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story
咎罪ノ刻(氷日)

こんな小さな子供が、己の主になるなんて思ってもみなかった。
正直、自分を使うのは無理だと。
力自体に飲み込まれてしまうのではと。
そう思った。

だけど、

私世界に赴いたアナタのその瞳が、揺るぎなさが

私の全てを囚えた。













「冬獅郎」

腕の中にある体温の持たないソレから声を掛けられ、銀髪の子供は月を眺めていた顔を手元に移した。

「……何だ、氷輪丸」

宵に浮かぶ金色の珠が、縁側に佇む少年の輪郭を照らす。
瞳の色が反射して黄色に輝いていた。


「泣かないのか」


そう言われ、子供の目が大きく見開く。
金色の光が、更に広い面積に映って、小さな太陰のようだった。

何度かの瞬きの後、銀髪の子供は小さく息をついて、
そして、

綺麗に微笑んだ。



「どうした、いきなり?」

柔らかく聞き返す少年からは、普段のキツい堅白な印象は全く感じられなかった。
それが逆に、氷輪丸には痛々しく見える。

「今日…何かあったのか?」

「…質問してるのは俺なんだけど」

そう言って、また笑う。
いつからこんなに寂しそうに笑うようになったのだろうか。

ずっと見てきたのに、長い間気づけなかった自分。
この子供が笑うときは、泣きたい時だというのに。



「泣かないのか」



もう一度、問う。

ゆっくり首を振る少年。

寂しそうな笑みが強張るのを見たら、どうしても



抱きしめたくなった。










「───…氷輪丸、それ‥反則」

「……アナタが泣かないから」

突然の具象化に悪態を吐きつつも、大人しく腕に収まっている子供が愛しくて、髪に唇を落とす。

本当は龍の姿が自分の真姿なのだが、何時も、この子を抱き締めたいがために人の姿を模している。

同じ人間の姿なら、この子が安心するから。
温もりを感じられれば、この子が素直になるから。

全て、アナタに必要とされたい自分の、身勝手なエゴに過ぎないけれど。


「…冬獅郎、泣け」

そう言って、顔を自分の胸に埋めてやれば、大人しく押し付けてきた。

月の光が、今度は項を照らし、浮き出たその頸の細さに驚く。

こんなに華奢な身体で、この子は一体どれだけの荷を背負って来たのだろうか。

自分も、その荷を重くしてしまった存在の一つに過ぎないのだと考えると、胸が切なくなった。


「…氷輪丸」

「……ん?」


小さく呼ぶ声に柔らかく答えると、力なく膝に乗せていた手が拳を作るのが見え、優しく背中を撫ぜてやる。


「強くなりたい…」


一言。

今にも泣き出しそうな声を押し殺し、しっかりとした口調で紡がれたソレに、抱き締めていた彼は優しくほほ笑んだ。

気付きはしないのだろう。

己のこの想いなど。



「…アナタは強い」

囁かれたそれに日番谷は頭を強く振る。


「…っつよく‥ないっ」

ぎりり、と音がしたかと思うと膝の上の拳から血が滲んでいるのが見えた。

「強いさ…」

その拳に手を添え、優しく開かせる。
一本一本、強情な主人の指を解いていき、現れた紅いそこを今度は自分の手の平で隠した。

「…氷輪丸っ」

優し過ぎる動作でやんわりと手を包み込む大きな手のひらに、日番谷は焦った声をあげる。
瞳が不安に揺らめき、そのすぐそばに唇を落とせば静かに瞼が下ろされた。

「アナタは強い」

尚も続ける氷輪丸に、日番谷は表情を隠すようにその厚い胸板へ顔を押しつける。

「…ばか…やろ」

肩が震えるのを黙って見つめ、氷輪丸は銀髪を優しく梳いてやった。
拳を造っていた手は大きな手に包まれ、今度は震えながらその手を握り締めている。
まるで弱い自分をさらけ出すことに怯えてるように。

この小さな主人にとって、拳を握り締める行為が涙を塞き止めるせめてもの防衛手段だと知っていた。
泣くことは弱いことだと思っているこの子にとって、それを促される事はひどく自尊心を傷つけただろう。

だけど、涙は必ずしも弱さの象徴とは限らない。

何より、今のアナタは涙を必要としているではないか。

そして、その理由は恐らく。




「今日‥会ったんだな」

「………」

主語もない質問にも似た確認に、それでも意味を理解している日番谷はコクリと頷き、泪で仄かに赤くなった瞳をうっすらと開けた。

その翡翠色の宝石に映るのは主人を抱き締める自分でなく…。

能面のような笑い顔が氷輪丸の頭を掠める。


「ひどく…傷つけた」

「……冬獅郎」

「あいつの…あんな顔、見たくないのに…」

「………」


一度、口を出てしまった懺悔は止まることがなく、時折混じる嗚咽とともに氷輪丸を戒める。



本当は、聞きたくもない。
耳から神経が蝕まわれていく。

どうして、アナタはあの男ばかり見ているのだろうか。

どうして。




「ヒドい事ばかり言って…っほんと馬鹿だ俺」

「………」

「っ…こんなに…好きなのにッ…」






胸が、
張り裂けそうだ


アナタは自分を弱いと言う。
一人の相手の挙動に一々振り回される自分は弱くて、脆いと。

だから、そんなものにも揺るがない強いココロが欲しいと言った。

馬鹿な子供。

想いにさえ反応しない強いココロなど、空しいだけなのに。
そんなココロは必要ないのに。

でもね。


「……アナタは強いじゃないか」

「…え」

「周りが勝手に募らせた期待にも応え、嫉妬した連中の中傷や嫌がらせも撥ね除けた。あんなにも重い荷を背負い尚…私を従わせた。アナタは十分過ぎる強さを持っている」

「それとこれとは関係な…っっ」

人差し指を唇に宛て、反論しようとする口を難なく塞ぐ。

愛しい子供。


「人を想う気持ちの強さに、アナタの言う強さは必要ない」

「……氷輪丸」

「私は、想う人に弱くなればなるほどその想いは強くなるのだと思うよ」

『アナタを想う私のように』

それは決して音を成してはいけないものだけど。

愛情を正確に理解する前に早く成長し過ぎたこの子は、想いが生み出す強さを知らないのだろう。
日々募る愛情の深さに慣れないココロが、変な焦りと不安を生み出すから、弱いという錯覚を起こす。

「…ほんとは、そんな不安知って欲しくなかったのにな」

「…え、今なんて」

心の中で呟いた言葉が声に出ていたらしい。
氷輪丸は苦笑しながら日番谷を抱き寄せた。

「好きですよ、アナタが」

「俺も氷輪丸は好きだ」

また、苦笑が零れてしまう。
だって
それは家族に寄せる愛情だから。

私のコレとは重みが全然違う。


それでも、ぎゅっと腕を回して来た姿が愛しくて静かに「ありがとう」と囁いた。


「さぁ、そろそろ寝ないと。明日は早いのだろう」

「うん。…なぁ氷輪丸」

「うん?」

「まだ、お前の言う強さとかはよく分からないけど…」

「……」

「少し、気持ちが楽になった気がする…」


「…そうか」


「ん…ありがとう…」

「…あぁ」

お礼を述べた声は小さくなっていき、しばらくして寝息が聞こえて来た。
泣いて疲れたのか、その眠りは深いようで少し動かしても起きる気配はない。

氷輪丸は一度眠りやすいようにその体を抱き直すと、夜空を仰いだ。

月はこんなにも美しいのに愛でる気が起きない。
最も愛すべき人を愛でる事の許されない自分に何を愛でられるだろうか。

ほんとは、この子が想いを寄せているあの男も、この子に同じ気持ちを抱いていると知っていた。
だけど、どちらも相手に嫌われると思い込んでいて、お互い想いを告げられずにいるのだ。
この事に唯一気付いて居るのは自分だけ。
自分が一言知らせてやれば済むすれ違いも、きっとまだ続くだろう。

私は強いココロも、弱いココロも持っていない。
醜いココロだけしか持ってないから本人が気付くまで決して教えてなどやらないのだ。

そうすれば、まだしばらくはこの子は自分だけのもの。

だからどうか気付かないで。

私からこの子を奪わないで。

離れて行かないで。


醜い、


醜い。


腐敗しきったココロがそう叫ぶ。








月の光が雲に隠れ、辺り一帯が暗くなる。
闇が二人を隠している間に、氷輪丸は小さな唇にそっと自分の唇を重ねた。













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