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群青
conflict-1
人が集まり始めたブリーフィングルームには、黒い戦闘服を纏う偉丈夫たちの姿が三々五々散らばっている。
ホワイトボードを中心に、無造作に椅子が散らばる教室ほどの部屋は、大の男が30人も入るといっぱいになってしまう。
特に幅を取るのは海兵隊――強襲を任務とする部隊の荒くれたちだ。
怒り肩に赤銅色の膚、短い角刈りといういかにもな姿の男たち。
下ネタや冗談で笑う彼らのリラックスぶりには、いかにもベテランめいた風格がある。
毛色の違う飛行実験隊の誓には近寄りがたく、壁の角に陣取る。

「おい、・・・谷川?じゃね?」

鳥海でも佐久でも、彦根でもない声に、不意に名前を呼ばれた誓は、顔に用心を浮かべて横を向いた。視線の先にいたのは、集団の中ではやや細身に属する青年。
だが纏う戦闘服の通りに、無駄のないタフさが全身から出ている。

「・・・高千穂くん?」

脳裏に残る面影とは大分変わった風貌の中に、かつてと同じ眼差しを誓は認めた。

「卒業以来だな!何で谷川がここにいるんだ」

驚き、目を見張る高千穂は、高校時代のままの口調で問うた。
懐かしい呼び名に、思わず記憶と感情がフラッシュバックする。
美しい英語を紡ぎ出す唇は荒れ果て、顔と体はいかつく筋張ってしまったけれども、涼しく切れ上がった瞳は変わっていない。

「海兵隊、なったんだね。すごいな。おめでとう、なのかな」

バレー部のエースだった長身を、誓は見上げる。
帰国子女で、滑らかで豊かな英文スピーチには聞き惚れたっけ。

「飛行実験隊?谷川こそ、凄いな!空中警戒管制機か?」

戦闘服の右腕に付いたパッチを認め、眉を吊り上げた高千穂。

「うん、作戦に参加するからよろしくね。まっ、私は陸戦指揮じゃないんだけど」

久々でも意外と喋れるもんなんだな。
でもちょっと早口になってしまう。
――昔は、目を見てなんて話せない憧れの人だった。
視線で追うだけの恋に、もちろん進展なんて無くて。

「人見知りばっかりの谷川が軍隊なんて、びっくりしたよ」
「そ、そうかな」

佐久の視線にも気付かず、思わず顔が綻んでしまう。
高千穂 国光という名前は強烈に胸に焼き付いていた。
懐かしい声に、心が揺れて耳が熱くなる。
その次の、言葉を聞くまでは。

「しかもあんなキメラ部隊だろ?俺には無理だなあ」

一瞬、聞き間違いかと誓は疑った。
地味グループの片隅にいた誓にも優しくしてくれた、高千穂がまさか。
思わぬ言葉に、一瞬凍ってしまった表情を慌てて隠す。
肺に氷柱が刺さったように、冷たい痛みが走る。

「はは・・・そうかなぁ」

まさか、目の前の同級生がそのキメラであるとも知らない高千穂。
サイボーグ化した人間を指すキメラという蔑称を、アメリカ領日本軍の高官ですら使っていることを誓は知っていた。
マイノリティの受ける大衆という暴力は、時に思いもよらない形で顔を出す。
極秘扱いのサイボーグ導入部隊の噂は一人歩きし、やがて人々自身の幻想が怪物を生み出していた。

(佐久少尉なんか、あんなに子供っぽいのになあ)

機械の身体にだって、心があってこんなにも痛む。
そんな簡単なことが、誰にも解ってもらえない。
心に突き刺さった細かなガラスの破片たちが、胸を抉る。

誓は何故か諦めたような笑いを感じた。
心の痛みは奥深くに突き刺さっている。

「誓ー」

あやめの呼ぶ声に、誓は振り向く。
いつの間にか、鳥海やあやめ、それに彦根や佐久も部屋の一角に陣取っていた。

「ごめん、もう行くね」
「おう」

諦念と共に、何故か緩やかに溢れそうになる涙を、誓はゆっくりと目を閉じ堪えた。
虚しくて、悔しかった。
肺に溢れる見えない氷水を、ゆっくり吐き出す。
誓は無理矢理笑う。
こんなに、弱かったなんて。やだな。
涙が武器なのは女の子達だけ。 だから、涙なんて出すもんか。
痛いのは、弱いから。

「誰?知り合い?もしかして彼氏?」

あやめの質問攻撃に、まともに答える気力もない。

「違うよ・・・高校の同級生」
「カッコ良くない?」

あやめなら紹介できるかな、生身だし。
そんなことを自嘲的に考えた。
鳥海や誓のような指揮型サイボーグは、一見生身と見分けがつかない。
しかし彦根や佐久は外見に特徴がある。
海兵隊の連中が、なんとなく彼らを見ているような気がしてしまう。
自分だけが生身に成り済ましているような妙な罪悪感を感じた。
腕を組み、足をゆったりと伸ばして眉をしかめた佐久の表情を盗み見る。
日中はほとんどサングラスをはずさない佐久は、今もやはりその表情を隠していた。

さっきの会話、もしかして聞いてたかな。

そう考えると、肝が冷えてくる。
ブリーフィング中も、その事が心に重く沈んでいた。
佐久を傷付けてしまったかもしれない。
あの時、化物というイメージを、キメラという言葉を否定すればよかった。
メモを取りながらも、つい別の方向に注意が向きそうになる。

空母にヘリを載せ、海上を移動。
戦闘機のエスコート下、強襲部隊を載せたヘリが進出。
佐久と彦根がその輸送ヘリを直接護衛する。
更に、上空から指揮監視するのは鳥海や誓、あやめというわけだ。
それが強襲作戦の概要だった。
意識を切り替えるために、誓は何度も頭のなかでレクチャー内容を反芻する。
風向風速が著しく変わる場所は、要注意として記憶しなければならない。
危険箇所、攻撃優先順位、緊急時の集合地点、合言葉が示されていく。

無理矢理誓は開き直ろうとする。
キメラならキメラの戦いをするしかない。
佐久は、彦根は、サイボーグ化によってなにを失い、どう傷ついてきたのだろう。
彼らなりに、何かを背負っているのだろうか。
ホワイトボードに図や写真を貼らせて説明する作戦指揮官の中佐の顔をじっと見ながら、ふとそんな事を思った。

いい歳をした、成りの大きく仏頂面のヘリパイが、まさかただ妬いているだけと誓が知る由もなかった。
それを知っていてニヤニヤする彦根の顔は、誓からは佐久に隠れて見えなかった。

《電撃》作戦開始の、準備が始まる。


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あきゅろす。
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