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継がれし母の力〈前編〉
2

***


「―――で、師匠。話って何ですか?」
 布地の厚いクリーム色をしたソファーに腰掛け、テーブルを挟んで目の前に座っている師匠に訊ねた。
 ここは道場の裏に造られた離れ。この離れはここも含めた八畳の部屋が二つに、キッチンやバスルームが付いている。一人で暮すには充分快適な広さで、師匠はこの離れで寝起きし生活している。
 お茶を静かにすすり、師匠はゆっくり口を開いた。
「……うむ。別にまぁ、そんな大層な話ではないんじゃが。ちと、おんしに訊こうと思っての」
「何でしょうか?」
「先程の勝負。おんしは何故、負けたと思うか?」
「何故って……何が言いたいんです?」
 俺はきっと師匠を睨んだ。すると師匠は笑って「そう睨むな」と言った。
「おんしは着実に剣の腕が上がっておる。それはトールも同じくの。ただ、普段のおんしらならば――アルベル、おんしの方が勝っておったじゃろうな」
 俺が勝っていたって、どういうことだ?
 普段の俺と今日とでは、いったい何が違っていた?
「アステルの、父の言葉を憶えておるか?」
「父さんの、言葉?」
「アステルがおんしに伝えて欲しいと魔女に言った言葉じゃよ」
「……大切な人を護れるようになれ、ですか?」
 師匠は頷き、にっこりと微笑んだ。この言葉とトールが勝った事とは、何か関係があるんだろうか? 俺は師匠を見つめ返答を待った。
「大切な人を護れるようになれ。それは『護れる強さを持て』と言う意味でもあるんじゃが、もっと深く考えると『護りたい、大切だと想う人を見つけて欲しい』そう言う意味も込められているのではと、儂は思うんじゃ」
「大切な人か……」
「今日はトールにとって大切な人がおったじゃろう? それが、トールがおんしに勝った勝因じゃな。まぁ、あやつの場合、言葉とはまた違う感じではあるがの。気持ち的には似たようなもんじゃろ」
「それはつまり、ライラの前では負けられない。その気持ちがトールを強くしたと?」
「そんな感じじゃな」満足したか、師匠は長い顎髭を撫でながら、ふぉっほっほっと笑った。「おんしは若い。これからももっと強くなれるじゃろう。しかしの、強さを求めるばかりでなく、自分にとって、真に大切だと想える者を見つける事も大切じゃ。それを忘れずにな」

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あきゅろす。
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