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群青
Engagement-1
北海道をロシアに、本州以南をアメリカに分割統治された日本。
度重なる紛争の舞台となったその国は、やがて最新兵器の試験場となった。
そして二十一世紀も半ばに差し掛かった頃、戦場にある技術が投入される。
サイボーグ技術。
ハイテク兵器の台頭に対する、ユーザー側の人間の限界を破る画期的な技術。

2023年、アメリカ領日本。
自らが兵器として作り変えられたサイボーグたちが、戦場へ進出し始めていた。



「あの野郎、喉に拳銃突っ込んで奥歯ガタガタ言わせたろか」

コーヒーのスチール缶を握りつぶし、ぽつりと呟いた。
蠍のような赤い瞳、見下すような目、犬を追い払うような仕種を思い出す度、腸が煮えくり返る。

「誰がお子様ランチだ、え」

谷川 誓(せい)三等軍曹は、缶コーヒーの味も分からぬほど怒りに燃えていた。
近くのバスケットコートから、軽やかなボールの音、笑い声が響いてくる。
基地の穏やかな昼休み。
外のベンチで春の爽やかな風に吹かれながらも、その表情は般若を彷彿とさせる。
身長が164センチに達する誓は、けしてチビと呼ばれる類いではなかった。
だが、背まで届く黒髪と頬の赤い丸顔、濃い睫毛が重たげな目元に、ふっくらした厚みの唇の組み合わせは、何となく垢抜けず、田舎の女子中高生に見える。
所謂ロリ顔であり、到底軍人には見えない。
その事は自覚しており、今まさにそれをバカにされたばかりだった。
――サイボーグだからって、シュワちゃんみたいなのばっかりじゃないっつーの。
軍の最先端技術を惜しみなく投入された、試験運用のサイボーグ。
そんな厳めしい肩書きにそぐわないのは、本人が一番よく知っている。

「入間に帰りたいよぅ」

一応周りを警戒しながら、ブツクサ文句を垂れる。
濃紺に青と黒の縞の迷彩柄を着た身体を、誓は大きく伸ばした。
ブルーの盤面のG-SHOCKに目をやり、終わりそうな昼休みにため息をつく。
またあのムカつくパイロットと顔を合わせるのが、とんでもなく憂鬱だった。
だからといって、泣きつく相手がいるわけでもない。

「佐久め」

腹の立つ奴なら沢山いるが、彼ほどストレートな奴は久しぶりだった。
佐久 一存(かずまさ)少尉。
紛れもないサイボーグであり、今日から誓がアシストするパイロットだ。
格納庫で挨拶した初対面の誓に、
「おい、大丈夫か?こんなロリガキにパイロットをアシストなんて出来んのかよ」
と言い放ち、整備員を凍らせた男だった。
機密中の機密。軍の最新技術の結晶。
アメリカ領日本有数の軍事産業である、持内(もてない)重厚のテストパイロットであり、紛れもないエリート。
180センチを越す長身に、どことなく中東系の趣のある顔立ち。
「どんだけ恵まれてるんだよ・・・」
そして、それにふさわしいまでの傲慢さ。
誓は、首をコキコキと鳴らして立ち上がった。
どんな傲慢なパイロット相手でも、任務は果たさなければいない。
それがフライトオペレーターだ。
それは通称フリオペと略して呼ばれ、戦場上空の航空機から戦闘機やヘリに指示を与える職務。
正式には機上操作員と呼ばれる、前線管制官の一種だった。
本来は旅客機であるB787を軍用に改造し、電子機材とレーダーを積載したE787(エコーセブンエイティーセブン)警戒管制機のクルー。
「ロリガキ」の『谷川軍曹』にも、曲りなりにも職業意識はあり、そして軍を辞められない、やむにやまれぬ事情もあった。
誓は腕をまくり、「ADEXG」の白い刺繍が入った帽子を被りなおした。
飛行開発実験団(Air Development and Experience Group)の略称であり、入間の警戒管制飛行隊から出向した誓の新しい職場である。
――ロリガキで悪いけど、仕事はさせてもらおうかな。じゃないと、入間の怖い上官(ひと)に殺されるから。
見上げれば青い空。爽やかな南西の風。
子供のころから憧れ続けてきた空を、今誓はこよなく愛していた。

息を整えて、誓はぐるりと格納庫を見渡した。
一目見たときから、心奪われたその巨躯に、やはり目を奪われる。
二機の戦闘ヘリが、格納庫の主とばかりに鎮座していた。
濃紺と黒に塗り分けられた迷彩の機体は、逞しい流線型の左右に、歯牙たる武器を吊っている。
鼻先から尾部までを流れる滑らかな多面体のフォルム。
その胴体下部には出っ張りがあり、左右にはミサイルなどを吊るすための小さな翼(よく)が据えられていた。
胴体の下には、それを支える脚とタイヤ、そして吊られた機関銃。
背には二発のエンジンが左右対称に配置されており、その四角い形はヘリの容をさらに精悍にさせていた。
ローター(プロペラ)の軸部には、このヘリの中で最も特徴的かつ高額な、楕円形のレーダーが載っている。
AH―64D、通称アパッチという、米軍の攻撃ヘリをベースにした、AH―64D TA(テスト・アドバンスド)と称されるテスト機だ。
20世紀末から使われ始めた、最強の呼び声も高い攻撃ヘリ。
機能美のなかに精悍さと静謐を併せ持った面構え、そして筋骨たくましいフォルムは、ただ兵器というだけでなく、人を魅了する何かがある。
「やっぱ凄い」
ため息交じりに、誓はぽつりとつぶやいた。
その後姿に、尖った声音が突き刺さる。
「おい、邪魔だ」
慌てて振り向くと、そこには佐久がいた。
脇にはヘルメットを抱え、悔しいほどよく似合う、スポーツタイプのサングラスを通して誓を見下ろしている。
濃い青とオレンジの偏光レンズに、黒のゴツいフレームが威圧感を与える。

「すみません」

誓は慌てて佐久の進路から飛び退いた。

「おい、新人苛めるなよ」
「躾です」

佐久の後ろから、落ちついた様子のパイロットが現れる。
身長はさほど高くなく、170センチギリギリ位だろうか。
やや丸みを帯びた骨格に、ほっそりした目、なんとなく柴犬を連想させる。

「あんたが新しいフリオペの」
「はい、谷川軍曹です」
「彦根中尉だ。よろしく」

差し出された手を恐る恐る握る。
大きく厚い掌が、誓の手をしっかりと包んだ。
パイロットの掌。
不意にドキッとしてたじろぎそうになる。
父親の手に、似ていたから。

「よろしくお願いします」

佐久ほどの派手な改造は受けていないが、彦根はやはりサイボーグだ。
第一世代と呼ばれる、サイボーグ技術が軍に導入された当初の型だった。
誓や、佐久といった第二世代のサイボーグ達には、もっとえげつない改造がなされている。
単に人体の機能を補完する第一世代の手術に比べ、第二世代は脳などの拡張手術を伴っていた。
精密なレーダーからの情報、味方から送られてくる映像データは、人間が視覚を通して同時処理、判断するには情報量が多すぎる。
それを直接脳神経に接続回線から送り、処理するのが第二世代の大きな特徴だった。
佐久や誓の脳にも同様の処置がなされている。
ヘリパイロットであれば、あたかもヘリが自分の躯であるような感覚で飛び、レーダーの情報がテレパシーのように脳に入ってくるのだ。

「そこで上空から、最も適切なルート、優先的な敵、パイロットが欲しい情報を判断し転送するのが君の仕事だ」


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あきゅろす。
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