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群青
Hallucination-3
対空レーダーが爆発を起こした頃にはもう、佐久の目は地上を見下ろしていた。

「対空レーダー撃破」
《ラジャ》

榛名が返事をする。これで地上の対空レーダーは確実に機能しない。
佐久の目に再び潜る。
味方のアパッチが彼方に飛び上がるのが一瞬見えた。
二発目のミサイルを発射すると同時に、佐久は地上へ襲い掛かる。
機銃のドリルのような機械音が地上へと急接近した。
70度近い降下角で、佐久の視界からすれば地面に突き刺さるも同然だ。
墜ちていくのに近いような感覚だった。
目の前に、いきなり迫ってくる木々の葉がヘリのプロペラの先に触れて切れた。
機関銃の噴く炎に、一帯が細切れのように瞬く。
装甲車を孔だらけにした佐久機は、その爆発を背に更に躍進した。
次々と地上部隊へと牙を剥く。
アパッチの機銃から発射される熱い霰のような鉛弾は、いとも簡単に装甲車の装甲を突き破った。
巨大なミシンに縫い止められたかのように、装甲車はひしゃげていく。
地面スレスレ、装甲車の上を掠めるように飛んだ。
反撃を許さない電光石火の機動で、次々と戦車や装甲車を無力化していく。
まるで突っ込んでいくかのように、鼻先を下げたアパッチは戦場を切り取った。
佐久の腕が力強く操縦桿を横に倒すと、吸い込まれたかのように機体が弾かれる。
横腹を見せて飛び去るアパッチが、戦車に向けてミサイルを発射した。
暗い空の中に飛び込んでいくアパッチの目の前を、ミサイルが光の尾を曳きながら飛んでいく。
戦車は燃え上がり、戦場のあちこちで黒煙が立ち昇る。
点々と赤い輝きが森に灯っていた。

「来たぞ、騎兵隊だ」

前線から味方のヘリ部隊が、群れをなして現れる。
筋肉質に膨らんだ体躯のヘリ、UH-60の真っ黒いシルエットが戦場へと接近していた。
その間も休む間もなく、機銃は敵の車両を破壊していく。
たった数機のヘリが、敵の前線を分断していた。
上手くいっている。――今のところは。
誓は唇をペロリと舐めた。
そしてその直後、タキオン65が急激に傾いた。

「うわっ・・・」

思わず漏らした声を慌てて引っ込める。
通常の操作ではまずない旋回に、体が妙な方向へ引っ張られる。
ガガン、という何か金属のぶつかるような音がした。
それに被さるように、バシ、バシン!という嫌な音が右側の翼から響く。
機体がガタガタと2〜3m上下に振動し、スッと底が抜けたような感覚が誓を襲った。

《落ち着け》

強い口調で鳥海が命じる。
機体は揺れ続け、焦げたような臭いがした。
激しい揺れに、内臓が持ち上がるような不快感がする。
三原大佐が緊迫感の滲んだ声で機内アナウンスした。

『エマージェンシー発生により、当機はこれより空域を離脱する。繰り返す』
《全員、直ちに地上指揮所に指揮を引き継げ》

三原大佐の声に被さるように、落ち着いた声で鳥海が指示した。
揺れの中でも、なんとかコンソールにしがみつく誓。

「ディスコンテニュー、コネクト。デュー・トゥ・エマージェンシー、コンタクト・グランドコントロール」
(緊急事態により接続を中断します。地上指揮所と交信してください)
「・・・コンファーム・エマージェンシー?」
(緊急事態ですか?)
「アファーム」
(その通りです)

佐久が小さく、ラジャ、と呟いて接続が切れる。
目の前がうっすら暗くなり、やがて誓本来の視界が戻った。
アイマスクを上げると、鳥海が汗ばんだ顔で機内電話を耳に当てていた。
三原から再びアナウンスが入る。
どうやら掩直を抜けた敵の戦闘機の機関銃弾が、右エンジンにヒットしたらしい。
三沢に緊急着陸を実施する。
さすがにとなりのフリオペ同期、あやめも顔が青ざめている。
窓がないこの機体では外を見ることは出来ないが、つい翼の辺りを見てしまった。
いつもと違うエンジン音が不気味に響く。
最悪の事態が頭をよぎり、思わず喉を鳴らした。
日航123便、バキシール航空2937便、ユナイテッド93便、菅島事故、教材で見たありとあらゆる航空事故の現場が鮮明に蘇る。
頭を振って悪い想像を払い、反対にトラブルから生還した機の記録を思い出した。
4発のうち3発のエンジンが停止しても、操縦を司る油圧が全てアウトになっても、機が垂直近くまで異常上昇しても、生還した機がある。
増してボーイング787は新鋭の機体だ。
幾重にも確保された操作の系統、安全措置、それにベテランの三原と早池峰のコンビがいる。
エンジンが片方損傷したに過ぎない。

――多少の揺れがなんだ。

誓は無理矢理そう思い込んだ。
奥歯の奥から湧いてくる酸っぱい唾液と吐き気を無理矢理抑え込む。
極めて不愉快なフワフワとした上下動に、ひたすら無心で耐えようとした。
隣を見ると、あやめはただ拳を握って宙を見つめ、榛名はお守りの数珠を握って天を仰いでいた。

「誓」

静かな佐久の声が耳許に入り込む。専用の無線回線からだった。

「佐久さん」
「大丈夫だ。三原大佐なら」
「分かってます」

機体は先程より安定し始めていた。
三沢まではさほど遠くはない。きっと。三原と早池峰なら、きっとなんてことない。
繊細な操縦で、少しずつ高度が下がりつつある。
鳥海が落ち着き払い、不時着時の手順を確認し始めた。
それに救命胴衣の着用と、酸素マスクを準備させる。
座席の下に備え付けられたド派手なオレンジの救命胴衣を、めいめいクルーは取り出した。

「いいか、むやみやたらに発炎筒を焚くんじゃないぞ!ちゃんと救難機や船が近づいてからだ」

発炎筒を使うのは最悪の場合、だ。
不時着によって海上か山中で救助を待つ場合。
やけに喉が渇いて、咳が出た。

「それからサイボーグ連中は体内のエマージェンシービーコンをスタンバイにしろ」

軍用の半サイボーグには、非常時に備えエマージェンシービーコンと呼ばれる電波標識が埋め込まれている。
緊急時には、電波標識が緊急電波を発信し、遭難者の位置が特定される筈だった。
そうこうしてる間にも、機体は高度を下げていた。
時折横風に煽られ、機体が左右に揺れる。
ガコン、と音がしたのは、余分な燃料を散布して棄てているからだろう。
着陸さえ、上手くいけば。
鳥肌が腕を這い上がる。
ふと思い立って、三沢管制隊との交信を傍受した。
そして誓は再び、吐き気を押さえなければならなくなった。
――三沢管制隊に向け、車輪がロックできないと三原が通報していた。
車輪が降りていても、それをコクピットで確認するためのグリーンライトが点灯しない。
もしかしたら車輪が降りた状態が固定されていないのかもしれない。
あるいはただ、電気系統の異常でライトが光らないのかもしれない。
乗り組みの航空機関士はコックピットや、各々の持ち場に散らばっている。
彼らが命綱に思えて、誓は普段仲の悪い航空機関士の八甲田軍曹が神様に見えた。
苦しいときの神頼みである。
最悪、胴体着陸。
無事に済む保証はない。

―――頼む。どうか車輪よ頼む。

そうこうしている間にも、機体は微妙に左右に触れながら降下を開始する。
管制塔から車輪の様子を見てもらうために、低い高度で滑走路上の通過するのだ。


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