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継がれし母の力〈前編〉
3

 師匠は湯呑みに手を伸ばすと、静かにお茶をすすった。
「話はそれだけじゃ」
 それだけ? 俺は首を傾げた。
「なぁ〜に。おんしが負けて、余りにも沈んでおったからのう。勝因は『強さだけではない』と言いたかったんじゃ」
 強さだけじゃない、か……。
 トールのように真に心から大切、護りたいと想う人が、俺にも見つかるだろうか。
「儂は見つける事ができんかったが、おんしには見つけて欲しい――そう、思っとるよ」
「見つかるでしょうか?」
「さぁの。……ただ、先も言ったが、おんしはまだ若い。焦らずとも、自ずと見つかるじゃろう」
 ……自ずと。
 そういうものだろうか?
「……帰ります」俺は静かに立ち上がる。「師匠、有難うございました」
 師匠に軽く頭を下げ、俺は部屋の扉に向かった。扉を開けて辺りを見渡すと、季節は九月の中旬だけあって、外はすっかり暗くなっていた。微かに頬にあたる風は少し冷たい。
 俺はウォーカー家に向かって、ゆっくり足を踏み出した。


***


「――うん。良い感じ」
 ぐつぐつとスープの煮える音がして、ミルクの優しい薫りが、鼻にふわりと入ってくる。今日の夕食は私特製のクリームシチュー。それもあと少し煮たら完成。
「付け合わせにサラダも作ろうかな」
 パンを籠に並べ、お皿を運ぶ。私はサラダの野菜を洗い始めた。


 サラダのレタスをちぎり始めた頃、玄関の方から扉の開く音が聞こえてきた。
 誰だろと思い、手を休め、玄関へ向かった。
「――あ、アルベルお帰り」
「ただいま」
 帰ってきたのはアルベルだった。私はキッチンを出て直ぐの所でアルベルと出くわした。
「今日は、シチューか?」
「正解! 今日はお祖父ちゃん遅くなるみたいだから、私が作ったんだ」
「そか。何か手伝う事あるか?」
「……へっ? だ、大丈夫大丈夫」私は慌てて胸の前で手を横に振った。「あとは煮込むだけだから。お祖父ちゃん来たらいつでも食べれるよ」
「それじゃあ、俺は部屋にいるから……着いたら呼んで」
「分かった」
 アルベルは静かに微笑むと、ぽんぽんと私の頭を撫でた。
 ――アルベル疲れてる?
 微笑む表情は、雲が掛かったみたいにほんのり暗く見えた。
「――あ、ねぇアルベル」
 私は階段に向かおうとしたアルベルを呼び止めた。アルベルは「何?」とでも言うような顔でこちらを振り返った。
「マクウェルさんと何話してたの?」
「……色々」
「えっ?」
 それだけ答えると、アルベルはさっさと階段を上って行ってしまった。
 ――色々って何?


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