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竜のみる夢 ※15禁
08


リルヴィーシュが宿の部屋に戻ったのは空が明るくなり始めた頃だった。
寝ずに帰りを待っていたカルーシュは、リルヴィーシュの顔を見ると「お帰り」と一言だけ告げ、そっと抱きしめた。



朝方ベッドに入ったカルーシュの腕の中でリルヴィーシュが小さな呟きを繰り返す。

「ありがとう」「ごめんなさい」と。

閉じた目から零れ落ちる涙をそっとぬぐってやる。
多分出掛けたのは「魔の森」。凶暴化したという魔獣にあってきたのだろう。

一緒に旅をするようになってからたまにリルヴィーシュが姿を消すことがあった。
「ちょっと出掛けてくる」といって出掛け半日もすれば帰ってくるのだが、帰ってくると目に見えて落ち込んでいるのである。

そんなことを繰り返していてある日気が付いた。リルヴィーシュが出掛けた後、オレたちが滞在している場所の近くで起きていた魔獣被害が無くなるのである。

人々が苦しむのを見ていられなかったリルヴィーシュが魔獣退治でもやっているのかと思ったのだがそれにしては「妖魔」や「妖獣」といわれる、もともとこの世界に存在する魔物たちの被害の話を聞いても動かないのである。

それで気が付いた。魔獣はもともと異界から召喚されたもの。
そしてリルヴィーシュも異界より召喚されたものである。
つまり同じ世界から呼ばれた? そこまで考えてふと思い出したことがあった。

「ぼくの傍にはいつもたくさんの仲間がいたんだ」

おいてきてしまったから怒っているかも知れない、そういって少し寂しそうに微笑んだリルヴィーシュ。

消えてしまった魔獣がどうなったのかは分からない。もとの世界へ帰ったのか、消滅したのか。

リルヴィーシュの哀しむ顔を見たくないからほんとは今日だって行かせたくなかった。行けば泣くことになるのは分かっているのだから。けれど止めることは出来なくて。

悔しいけれど今の自分に出来るのは抱きしめることだけ。
ようやく涙のおさまったリルヴィーシュの頭を優しくなでて、その額にそっと口付けて囁いた。

「愛してるよ、リルヴィーシュ」



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



大国カルバーンの南の端に位置する港町。その町外れにある石造りの小さな家の中に一人の男が佇んでいた。顔を隠すように深く被ったフードからは青銀色の髪がひとふさ零れ落ちている。
彼の足元に転がるのは血にまみれ既に息絶えた年若い魔導師の死体。明るい栗色の髪は血に染まり、その目はもう何も映すことはない。

「もう一度逢いたくないですか?」

誰に、とは言わない。言った相手には態々言わなくとも通じるから。
男の言葉に部屋にいた「それ」の身体が震える。成人男性と同じくらいの大きさのそれに手足はなく、体中を黒く長い毛に包まれている。目も口も見当たらずどっちを向いているのかもわからない獣。獣といっていいかも分からないそれが嬉しげに声を震わせた。

『逢いたい……』

返ってきた答えに男は唇の端を持ち上げて微笑んだ。
聞かずとも最初から分かっていた答え。
あちらの世界からリルヴィーシュを追ってきたものにとって大切なのは「彼」だけであり、例え同郷のものであってもその他大勢のうちのひとつでしかない。本来は魔導師との契約に縛られる弱い存在などその辺の塵芥と変わりはないのだが……。

「それ」を縛る契約の主である魔導師はたった今始末した。後は目の前の黒い毛に覆われた獣にこの町で好きに暴れてもらえば良いのだ。

結果、この獣が誰かに退治され消滅することになろうと男の知ったことではない。
後はただ待つだけ。大切な「彼」がここに来るのを。




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