継がれし母の力〈前編〉
2
影は女性。その姿は、星のない夜空みたいに真っ黒な髪に、引き付けられるような深紅の瞳。その眼差しは穏やかで、私に優しく微笑みかけていた。
『大きくなったわね、リリス』
――なぜだろう?
今度はハッキリと声が聞き取れた。心のどこかで憶えている。懐かしいようなあの声。そして、優しいその微笑み。
「もしかして貴方は」
女性はなおも優しく私を見つめている。彼女を包む光は益々大きくなり、ゆっくりとその中に消えて行った。
「いやっ! ねぇ、消えないで――」
私は夢中で女性の下に駆け寄ろうとした。けれど、見えない壁みたいな物が私の前に張りめぐらされていて、近づく事が出来ない。
白い光の球体は、徐々に女性を包み込んでいき、小さくなっていった。
――どうして?
私は力なくその場にしゃがみこみ、力一杯叫んだ。
「お母さん!」
***
「……お母、さん」
朝方の静まり返った部屋に、壁掛時計の音と私の声が淋しく響いた。
「夢、か」
天上に向かって伸ばした手をしばし見つめ、窓に視線を向けた。カーテンの隙間から見える窓の外は、夜明け前でまだ薄暗い。私はベッドから起き上がり、机に向かった。
机の一番下の引き出しに手を伸ばし引き出しを開ける。そこには一枚の写真が入っていて、写真には小さな女の子と、優しく微笑む女の子の両親が写っている。私はその写真をしばらく見つめ、消え入るような小さな声で呟いた。
「お母さん」
いくつもの涙が頬を伝い、それは写真の上に落ちていった。
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