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竜のみる夢 ※15禁
10


空は青く澄み渡り、はるか上空を白い雲がゆっくりと流れてゆく。
早朝の冷たさを孕んだ風が優しく頬を撫でてゆく心地の良い朝、のどかな一日の始まり……のハズだったのだが――――。


その日、カルーシュ=アスリーンはもの凄く機嫌が悪かった。眉間による皴の深さが一目瞭然で彼の不機嫌さを表している。

(なんだってコイツと一緒にいなきゃいけないんだ!)

心の中で不満を叫びつつ、リルヴィーシュと並んで歩いている不機嫌の原因である赤毛の男を睨みつける。
しかし睨まれている当の男は全く気にすることなくリルヴィーシュに話しかけ、しかも楽しそうに笑いあっていたりした。
そんな二人の様子にカルーシュの眉間の皴がさらに深くなる。

(なんであそこで目をあわせちまったんだ…)

後悔先に立たず。カルーシュは昨日の出来事を思い返し大きくため息を吐いた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




リルヴィーシュが深夜一人で出掛け明け方に戻ってきたその日の午後、カルバーンに向かうため国境の森を抜けるのに必要なものを揃えようとリルヴィーシュと二人で町を歩いていた時のこと。視線を感じてふと振り向いた先に「彼」がいた。

レイン=シュレイル。カルーシュの兄弟子であり同じ魔導師に師事し共に学んだ男。
逢うのは7、8年ぶりだがその女性受けの良い男らしく精悍な顔立ちは最後に会った時と変わることなく、カルーシュより5つ年上だからもう38歳になるはずなのだが今でも20代前半にしか見えない。
無造作に首の後ろで一つに括られたやわらかく波打つ癖のある赤毛に鋭さを含んだダークグレイの瞳。日に焼けた肌と鍛えられた筋肉は魔導師というよりは剣士と言われた方が納得できる。

カルーシュが気付いたことに気付いたのだろう。真っ直ぐにカルーシュを捉えるレインの目に浮かんだのは人を小バカにしたような笑いだった。
カルーシュにとって二度と会いたくない、出来ることなら記憶から抹消したい人物として位置づけられている男は表面上はさわやかな笑顔を浮かべたままカルーシュに向かってゆっくりと近付いて来た。

「よう。久しぶりだなカルーシュ」

……見なかったことにしよう。話しかけられた瞬間そう思いくるりと背を向けようとしたが叶わなかった。

「久しぶりに会った兄弟子に対してそれはないよな? 偉大なる魔導師カルーシュ=アスリーン様?」

カルーシュを見つめてにっこり微笑むその笑顔はカルーシュにとって悪魔の微笑み。
フルネームでしかも周りに聞こえるように故意に大きな声で名を呼ぶ男を鋭い目で睨みつける。
「カルーシュ=アスリーン」の名は有名なのである。「伝説の神獣」を手に入れようと企んでいるものたちがいる以上、目立つことは出来るだけ避けたい。
しかもここは国境の森に近いシギの町なのだ。これから危険な森を抜けようとするもの達にとって魔導師は護衛として必要不可欠な存在でありそれが世界的に有名なカルーシュ=アスリーンとなればぜひとも同行をお願いしたいところであろう。
目立ちたくないのだからこんなところで大声で名前を呼ばれるのは出来れば遠慮したい。
カルーシュは内心で盛大に舌打ちをしつつ不機嫌さを隠さず、憮然とした表情で返事を返した。

「ああ。まだ生きてたんだな、レイン」

「そりゃ、お互い様だな」

カルーシュの態度に動じることなくにやりと笑みを浮かべたレインの瞳が、カルーシュの横に立っていたリルヴィーシュを捉え面白いものを見つけたというように目を輝かせた。

「で、カルーシュ。こっちのお嬢ちゃんは紹介してくれないのか?」

レインの言葉にカルーシュの眉間の皴がさらに深くなる。
紹介する気などない。この男の好奇心を満足させてやる義理も義務もないのだ。昔っから自分をからかって遊ぶことを楽しみにしているところがあるレインはカルーシュにとって天敵といってもいい存在だった。

「お前には関係ない……。行くぞ、ヴィー」

そっけなく言い捨ててリルヴィーシュの手をとると踵を返しさっさとその場を立ち去るべく足を踏み出した。
しかし敵もさるもの。嫌がっているのは一目瞭然なのに全く気にすることなく付いてくる。

「俺はレイン。レイン=シュレイル。お嬢ちゃんの名前は?」

対象をリルヴィーシュに変更したレインの問いに、きょとんとして二人のやり取りを見守っていたリルヴィーシュは、くったくなく答えを返していた。

「僕はリルヴィー……」

「ヴィー!」

カルーシュの焦った声にリルヴィーシュの言葉が途切れた。なに?と首を傾げるリルヴィーシュを引き寄せレインの様子を伺い、その底意地の悪い光を浮かべた瞳に気付き内心で本日二度目となる盛大な舌打ちをした。

(気付かれたか?)

一般的に召喚獣は獣の姿をしているものと思われており、まさか目の前の愛らしい子供が伝説の神獣だとは思いもよらないだろう。
だが、昔から「神獣の加護が得られるように」という思いを込めて、生まれた子供の名前の一部に「リル」が使われることは多いがさすがに神獣と同じ名前を付けるのは恐れ多いらしく「リルヴィーシュ」と名付けられることはまずないのである。

勘のいいレインのことである。確信はなくとももしかして、とは思っただろう。
余計な情報を与える前にさてどうやって撒こうかと考えているとレインが口を開いた。話しかける相手はリルヴィーシュである。

「カルバーンへ行くんだろう? だったら一緒に行かないか?」

一人旅で寂しかったんだ、と言うレインにリルヴィーシュが嬉しそうに微笑んでこくりと頷く。
冗談じゃない!というカルーシュの叫びはリルヴィーシュの嬉しそうな笑顔を見た瞬間、口から出ることなく飲み込まれた。
大きな瞳を期待に輝かせ「いい?」と可愛らしく小首を傾げて同意を求めるリルヴィーシュにどうしてダメだといえるだろう。これも惚れた弱みだとレインの同行を認めたカルーシュは、してやったりとにやりと笑みを浮かべるレインを目の端にとらえこっそりとため息を吐いた。自分をからかうことを生きがいにしているレインが大人しくただの旅の同行者でいるはずがないのである。

(はぁ……)

明日からの旅を思い同行を認めたことを早くも後悔するカルーシュだった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「カル、大丈夫?具合悪いの?」

昨日の出来事を思い出し物思いに耽っていたカルーシュはいつの間にか二人に遅れていたらしい。我に返ったカルーシュの顔をリルヴィーシュが心配そうに覗き込んでいた。
視線を前に向けると10歩程先でレインがにやにやと嫌な笑いを浮かべながらこちらを見ている。

「大丈夫。ちょっと考え事してただけだから」

そう言って微笑んで見せたカルーシュだったが、これではまるで二人が仲が良いことに拗ねて落ち込んでいるようだと思い、子供っぽい自分の態度に更に落ち込んだ。
そんなカルーシュをじっと見つめていたリルヴィーシュは少しばかり考えるように小首を傾げた後、カルーシュの服の袖ちょいちょいと軽く引っ張った。
どうした?と腰を屈め目線を合わせるカルーシュの頬にそっと両手を添え背伸びをすると引き寄せたカルーシュの額に優しく口付けた。

「………!!!」

カルーシュからすることはよくあるがリルヴィーシュからの口付けは初めてで、いきなりの不意打ちに唇ではなく額への口付けだというのにガラにもなく動揺し赤面する。
ガバッと上体を起こし真っ赤になって固まるカルーシュの身体をリルヴィーシュの腕が抱き込んだ。体格差があるため抱き込んだというより抱きついている、といった方が正しいのだが……。
しばらくぎゅっと抱きしめた後、カルーシュの背中に回された腕が優しくぽんぽんと背中をたたく。

「元気がでるおまじない」

僕が元気がないとセイがよくやってくれたんだ、そう言って微笑むリルヴィーシュの笑顔に、どうやら元気のない自分を慰めてくれているらしいと気付いたカルーシュは苦笑いを浮かべる。見上げた先に広がるのは清々しい青空。カルーシュはさっきまでの鬱々とした思いを追い出すように「うーん」と空に手を伸ばし大きく伸びをした後、にっこり微笑んでリルヴィーシュの額にお礼の口付けを落とした。

「ありがとう、ヴィー。おかげで元気が出た」

天気は良好、旅は順調。そして隣ではリルヴィーシュが笑っている。リルヴィーシュが喜ぶのならこの際余計なお邪魔無視の同行も楽しめる位の大人の余裕を見せてみよう。
少し先で自分たちを待っている赤毛の男を見やればいたずらを思いついた子供のような楽しげな眼差しでこちらを見ている。
まあ大人しく遊ばれてやる気もないけれどね。不適な笑みを浮かべ、リルヴィーシュを促してレインのもとへ向かうカルーシュの足取りは先程まで落ち込んでいたのが嘘のように軽かった。



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