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竜のみる夢 ※15禁
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宿での話し合いの翌日、カルーシュ達はリルヴィーシュの魔法で跳んで一気にイエンの町まで移動することにした。イエンに向かった調査員が連絡を絶ったため国の中枢から派遣されることになったという調査隊との接触を避けるためである。

町の中に直接跳んでいきなり敵と遭遇することを避けるためイエンから歩いて半刻ほど離れた場所に跳ぶことにした。

そこから徒歩で町を目指したカルーシュ達は、町を発ったその日の昼前にはイエンの入り口に立っていた。






(格が違いすぎる)

初めて目にしたリルヴィーシュの魔力にレインは言葉を失くしていた。

本来一週間はかかる移動距離を二人の人間を連れて一気に跳びながらリルヴィーシュに疲れた様子はなく、身体への負担も違和感も全く感じられない。

離れた場所に一瞬で移動する「空間転移」は下手な魔導師がやれば身体への負担が大きく、転移後眩暈や吐き気に悩まされる難易度の高い高等魔法である。レインの知る限りこれだけの距離を二人もの人間を連れて、身体へ僅かな負担も与えることなく為しえる者は他にいない。

この国、大国カルバーンの魔導師長であり高名な魔導師であるユール=ディアス=フォールドでさえ、例えおのれ一人であろうとこれだけの距離を跳ぶことすら難しいであろう。

普段のリルヴィーシュは可愛らしいただの子供だがその秘めている魔力は計り知れない。彼を手に入れた主がもしも邪な考えの持ち主だったら、そう思うと身震いがした。

「神獣」といわれる程の魔力の持ち主であるリルヴィーシュを支配できるものがそうそういるとは思えないがもしもその主が世界の覇者を、若しくは世界の破滅を望んだ場合リルヴィーシュの魔力は脅威となる。

神獣とはいえ彼もまた召喚された獣なのだ。絶対に魔導師と契約を結ぶことがないとは言い切れない。現に眠りに就く前の彼は伝説の英雄セイ=ガーナ=ヴィオラードと契約した守護獣だったのだから。

強大な力を手に入れた者の多くはその力に驕り溺れ、手に入れた力が強ければ強いほどその力を誇示せずにはいられないものである。

そうして力に魅入られた者達が、彼らの尽きることのない欲望が、かつて世界を滅びへと導いたのである。神獣の力は諸刃の剣。荒廃した世界を救える程の力が世界を滅ぼす力にならないとは限らない。

(まあ、考えても仕方がないか…)

まだ起こっていないことをうだうだと考えていても仕方がないと目前の町へと意識を切り替えたレインだったが、先を行く二人を追いかけて町の入り口に立った瞬間、息を呑んで立ち尽くした。

「っ…!」

目の前に広がるのは舗装された道路と石で出来た小造りな家々。過疎化が進んでいて20家族程が住んでいるだけの、町とはいえない程に小さな集落ではあったが、町の何処にも人の気配は感じられず、変わりにおびただしい数の血痕が舗装された石畳のあちこちに乾いてこびり付いていた。場所によっては血溜りの痕と思えるような大きなものもある。

「なんだ、コレは…」

予想外の光景とそれが示す現実にごくりと喉が鳴る。

いくら小さな町とはいえ、真昼間のこの時間に人っ子一人見当たらないのはおかしい。海鳥に猫に鼠、見張り番と警護も兼ねて飼われている筈の犬。人だけでなく生き物の気配そのものが全く感じられない。そして路面に残されたおびただしい数の血痕。

無人の町を包んでいるのは不自然な静寂とピンと張り詰めた緊張感。物陰に隠れて息を潜め、仕掛けた罠に獲物が掛かるのをじっと待っている誰かの気配を感じる。

ある程度の覚悟をしてはいたが予想以上の惨状にカルーシュとレインの二人は息を呑んで固まっていた。この惨状を見る限り、恐らく町の中に生き残っているものはいないだろう。

「ここからは僕一人で行く」

固まる二人を余所にカルーシュを仰ぎ見るリルヴィーシュに特に緊張した様子はなく、ふんわりと微笑むといつもと変わらない調子でそう告げた。

「ヴィー!」

思わず止めようと声を上げたカルーシュだったが、真っ直ぐに見つめてくるリルヴィーシュの強い眼差しに何も言えなくなってしまう。

「カル、約束」

言われた言葉にぐっと拳を握り締めた。

―――何があっても絶対に手を出さない

昨日交わしたばかりのその約束がカルーシュを縛る。

(ここまで来て、やっぱり俺には待つことしか出来ないのか…)

この惨状は間違いなく魔獣の仕業なのだろう。そしてそうである以上リルヴィーシュはまた泣くことになる。それは確信。

見ていることしか出来なくてもそれでも傍にいる、そう決めたのは自分自身。だから、言いたい言葉を飲み込んで今この場で言うべき言葉を口にする。

「分かった、ヴィー。待ってる。だから…」

行っておいで。そう言って送り出した。




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