SP
一日目:反するキモチ


♭ 一日目


「青山使里樹さんの警護を担当いたします一柳昴です。」

桂木さんに促され、私の前に現れたのは…



(えええええーっ?!)



叫びそうになるのを必死に堪える。
だって目の前にいる男性は…創立記念パーティで会ったあの男性だったから。



何で私がこんなことになったのかと言うと‥
皐月さんが政府高官と資源協力の件で中央アジアの国に行った際、なんと私も同行。
それを何かと勘違いしたのか国際組織犯罪グループが私をその政府高官の近親者だと思い込んだらしい。
最近国際組織による邦人殺害、それも要人の近親者を誘拐して交渉材料とする事件が多発しており、身の安全確保という理由で私にSPがつくのだ。
しかも8日間だけ。

なんで8日間だけなのよ?!とブチ切れそうになるも、それには理由がある。
丁度8日目に再び日本で会談を行うのだ。
それに乗じてその期間の前後に国際組織も日本に潜伏するかもしれないため、拉致されぬよう警護にあたるらしい。それなら一生私の専属SPにでもなってもらいたいが、税金を使用しているため最短の8日間。
それ以降殺されたらどうするのよ、全く!


まあ、経緯はおいといて‥



(こ、この人が私のSPなの?!)



動揺を悟らねぬよう、心を無にして落ち着かせる。ちらりと皐月さんを伺うと、何か苦痛を耐えるような表情だった


皐月「…使里樹さん、私の所為でこのような事に巻き込んでしまい申し訳ありません…」

「皐月さん…」


皐月さんが目を伏せながら謝罪する。そんな彼の姿に心が締め付けられた


皐月「使里樹さんの事を思えば、SPをつける以外最善の選択はありませんでした」


皐月さんの気持ちがが痛い程伝わる。私を心から心配する眼差し。



「大丈夫です、8日間だけですから」


私は努めて明るく振る舞うと、皐月さんの手を握った。


「落ち着いたら…また会いましょう」

絡めていた手の甲に唇を落とすと、その場にいた人達に一礼をし、部屋をでた。


ーー


一柳昴という男に連れられ自宅に向かう。
地下の駐車場に来た時、目にうつったのはスポーツカーで。



(随分立派な御身分ですこと)



皐月さんならここで柔らかい笑顔とともに扉を開けてくれるのになあ…
さっさと乗り込む一柳さんを尻目につい皐月さんと比べてしまう。



一柳「なんのつもりだ?」


シートベルトをしようとしたら、苛立ちを隠すことなくぶつけられ、思わず心臓が飛び跳ねた
さっきまでの態度とあまりにも違いすぎるので思わず別人かと疑ってしまう、



一柳「助手席に乗れよ」



(ああ…)



どうやら私が後部座席に乗ったことが許せなかったらしい



「…一柳さんは私の警護ですよね?後部座席に乗車させることは要人警護の基本ではないでし「だまれ。言われた通りにしろ」


しん、と静まる車内。



(…は、腹立つ〜っ!!)



私は…

ふう、とため息をつくと助手席に乗り移った
言い返してやろうと思ったが、8日間の辛抱だ。我慢、我慢…



「音楽は聴いても?」

一柳「好きにしろ」


態とらしく尋ねる。
鳴らされるアクセルを耳にすることなく、イヤホンをつけノートパソコンを起動し、自分の世界に入った


ーー


マンション前に到着し、てっきりここで別れるのかと思ったら、大きなトランクケースを抱える一柳さん。



一柳「お前の部屋に盗聴器がないか調べさせてもらう、」

「はっ!?」


思わず頓狂な声をあげてしまう
一瞬何を言っているのかわからなかった、



一柳「(…?)二度も同じ事を言わせるな。はやくドアを開けろ、」


苛立ちを含む機械的な言い方にイラっとするのをどうにか押さえ、一柳さんに向かいあう。



「お断り申し上げます」

一柳「はあ?」


怒りが最高潮になる彼に正面からきっぱりと断言する



「捜索、押収を行う場合、司法官憲の発する令状を要すると憲法35条に明記されてます」


「…おまえ、」



一柳さんは一瞬唖然とするも小馬鹿にしたような笑みを向ける。


「今までオトコいたことねーだろ、」



(!?、は、腹立つ〜!)
我慢できず、鋭く一柳さんを睨みつける



一柳「なんだよ、そんなに見られちゃマズイもんでも…あるワケ?」


手首を引き寄せられた瞬間、耳元で囁かれてびくん、と身体が強張った



(こ、コイツ〜〜!!)



「…っ!桂木さんにご連絡したいので携帯電話を貸していただけませんか?」


私の携帯は逆探知される可能性があるので使用禁止になっている。そのため何かあった時は一柳さんの携帯で連絡を取らなければならない。
私が何事もなかったかのように尋ねると…



一柳「だめだ、これは上からの命令だから抗議したって変わらねえ」

「…片付けるから外で少しお待ち頂く事は可能ですか?(ああああ、!まじ部屋カオスだからやばいやばいやばいっ、絶対人様に見せられない!)」



一柳「…(っ!、)」


いつもの凛とした声でなく、ねだる様な声色に一瞬、青山使里樹の素の表情が垣間見たような気がした


一柳「(なんだよ…コイツ)ダメだ。いくぞ。…因みにお前の言ってる住居不可侵は正当な場合のみ令状がなくても認められる。今回は緊急事態にあたるから捜索は正当行為だ。よく覚えとけ、」


つい意地悪な笑みを零してしまうと、観念したかのように深く溜息をつく青山使里樹。
完璧に作られたこの女に何が隠されているのか…
俺は少しばかり興味を持ってしまったのだ




一柳「……。」

「…何も言わないでください」



24時間私を警護するということで私のマンションに一柳さんはやってきた。
入った瞬間の第一声目はなし。
所謂、絶句。


目に飛び込むのは…
論文や文献の山脈。それらがジェンガのようにそびえ立ち、私たちの行く手を阻む。
まるで密林状態。
軽く触れるだけで全てが崩壊してしまうことは容易に想像できた

お前本当に女かよ?
ありえねー。ありえねぇ…。
ぶつぶつ呟く一柳さんは誰がみても驚きと嫌悪感丸出しだった。
女性というイメージが180度反転されたかもしれない。 確実にトラウマになっただろう。
そんな彼を他所に半分やけくそになりながら部屋へと促した。



(締め切り前だから部屋に入れるの嫌だったのに…)



飲みっぱなしのマグカップやペン、付箋、USBなどが辺りに散乱する中、抜き足差し足で部屋の中を慎重に進む一柳さん



一柳「おい、これ…」

「あー、それ公文機密書類なのであんまり見ないでください」

一柳「…どうやって手に入れた?」

「コネツテ賄賂接待その他諸々」

一柳「……。」


一柳さんは暫く秘境の地を徘徊していたが突然立ち止まり溜息をつく


一柳「お前さ…、お前がこういう性格だってこと北大路皐月は知ってるわけ? 」

「いや多分知らない… 」

一柳「だろうなぁ」

「さっ…皐月さんはこんな私でも深く愛情を注いでくれる…はず!」


あー、はいはい。一柳さんは憐れむように書類やら新聞の山を見つめる。ごもっともなので何も言えず、とりあえず私は積み重なる山を崩しにかかった。


ーー


盗聴器は発見されなかったらしい。こんだけ散らかった部屋だといくらでもバレなそうなのに、だなんてふと考えを必死に打ち消す。

私がデスクの上にある書類や論文をファイリングしている間、キッチンから換気扇の音とともにフライパンで炒める音、それにおいしそうな香りが漂ってきた



「? 」

一柳「…なんだよ、お前ファイリング終わったのか?」


さっきから私を残念な女として憐れむような目で見ていることにはとりあえず気にしない方向で。ていうか…



「エプロン可愛いっ、」

一柳「っ!!」


余りのギャップについ笑顔になってしまう
仕事一筋のエリートだと聞いていたし、冷たい感じだったから…
ふと並べられたお皿に目をうつす


「わあああ!美味しそう!! 」

一柳「…美味いに決まってるだろ。言っとくがな、片付けを終わらせない奴に食わせるメシなんて無いと思え」


えええ!驚愕の表情を浮かべる私に喝を入れる。…まるで小さい子を躾る母親のようだ。



一柳「お前さぁ… 」

「んー?(ああ、美味しい!)」


なんとか半分までファイリングを終えた所で漸く食事の許しが出た。向かい合って箸をすすめる中、何か言いたげな一柳さんに視線を向ける。



(本当にコイツは北大路皐月の…オンナなのか?)



…ふと口に出かけた言葉を飲み込んだ。


「なんでしょうか?」


瞬間的に北大路皐月がこの女に触れる場面を思い出した。
それは確かに大切なものを愛しむ様子で…



(天下の北大路皐月といえどもオンナの見る目はナシか…)



「あー、また絶対失礼なこと考えてるでしょ!」


目の前で無邪気に笑うコイツから目が離せなかった

…これが素なのだろうか?


ーー


「じゃあ、一柳さんはこっちで寝てね、おやすみなさい」


私がベッドに転がろうとすると目を見開き、肩を震わせはじめた。



一柳「ふざけんな、こんな部屋で寝られるかよ!お前がこっちで寝ろ」

「ちょっ!?」


ぐいと腕をひかれ、ソファに押さえつけられる
一瞬何が起こったのか理解できなかった。なんで私の部屋なのにこんな仕打ちを受けなければならないのだ!



一柳「…それとも俺と寝る?」


妖艶な笑みを浮かべる一柳さん。捉えられた視線を背けるようなことはできなかった…

…廣瀬遼一!
途端に彼の顔が思い起こされる。
この雰囲気、性格、どれをとっても遼一さんにそっくりだった

五年前…私がドン底にいた時、支えてくれた彼。
フラッシュバックする記憶を打ち消すため、防衛的に目の前にいる彼の首に腕を回し、しがみつくように抱きつく



「…遼一さ…ん、」


呟いた瞬間、ばっと突き放された


一柳「……お前、」

「っ!!、あの、こっ、これはそのっっ!!」



互いに驚きの表情を浮かべる、ひらかれる瞳。



「…し、失礼しました!…今日は私がこっちで寝ますね」


思い起こされた記憶を追いやるように必死で取り繕う
あまりにも一柳さんが遼一さんと似ていたので名前を呼んでしまった…



「…おやすみなさい」


パチっ、
電気を消す音とともに視界が真っ暗になる。静まる部屋。シーツの擦れる音や吐息だけが嫌でも引き立つ。



((8日間の辛抱、辛抱…))



気を落ち着かせるように唱えると疲れていたためか、私は直ぐに眠りに落ちてしまった…




暗闇の中に灯る充電画面のやわな光、道路を通り過ぎるバイクの音、耳に入るあの女の呼吸。

北大路のパーティで会った時の第一印象はなんつーか…「鉄のオンナ」。誰かに頼ることなく何でも一人でこなしちまう自尊心とプライドの塊。…かと思いきや実際接してみると…



(ギャップありすぎだろ…こいつ)



部屋は荒れてるわ、表情は絶え間無く変化するわで、第一印象が大きく覆された。



(北大路皐月に同情しちまうな…)



何故北大路皐月のような大物がこんな女に惚れるのか…
今まで疑問に思ったことは全て解を出して来たけれど、こればっかりは俺の中で永遠に謎として残るだろう…

しかも俺に向かって違う男の名前を口に出すとは…

ーー深く関わるな

直感が物申す。



(出世のため、出世のため、)



念じるように繰り返すと傍にあったぬいぐるみを枕にし、眠りについた。



(一日目:反するキモチ)

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