story
餓狼(市日/裏アリ)
コンクリートの壁をつたい、地下に続く階段を降りて行く。
一段、また一段と段を越える度に揺れる銀髪は、光の差し込まない密閉した空間では鈍色に揺れていた。
下へ進むにつれてひんやりとした空気が肌の表面熱を奪う。
辿り着いたそこは牢屋。
鉄の棒が縦に陳列し、中に居るものを閉じ込める檻は、小さな地下室の三分の一ほどを占めていた。
一つのみの牢だけに、造りは頑丈で逃げ出すにも霊力を奪われている状態ではとてもじゃないが無理だった。
腕の自由を奪われているのなら尚更。
元来、牢屋というものは罪人を閉じ込めるものだ。
しかし銀髪の青年の見つめる先で、冷たい石造りの壁に張り付けられているのは同じ隊長を勤める小さな少年だった。
殊更ゆっくりとした足取りで牢に近付く。
それにつれて、薄暗い空間に紛れていた子供の輪郭がはっきりしていく。
微かな血の匂いが嗅覚を刺激する頃、青年の大きな手が鉄の棒にかかった。
視線の先に映る少年は、施錠された手首をそれぞれ頭上に縫い付けるように固定されており、青年が近付いても微動だにしなかった。
俯いたまま反応を示さない子供ににわかに機嫌を損ねた青年は、無表情のまま下を向く子供をその場で見下ろした。
「起き」
怒気の含んだ声を出せば、ピクリと肩を揺らし力なく顔をあげる。
光りの灯らない濁った翡翠色が青年の姿を捕らえれば、安堵の気持ちが青年の胸中を軽くした。
青年は鍵を取り出すと牢の扉を開ける。
唯一の出入り手段のそこから中に入り、翡翠でその様子を追っていた子供の目の前まで来るとしゃがみこんだ。
「いち…まる」
掠れた声で名前を呼ばれ、市丸は微笑んだ。
「痛い?日番谷はん。外したろうか」
子供特有の柔らかさを持った頬に手を這わしながら問い掛ける。
日番谷はその手の冷たさに顔を歪めたかったが、首につけられた霊力制御装置と、あまりの体力の消耗に顔の筋肉が言うことをきかなかった。
手の冷たさを気にしつつも青年の質問に首を縦にふる。
自分の座高よりも高い位置に埋め込まれた錠は、細い手首に食い込み血が滲んでいた。
「じゃあ僕しか愛さないって誓える?」
またも首をふる。
「嘘つき」
市丸はそう笑うと日番谷の頬を軽く叩いた。
このやり取りも何度目になるだろう。
日番谷は一度唾を飲み込み喉を潤すと、改めて口を開いた。
「うそじゃ…ない」
喉を潤したにも関わらず掠れた声は変わらなかった。
それでも少ない体力を削り声を出す。
これも、彼にとっては全てが只の言葉遊びに過ぎないだろうが。
「浮気したのに?」
冷たい声が降り注ぐ。
心はその言葉に敏感に反応し否定さえしえるのに、顔は相変わらず疲れた色からあまり変わらなかった。
市丸はそれを肯定とったらしく、今度は強く頬を叩かれた。
大好きで大好きで仕方ない彼に信用を与えられない自分に嫌気がさしつつも、どこか誤解を解くのに諦めてしまっている自分がいる。
今の状況を許容してしまっている自分。
浅はかで愚かな思考に笑おうとしたけどやはり失敗した。
叩かれた頬が痛い。
「…足開き」
「………」
黙って言う通りにすると、淫乱、と笑われた。
帯を着けていないので、だらしなく前を開けたままのそこに手が這わされる。
指先の温度の低さに体が自然と細かく震え、それが突起にまで来ると肩が大きく揺れた。
自分の意思では言うことを訊かない体も、他人の手によれば敏感に反応する。
自分の体が人形のようだ。
市丸が浮気だと攻め立て、日番谷をここ、三番隊の特別牢に閉じ込めてから数週間がたっていた。
その間、夜になると必ず訪れ、好きなだけ抱き、日番谷が気絶している間に体を清めまた閉じ込める。
ずっとその繰り返し。
だが、まともな休息もなく一方的な感情のみを押しつける市丸に、日番谷は飽きるどころか狂おしいほどの愛情を向けていた。
ただ、もうそれを知らせるつもりがないだけで。
「はっ…あっ…」
両腕の自由が利かないまま中に押し挿れられる。
掠れた声しか出せなくとも、市丸は執拗に腰を打ち付けた。
慣らさずに挿れる行為は当然中を傷つける。
だが、その痛みにさえ慣れてしまった体は突き上げられる衝撃と、それに伴う快楽のみを感じていた。
「ぁっ…っんぁ…あ」
「気持ちええの?」
「…ん…ぃ、い…」
「…そ」
市丸はいつも日番谷に伺いをたてる、こんな状況になる前と同じように答えると、哀しそうに呟いた。
そして腰の動きを止める。
「…日番谷はんはボクの何が不満なん」
「…い、ち」
「今までやって、日番谷はんの事あんなに大事してきたんに、何であの男に抱かれたん」
「…ご、かいだ」
「誤解やないっ」
「あぁっ…」
一気に奥まで突き上げられ思わず声があがる。
端から余裕のない日番谷は律動を再開されれば頭が真っ白になった。
だからいつも市丸の悲痛な表情を見逃してしまう。
聞こえる声にも正確に反応できなかった。
「どうしてボクだけ見ないん」
「やっ…っぃた、…ひ」
乱暴に前の付け根を握られ扱れる。
痛みに腕に力を入れれば更に鉄枷が肉に食い込んだ。
下の激しい動きに合わせガチャガチャと鉄音。
やがてそこから流れた血が腕を伝い頬を汚した。
「あいつの下であんなに喘いでおいて何が誤解なん」
「‥ひぁっ」
更に強く握り込まれ痛烈に背が弓なりに反れた。
日番谷の眦から涙が零れると、それを舐めとりながら市丸は手の中の亀頭に爪を立てる。
無理に絶頂を迎えられ、日番谷は掠れた声だけあげ、ぐったりと首を傾げた。
「…冬、」
額に口付け一旦中から自身を引き抜くと、それに透明な液と一筋の赤い血が入り交じっていて市丸は顔をしかめた。
悲痛な面持ちのままもう一度日番谷に口付ける。
唇だけは前と同じで柔らかくて優しくて、他は全部冷たいのに触れ合うそこは暖かく感じる。
弱々しいが荒く呼吸を繰り返していた日番谷は、瞳だけ市丸に向け微笑もうとした。
しかしそれは口の端が僅かに震えただけで笑顔には程遠かった。
(もう、笑うことも出来ないのか)
そう思うと、全てが出来なくなってしまったような気がして、日番谷は力なくうなだれた。
市丸の視線を感じる。
弁明できない自分が申し訳なくて、それなのにこの状況を喜んでいる自分が憎らしくて、日番谷は小さく「ごめんなさい」と呟いた。
すると手首の戒めが外され、小さな肢体は抱き抱えられた。
市丸は無表情のまま、牢の端に備え付けてある、最早正しい用途では使われていないベットまで運ぶとそこに日番谷を下ろした。
押し倒す形で市丸も覆い被さる。
お互いの視線が絡まると、唇をなぞりながら静かに問い掛けた。
「冬はあいつとボクどっちが好きなん」
市丸の問い掛けにいつもでてくる『あいつ』。
名前を言わないから誰かなんて日番谷は知らない。
だけど自分が愛してるのは市丸だけだった。
これは何の偽りもない。
だから言ってあけだかった、
『お前が好きだよ』
って。
だけど
「…言えない?」
「………」
「冬っ…」
ごめんなさい
ごめんなさい
心で叫ぶけど、言えない。
明確に気持ちを伝えられない。
怖いから。
浮気なんかしてないけど、今の状況ならお前は俺しか見ない。
俺がもし、必死になって何度も何度も否定を繰り返し、愛を謳い、許しを請うたらお前は俺をここから救うだろう?
──だけど、その後は?
閉じ込められる前、最後にお前に抱かれたとき、抱き方が違った。
いつものお前の抱き方じゃなくて、
それで
怖くなった。
自分の他に抱く人が出来たのかも知れないと考えたらひたすら怖くて、その考えを紛わせるために必死に喘いだ。
そして目が覚めたら、此所にいた。
市丸は怒っていて訳が分からなかったけど、自分を取り戻そうと必死なことだけはわかった。
此所にいればもっと必死になって俺を求める。
俺しか見ないお前がいる。
傷ついた心には、それしか救いがなかった。
お前は俺を壊したいと言うけど、実際壊れていってるのはお前。
それが分かってて何も言わない自分。
だから『ごめんなさい』
お前を愛しすぎる俺の我が儘。
もっと、もっと壊れれば俺が直してあげるから。
俺しか見えないお前に。
「いちま…っぁ…く」
「………」
いつまでも答えない日番谷に、市丸は再び中を荒らし始めた。
今まで市丸の高まりを受け入れていたそこはあっさり指の侵入を許し、長いそれを奥まで受け入れる。
市丸は無言で日番谷の恍惚とした表情を見ていた。
「…………」
ふと、何か呟かれた気がして日番谷は濡れた瞳で見上げる。
すると市丸の顔が近付き、唇に唇を押し当てられた。
久しぶりの唇への愛撫に日番谷も目を閉じそれに応えるように中へ舌を誘い込む。
だが市丸の舌はその誘いに乗ることなく薄く開いた小さな唇に軽く啄むような口付けだけを繰り返していく。
(………あ、これ…)
いつも市丸が負担のかかる自分を気遣うときにしてくれてた──。
途端胸が熱くなるのを感じて直ぐに目をキツく瞑る。
今の、ひたすらに自分を求めてくる彼を望んでいるくせに、以前の優しい愛撫が恋しくなるなんて。
でも───
下半身に圧迫感を感じて目を開けると目の前には市丸の顔。
唇を離し、耳元で「好き」と熱っぽく囁かれ、思わず日番谷は市丸に抱き付いた。
市丸は驚いた風に一瞬動きを止めたが、日番谷が何も言わないため、また動きを再開した。
抱き付かれたままゆっくり腰を進め、だんだん激しくしていく。
日番谷の掠れた喘ぎと濡れた音が響き、彼が気を失うまでそれは続けられた。
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