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story
アルコールマジック(市日/裏アリ)

「てめぇら…今は執務時間のはずだろう」

呆れ返った声が部屋に響いた。


先程まで他隊に赴き、次の共同虚退治についての作戦を練ってきた日番谷は、戻ってきた自分の隊の豹変っぷりに顔を引きつらせた。
出かけていた時間は3時間程だったのにも関わらず、この有様は何だ。

「あ、隊長、一緒にやりましょうよ」

手に持つ瓶を振りながら、自分の副官は仄かに赤くなった顔を日番谷に向ける。
しかし日番谷はそれを無視し、執務室内の様子を伺った。
中央に置いてある大きな机。その上には幾つもの酒瓶が並び、書類は丁寧に脇に避けてあった。
床にも、机には置ききらなかったのだろう、酒瓶が並び、電気に照らされ鈍色に光っていた。

そして、机を囲むように座る奴ら。
日番谷は重くため息をつくと中に入った。

「…阿散井」

「へ?あ、ひゃい!なんしゅかぁ〜たいちょ〜」

一番手前にいる赤髪に話しかけるも、明らかに出来上がっている。
一瞥して相手にする気が失せ、奥に進むといきなり横から手が伸びてきて、日番谷はソファーに連れ込まれた。

「んなっ…てめっ修兵!!!!」

「シロ…お前柔らけぇな」

抱き止められ、膝に乗せられると、檜佐木が首元に顔をうずてきた。

「お前まで酔ってんのか!!??」

日番谷は慌てて膝から退こうとするが、ガッチリ体に腕を回され出来なかった。

「あぁ〜ずりぃんだ、先輩。俺も〜」

日番谷が抱き上げられるのを見た阿散井が、虚ろな目をしながら近づいてきた。
そして同じくソファーに座ると、日番谷を奪うべく腕を伸ばす。
だが檜佐木が離すはずもなく、それに気づいた阿散井は仕方なく銀色のやんわりとした髪を撫でた。
日番谷はピクピクと顔を痙攣させつつも、酔っ払い相手なんだからと自分を諭し、特に抵抗は見せなかった。

普段は真面目な二人がこんな状態になってしまった事に、日番谷は引きつった顔を、これの原因であろう人物へと向けた。

「松本、京楽…ちゃんと説明するんだろうな…」

名指しされた二人も出来上がっていて、松本は向かいのソファーに、京楽は床に胡座をかき、それぞれの酒瓶を楽しんでいた。

日番谷にジロリと睨まれ二人は顔を見合わせると、一人はケラケラ笑い出し、一人は苦笑した。

どちらの態度も気に喰わず、日番谷は咎め叱るように話を促した。
するとケラケラ笑っていた方が、涙を拭きながら日番谷を見つめると、またもや笑い出した。

「…松本…そんなにも減給されたいのか」

米噛みに青筋を立てながら勤めて平静に声をだすが、酔っ払いに通じるはずもなくヒィヒィ言いながら松本は口を開いた。

「だってっ、たいちょ…修兵に抱っこされてて可愛いっ、アハハ」

コイツは駄目だ…
そう悟った日番谷は白眼視しながら、苦笑する京楽へと視線を移した。
それに気づいた京楽は、参ったね、と頭を掻く。

「ほら、今日は随分と底冷えするだろう?
美味い酒が沢山手には入ったから、少し飲んで温まったところで仕事をしようかと思ってね」

バツの悪そうな顔を見るに、コイツも悪気はなかったのだろう。
そう思ったが。

「誘う相手を間違えたな」

溜め息をつき、自分の副官を見る。

夜飲むには、松本は酒飲み仲間としては最高の連れ手だろうが、昼寝飲ますべきではないのだ。
松本は兎に角飲む。昼間だからとは関係なく、美味しい酒を出されれば食い付くに決まってる。
時と場合によって飲む量を調節するヤツではないことを日番谷はよく知っていた。
しかも絡み酒で、酔った後は兎に角遊べる相手を探し、絡んでくるのだ。
檜佐木も阿散井も、大方書類を持ってきた所を松本に捕まったのだろう。

日番谷は再びため息をついた。

夜ならば多少の無礼講は許せるにせよ、今はまだ昼間の三時。
執務時間真っ盛りの今、無礼講などと言ってられない。
まだまだ書類は山積みなのだ。


日番谷はチラリと自分の副官を盗み見る。
既に笑い終えたらしく、新しい酒に手を伸ばしていた。


仕事はしたい。
しかし、これでは副官は全くもって使えないだろう。
まだ残る仕事を今日は日番谷一人で片付けるしかない。


(明日はこき使ってやる…)

唇を噛みながら、そう心に誓った日番谷であった。

「まぁ、そうカッカしなさんなって。どうだい日番谷くんも?」

「まだ執務中だ、遠慮する。」


京楽の誘いに冷たく返し、日番谷は檜佐木から離れるべく体に回っていた手を無理に剥ぎ取る。

「シロ〜?」

「お前等は自分の隊に戻って仕事しろっ。京楽、てめぇも温まったならサッサと其れ片付けて帰れ」

膝から飛び降り、そう声をかけると、つまらなそうにする男子共を尻目に、日番谷は隊長机の方へ足を向けた。

が、

「捕まえた」

「うわっ」

ドタンッ

足首を掴まれ、小さな体は床に倒れた。





「〜〜〜松本っ!!」

「はい、松本です」

いつの間にかソファーから床に正座して、自分の足を掴んでいる副官を睨みながら日番谷が咎めるように声を張り上げるが、やはり酔っ払い。全く堪えてないらしい。


「お前なぁ…いい加減に‥」

「修兵、恋次、ほらほら抑えて」

全くもって日番谷の言う事を聞こうとしない松本は、後ろに呆然と立っている二人に声をかける。

「は?? ちょっ…待て…うわっ!」

松本の言葉の意図を理解したらしく、檜佐木が素早く日番谷の背後に回る。

「シロ〜大人しくしろよ」

そして脇に腕を通し、上半身の動きを封じる。

「おいっ!離せっ」

「あ、なる程〜じゃあ俺も」

檜佐木の行動に、やっと理解した阿散井が、ばたつく足を抑えた。
それを見た京楽は肩を竦めた後、特に参加する意志もないのか、事の成り行きを面白そうに眺めている。
意味が分からずに、怪訝な顔をしつつも抵抗を試みる日番谷。
そんな日番谷の様子を満足気に見つめていた松本は、手に持った酒瓶を、動きの封じられた子供の前に突き出した。

「何の真似だ…」

「たいちょーも飲みましょう」

満面の笑みで自分の隊長に酒を勧める松本。
手に持っているのはかなりアルコール度の高い酒だ。

「〜〜だから仕事中だって言ってんだろ!!!」

「堅いこと言わな〜い。ささ、一気にいきましょ」

そう言うと瓶の口を日番谷の小さな口にグイグイ近づける。

「松本っ…や、止めっ…!!」

「ほら、シロ。口開けねぇと飲めないだろ」

「っ…」

「はい、あ〜ん」

檜佐木によって固定された口に、透明の液体が並々注ぎ込まれた。

「んん―――!!」













その頃、十番隊に続く廊下を音もなく歩く人影。

(全く、イヅルの阿呆)

傍からみれば何時もの狐顔。だが、本人はご機嫌斜めであった。
袖に腕を隠し、歩きながらも自分の副官への不満を洩らす。

(仕事なんかムリヤリやらせるから、日番谷はんトコ行くの遅れてまったやないの)

ブツブツと頭のなかで副官への文句を並べる。
仕事をするのが隊長として当然の事なのに、本人は全くそう思っていないらしい。
副官の苦労が目に見えます。


(早よう日番谷はんを愛でたいわぁ……て、なんや騒がしいな)



執務室の前まで来ると何やら黄色い声が聞こえる。
しかも黄色い声と言っても、市丸の良く知る美人だけでなく男の声も混じっていた。

(どういうこっちゃ)

十番隊は日番谷のイメージから厳かな隊であると言われている。
副官のおちゃらけた性格は愛嬌として。
事実、隊員達の多くは仕事熱心で、真面目な性格をしているため、執務室は勿論、平隊員達の仕事場も威儀正しい雰囲気を漂わせているのだが…。


襖の向こうから聞こえてくる声には、その厳粛さは微塵も感じられなかった。

日番谷もいるはずなのに…と怪訝な面持ちで、襖の窪みに手をかけ開けると。


「日番谷隊長、ほらほらおいで〜」

「ん、いみゃ行く!」

手招きする阿散井の元に、素直に返事を返してトテトテ歩く日番谷の姿があった。

思わず開眼するギンギン。

「ひ…日番谷はん?」

間の抜けた声で呼びかけると、阿散井に向かっていた足をピタリと止め、こちらを向く可愛い子供。
目が合い、そして


「いちまる」

へにゃりと首を曲げながら可愛らしい笑顔。

(――――!!/////)


市丸は思わず鼻を押さえた。
普段から皆無とも言える程の希少価値を持つ日番谷の素直な笑顔に危うく足元を血の海にするところだった。

「あら、ギンいらっしゃい」

悶える市丸に声をかけたのは松本。
近くに来ると酒の匂いが強く香り、酔っている事がわかった。

「ら…乱菊…日番谷はんがっ」

「可愛いでしょ〜たいちょーてば酔ってんのよぉ」

「酔って…?」


そういえば、可愛いらしい笑顔は仄かに上気している。

市丸を確認したあと日番谷は、再び阿散井の方を向くとまたトテトテと歩いた。

「あばらい」

先程市丸を呼んだような舌っ足らずな声で赤髪の男の名を呼ぶ。
悶えていた市丸の動きが止まった。

「日番谷たいちょー可愛い〜っす」

「むー」

開かれた両手の中に包まれる小さな肢体。
抱きしめられたことで、阿散井の死覇装に顔が埋まり、くぐもった声がした。

「なっ…日番谷はん!!」

急いで二人を引き離す市丸。
ぷはっと顔を上げた日番谷を自分の元へ引き寄せ、キョトンとしている阿散井に冷たい視線を送る。

そこで初めて市丸は室内の様子を見渡した。



床や机には大量の酒、酒、酒。

その酒に囲まれながらこちらの様子を興じているオヤジ。
未だに自分の手元を見て動かない赤毛猿。
手に持つ酒瓶を煽る金髪美人。
ソファーで阿散井の事を笑っている下品入れ墨。


市丸は事の次第に思い当たり、軽く息を吐いた。

(まぁた乱菊か)

その読みの正確なこと。
市丸は顎を手を添え、どうしたものかと考える。
すると、軽い筈の羽織りが急に重くなった。
何かと思い下に目を落とすと、小さな手が市丸の羽織りを引いていた。

「冬?」

声を掛けるとトロンとした瞳が市丸を映し、首を斜めにした。

「のどかわいた」

上目遣いで甘えるような声。
市丸はにやける顔を隠さずに日番谷を抱き上げると、何か思いついたように妖しく笑んだ。

チラリと酔っ払い共の様子を盗み見ると、それぞれ自分の世界を築いていて、最早誰もこちらを気にしていなかった。

更に妖しく笑うと、答えを待つ日番谷へと目線を戻した。

「咽乾いたんかぁ…」

コクリ
頷く日番谷。あどけなさが際立つ。

「せやけど此処にはお水ないで」

楽しそうに言ってやると、今度は小首を傾げて不安げな顔。
近くで良く見ると、虚ろな眼にピンク色がかった躰が、日番谷が酔っていることを物語っていて。
いつものキツそうな雰囲気など微塵もなかった。

「じゃあボクの部屋来る?飲み物置いてあるで」

「いく」

市丸の提案にふにゃりと表情を和らげて承諾する。
コロコロ変わる顔に市丸は微笑む。

(可愛らしいなぁ)

「ほな、行こか」

腕の中の頭が、縦に振られるのを確認して、市丸は賑わう部屋を後にした。



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あきゅろす。
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