[通常モード] [URL送信]

HQ(long)A
紬−つむぎ− 解 *



専門学校を卒業して保育園に就職した私
だったが始めの二か月ぐらいは覚えること
も多く環境に慣れることに必死で聖臣の
ことは後回しにしてしまった。

それでも彼は気を遣ってくれて私の時間に
合わせてくれたり自分のことは二の次で
私のことを優先して考えてくれて本当に
有難かったし頼りにしていたのだ。

そんなある日。


「え!?全日本の代表っ!?」

「まだ候補だからこれから合宿とか遠征
に行ってメンバーが選ばれるんだけどね」

「それでもすごいことじゃないっ
大学生で全日本だなんて!」


専門学校時代から一人暮らしをしている
アパートに今日も練習終わりの聖臣がやって
来て徐に口を開いたかと思うとサラッと
とんでもない報告をしてきた為私は思わず
大きな声を上げ驚いてしまった。


「でもしばらく名前と会えなくなる
から俺としてはそんなに行きたくないん
だけど…」

「もうっ。私なんかは帰って来たらいつ
でも会えるでしょ?全日本なんて入りたく
ても誰でも簡単に入れるものじゃないん
だからそこは素直に喜ぼうよ」

「まぁ…俺を評価してくれたことは有難い
と思ってるし自分の技術を磨くにもいい
機会だと思ってはいるんだけどさ…」


それでも俺には名前が一番大切だからと
視線を合わせ柔らかく微笑まれるともう
次の言葉が見つからない。


「名前。照れてる?」

「もうっ言わないで///」

「かわいい…ねぇ。いい?」

「…んっ…1回だけ…なら///」


聖臣と一緒にいる時はいつも甘い時間。

だから今後会う時間が減っていくことで自ず
と出てくる不安や不満などといった負の
感情がどれだけ自分たちの関係に影響を及
ぼすのかこの時はまだ考えてもみなかった。


少しずつ。

ほんの僅かな綻びが後々取り返しの
付かないところまで来てしまう。

繊細で思いの外脆い私たちの関係。




「そっかぁ……うん。私は大丈夫だよ。
聖臣はケガとかしてない?」


彼が全日本代表に選ばれるようになって
から会う頻度は確実に減り それでも学生
だった頃は時間を見つけては無理やり
でも会う時間をつくっていた。

しかし聖臣は大学を卒業して静岡のチーム
に所属することになりその頻度は更に
減り表には出ることはなかったが少しずつ
私の中で不満が溜まっていたのは事実で。

それに拍車をかけるように聖臣をテレビで
観る機会が増えそれに比例するように女性
ファンもかなりいるようなのだ。


先日仕事先でのこと。


「あっ!ねぇねぇこの人知ってる!?」

「えー誰ですか?私スポーツ詳しくなくて」

「っ…!」


園児が帰った後に雑務をこなしていると
先輩保育士の先生がテレビを指差し興奮
気味にその場に居た他の先生たちに声を
掛けた。


「男子バレーの佐久早くん!イケメンだし
試合中とかスパイク決めても淡々としてて
超クールなのっ。今人気No. 1の選手よ!」


スポーツ番組の若手イケメン特集に聖臣が
出ていてバレーに詳しいらしいその先生が
説明を入れながら紹介してくれたのだが
彼女である私には少し複雑な気持ちで。


「へぇ。確かにイケメン。これだけバレー
も凄くて顔も良ければ彼女に求める条件
とかもかなり高そうですよねぇ」

「そりゃあそうでしょう。ってか彼女は
居なくても女性なんて取っ替え引っ換え
なんじゃない?嫌でも寄って来るだろうし」

「まぁそうですよねー。どうせ私たち
には全く縁のない話しですけど」

「いいなぁー。私もイケメンの彼氏欲しい」


聖臣が高校時代からモテていたのは知って
いるし学生の時なんて彼を好きな女子から
よく呼び出しを受けて嫌がらせもされた。

でもあの当時は何を言われても自分が彼女
だと胸を張れるぐらい彼はいつも私の側に
いて心配なんてすることもなかったのに。

今は会うことも少なくなり聖臣の知名度が
上がっていく度に自分は本当に彼の彼女な
のか段々と自信が保てなくなっていたのだ。


聖臣が就職活動をしていた頃。


『俺こっちのチームで全然いいんだけど』

『またそんなこと言って。せっかくVリーグ
のチームから声掛けて貰ってるのに。聖臣
の将来の為にも良い環境でバレーしないと』

『…だけどさ…』


Vリーグのチームから複数オファーを受
けていたにも関わらず彼は地元のあまり
名前の知られていないチームを選択しよう
としていたのでそれは流石に止めた。

将来全日本のエースにと言われている
聖臣の今後を考えてもその選択は彼には
相応しくないと思ったのと周りもそれでは
納得しないと思ったから。

彼の今後の活躍を願って背中を押したのは
私だしあのときの選択は間違ってはいない。

だけど今は僅かながら後悔している。

それに聖臣が言い淀んでいた理由を
ちゃんと聞いておけばまだ何かが
変わっていたのかもしれない。





「何か楽しそうだね。安心した」

『別に楽しいわけではないけど。毎日
練習厳しいし先輩らはプライド高くて
面倒くさいし…』

「でも充実してるんでしょ?」

『…まぁ…そうなのかな。』


毎日電話はしているし特にケンカをする
わけでもなく彼との繋がりはちゃんと変わ
らずあるわけなのだがこの頃には彼が
どこか遠くに感じてしまっていた。


『…。……名前。どうかした?』

「あっ。ごめんっ今日忙しかった
からかな。意識飛びそうになってた!」

『大丈夫?無理し過ぎて体調崩すなよ?
今日は切るからゆっくり寝て』

「ごめんね?聖臣も疲れてるのに…」

『俺の心配なんて二の次。名前が体調
崩して寝込んだりなんかしたら飛んで帰っ
て付きっ切りで看病するから覚えといて』

「それは元気でいないとマズイね」

『俺としては一緒に居られるから体調
崩してもらった方が有難いんだけど?』


帰れるはずないのにと内心卑屈に捉えて
しまう辺りが私に余裕が全くないことを
嫌でも実感させられる。

それを聖臣には見せないように必死で
上辺の自分を造ってしまっていた。

彼に会うことが出来ないことで不安になり
仕事の忙しさにも拍車が掛かってどんどん
自分を追い込んでしまい苦しくなっていく。


溜まりに溜まった負の感情が限界に
達しとうとうあの日溢れてしまった。


『ごめん名前。来週帰れなくなった。
会社の偉い方に食事に呼ばれてさ…』

「っ……!」


勢いで言葉に出さなかっただけ
良しとしなければならない。

年齢を重ねて行くに連れ精神的にも大人
になっていく聖臣にいつの間にか私が甘え
てしまっていたことを気付かされた。

“私とバレーどっちが大事なの”

これだけは決して口にしてはいけないし
頭に過ることすら許されない言葉。

なぜなら聖臣の人生を確実に
変えてしまうことになるから。

このまま彼の側に居てはいけないと
私が彼を壊してしまうと思った瞬間には
意を決して彼へ電話を掛けていた。


『名前から電話くれるなんて
珍しいね。何かあった?』


いつもと変わらない私だけに
向けてくれる優しい声。

もうこの声も聴くことが出来なくなる。

ほんの一瞬。

過去の私たちの楽しかった時間が頭に
過ぎり思わず言葉に詰まってしまった。

このひと言で彼を傷つけてしまうことへの
罪悪感と今までの関係の終止符を打つこと
への未練がやはりまだ残っているのだ。


『…名前?』


しかし彼の声が私を呼び戻しそれでは
いけないと小さく息を吐いて気持ちを
落ち着かせゆっくりと口を開く。

後戻りのできない別れの言葉。

今から私の一方的な感情のせいで彼を
傷付けるのだから責められるのは覚悟の上。

彼の輝かしい未来の為に私の存在は
ただの足枷にしかならないのは明らかで。

だからこそ今切り離さないと取り返し
のつかないことになるのだから。


聖臣。

これまでたくさんの素敵な思い出を一緒に
つくってくれてこんな私なんかを愛して
くれて本当にありがとう。

そして貴方を側で支えると約束していた
のに破ってしまうことを許してください。

こんな弱い私でごめんなさい。



「…私たち…別れよ…?」



もっと貴方を愛していたかったのにな。




end






あとがき

終盤になりした。

不満や不安を吐き出さずに溜め込み過ぎ
たせいで後戻り出来ないところまで来て
しまったという。

言葉にしていれば結果は変わっていたかも
知れませんがあくまでタラレバなんでね。

ここまでお付き合いいただき
ありがとうございました☆






[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!