espuma
絡め取られる
混雑した車内から吐き出されるようにホームへ降りた。
少し縺れた足を慌てて前へ出したら転げてしまいそうになって、強い力に引っ張られた。
「ふ、ゎ…っ」
勢い良く飛び込んだ先はすっかり馴染んだ胸元。
「すみ、ま…せんっ」
「いや」
しっかりとした胸に手を付いて体勢を整える。
なんというか、周りの視線がかなり気になる。
「あっれ〜!はーちゃんとカナデちゃんだぁ」
俯いて視線を落とすと千堂先輩の声。
「おはよ〜」
ぽんぽん、と軽く肩を叩かれて顔を上げた。
「おはようございますっ」
「あはは〜。朝から元気だねぇ」
タレ目が優しく笑む。
保健室以外で話をするのはずいぶん久しぶり。
「千堂」
「ぁ〜…ごめんごめん」
絡んだ指を引かれて足を進めた。
「はーちゃん……なにそれ」
繋がれた指をじっとみつめている。
「ナチュラルに繋いでんの、おかしいでしょ〜」
「…お前に言われたくない」
「俺は恋人繋ぎなんてしませんよ〜ぉ」
恋人繋ぎ?
「なんですか、それ?」
千堂先輩の目が丸くなる。
「えー、と?」
「恋人繋ぎって…なんですか?」
千堂先輩の動きが止まった。
なんだか未知の生物を見るような目付きだよ…
ボク、変なこと言った?
「かな、行くぞ」
指を引かれて慌てて頷いた。
「カナデちゃーん、悪いオニーサンに引っ掛かっちゃったね〜」
千堂先輩と葉澄先輩を交互に見る。
「千堂」
「だぁってそうでしょ〜?気付かないとかわからないとか、そういうの逆手に取ってるのはずるいじゃーん」
「……うるさい」
纏う空気がぴりっと緊張したモノに変わった。
ボクの指を引いて歩く速さはいつもより速いもの。
「カナデちゃんはぁ、ちゃんと考えないとだめだよぉ?」
千堂先輩を見ると、タレ目が細くなる。
「はーちゃんに流されてちゅーとかしちゃだめだかんねー……………って、えぇぇええ〜!?」
千堂先輩の言葉に全身の血が吹き出すんじゃないかと思うくらい体中が熱くなった。
「はーちゃーん…信じらんなぁい!なに考えてんの〜!?」
「黙れ」
「こんな純真無垢な子になにしてんだかーっ!カナデちゃんにはちゃんと説明したのぉ?」
足を止めて千堂先輩に向き直った。
「うるさい」
ボクの指は絡んだまま、空いている手で千堂先輩にデコピンをした。
「い…ったぁ!ちょ、はーちゃん!!ひどいじゃんっ」
「うるさい」
「言うに事欠いてソレ!?面倒臭がりにも程があるでしょ〜っ」
タレ目に涙を滲ませながら額を撫でる千堂先輩はなんだか可哀想かも…
デコピンされたとこが赤くなってるし。
「大丈夫、ですか?」
「カナデちゃんは優しいねぇ」
頭を撫でられたら指を引く力が強くなった。
「も、なんなの〜…」
呆れ果てた表情で葉澄先輩を見ている。
「カナデちゃんはぁ、はーちゃんに聞く権利があるからね〜」
ちゅーの理由、と告げた。
それは…
ボクも知りたいところ。
聞いたら教えてくれるのかなぁ?
見上げた横顔はやっぱり綺麗で無表情。




──────

放課後、教室まで迎えに来た葉澄先輩と一緒に生活指導室へ向かった。
「あの…」
声をかければゆっくりとボクを見る。
「あの、手…」
当然のように絡む指はやっぱり視線を集めてしまう。
「あぁ」
頷いて前を向く。
「………」
指は絡んだまま…
それはもちろん嫌なわけではなくて、安心したりするんだけど。
恋人繋ぎの意味を浜野くんに聞いたんだ。
呆れたように、でもなぜか少し顔を赤くしながら教えてくれた。
だから…指を絡めてする手の繋ぎ方が特別なモノだと知ったんだけど…
じゃあ、どうして葉澄先輩はボクとそんな風に手を繋ぐんだろう。
浜野くんは教えてくれなかった。
教えられないと言われた。
だから、それはまだ疑問のまま。

生活指導室は初めて来た。
ノックをすると慶ちゃんの声。
ドアを開けた葉澄先輩に続いて入った。
「ちょっと待ってろー……って、奏はなにしてんだ?」
ボクに気が付いた慶ちゃんの顔が渋いものになった。
「ぇ…と、ボクも…一緒に来たくて」
盛大な溜め息を吐くと手に持っていたプリントの束を机に置いた。
「奏は先に帰ってろ」
じろりと睨まれて肩が跳ねる。
「ゃ、だ…」
小さかったけど拒絶の言葉を告げると眉間にシワを寄せてながーい溜め息を吐く。
「だーぁめ!帰ってなさい」
「やだ…っ」
首を振ると慶ちゃんは頭を掻きながらまたまた溜め息を吐く。
顔を上げて口を開きかけると生活指導室のドアが開いた。
「しつれーしまぁす」
「お、まえなぁ…声かけてから開けろっていつも言ってんだろ?」
慶ちゃんはドアから入ってきた背の高い人に文句を言っている。
「ぁ〜…、すいませんて」
ちらり、とこちらを見た顔に呼吸が止まった。
なに、この人…!
どう表現したらいいのかイマイチわからないくらい…
「かっこいー…」
目が合ったその人は器用に片眉を上げてボクを見た。
「かーなでー」
慶ちゃんの声に我に返った。
でも目は釘付け。
葉澄先輩より更に高い身長はもはや見上げる高さ。
「これ、こないだの書類」
「ん、了解」
封筒の中身を確認した慶ちゃんはその人を見上げると首を傾げる。
「箏太は?」
「教室だけど…なに、用事?」
「頼みたい」
「…今日はだめ」
静かな声で拒否を示すと僅かに口角が上がって柔らかい表情になった。
「………わかった、箏太によろしくな」
「気が向いたらね」
その表情にぼんやり見惚れていると絡んだ指が離れた。
「あ」
目の前が暗くなって馴染んだ匂いと温かさに包まれる。
「かなはこっち」
胸から響く声。
「え?」
なにがこっち?
首を傾げると空気が動く。
「…噂の従弟?」
「ん、そう」
「センセーと似てるけど、センセーより可愛いんじゃないの?」
「うるせーって。俺は可愛さが売りじゃないからいんだよ」
慶ちゃんの憮然とした声が響いてドアが開く音がした。
「新倉」
ぴくり、と葉澄先輩の体が揺れる。
「仔猫に興味はないから安心しなよ」
それからドアが閉まる音がした。
「残念…箏太だったら安心なのになぁ」
ぶつぶつ呟く慶ちゃんは諦めたのか葉澄先輩とボクをソファーに座らせた。
「なにが安心なの?」
「んー、奏と一緒に居てもらうのに安心てこと」
ボクを同席させないため?
「箏太は3年の首席でさ、かなり穏やかでのんびりだから」
「でも、ボク…行かない」
「……わーかったよ」
嫌そうな顔をしたけどテーブルに紅茶を置いてくれた。
「さっきの人は?」
「山崎恢。3年だ」
「すっごい、ね…」
迫力というか、存在感というか…
「アイツはねぇ、止めとけ」
「え?」
「面倒見もけっこういいし、よく気が付く方だけど…下手に関わると人生狂うよ」
なんだか、ものすごく不穏なこと言ってない?
「普通のヤツじゃ手に負えないってこと」
悪いヤツじゃないけどね、と付け足すと向かい側のソファーに座った。
「で、本題」
葉澄先輩が顔を上げた。
「今からこの話が終わるまでの俺は教師じゃなくて、奏の保護者だから…いいな?」
頷いた横顔はやっぱり何を考えているのかわからなくて、ボクの心臓は忙しなく走り始めた。

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