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継がれし母の力〈前編〉
5

「そいじゃあ、勝負も付いたし俺は帰るかな」
 ライラ、と彼女の名を呼びトールが立ち上がった。「うん」といって、呼ばれた彼女も立ち上がる。
「また月曜日に。おごり忘れずにな」
 最後の「おごり」の部分を強調し、トールはにかっと笑う。
「アルベル君、お大事に。それじゃあ月曜に大学で」
 ライラは一つ頭をさげ、小さく微笑んだ。トールが「行くぞ」といって、二人は道場を出て行った。
 まるで嵐が過ぎ去ったかのように、場内には静寂がおりた。
「何じゃ。あやつ明日からの稽古には出んのかの?」
 トールの俺に対する「月曜に」と言った言葉が気になったか、マクウェル師匠は呟いた。
 たぶん、来ないだろうな。
「……こほん」
 ぼんやりトール達が出ていった扉の方を見ていると、小さく咳払いが聞こた。視線を下の方に移したその先では、リリスが眉を八の字に寄せ、怒っているのかむすりとしていた。
 そういえば、腫れた脇腹に治癒の術を掛けてもらうのだった。今は痛みが治まっているせいか、すっかり忘れていた。
「……ごめんな、リリス」
「別に。アルベルが自力で自然治癒するのなら、この間々でも良いんじゃない?」リリスはぷいっとそっぽを向く。
「……いや、出来れば治して欲し――っ!」治まっていたはずの痛みが、再び鈍い痛みと共にやってきた。
「もう! 直ぐに治癒の術かけるから」
「……頼む」
 申し訳なくて、リリスには頭が上がらない。
 と、そんな俺たちの様子を見て、師匠は笑っている。
「アルベルもリリス嬢ちゃんには頭が上がらんのぉ」
「上がらんって……。マクウェルさん」それは心外だと、リリスはがくりと肩を下げた。
「ふぉっほっほっ」
 ――今日は色々と、厄日な日だなと思う。


「ヒール」
 リリスの声と共に、淡い翡翠の光が脇腹の腫れた部分を優しく包み込んだ。
「これでよし、と。痛みはない?」
「ああ。大丈夫だ」
「そう、良かった」リリスはほっとしたようににっこり微笑んだ。
「……それにしても。怪我を癒す事のできる法術とは、いつ見ても感心するのう」そんな事をひとり呟き、師匠はうんうんと頷いていた。「――どれ。怪我の手当ても終わったようじゃし……アルベル。ちと良いかの?」
 何だろう? 俺は首を傾げた。
「おんしに話したい事があるんじゃ」
「……俺に話、ですか?」
 真っすぐな瞳で師匠は俺を見つめていた。
「――あ、それじゃあ私は先に戻ってるね。夕飯の支度しなくちゃ」
 リリスは鞄を掴むと「マクウェルさん、それではまた」と、頭を一つ下げ道場を去って行った。
 道場には俺と師匠の二人。いつの間にか夕暮れがやってきたようで、道場内にはオレンジ色の光が射し込んでいた。


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