6:マンハッタンのルール
Gossip Girl6:マンハッタンのルール
?「帰るんだったら、送って行く」
声に振り返ると、そこに立っていたのはアイザックだった。
「え?でも……」
パーティーの間、私はアレックス、マーク、アイザックの3人と一緒にいた。だけどアイザックとはほとんど話をしていない。接点といえば、パレスで私が火傷したときくらいだ。
(避けられてるのかなって思ってたんだけど)
私は確かめるようにアイザックの顔を見る。その瞳からはなんの感情も読み取れない。
「ご親切にありがとう。でも、私は大丈夫だから。アイザックはパーティを楽しんで」
アイザック「そうかよ」
私がやんわりお断ると、アイザックはあっさりと引き下がった。
(パーティーに連れてきてくれたアレックスには、ちゃんと挨拶して帰らないとね)
私はアレックスがいる席へ向かう。アレックスはマークや他の友達と楽しそうに話し込んでいる。
「アレックス。私、そろそろ帰るわ」
アレックス「帰る?」
アレックスが怪訝そうに私の顔を見る。
マーク「うっそ!冗談でしょ?パーティーが盛り上がるのは今からだよ」
「12時が門限なの。破ったら日本に強制送還だわ。」
マーク「門限が12時なら俺、強制送還されない日はないな」
マークが呆れたように笑うと、まわりの友達も顔を見合わせて笑う。
アレックス「どうしても帰るんだ?」
「うん、ごめんね」
アレックス「仕方ないな……」
アレックスが椅子から立ち上がる。
「え?」
マーク「もしかして彼女、送っていくの?」
アレックス「ああ」
アレックスが当然という顔でうなずく。
マーク「マジ?」
「アレックス、ありがとう、でも私なら大丈夫よ。」
アレックス「俺に恥をかかせる気?」
「え?」
アレックス「あんたを今日のパーティーに誘ったのは俺。パートナーをパーティーの途中でひとりで帰す……そんなダサいまねを俺にさせようっていうのか?」
「えっ、そんなっ…勿論そんなつもりじゃないわ!ごめんなさい」
マーク「エリ、もう少しだけいられない?」
「え?」
マーク「今から、もうひとり友達が来ることになっててさ、そいつ、海外を忙しく飛び回ってるヤツだから、今夜逃すと、俺たち、次いつ会えるかわかんないんだよね」
「今から来るの?」
マーク「たぶんもうそろそろだとは思うんだけど……」
マークは曖昧に答える。どうやらはっきりとした時間はわからないみたいだ。
(どうしよう。付き合ってたら、門限に間に合いそうにないよね、確実にマズイ!でも雰囲気的に断れないわ‥)
「‥‥わかったわ。もう少しだけ残る」
マーク「ほんと?」
アレックス「いいのか?」
「うん……」
(夜遊びして門限過ぎましたー、だなんて洒落にならないけど…)
?「さ、行くか?」
不意に誰かの手が私の肩に触れた
「え?」
アレックス「アイザック?」
いつの間にかアイザックが私の肩を抱いて、隣に立っていた。
「あ、あの……」
アイザック「なんだ、アレックスに言ってないのか?俺と一緒に帰るって」
「はっ?!」
(ど、どういうつもりかしら)
アレックス「どういうことだ?」
アイザック「連れの女をひとりで帰すわけにはいかないんだろ?」
アイザックが淡々とした口調でアレックスに言う。
アイザック「だからおまえの代わりに俺がこいつを送って行く」
アレックス「俺の代わりに……?」
アイザック「文句はないだろ?」
マーク「知らなかったなー、アイザックがこんなに女の子にやさしい男だったとは……」
マークが茶化すように言うと、アイザックはふっと意地悪な笑みをこぼす。
(………、)
アイザック「そうか?俺はいつだって紳士なんだよ」
マーク「紳士ねー」
マークがくすくすと笑う。
アレックス「どうするんだ?こいつと一緒に帰るのか?」
アレックスが私に尋ねる。
「えと……」
私はちらっと隣のアイザックを見る。どういうつもりで言ってくれたのかはわからないけれど、とりあえず彼の申し出に乗れば、すんなりここから抜け出せそうだ。
ラッキー!!!
「アイザックに送ってもらうわ」
アレックス「そう。じゃあ、この後のエスコート役はアイザックに任せるか」
アレックスはそう言うと、椅子に座り直す。
アイザック「さ、行くか」
「うん!」
マーク「エリ!
気・を・つ・け・て帰ってね」
私が帰宅できる喜びを噛みしめているとマークが少し意味深に私の顔を見てウィンクした。
フロアを抜けていこうとすると、取り巻きの女の子たちを引き連れたブレアが近づいてきた。
ブレア「ハイ、アイザック。楽しんでる?」
ブレアは私の姿が見えていないかのような態度でアイザックに話しかける。別にいいけどあからさまな態度に多少はムッとしてしまう。
ブレア「探してたのよ、あんたを。この子がさっき話したレイチェル」
ブレアは隣にいた女の子をアイザックの前に押し出す。レイチェルはちらっと私を見てから、アイザックに話しかける。
レイチェル「ハイ」
アイザック「ハイ」
アイザックは品定めするような目でレイチェルを見る。レイチェルはアイザックのぶしつけな視線に、はにかんだような笑顔を見せる。どうやら、彼女はアイザックに気があるようだ。正直私には関係ないので肩身が狭く感じてしまう。時刻は11時10分を過ぎた。
(私、早く帰りたいんですけど‥!)
ブレア「ねえ、2人で向こうで話してきたら?」
アイザック「悪いが、もう帰るところなんだ」
そう言いながら、アイザックは私の肩を抱いて引き寄せた
(えっ?!)
慌ててレイチェル達ににっこりほほ笑む。
てっきり私を放置して二人でゆっくり居るのかと思ったのに。
すると、レイチェルの顔色がさっと変わった。
ブレア「帰るって、まさかその子と?」
アイザックは返事をする代わりに、私の体をぐいっと引き寄せ、にやっと笑う。
ブレアは憮然としながら私を見て言う。
ブレア「あんた、アレックスのお連れ様じゃなかったっけ?」
「まあ、そうだけど…」
アイザック「ついさっき、アレックスと交代してね」
アイザックが涼しい顔で言う。
ブレア「呆れた。一晩で男をとっかえひっかえ、あんたってとんだビッチね」
「なっ!!」
さっと顔が赤くなるのがわかる。あんたが言うか!!と声を張り上げたくなるのを必死にこらえてると隣のアイザックがふっと吹き出した。
アイザック「よかったな、エリ」
「はあ!?」
アイザック「ビッチってのは最高のほめ言葉だ。このアッパーイーストじゃ」
「ほ、ほめ言葉?!」
(全然嬉しくないいんだけど!!)
アイザック「そうだろ?ブレア」
アイザックはにやにや笑いながらブレアを見る。
アイザック「なんたって、『ゴシップ・ガール』も認めるアッパーイースト1番のビッチはおまえだからな」
ブレア「は?私?」
ブレアが「呆れた」という顔でアイザックを見る。
アイザック「それじゃ、お先に失礼するよ」
背中にブレアの冷たい視線を感じながら、私はアイザックと出口へと向かった。
会場を出ると、ぱらぱらと小雨が降っていた。私はアイザックとタクシーに乗り込む。タクシーはゆっくりと夜の街へと走り出す。
「あの、なんかごめんね、よかったの?」
アイザック「なにが?」
「なにって、あの、レイチェルって女の子」
アイザック「……ああ、俺はアッパーイーストの女は嫌いなんだ」
「アッパーイーストの女?すごく限定的な言い方だけど」
アイザック「頭が悪いクセにプライドだけは高くて、エステとファッションにしか興味がない」
「あはは!確かにね、」
アイザック「ブレアが俺にあてがってくる女は大抵そうだ」
「てゆーか、もしかして彼女を避けるために、私に一緒に帰ろうって言ったの?」
アイザック「ああ。女避けには女。一番手っ取り早い。たとえそれがお前でもな」
アイザックはあっさりとうなずく。さらりと失礼なことを付け足すのを忘れずに。
「‥‥あ、そう」
アイザック「なんだ、不満か?」
「……別に。あなたがどうして私に親切にしてくれるのか不思議だったけど、そういう理由なら納得よ」
アイザック「おまえだって、あのパーティーを抜け出すために俺の誘いに乗っただけだろ?」
「それはそうだけど……」
アイザック「お互いにお互いを利用した。ただ、それだけのことだ」
(利用した……か)
私は黙り込んだまま窓の外を眺めるアイザックの横顔を見る。冷たいし、態度も横柄だし、いかんせん会話が全く続かない。
はっきり言って、かなり苦手なタイプだ。
なのに、拒絶しきれないのは、たぶん、パレスホテルでのとき。何もわからない私の腕をとって、彼が直ぐに救護室につれっていってくれたから。
(優しいんだか、冷たいんだかよくわかんないんだよね)
「ねえ、アイザックのご両親って何やってる人なの?」
アイザック「は?なんだいきなり?」
アイザックが怪訝そうに私を見る。
アイザック「俺の身辺調査なんかして、どうするんだ?」
「そんなんじゃなくて。マークやアレックスもだけどさ、桁違いのセレブだからご両親はなにやってるんだろうって思ってたのよ。いいじゃない、おしゃべりに付き合ってくれたって。」
どんな人なのか興味を持ったため、私はなんとか話を続けようと努めたのだが‥‥
アイザック「断る。おまえに話すことはない。」
「え…?」
何の感情もない瞳を外に向ける彼に思わず地雷踏んだのだと気付かされた。再び重苦しくなる空気に耐えかねず、思わずごめん…とつぶやくとアイザックはため息をつき、淡々と話し始めた。
アイザック「…俺の親父は貿易商で四六時中海外飛びまわってる。んで『母親』という人物を飛び回った先で捕まえてきて結婚離婚の繰り返し」
やっとアイザックから喋ってくれたと思ったら、聞かされたのは意外な事実で。感情のない声で語り出す姿をみて、つい顔が暗くなってしまう、そんな私を見兼ねたのか彼は飽きれるように話を続ける。
アイザック「おい。……勘違いしてるようだから言っとくが、このアッパーイーストじゃ、親の離婚・再婚なんて日常茶飯事だ。二親まともに揃ってるヤツを探す方が難しい。みんな、親の色恋沙汰で一々大騒ぎするほど、ヒマじゃない」
「……」
言い返す言葉もなく、私は口ごもる。
つい先程まで愛ある家庭に育ったお坊ちゃんだと思っていたのに。
アイザック「なんだよ、黙って。おしゃべりに付き合えって言ったのはお前だろ?それとも同情してるつもりか?‥‥俺は口先だけの同情なんていらない」
アイザックは覗き込むように私の顔を見る。
アイザック「俺を慰めたいって言うんなら、もっと違う形で慰めてくれよ」
「えっ!?」
アイザックの手が私の手をとらえ、彼の顔がぐっと私に近づく。冷たく光る瞳が私を見つめる。
「…、」
私は無言でアイザックを押しやると、タクシー運転手に向かって声をかけた。自分でも驚くほど落ち着いてるのがわかる。
「とめてください」
運転手が急ブレーキを踏んで、タクシーを止める。
アイザック「なんだ、降りる気か?これからってところなのに……」
アイザックがふっと笑うのを見て、私は静かに視線を向けた。
アイザック「おい。……まったく冗談も通じないのか。つまんない女だ。まだ家は先だろ?いいから乗って行けよ」
「……、」
(アレックスにしてもアイザックにしても…女の子を物みたいに…)
私は何も聞こえなかったかのようにドアを開ける。
アイザック「おい!」
アイザックが伸ばした手が、一瞬、私の腕に触れる。でも私はゆっくりとその手を振り切って、タクシーの外に出た。
さっきより雨脚が強くなっている。振り返ると、呆れたような顔で私を見るアイザックと目が合った。
アイザック「……勝手にしろ」
アイザックはそう言って、バタンとドアを閉める。タクシーは雨に濡れる私を残して、あっという間に走り去っていった。私はビルの軒先に入って、雨を避ける。
(簡単に人の家族について尋ねちゃいけないのかもね…)
いらだちとやるせなさ、自己嫌悪が混ざって、なんだか最悪の気分だ。それに雨はだんだん激しくなってくる。
タクシーは通りかかるけれど、どれも満車。
(はーあ。仕方ない。歩いて帰ろう……)
時刻は11時30分すぎ。大丈夫、まだ間に合う。
雨の中を歩き始めると、すーっとリムジンが近づいて来て停車した。
(あれ?このリムジン……)
リムジンの後部座席の窓が開き、マークが顔を覗かせる。
マーク「あ、やっぱり、エリだった!」
「マーク……」
マークの顔をみると安心して泣き出しそうになった。それをぐっとこらえる。
停まってくれたのはアレックスのリムジンで、奥の座席にはアレックスも座っていた。
アレックス「アイザックと一緒じゃないのか?」
「えっと……」
どう答えていいのかわからず、私は口ごもる。
マーク「もしかして、あいつ、なんかやらかした?」
マークがなんだか楽しそうにきいてくる。
「いや、そういう訳じゃ…どっちかっていうと私が彼を怒らせたというか…」
アレックス「とりあえず、乗れば?」
「ありがとう、」
どもる私にアレックスは乗るよう促す。ふと通りを振り返ると、こちらを見ている背の高い男の人の姿。
(…あれって、)
マーク「どうかした?」
「あ……ううん」
車はゆっくりと走り出し、男の人の姿は人混みの中に消えてしまった。
アレックスたちに送ってもらい、私は門限の5分前に寮に帰り着くことができた。しかし、一向に気分は晴れず。どんよりした気持ちのまま濡れたドレスのファスナーを下ろした。
To Be Continuted...
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