて、かなが落とした受験票を拾って渡した」
「………」
「すごく小さい声でお礼を言って、でも俯いたままで、千堂が」
「千堂先輩…?」
「ん…心配してた」
本当に驚くと声って出ないのかな。
「千堂は普段あんなんだけど、ひとの感情には敏感だから」
思わず絡んでいる指に力が入る。
ぎゅっと握ると、葉澄先輩の大きな手に包み込まれた。
「ボク、嫌で…変わりたくて…逃げたくて……それで家から遠いのに、慶ちゃんの高校だから受けてみたいって我が儘言って深水を受験したんです」
包まれた指を引かれて葉澄先輩の胸に飛び込んだ。
「試験のあと、家出して慶ちゃんの家に転がり込んで……ボク、お父さんとお母さんから、逃げ…ました」
まだ、直接話したり会ったりできないのは自分に自信がないから。
会ったら、また簡単に流されて飲み込まれてしまいそうで。
だから、面倒臭いことは全部慶ちゃんに押し付けたまま。
こんなんじゃ、ダメなんだけど。
「もっと、ちゃんとしなくちゃなのに」
呟いた言葉は情けなく震えた。
「かな」
胸元から響くテノールはボクの名前を優しく読んでくれる。
それだけで…
ここが道路だとか、誰かに見られてしまうとか、そういうこと全部が飛んでしまいそう。
「かなは真面目だな」
「え?」
葉澄先輩の言う意味がわからなくて首を傾げた。
そっと体を離すと覗き込むようにボクの瞳を見つめる。
「俺は放棄したから」
そのままボクの隣に戻るとまた歩き出す。
離れてしまった温かさに未練を感じて俯いた。
「だから、かなは凄いと思う」
優しく響いたテノール。
頭のてっぺんを柔らかくなでられた。
「葉澄せん」
「葉澄」
「……は、すみ」
「ん」
「…葉澄」

「奏」

心臓が、止まるかと思った。
葉澄先輩の声がボクを呼ぶ。
かな、ではなくて。
かなで、と。



「好きだ」




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