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群青
待ち望まれたもの
火の瀑布は、工作員の全霊の抵抗を、いとも易く退けた。
強靭な守りに手を焼いていた高千穂たち海兵隊にとって、その呆気なさは冗談のようだった。

大気をブルブルと震わせ、切り裂くようなヘリの音、巨大なミシンと火薬の爆発が重なったような射撃音。
赤く燃え染まった鉄の雨は格納庫を突き抜けて降り注いだ。
鉄の礫は容易く工作員の血肉にめり込み、引き裂く。

圧倒的な力。
それは、海兵たちが待ち望んだもの。
その力強さに高千穂は寒気すら覚えた。
強すぎる。あまりにも。
反撃を許さない、歩兵の死神。
空中から撃たれる機関銃がどれほど有利か、体験したものにしか解り得ないのだ。
肉片が千切れ飛び、血は霧状に撒き散らされている。
片腕や腰椎が覗く下半身が散らばるなかを、血溜まりに足を浸しながら歩いた。
ピチャッ、ピチャッと、歩く度にその深さに驚く。
穴の空いたトタン屋根から、時折、ヘリの照明が棒のように差し込む。
熱と衝撃でぐにゃりと曲がった小銃を踏みつけた。
拳銃を構えた高千穂達は、周囲にくまなく目線をやりながら、格納庫内を捜索していった。
工作員達がありとあらゆる物を盾にしたせいで、まるで巨人が通った後のように荒らされている。
机、工具収納用の棚、ヘリの外壁、スペアのパーツ。
くすんだ緑と枯れ草色を交互に配置した、迷彩服だったものの切れ端が、皮膚と一緒にそれらに張り付いている。

「ワーオ」

高千穂は、口笛を吹いた。

投光器の強い光は、容赦なく地面を照らし出す。
強いコントラストに、真っ黒い影。
ぐにゃりとしたコンバットブーツごしの感触に足を上げると、黄色く青白い、蝋のような指が転がっていた。
鼻を突く死の臭い。
血や、内臓や、その内容物の酷い臭いは、もはや暴力だった。
そのなかに残る、硝煙。
アンモニアを含んだ、薄い布のような煙が、格納庫をゆらゆらと包んでいる。

いくさ場の風景。
バラバラになったものたち。
ぬるく臭い空気。
影絵の兵士。
 そして高千穂は、その風景な中に、転がった片腕を見つけた。
その片腕の千切れた筋繊維の狭間からは無数のファイバーや、人工素材らしきプラスチック骨格が覗いている。
黒いオイルと、血液との玉を表面に浮かべた白い強化プラスチック骨格は、それが人の一部であったことを示している。
二度と動かないその腕の、デジタル時計は時を刻んでいた。
どす黒くくすんだ肌色をしたその腕を、高千穂は拾い上げた。

ふと、脳裏によみがえる一言。

「どうしてそんなこと言うの?」

あのとき。
今にも溢れそうな涙を湛え、俯いた顔。
束ねた黒髪。
握りしめた拳。
その手首に巻かれた腕時計。
黒いバンドに、青い盤面のデジタル。

記憶が、通りすぎた。
高千穂は、浮いた血管も筋もない滑らかな膚の、腕を見つめた。

「おい、高千穂、なんだそりゃ?」

仲間の問いかけに、高千穂はゆっくりと答える。

「・・・G-SHOCKだ」



誓。
お前は、何と戦い、何を見た?
一時、指揮所のモニターの周囲の人間は、その動きを止めていた。
指揮所の支援に来た入間の鳥海少佐。
彦根、あやめ。
そして、佐久。
行き交う大声や交信の音声のなかにあって、その一角だけが不思議な静寂に包まれている。
モニターの前に座るオペレーターを囲む誰もが、ひとつの画面を睨んでいる。
硬い空気。誰もが、動かない。
ごくりと固唾を飲めば、その音さえ響いてしまいそうだ。
海兵のCCDヘッドカムから送られる、ざらついた映像。

シミュレータコンテナを捜索する海兵たちのリアルタイム。
午前四時の暗闇と寒気の中に、時折海兵自身の息が凍える。
事態が鎮圧してから3時間、内側から閉ざされたシミュレータは切断に時間を要した。
ようやく先ほど、海兵が突入したのだ。
暗闇に発見されたのは、二人の女だった。
一人は見知った女の死体。そしてもう一人は、誓。
フラッシュライトの光の輪の中に、横を向いた女の顔が照らし出された。
あやめが口元を抑える。
強く噛まれた佐久の唇が、白くなった。
荒い画像でも、シミュレータの床一面に溜まった血とオイルは分かった。
つい8時間前まで、何事もなく手を振って、佐久を見送ったその女。
今では死に白く沈みかけ、ほつれた髪にはたっぷり血を吸い上げている。

『谷川!』

高千穂の呼ぶ声にも、ぴくりとも反応しない。
目を閉じたその顔は冷たく冴えた青で、不思議と美しい。

『谷川!谷川!』

高千穂のヘッドカムが、血で固まりかけた誓の迷彩服を映し出す。
暗く淀んだ闇に、誓の左腕は途切れていた。
鳥海が目頭を揉む。
はっ、はっ、と高千穂の荒い息だけがスピーカーから漏れる。
誓を抱え上げた高千穂の視界の中に、だらりと顔を背けた彼女の首筋。
佐久は肩で浅く呼吸を繰り返し、じっとその映像を見つめている。まるでモニターのずっと向こうを見通そうとするかのように。感情が抜け落ちた、仮面のような表情。
圧し殺した感情の総和に、感覚が停止している。
器械の神経でさえもオーバーする感情の大きさ。
誓が佐久のために命を落とそうとしている。
一騎のヘリを出撃させるために、あらゆる力を尽くす。
例え、前線と後方が逆転し、弾に曝されても。
誓は、自分の命より使命を選んだ。
――だがそれは、到底佐久には認められないことだった。
高千穂に抱き抱えられた誓の顔が、僅かに苦しげに歪む。
横を向いた誓の目が、ぴくりと痙攣した。
ガタガタと画面が揺れ、担架に誓がゆっくりと降ろされた。
衛生兵が何かを叫んでいる。
半ばパニックになっているようだ。
当然だろう、サイボーグの治療などしたことがあるはずがない。

「オイルと人工血液の予備は?御嶽中尉を見つけ出せ!」

あやめに鳥海が指示を飛ばす。荒い画面の中の誓が、睫毛を触れ合わせたまま視界を押し上げる。
睫毛の隙間から、蛍のように薄黄色い瞳の輝きが漏れた。
死にかけの青白さの中に、儚くも確かに、誓が燃える色。
担架に体を固定しようとする高千穂を見上げ、声を絞り出すように、唇を押し上げて何かを聞こうとする。
今にも途切れそうなその声を、マイクは辛うじて拾う。


――アパッチは・・・

アパッチは、無事に来ましたか?


苦しい呼吸をどうにか押さえながら、それだけを尋ねる。
金色の瞳で、高千穂を見つめながら。
佐久の目が、うっすらと濡れた。

『大丈夫だ、アパッチがみんなやっつけてくれた!』

その声に、誓は瞬きで頷いた。
そして再び、その目を閉じる。
ガサガサに荒れ果てた唇は、僅かに微笑みの形に歪んでいた。佐久は見た。
人が時折、いくさ場で見いだす、何か人を超えたものの欠片。
釘で引っかかれたように、心に刻み込まれる瞬間。
永遠に似た、切り取られた時間。

 
顕現する、兵士の神性。
絶望の中に、待ち望まれるもの。
 


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