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HQ(long)A
201号室の住人。(及川)


「じゃあ次の土曜にお店おいでよ」


そんな話しが出たのはつい先日のこと。

私が何気なく“そろそろ髪染めなきゃ”
と口にしたのを偶然聞いていた徹さんが
それなら俺にやらせてと鬼気迫る勢いで
詰め寄られ思わず頷いてしまった。


「なに?名前ちゃん髪切るの?」

「長さはそのままでもいいんだけど
そろそろ染めたいなと思って」

「あー…確かに色出てきてるか。
でも髪染めてる割には全然痛んでないね」


堅治くんが隣で私の髪を触り感嘆の声を
上げていると徹さんが私の背後に回って
1つに纏めていたゴムを外し手櫛で
髪を梳きながら状態を診てくれる。


「…うん。ほんとキレイだね。
ちゃんと手入れしてたりする?」

「いえ…恥ずかしながらこれといっては。
たまにトリートメントするぐらいです」

「そうなの?じゃあ髪質かな。
…毛先を整えて全体的に軽くしようか…
前髪流してもかわいいね」

「色とかもあまり拘りないので
徹さんにおまかせしていいですか?」

「もちろん。名前ちゃんを俺好み
に変えれるなんて腕がなるなぁ」


髪の長さやバランスを見ながら話しを
する徹さんは仕事モードに入っており
こういう真剣な表情は顔が良いだけに
不覚にもドキッとしてしまう。


「徹さん言い方エロいから。
こんな人がカリスマ美容師なんて
世の中間違ってない?」

「お前さ。本人目の前にしてよく
そんなこと言えるよね」

「すいませんね。嘘はつけない性分なので」


2人して私の髪を触りながら不穏な空気
を含みだしもういい加減離してほしい
のだがそんな様子も見られず途方に暮れ
ているとようやく助け舟が出された。


「あんた達何やってるんですか。
名前さんが困ってますよ?」


呆れたように溜め息を吐きながら英くんが
間に入り二人の手を髪から外すとやんわり
席から立たせソファーへと誘導してくれる。


「名前さんもあんな変態
二人の相手しなくていいからね」


1番下の英くんだがこの二人に対しては
辛辣な言葉を平気で浴びせており
他の二人との対応が明らかに違う。


「今のは聞き捨てならないな英。
こんなのと一緒にしないでくれる?」

「お前らさぁ!!ちょっとは年上を敬え
ないわけ!?二口はこんなのってなに!?」

「うるせーぞ及川!騒いでんじゃねぇ!!」

「なんで俺だけっ!?!?」


下の二人に加えお風呂上がりの衛輔さん
にまで叱咤されている徹さんがさすがに
かわいそうに思えてくる。

オフの徹さんを普段から見ているだけに
仕事風景が想像出来ずお店でその様子を
見られることが密かに楽しみであった。






当日。


『いらっしゃいませー』

「こんにちは。予約を入れた名字です」


お店の扉を開けると店員さんが笑顔で迎え
てくれて待ち合いのソファーに腰掛けた。

店内を眺めていると私の他にも数名座って
待っておりしかも美人やかわいいモデルの
ようなレベルの高い人ばかりで私が場違い
に思えてしまい肩身が狭くなる。


「ありがとう。また来てねー」


聞き覚えのある声が聞こえ自然とそちらに
顔を向けるとお客さんを笑顔で見送る徹さん
がいたのだがなぜか違和感を感じてしまう。

そんなことを考えていると目の前に徹さん
が現れ途端に周りからの黄色い声も耳に
入り思わずハッとしてしまった。

「いらっしゃい名前ちゃん。
遅くなってごめんね。こちらへどうぞ」

「あっはい」


アッシュグリーンのカーゴパンツに
綿素材の白いシャツを合わせ
ボタンを胸元まで開けた間から覗く
黒のTシャツと首元のアクセで
シンプルだがセンスの良さを感じさせる。

周りの女性たちが徹さんに見惚れるなか私
は彼に勧められるまま足を向けようとする
とお客さんの一人が徹さんを呼び止めた。


「及川さぁん。いつになったら私の髪
してもらえるんですかぁ?」

「ん?予約入れてもらえれば喜んで
させてもらうよ。まぁ当分先までは
いっぱいらしいけどね」

「だから我慢できなくて今日は
顔を見に来たんですよぉ」


笑顔を崩さず話している徹さんに彼女は
不満そうな顔をしながらも可愛さアピール
はしっかり行っていて同じ女性として
ある意味感心してしまう。

徹さん目当てで来る女性が多いと聞いたが
本人を見ると素直に納得してしまった。

話しを上手く切り上げ私をホールから離れ
た個別の部屋へと促し席へ着くと首に
タオルとケープを巻き私の髪へと触れる。

徹さん曰くこの部屋はVIPなどの特別な
お客用らしく普段はあまり使わないらしい
のだがなぜそこを私に使うのか疑問に思い
聞いてみるもあっさり流された。

準備を終えひとつ息を吐いた徹さんの
様子を鏡越しに見るとその表情はいつも
ハウスで見ている笑顔に戻っていて。


「ようやく落ち着いて名前ちゃん
の髪出来るようになった…ゴメンね。
バタバタしちゃってて」

「…あの…先の予約が取れないほど予定
が詰まってるって言ってたのに急に私が
入っちゃって大丈夫だったんですか?」


私が話したのは数日前だったはずなのに
その場で時間まで決めていたし他のお客
さんを押し退けて自分の髪をしてもらう
のは何だか申し訳ない気がして。

そんな私の心情を察したのかクスリと
笑い鏡越しに私を見つめてくる。


「俺が頼んだんだから名前ちゃんが気に
する必要なんてないんだよ」

「いやでも…」

「これから特別可愛く仕上げるから
他は気にせず俺のことだけ見てて」

「っ…///」


この時折見せる甘い笑顔と吸い込まれる
ような真剣な表情が艶っぽく思わず視線
を反らせてしまった。

それに気づいた徹さんは私の髪を耳に
掛けながら私の首筋に指を這わせ露わに
なった耳へと口唇を近づけてくる。


「顔紅くなってるけどどうかした?」

「ひゃっ///!?」


意地悪な言葉を囁くと同時に耳朶を軽く
食まれ驚きにビクリと身体が跳ねてしまい
それに気を良くした徹さんは調子に乗って
再びイタズラをしようとしてきたのだが。


「…次やったら本気で怒りますよ?」

「ゴメンゴメンっ。そんなに怒んないで?
名前ちゃんがかわいい反応するから
つい…ね。真面目にやりますから」


私が怒っていると分かるとバツが悪そうに
謝ってきたので取り敢えず許してあげて
気を取り直すように仕事モードに切り替え
カラーリングに取り掛かった。







「わあっ…///」


カラー後に髪を流しカットやブロー
手直しをして最後にセットまでして
もらい鏡に映った自分の
姿を見るとまるで別人のようだった。


「如何でしょうかお姫さま?」

「すっごい…わたしじゃないみたい…///」

「正真正銘名前ちゃんだよ」


春らしくピンクブラウンのカラーリングに
全体的に毛量を梳き毛先を整えた後コテで
軽く巻いて少し重めにとった前髪は
斜めに流して出来上がり…と思いきや。

なぜかメイクまで手直しされて気づけば
デジカメで撮影されている。


「…あの…徹さん?なぜ私は写真を
撮られてるんでしょうか…?」

「ん?俺のカットモデルなんだから
写真に収めるのは当然じゃない」

「えぇ!?初耳ですけど!?!?」

「うん。今言ったね」

「っ〜〜〜!!!!!」


相変わらずの唯我独尊で勝手にカット
モデルにされている私の反論は完全無視。


「でも文句なく似合ってるでしょ?」

「…悔しいですけど文句ないです///」

「じゃあいいよね」

「それとこれとは別でしょう!?」


徹さんに何を言っても覆ることはないので
最後は私が諦め投げやりに好きにして
下さいというと満面の笑顔で抱き着いて
きたので今度は容赦なく天誅してやった。



部屋から出るとカット中のお客さんや
スタッフさんが何故か私に視線を向けて
くるので居心地が悪く無意識に徹さんの
方に顔を向けると楽しそうに笑っている。


「そんな不安そうな顔しないの。みんな
名前ちゃんが素敵だから見てるんだよ」

「えっ!?そんなこと…」

「その反応は俺の腕が悪かった
って捉えるけど?」

「そんなわけないじゃないですか!
こんなにキレイにしてもらったのに!!」

「じゃあ自信もって歩いてくれる?
俺のメンツ潰さない為にもね」


小声での遣り取りだが徹さんの揶揄うよう
な言い方にカチンときた私は半ばヤケクソ
になりながら受け付けまで戻って行く。

その間“キレイ”や“美人”といった言葉が
聞かれ徹さんの腕のおかげだと
分かっていても率直に嬉しく思った。

支払いの為に財布を準備していると
カウンターに入っていた徹さんが私の
隣にやって来てお店の予約カードだけ
渡され腕を引かれながらお店の外まで
一緒に出でくる。

周りの女性たちからの視線がかなり痛い
んですけど…いや。そんなことよりも。


「ちょっちょっと 徹さんお金!!
私まだ払ってない…!!」

「ん?だからカットモデルだって
言ったでしょ?お代は必要ないよ」

「いやいや!でもっ!!」


あまりにも平然と言ってくる徹さんに
さすがにここまではして貰えないと食い
下がると妖艶に微笑みながら私へ顔を
近づけ言葉を紡いだ。


「じゃあ今度二人っきりでデートしよ。
それでチャラってことでどう?」

「………はぃ?」


じゃあの意味がさっぱりわからない。

ただ私がお金を払えば良いだけの
話しだと思うのだが。


「お代は貰わない。俺は名前ちゃんを
カットモデルとして呼んだんだからね。
でもキミが納得しないのなら俺の頼みを
聞いてくれてもいいと思うんだけど?」

「それは…」


言い返したくても正論なので言い返せず
口を噤むともう徹さんの思うつぼだ。


「はい。じゃあ決定〜!
デート楽しみにしてるね」

「えっ!?まだオッケー出してない…!」


勝手に話しを進めている徹さんに反論し
ようとすると耳に触れるか触れないかの
位置に徹さんの口唇が近づき息が掛かる。


「あまりしつこいとその口塞ぐよ?」

「っあ///!?」


甘い声とともに舌が私の鼓膜を刺激し身体
がビクリと震えてしまい耳を押さえながら
慌てて身体を離すと悪戯っぽく笑っている。


「また後でね」

「っつ〜〜〜///…ありがとうございました」

「どういたしまして」


顔を紅くして睨みながらもお礼の挨拶を
した私に一瞬驚きの表情を見せた後
ポンポンと頭を撫でながら
柔らかく表情を崩し徹さんは微笑んだ。


さりげない気遣いと少し強引な優しさ
それに不意に見せるこの笑顔。

これが徹さんなんだと改めて
認識することが出来た。

来た時に違和感を覚えたのはお客さんへ
向けるただ造っただけの冷たい笑顔で
正直なところその笑顔は徹さんには
似合っておらず私は好きになれなかった。

やはりいつものようにコロコロ変わる
表情や色んな笑顔を見せる徹さんの方が
私は好きだ。


……ん?…好き?


一瞬おかしな気持ちが過ぎったが気のせい
だと思いすぐに気分を払拭させ久しぶりに
ショッピングへと歩き出した。






「及川がしたっていうのは気に食わねぇが
いい仕事してんな。めっちゃ似合ってるわ」

「うん…名前すごくかわいい。
及川さんにしては上出来なんじゃない?」

「ほんとよく似合ってる。
ちゃんとやれば出来る人なんだけどね。
普段はどうしてああなるのかな?」

「連絡くれたら一緒に買い物付き合ったのに…及川さんもこんなキレイになった
名前さんを一人で店から帰す
なんて頭悪いんですか?」


上から衛輔さん 研磨くん 京治くん 英くん。

日も暮れハウスに戻ると今日は京治くん
がご飯を作っていて私の姿を視界に入れた
途端珍しく驚いた表情を見せながら
近寄ってきて絶賛してくれた。

夕飯のことを聞かれまだ食べていないこと
を告げると一緒に食べようと誘ってもらい
喜んで便乗させてもらうことにして

ご飯に降りてきた研磨くんや英くん
そして仕事から帰ってきた衛輔さんも
同様にベタ褒めしてくれ恥ずかしながら
もすごく嬉しかった。

そして夕食を終える頃に徹さんが戻って
きて先ほどの会話に至ったのだが。


「褒めるんなら素直に褒めてくれる!?
全員ひと言余計なんだけどっ!!」

「お前は普段の行いが悪すぎんだよ」

「「「コクコク」」」


衛輔さんの厳しい言葉に年下3人も頷き
怒りを露わにしている徹さんを華麗に
スルーしている様子に自然と笑みが零れる。


「名前ちゃんまで何笑ってんのさ!!
今日ぐらい俺の肩もって
くれても良くない!?!?」

「だって。徹さんらしいなと思って」

「それどういう意味!?」


訝しげに私を見る徹さんにはそれ以上の
言葉は告げずその後帰宅した堅治くんにも
みんなと同じように棘のある言葉をもらい
再び声を荒げている姿を微笑ましく
眺めていた。


仕事でお客さんに見せている笑顔よりも
ハウスでしか見られない感情が入り混じ
った笑顔方が徹さんらしい。

今は私だけの特権…なのかな。



end




あとがき


裏表の及川さんを意識しました。
ハウスではSっ気よりもM要素が強く出て
いますが徐々にSへシフトしたいです。
あくまでも及川さんはSです(笑)


次回もお付き合い下さいませ☆





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