継がれし母の力〈前編〉 2 訓練場を刹那に沈黙が包み込む。女性は栗色の、毛先に向かって緩いウェーブ掛かった髪をふわりと揺らし、私達に近付いてきた。私達の前まで来ると女性は静かに口を開いた。 「ウイニア、リリス。呼ばれたらさっさと出て来る! それから周り、私語が多い! 今は授業中よ?」 栗色髪の女性の名は、メープル・シフォンという。大地と炎、二つの属性をもつ魔術が使え、具現魔術を得意とするウィッチ・ハーフである。彼女は具現魔術獣戦闘実習の授業を受け持つ教師で、私達の担任でもある。 性格はサッパリしていて、どの生徒にも平等。容姿は端麗で、生徒・教員共に人気がある。――けど、怒らせると恐い。 「只でさえ時間の長いこの戦闘実習、無駄な喧嘩に取る時間はない。――さて、準備は良いか? 二人とも」 「は、はい」 「よし!」 私達は訓練場の中央に用意された四方を魔術陣で囲った処へ入って行った。すると先生は右手に持った本の上に左手をかざし、詠唱を始めた。 先生が詠唱を始めると、右手の本が琥珀色に光り始め、それと同時に私達の目の前では、どこからか砂がザワザワと集り始めた。そしてそれは虎みたいな姿になっていった。 「時間は無制限。標的は地の魔術獣『グレイヴ・タイガー』一匹だ。――では、始めるぞ」 「行くよ、リリス!」 「了解」 戦闘開始の合図と共に私は風を手足に纏い、リリスは詠唱を始めた。 *** 「こっちこっち!」 魔術獣――グレイヴ・タイガーの気を引くため、私はわざと大きな声を出し、魔術獣に向かって駆けた。すると魔術獣も私に向かい突進してきた。 「甘い」 私は余裕の笑みを見せ、魔術獣と接触しそうになった瞬間ヒラリと上にジャンプしてかわし、魔術獣の背中に蹴を一発入れた。正直威力は少ないような軽い蹴ではあるけれど、風を纏う事により、蹴に風圧が掛かり魔術獣はよろめいた。 「よしっ!」 空かさず私は両手の手の平を勢い良く魔術獣に向けた。 「真空波(しんくうは)」 そう叫び、真空の風を丸めた気を一発、魔術獣に入れた。すると魔術獣は風の風圧により後方に飛ばされ、前脚の膝をガクッと地につけた。 ――リリスの方はどうだろう? 私は後ろの方で詠唱をしているリリスを横目でチラリと覗き見た。リリスは瞼を閉じて詠唱していた。彼女の周りを淡く蒼い光が包み込んでいる。 「――大気中に含まれる水よ。その身を凍らせ、集まりて、彼の者に沈黙を」 リリスはカッと眼を見開き、魔術獣に右手を向けた。 そして――。 「アブソリュート」 そう叫んだ瞬間、いくつもの氷の粒が魔術獣を包み込むようにして集まり、魔術獣を氷漬けにした。 [前へ][次へ] [戻る] |