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群青
Vortex-1

薄緑に染まった世界の、起伏を這って進む。
デジタル処理された、コクピットから見る景色。
木々を掠めるように飛び、あっという間に景色が流れ去っていく。
空気を掻き分ける力強いブレード(プロペラ)の回転に、ほんのちょっと力を加える。
それだけで、思うままの方向へと進む。
力の方向を少し変えるだけで、俊敏に機体は反応した。
機と一体になる感覚は、整備の賜物だ。
エンジンも快調、機体にトラブルはない。

「・・・地点にウインドシアーが発生中」

誓の声が流れ込んでくる。
現在地は直線で目標地点より15マイル東だが、途中迂回しなければならない。
後ろを飛ぶ、お客を乗せた作戦ヘリの編隊を、ウインドシアーに晒すわけにはいかない。
谷や山沿いの、風と風がぶつかる場所には乱気流が発生する。
ウインドシアーは、潮目と似たようなものだ。
目に見えない渦潮は、いとも簡単にヘリなど呑み込んでしまう。
風の流れをヘリの外壁に感じながら、佐久は夜の空を泳ぐ。
戦闘機にエスコートされたE-787が今頃、敵の対空レーダーを電波妨害している筈だ。
続々と送られてくる作戦地域の情報。
戦車や装甲車、それにアンテナサイトやレーダーを破壊し、降下する兵士たちを護衛するのが佐久の役目だ。
全ての明かりを消灯し、蛇のように忍び寄っていく。
闇に溶け込む暗い色の群れ。
自らのレーダーで進路上の敵を哨戒する佐久の視界に、時折人間の反応が映る。
味方を示す緑の輝き。小隊長クラスが持つ、トランスポンダーと呼ばれる発信器の反応だった。
潜伏する味方部隊だろう。

「攻撃開始3分前」

誓の淡々と読み上げる風向風速を聞きながら、佐久はその成長ぶりを思った。
最近では多少のことでは動じない。
佐久に怒鳴られる度に沈黙していたあの頃の誓はどこにいったのだろう。

「てめぇコールサインくらい詰まるなよこのーっ」
「は、はいっ」
「返事するまえに言い直せ!」

誓も佐久を嫌っていたし、佐久も誓を嫌っていた。
いつの間に、人は変わってゆく。
――ま、誓の同級生でも、一丁護衛してやりますか。
気にくわない海兵隊のアイツ――気安く俺のフリオペに話しかけやがって、と佐久は思った――でも、友軍は友軍だ。
ミサイルのロックを解除する。
最大射程距離20km。E-787や偵察ヘリがレーザーを目標に照射してくれれば、あとは自動的に飛んでいく。
たとえ敵が見えなくても。
奇襲的に戦車を調理、接近してから装甲車や機関銃を潰す。
並列して飛ぶ彦根が、ちらりとこちらを向いた。
一寸先も見えない新月の闇夜だろうが、デジタル処理された視界ではコックピットさえ鮮明だ。

さすがに体がすっと冷たくなるような感じを覚える。
もうすぐ、最初の一撃。
暗い水の中を泳ぐ佐久の肺に、霜が降りる。
技術的には米日軍は先をゆくとはいえ、露日軍が弱いわけではない。瞬かない電子の目に、あっという間に減ってゆくカウントダウンが映える。
緑の数字は赤になり、0秒へと近づく。

「レーザー照射」

誓の固い声。ロックを解除したミサイルの、発射まであと0.25秒。
一瞬、息を止める。
それだけは手動のまま残されている、操縦スティックのミサイル発射ボタンを圧した。

「fire!」

どこか他人の声のように、自分の声が響いた。
対戦車ミサイル発射の、ぐっと後ろに圧されたような反動。
解き放されたHellfire-3型ミサイルの、オレンジ色の火焔が噴き出す。
中心が白くなる程の火焔は稲妻のように森を照らしながら走る。
ひゅう、と口笛を吹いた誓の頭を、バコッと誰かが叩いたのが聞こえた。
あとはレーザー誘導で、敵戦車へと飛んでゆく。
一気に速度を増した編隊が、山並みから浮上する。
山肌を駆け上がった佐久の目は、上空から赤外線でマーキングされた敵指揮所を捉えた。
折しも、目標撃破を告げる誓の言葉を裏付けるように、戦車の爆発がロータリーを昼のように明るくした。

「tally-ho!!」

我、敵を視認。その声が終わりの始まり。
算盤の珠を引き延ばしたようなシルエットの、装甲車の発砲の閃光。
視界中央の円形の照準を、その装甲車に合わせると同時に機関銃で射撃した。
30ミリ機関銃の威力は、掠めただけで手足が吹き飛び、生身の人間はおろか装甲車ですらひとたまりもない。
気分の高揚もなく、ただ一秒一秒がいやに長く感じられる。
狙った通りエンジンに命中した機関銃に、内部で荒れ狂った爆発が装甲車のハッチから噴き出した。
蜂の巣をつついたように、地上を走り回る敵兵の一人一人までもを佐久ははっきりと知覚できる。

「悪いな」

人知れず佐久は呟いた。
ヘリのノーズを下げ、牙を剥く佐久と彦根の機体が、地上目標たちに襲いかかる。
元々は学校だった、指揮所屋上に配置された機関銃手を見据えた。
いくら土嚢の掩体の壁があるとしても、ヘリと歩兵の機関銃では差は明らかだった。
その怯えた、まだ若い兵士がひきつった顔でヘリを認め、叫んだのさえ佐久にははっきりと見える。
躊躇いなく、佐久はその機関銃に弾を撃ち込んだ。

周囲を索敵する彦根と、空中でホバリングする作戦ヘリの護衛をする佐久に護衛されて、海兵隊の隊員たちはするするとロープで降下していく。
それは静かで恐ろしい武力の浸入だった。
肉片になった機関銃手をよそに、屋上のドアを爆破した海兵隊がその屋内へと滑り込んでいく。
黒い戦闘服に、赤外線ゴーグル、それに短機関銃を携えた兵士が、次々とヘリから下った。
レーダーで増幅された視界は、兵員を降ろして離脱するヘリも、地上担当の海兵隊の掃討も全てを伝えてきた。
ふと、ある一点に意識が引っ張られる。
ヘリのテール側、本来なら死角となるその方位。
森の中に潜んだ兵士の持つ、竹状の筒。
二十世紀後半から使われ続けている、驚異の対戦車ロケット発射器RPG7。
実に単純、レーダー誘導も何もない、目標に向けて撃つだけ。
火薬の力で目標へ飛んでゆくロケット花火だ。
だからこそ、ロックオンのアラームも対レーダーの撹乱も無効なのだ。
未だにホバリングしているヘリがいる。
考えるより早く、佐久は恐るべき機動でターンした。
向き直りながら照準を目標地点に向ける。
射界(射撃範囲)に入ると同時に、機関銃の弾が撃発した。
流れる機関銃の弾が、目標に吸い込まれる。
オレンジの光の尾を曳きながら、流れ星はロケット弾頭を砕いた。
森の中で炎の玉が膨れ上がり、木々の天井を貫く。
同心円上に突き抜けた衝撃に、梢が波紋を描いて揺れた。
断発的に響く彦根の、車両を砕く音が地響きのように夜空を揺さぶる。
濃紺の戦闘ヘリに、煉獄の赤色が映えた。

「三階、二階制圧」

指揮所を制圧した海兵隊の各班からの報告を、誓が中継する。
一階の窓ガラスを、パラパラと発砲の閃光が突き抜けた。

それを見ながらも、佐久は周囲のレーダー情報に神経を尖らせた。

「一階制圧、敵連隊長を捕獲」
周囲で待機していた一機の作戦ヘリが姿を現し、建物の前に降下接地する。
建物の周りを旋回しながら、佐久は睨みを効かせた。
海兵たちに身体を束縛された一人の中年が、出入り口から現れる。
口には猿轡、ワイヤー手錠で後ろ手にされ、片足を引きずっている。
恐らく撃たれたのだろう。
連隊長を連行しているのはあの高千穂軍曹とかいう、ナマイキな奴だった。
海兵に引きずられて、連隊長は襟首を捕まれヘリに連れ込まれる。
ご丁寧な扱いだ。ゾッとしない。

作戦ヘリはふわりと浮かび上がり、収穫を載せて凱旋だろう。
全てを破壊された指揮所を、佐久は見下ろした。
あっという間にカタがついた戦闘だった。
今頃、米日軍の攻勢は只中だろう。
指揮所を潰され、露日軍の前線は少なからずパニックに陥っている。
今晩中に、ここらへんまで味方陸上部隊の掌中になるはずだ。
佐久は息を大きく吸い込む。
焦げ臭く、血なまぐさい戦場の空気を。
低高度で飛びながら、佐久は赤い目でいくさ場を見据えた。

戦場を、鉄の旋風が通り抜ける。





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