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継がれし母の力〈前編〉
7

「アルベル、それは嫌味か?」とトールが訊いた。
「いや、そう言うつもりで言ったわけじゃ」と俺は答える。
 するとトールは木刀を振る手を止めた。彼は木刀を左脇に挟みながら前で両腕を組んだ。
「まぁ、良いけどな」トールは呟き軽く溜息を吐いた。「俺だってさ、時には此処に来て思いっきりやりたい時があるのさ。その理由の一つに、ライラがあるとしてもね」
 トールはにっと笑った。それから急に真面目な表情になり「それよりもアルベル」と、訊ねた。
「ん?」
「お前大学出たらどうすんだ? やっぱりウォーカーさんの診療所継ぐのか?」
「継ぐよ」言って俺は頷いた。木刀を振る手は止めて。「まあ、正確には『手伝う』だけどな。継ぐのはリリスと、リリスがいずれ結婚する相手だ。それに俺には、この道場もあるし」
 ウォーカーさんには今まで良くして貰った恩がある――だから、手伝いたい。
 その為に俺は、医療系の勉強が出来る大学に入ったのだから。
「……そか。そうだよな、アルベルは」
「何故、そんな事訊くんだ?」
「いや、ね。俺の場合さ、家系が代々ラウザルクの医療府勤務だろ? だから、俺も卒業後はラウザルクの医療府に行くのかなって。親には今から言われてるし」とトールは言った。それから自嘲するように笑んだ。「俺は選ぶ事無く敷かれた道を歩くしかないから、逆にアルベルはどうなのかなって。……悪い、ちょっと愚痴った」
「……いや」
 俺は静かに首を横に振った。
「ところで、アルベルはリリスちゃんの事、何とも思ってないのか?」
「……は?」
 俺は間抜けた返事を返した。
「は? て……。アルベルはさ、リリスちゃんと結婚して、診療所を継ごうとは思わないの?」とトールは続けて訊ねた。
 俺にとってリリスは、妹であって家族みたいな存在。だから「リリスと結婚して、診療所を継ぐ」そんな事は考えた事もない。
「無いな」と俺は答えた。
「少しもか?」
「あぁ」
 俺は頷く。するとトールは軽く息を吐き「アルベルがこの先、女と付き合う事ってあるのかねぇ」と両手を肩まで上げ(木刀は左脇に挟んだまま)首を横に振った。
「どう言う意味だ?」
 俺は眉の端を上げてトールを睨んだ。
「いや、ね」とトールは苦笑した。「いくら長年一緒に暮らしてたからと言って、相手はもう十六。お年頃だぜ? かく言うお前だってそう言う年齢だろ? もう少し意識したって良いんじゃねぇの?」
 意識ね。そんなのは今更だ。
「リリスには、俺よりお似合いな相手がいるよ。だから無理に俺と屈付ける事もない」
 ふと、二つ下のオレンジ髪の幼馴染みを思い浮べた。リリスにはアイツがいる。だから俺でなくても良い。俺はただ、リリスを護りたいだけ。それが父との約束でもあるから……。
「手が止まってる」
 俺は再び木刀を振りだした。トールは何か言おうとしていたが、諦めたのかフッと息を零し、続いて木刀を振り始めた。

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