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群青
Hallucination-2

佐久も、そして誓も、格納庫にいるのが好きだ。
ヘリが、ひたすらに完成されて美しい機体だからだ。愛着もある。
空を飛ぶものは、飛ぶときが一番きれいだと誓は思う。その次が、整備されているときだ。
無敵の機体も、整備員に色々と装甲を外されたりしているときは、何となく安らいでいるように見える。
だから誓は、空き時間には格納庫に足繁く通った。
特に誓に対しては険のある佐久も、共に機体を眺めているときは比較的穏かだった。
そういうときを伺いながら、よく操縦のことを聞く。

「曲げる・・・ってんじゃない。力の向きをちょっといじるだけ」
「いじる?」
「何て言うんだろうな・・・操縦桿に加える力だけで機体を曲げるんじゃないよ」
「どういうことですか?」
「例えば、30秒で90度ターンするとする。ターン開始から30秒まで力を加え続けると、実際は惰性で90度をはみ出るだろ」
「はい」

佐久が顎を掻きながら、その感覚を探り出す。

「まぁ、余力で自然に曲がる分や、バンクして滑る分まで考えて、最小限に曲げを加えてやるんだよ」
「感覚ですか?」
「・・・感覚、だな。センサーと神経を接続してなくても分かる」
佐久の感覚に接続すると、その言葉を理解できる。
肩に力が入っていない。指先で、操縦桿の手ごたえを敏感に感じ取っている。
半ば好奇心で、よく誓は佐久の感覚に入り込む。

「おい」
「はい」
「何見てんだよ。金取るぞ」
「ケチですねぇ」

誓がそう返すと、佐久はふんと鼻で笑う。

痛いほどの空の青さを、誓に与えてくれた翼。
吸い込まれるほどの夜空の川床の深さを、誓に触れさせてくれたひと。
佐久の神経に潜っている時は、まるで一時の夢の中にいるようだ。
蝋燭のように、命を燃やしながら観る夢。

《キーロー・リーマ地区からのUAV送る》
「了解」

鳥海から転送された無人偵察機の映像が目の前に拡がる。
ミサイルに似た飛翔体であるUAVは、今やアメリカ領日本軍の情報収集の主力となっていた。墨で描いたような、熱源探知の白黒の映像に目を凝らす。
森の中を移動する、赤外線遮断加工を施された装甲車を見つけ出すのは実に骨の折れる仕事だった。
わずかな排気の熱さえも、木々が遮ってしまう。
その上、画面が何となく薄明かるい。
地熱だ。
地面の熱がムラっぽい白に染まっていて、とても目標の判定など出来そうにない。
「アー・・・、キーロー・リーマ地区、地熱により赤外線の使用に障害あり」
「了解、UAV画像の転送頼む」
「ラジャ」

佐久にUAVの映像を転送すると、暫くして呻き声が入る。
鳥海に障害を報告すると、舌打ちが聞こえて誓は思わず身を固くした。

「当機の進出以後は、ナイトビジョンとレーダーの併用で誘導索敵実施します」
「ラジャ」

赤外線による熱源探知が使えない以上、代替手段を使用するしかない。
手に冷や汗が出てくる。
暗視とレーダーで敵を発見し、レーザーでミサイルを誘導する手段もある。
が、敵が多数であり流動的であるため、どれほど効率良くロックオンできるかは誓次第。

試されていた。

戦場は刻々と近付いてくる。
まず捜すべきは対空レーダー。
藁の山から針を見つけ出すに等しい作業だ。
レーダー圏内、蟻のように無数に蠢く地上の反応を、睨みつける。
敵の前線付近には、まずレーダーは無いはずだ。
あるとすればやや下がった後方付近。高い場所ほど範囲の広がるレーダーの特性上、窪地などは除外する。
範囲を狭め、誓は立体マップに目を凝らした。
脇の下を汗が垂れた。
あまり時間はない。
電波を発射している反応を探知し、更に無線の周波数を除外する。
あとはシラミ潰しだ。
息が荒くなってくる。
早く。一刻も早く。
違う。これも違う。
じりじりと頬が熱を持った。
時間に急かされて、レーダー反応のエコーの形から対空レーダーを捜す。
敵と味方、目の潰し合いが勝敗を決する。
中には、わざとバレるように電波を発射して囮となるための兵器もある。
似たレーダー反応を見る度に、心拍数が跳ね上がる。
違うと知る度に、氷が心に突き刺さる。
――これも、違う。

そうしてその瞬間は、突然訪れる。
ある一点を見つめた瞬間、騒がしかった息が、止まった。
それは、まごう事なき対空レーダーだった。


戦車、対空ミサイル、そして高射砲は最も高い優先度、表示は赤。
次に装甲車、機関銃、迫撃砲、野砲、表示は黄色。
レーダーから得られた情報を脅威度別に振り分ける。
そのうち、佐久の攻撃対象となるものを絞り込んだ。

「トラ、こちらファンヤー。リクエスト・イーシーエム・フリクェンシーバンド」

そして電子戦担当の榛名――TACネーム、トラに、敵の対空レーダー周波数帯域に対する電波妨害の確認。
アパッチの使用するミリ波帯が妨害されないかどうか確認する。
汗がじっとりと滲み、後れ毛がうなじに張り付く。
しかしその事にすら誓は気付いていなかった。

《肩!気負いすぎるな》
「了解」

鳥海の声に、ようやく肩が張っていたことに気付いた。
佐久機を覗くと、一旦後方地域でエンジンを回したまま給油をしている。
誓は震えながら息を吐いた。
肺が、凍えるように冷たい。這い上がってくるゾワゾワとした感覚を振り払う。
戦闘が始まれば、無我夢中で怖いと怯える暇はない。
一番応えるのは、この戦闘開始直前だ。
肝まで落ち着かない気がする。
実際に戦闘する佐久に言えば笑われるだろうが。
佐久のTACネーム――ガージという名前の由来を思い起こす。
最高の戦士に付けられる称号。
佐久が最高の戦士でいられるかは、誓にかかっている。
この手に。

佐久機が離陸し、ターンして敵方へ変針する。

「アテンプト・エィティパーセント・コネクト」
「エィティ、ラジャ」

神経の接続率を引き上げた。
ナイトビジョンとレーダーの情報を合成した立体マップが佐久の視界上に更に合成される。
真っ先に潰す目標の方向が、三角のアイコンで表示された。

《ECM、スタンバイ》

榛名がECM(電波妨害)の準備完了を宣言した。

「ラジャー」

握りすぎた拳の感覚が無くなっていた。
木々すれすれに匍匐飛行をする佐久の機が、間もなく味方の前線を越える。

「ロック・アルファ・ワン・オブジェクト」

アルファ・ワンとタグの付けられた対空レーダーへ、レーザーを照射した。
これで、佐久機のミサイルは自動的に対空レーダーへと飛んでいく。

《ECMレディ、ファイブ、フォー、スリー、ツー、ワン、ナウ》

ECM電波が発射される。
佐久の機は一気に跳ね上がり、その掌は手袋越しに強く操縦桿を握った。
射撃許可を与える。

「クリアファイヤ」
「ラジャー、クリアファイヤ」

そして―――
開戦を告げる、轟音が轟いた。
それは佐久機からは彼方に見えた。
18km先の、対空レーダーの爆発が炎の球を噴き上げる。
森を赤い色彩で照らす、地獄の業火。
巨大な炎も、ほんの指先ほどにしか見えない。


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