竜のみる夢 ※15禁
11
三人での旅はとても順調だった。
レインが旅の仲間に加わって十日近く経っていたが、魔の森と呼ばれる国境の森を抜ける時も、森を抜け関所から一番近い町へと移動する道中でも、魔獣にも妖獣にも野盗にさえ一度も出会うことなく無事に町まで辿り着くことが出来たのだった。
(ありえない…)
順調すぎる旅にレインは内心で呟いていた。
奇跡とも言える程の幸運。危険といわれる魔の森を旅程に含んでいてこれだけの期間魔獣にも妖獣にも全く出会わないなどありえないことだった。
―――世界を救いし神獣
浮かんだ言葉にレインはおそらくこの幸運の主であろう少年に視線を向けた。
カルーシュに邪魔されてはっきりとは確認出来なかったけれど、おそらく神獣リルヴィーシュと同じ名を持つ少年。
レインはもしかしたら、と思っていた考えが確信へと変わるのを感じていた。
「お帰り、カル」
宿の部屋でレインと二人、大人しく留守番していたリルヴィーシュの笑顔の出迎えにカルーシュの眦が下がる。
「ただいま、ヴィー。いい子にしてたか?」
ぱふっと抱きついてにっこり笑って「うん」と頷くリルヴィーシュにカルーシュの頬は緩みっぱなしである。
額にだたいまの口付けを落とすカルーシュにリルヴィーシュが幸せそうに顔を綻ばせる。
そんな二人の様子にレインは首を傾げていた。
(何でこれだけ甘ったるい空気を醸し出せるのに未だに恋人未満なんだ?)
道中何度も煽っているのにちっとも進展しない二人の仲に、レインの『カルーシュの初恋を実らせよう計画』は停滞状態である。もっともカルーシュにいわせれば余計なお世話でしかないのだろうが。
そんな埒もない事を考えつつ、二人だけの世界をつくり上げすっかり存在を忘れられてしまっているレインは溜息を吐くことで自分の存在をアピールするとカルーシュに顔を向けた。
「で、どうだった?」
レインの問いにカルーシュの顔から笑みが消える。新しい町に入ったら先ず情報収集を行うのはいつものこと。けれど今回はいつもとは少々事情が違っていた。
きっかけは国境の森を抜けた先にあるカルバーンの関所で耳にした兵士達の噂話だった。
―――港町イエンと連絡がとれないらしい
この話に最初に反応したのはリルヴィーシュである。何か考え込んでいる様子のリルヴィーシュにカルーシュは眉を顰めた。
イエンは港町とはいっても細々と自給自足で暮らしているような片田舎である。昔は漁業が盛んで多くの人で賑わっていたらしいが、王都からより近く交通の便のいい場所に新しく大きな港が出来たため次第に廃れていった小さな町である。
大陸の片隅にある小さな町で何があるとも思えないが嫌な予感がした。リルヴィーシュの様子が魔獣に関する噂話を耳にした時と同じだったからだ。
「ヴィー、駄目だよ。まだ決まったわけじゃない。町に行って情報を集めよう。それからどうするか決めよう」
いつものように何もいわず一人で行ってしまうのではないかと思ったカルーシュは咄嗟にリルヴィーシュを引き止めていた。原因が魔獣であればリルヴィーシュは動く。カルーシュにそれを止めることは出来ない。
けれど今回は気になることがあった。リルヴィーシュと旅をするようになって以来ずっと、どんなに撒いても執拗に追いかけてきていた気配が、狩猟小屋からカシュへと移動した後それまでの執拗な追跡が嘘のようにその気配がぱったりと感じられなくなっていたのだ。
おかしいと思っていたところにイエンの話を聞いてもしかしたらと思った。いくら追いかけても捕まえる事が出来ない事に焦れた敵が、追いかけるのではなく罠を仕掛けて誘い込もうと考えたとしても不思議ではない。
カルーシュは自分の提案にリルヴィーシュが小さく頷くのを見てほっと安堵の息を吐いた。
特に急ぐ用事もないからと暫く同行する事になっていたレインに説明を求められたが、イエンを目指すという事と「魔獣に襲われた可能性がある」という事だけを伝えた。
レインは二人の様子から恐らく魔獣に用があるのはリルヴィーシュだろうと考えた。そしてそれは多分彼が「リルヴィーシュ」であることに関係していると。
何故連絡が途絶えたというだけで魔獣に結びつけることが出来るのか、どうしてそんな危険な場所へわざわざ向かうのか。聞きたいことはたくさんあったがレインは敢えて何も聞かず当初の予定通り同行する意思を伝えるのみに止めたのだった。
宿の部屋の中、町での情報収集の結果を問われたカルーシュはレインからリルヴィーシュに視線を移した。
「ヴィー、話をする前に約束してくれるか。決して一人では行かないと」
真っ直ぐに自分を見つめて紡がれた言葉にリルヴィーシュの顔が綻んだ。
心配してくれることが嬉しくて、その温もりをもっと感じたくてカルーシュの胸にそっと顔をうずめる。
「何があっても絶対に手を出さないって約束してくれる?」
抱きしめていたカルーシュの腕から身体を起こしたリルヴィーシュは、カルーシュを見つめて言葉を続けた。
「駄目なら一緒には行けない」
穏やかな瞳で真っ直ぐに自分を見つめながら言われた言葉に、リルヴィーシュを抱きしめるカルーシュの腕に力がこもる。
カルーシュにも自分が一緒に行ったところで足手まといにしかならないことは分かっている。危険なのは百も承知だ。
けれど、それでも独りで行かせてはいけないと思った。
いつも待っていることしか出来なくて、傷ついて戻ってくるリルヴィーシュを抱きしめることしか出来なかったけれど、例え役に立たなくてもリルヴィーシュが傷つき泣いている時に独りで泣かなくてすむように傍にいてやりたい、そう思った。
今回カルーシュが町で仕入れてきた情報は今までの魔獣に関する話と比べて特殊でひどく作為的な匂いのするものだった。何が待っているか分からず、もしもの時に何もせずにいることなど約束出来そうになかったけれど、それでも。
リルヴィーシュの言葉に、独りで行かせるよりはと渋々ながら頷いたカルーシュは改めて町で仕入れてきた情報について話始めたのだった。
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