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HQ(long)A
202号室の住人。(夜久)


「英ぁー飯行くぞ。起きろよ」

「研磨!食いながらゲームすんな」

「赤葦。洗濯終わってんぞー」

「二口!裸で出てくんなって
いつも言ってんだろーが!!」


いつものように衛輔さんは年下組に世話を
焼き言われている人も多少の抵抗はしても
最後は必ず素直に聞き入れている。


「名前。休みのときぐらいゆっくり
しろよ。飯も適当に食うから」

「ありがとうございます。でも私がお腹空いちゃったのでついでに作っちゃいますね」

「…いつもワリィな。じゃあ頼むわ」

「はい」


私にまでいつも気を遣ってくれて
ホントに優しくて頼りになり
あの裏表のない満面の笑顔に私たちは
毎日自然と心を許し癒されている。


「名前ちゃーん!国見ちゃんが
冷たいー慰めて〜?」

「きゃっ!?ちょっと徹さん!!
いい加減にしてくださいっ!!」

バシィッ!!

「い"っっ!?!?」

「及川テメェ!セクハラで訴えんぞ!?」

「っつ〜〜夜っくん暴力反対っ!!!」


…セクハラばかりしてくる
もう一人の年長者とは大違いだ。





ある日の午後。


「…名前出掛けるの?」


研磨くんとお昼ご飯を食べ終わると
部屋へ戻り支度を済ませて彼が居る
ラウンジへと顔を出した。


「友達の赤ちゃん見に行くの。
長居もしないし早めに帰ってくるね」

「…今日は買い物行かない?」

「まだ材料残ってるから大丈夫。
明日お願いしてもいい?」

「ん。…気をつけてね」


少しつまらなさそうな顔をした研磨くん
にクスリと笑いながら行ってきますと
声を掛け玄関のドアを開け出て行った。




「うわぁ…お客さんいっぱい!」


友達たっての希望でやって来たのは
雑誌でもよく取り上げられているらしい
有名なケーキ屋“regalo(レガロ)”。

ハウスからもそれ程遠くなかった為二つ
返事でオッケーしたのだがまさかこれ程
長い行列ができる人気店だとは予想外で。

取り敢えず頼まれたものは買って行こうと
列の最後尾に並び順番が来るのを待った。


『横顔見れた〜!』『もうカッコよすぎ!』

「?」


女性客が多いのは分かるのだが大半が
若い女性で先ほどお店から出てきた
人たちは顔を赤らめ喜んでいる。


『そこのケーキが美味しいのはもちろん
なんだけど!何といってもイケメンの
パティシエがいるのよね〜!!』


友達と電話で話しをしている時確か
そんなことを言っていたのを思い出し
ようやくこの行列が理解出来た。

順番が回ってきて店内に入ると沢山の
焼き菓子やショーケースにはかわいく
デコレーションされたケーキが並んで
おり一気にテンションが上がってくる。

ラッピングされた焼き菓子の詰め合わせを
手にとりショーケースのケーキに目を遣る
とふとどこかで見たことのあるケーキが並
んでいてひとり考え込んでいた。


「ご注文お決まりでしたら
お伺い致します」

「あっ…えっと…」


ハンチングキャップを被った可愛らしい
店員さんから注文を聞かれ慌てて意識を
戻すとケーキを選んでいく。


「名前?」

「え…?」


私の名前を呼ばれ弾かれたように顔を
上げるとそこに居たのはショーケースの
上から私を覗いている衛輔さんだった。


「お前今日友達の子ども見に行く
って言ってなかったか?」

「今から行くんですけどその友達から
ここのケーキをリクエストされて…って
衛輔さんここで働いてたんですか!?」

「あれ?俺言ってなかったっけ」


驚いている私とは対称的に衛輔さんは
楽しそうに笑っていて言葉を返そうと
すると周りからザワザワとした声が
耳に入り思わずハッとする。

店員さんからお菓子を受け取ると衛輔さん
へ軽く挨拶し引き止める声も聞こえない
フリをして足早にお店から出て行った。

“イケメンのパティシエ”とは衛輔さんの
ことだったのかと納得したのと同時に
大きな溜め息が自然と溢れる。

衛輔さん目当てでお店に来た女性たち
には仲良さ気に話している私のことが
気に入らなかったのだろう。

『あの人彼女かな?』
『えぇうそーぉ!似合わないー』

そんなこと言われなくても私が一番分かっ
ているし衛輔さんは優しいから普段の感覚
で私に話し掛けてくれていたんだと思う。

だからって逃げるように出てきた私の態度
は衛輔さんにとって良い気はしないだろう。

衛輔さんに申し訳なくて気分が落ち込み
溜め息を吐きながら足を進めようとした時
再び名前を呼ばれ驚きとともに
顔を声のした方へと向けた。


「名前。何て顔してんだよ」

「もっ衛輔さん!?お店は…」

「ちょっとだけ抜けて来た。客の前じゃ
お前とまともに話しもできねぇしな」

「え?」


お客さんからは死角になる場所の壁に凭れ
私の為にわざわざお店を抜けて来てくれた
ことに内心嬉しく思ったのだがしかし衛輔
さんを見に来た女性たちには悪い気がして。


「でもお客さんがいっぱいいるのに…」

「俺の作ったケーキ目当てなら未だしも
俺を見に来ただけの客なんかはどう
でもいい。それよりも名前に気を
遣わせちまって悪かったな」

「衛輔さん?」


本当なら私が謝らないといけないのに
すまなそうに私に謝ってくる衛輔さんを
見つめながら私は困惑してしまう。


「俺はパティシエだからな。ホストでも
及川でもあるまいし顔でケーキ売ってる
わけじゃねぇ。俺の作ったケーキの形や
味を気に入って店に通ってもらいてぇ」

「…」

「それに常連のお客さんとは仲良くなり
たいし気軽に話しもして味の感想とかも
聞きたいじゃねぇか。そうしたらもっと
いい菓子が出来ると思うんだ」


ああ…そういうことか。


衛輔さんの仕事はパティシエで
一番評価されたいのはお菓子の出来で
あって自分の人気ではない。

職人だからこそそこに拘りを持つのは
当然のことで衛輔さんらしいなと思った。


「で?名前は何笑ってんだ?」

「いえっ…だって徹さんって」

「そこかよ」


急に笑い出した私に意味が分からない衛輔
さんは眉間に皺を寄せながら尋ねてくると
徹さんの名前を出した為そういうことかと
理解してくれた。


「あいつは自分の顔看板にしてっからな。
俺はそんなの売りにしてねぇし出来れば
顔も隠したいぐらいなんだよなぁ」

「だけどそれじゃあ衛輔さんが作ってる
って分からないじゃないですか。
お子さん連れのお客さんもいたし子供
たちは楽しそうに覗いてましたよ?

衛輔さんの仕事姿を見たあの子たちが
将来衛輔さんみたいなパティシエになり
たいって思ってくれるかもしれないのに」

「………」


確かに衛輔さん目当ての女性が多いのは
確かだがもちろんケーキをメインに来る
お客さんも多いはずだ。

だって衛輔さんの作るお菓子は見た目が
かわいく味もホントに美味しいから。


「名前は?」

「…え?」

「名前は俺が作ったやつを
食べたいって思ってくれるか?」

「っ…///」


真剣に私を見つめてくる衛輔さんの表情
が男性の顔で無意識に心臓が高鳴り彼に
気づかれないよう俯いてしまう。


「そっ…それはもちろん。衛輔さんの
作ったお菓子はどれも美味しくて…
もう他の人の作ったケーキじゃ物足り
ないぐらい好きなんですもん」

「っ///!?!?」


質問に対して思っていることを素直に
口にすると衛輔さんが言葉に詰まって
いたので表情を伺おうと顔を上げる。

口もとを押さえ顔を逸らしている衛輔さんの耳が赤くなっているのは気のせいだろうか。


「お前…それスゲェ殺し文句なんだけど///」

「?」


小声で呟いた衛輔さんの声が聞き取れず
首を傾げていると咳払いをひとつして
私へと向き直った。


「…また近いうちに来いよ。新作も出るし
今度来る時は周りは気にしなくていいから
いつも通り俺に話しかけてくれよな」


そう言って柔らかくて優しい笑み
を向けられ一瞬にして惹き込まれる。

いつもは子どものような純真無垢な笑顔を
見せる衛輔さんだがこんな笑顔は今まで
に見たことがなくドキドキしてしまう。

今の私の顔は間違いなく真っ赤だ。


「じゃあ俺はそろそろ戻るから
気を付けて行って来いよ」

「あっ…ありがとうございます。
お仕事頑張ってくださいね」


そう言いながらさり気なく頭を
ポンポンされ衛輔さんは軽く手を
上げるとお店へと戻って行く。

紅い顔と高まった鼓動を鎮めるように
大きく息を吐き止めていた足を再び動か
して目的の場所へと歩みを進めた。

お兄さんのようだと思っていた衛輔さん
の印象は間違いではないのだが
それにプラスして男性として意識
してしまった自分がいるのだった。






「名前。これやる」


仕事から帰って来た衛輔さんはキッチンに
いた私のもとへやって来ると徐にキレイに
ラッピングされた小袋を渡される。


「ありがとうございます!
どうしたんですかこれ?」

「俺のケーキを褒めてもらった礼だ。
今度から試作品も持って帰るから
名前の意見も参考にさせてくれ」

「えぇっ!?私で大丈夫なんですか!?」

「お前だからいいんだよ」

「?」


笑いながら部屋に行った衛輔さんの背中を
眺めた後もらった袋の口を開けると
ハート型のカラフルなマカロンが入って
いて今すぐ食べたかったがごはん前という
こともあり仕方なく我慢することにした。




「んーおいし〜い///」

「…美味そうに食うよなぁ」


夕食後紅茶を淹れてマカロンを食べている
と衛輔さんもテーブルに着き手にはビール。


「だってホントに美味しいんですもん!
衛輔さんのお菓子って甘すぎなくて
すごく優しい味がするんですよ。
だからいくらでも食べられちゃう」

「…そっか…だからってこの時間に
それだけ食ったらさすがに太るぞ?」

「失礼なっ!全部なんて食べませんよ!」


くすくす笑っている衛輔さんに私は不貞
腐れながらももう1つ手に取り口に運ぶ。


「あっ!名前ちゃん俺にもちょうだーい」

「ん?堅治くんひとつだけだよ?」

「…名前。俺も夜久くんの食べたい」

「名前さん俺も欲しい」


堅治くん 研磨くん 英くんが寄ってきて
衛輔さんのお菓子を強請ってきたので
ひとつずつ分けてあげた。

このハウスのみんなはそれ程甘党という
ワケではないのだが衛輔さんのお菓子は
大好きでお菓子があると必ず集まってくる。

そのおかげもありみんながラウンジや
ダイニングで一緒に過ごす機会が多く
甘いものが苦手な京治くんもお菓子は
食べないのだが必ず一緒に席に着いて
みんなの輪に入っていた。

もしかしたら衛輔さんが頻繁にケーキを
持って帰っているのはみんなを集める
きっかけを作っているのかもしれない。


「衛輔さん。いつもありがとうございます」

「何だよ急に。礼を言うのは俺だろ?
美味い飯や掃除とかありがとうな」


私がお礼の言葉を口にすると衛輔さんは
少し驚き逆にお礼を返された。

お互いに顔を合わせ笑顔を見せていると
何か気づいた衛輔さんがニヤリと妖しい
笑みへ変わり私は首を傾げる。


「名前。ガキみたいなことしてんなよな」

「へ?…ちょっ!?衛輔さんっ///!?!?」

「ん。我ながら上出来だ」

『夜久さん(くん)!?!?』


顔を掴まれると同時に衛輔さんの顔が近づ
いてきてあろう事か口唇の端をペロリと
舐められてしまい私は顔を真っ赤にして
動揺してしまった。

おそらくマカロンの欠片が着いていたの
だろうが舐めずに普通に取って欲しい。


「…夜久さん酔ってます?」

「いいや?まだ大丈夫だ」

「抜けがけはよくないんじゃないスか?」

「お前だけには言われたくねぇな」

「…夜久くん今のはダメ」

「いけません」

「…悪かったよ」


京治くん 堅治くん 研磨くん 英くんから
鋭い視線を向けられバツが悪そうに顔を
背けながら衛輔さんは短く謝っていたが
私の心臓は爆発寸前だ。


「ただいまー!!
名前ちゃん会いたかった〜!」

「あっおかえりなさい徹さ…わっ!?」


空気を一掃するような突き抜ける明るい
声が玄関から聞こえダイニングへと入って
きた徹さんは勢いそのままに私に抱きつい
てきたので思わず驚いた声が出てしまった。


「おい。離れろ変態」

「全く…どんなタイミングで帰って
くるんですかあなたは」

「ホント空気読めないよねー。いや。
今日はある意味読んでるか」

「早く退いて。名前が汚れる」

「もういっその事帰って
来なくていいんですけど」

「えっえっ?…なに?…みんな恐いよ?」


いつも以上にみんなから冷たい視線を
浴びせられ珍しく動揺している徹さんだっ
たがそんなことはお構いなく普段よりも
一段と強い全員からの鉄槌が降っている。

その様子を傍観していた私だったが
あの気まずい雰囲気を変えてくれた徹さん
にはとりあえず心の中で感謝した。


今日だけで私の知らなかった衛輔さん
の姿がたくさん見られ動揺もしたが
これからも色んな彼を見てみたいと
密かに思った私だった。



end





あとがき


裏表ない性格でお兄さん気質の男前。
モテないわけがない(笑)
因みにお店の名前の“regalo”はイタリア語
で“贈り物”という意味です。

ここまでご覧いただきありがとう
ございました☆





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