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表参道の裏道で久しぶりに買い物をしていると、なんだか周囲が色めきたっていた。やたら女の子が沢山いるなあ、と思っていたら、どうやらロケをしている所らしい。なんの撮影だろ、と好奇心の赴くままに人混みに自ら向かうと、きゃいきゃい話し声が耳に入る
女子高生A「…月9のアレでしょ!あの、悠月くんと裕理が出てるやつ!」
女子高生B「そーそー!原作通りだと最後ここでキスして終わるんだよね!」
女子高生C「え?じゃあラストの撮影?!悠月くんと裕理のキスシーンとかダメージでかいわあ〜、」
…ああ、悠月のドラマか。昨日メールでもそんなこと言ってた気がする。裕理というと…英裕理(ハナブサ ユウリ)か。昨日Nステでソロで歌ってたな。このドラマをきっかけにして悠月とどーのこーの騒がれてるけど、悠月自身否定してたから事実ではないんだと思う。確かにお似合いだけどね…。
あの私の発狂事件以後、悠月は恐い程私に優しくなった。それはもう、今までの冷たさが考えられない程に。それから何故か毎晩連絡取り合うようになり今に至る。悠月とは、連絡すれば何時でも会えるような関係なんだけど…。
でも、今、目の前にいる悠月は私の知ってる悠月とは別人のようで…
仕事に対する真剣な表情や周囲の緊張感が彼を芸能人なんだと実感させる。そこには、彼と私の埋めようのない物理的、精神的距離が存在し、なんだかもの寂しく感じた。
本番前に流れを確認するため練習をしているらしい。その間、私は悠月に視線を送るも、一向に絡み合う事はなかった。確かに、悠月や裕理からしてみれば、私たちなんか大量に積み重なったイモでしかないだろう。多少の大小は違うものの、イモである本質は決して変わらない。まあ、そんなイモにも価値はあるよと教えてくれたのが悠月だったのだけれども…
(…って私は乙女か!)
悠月に対し熱い視線を向けてしまう自分に突っ込む。虚しくなってきたので次の本番を一度見たら帰ろうと決めた。
「じゃあ本番ねー!3、2、1!…」
エキストラが街中を行き交う中、悠月が裕理を追いかける、息が止まるくらいの甘いシーン。
悠月の真剣な眼差し、そして溢れ出すオーラについ飲み込まれてしまいそうになる、まるで自分が裕理になったようだ。
決して離さぬよう裕理の腰を引き寄せると、口づけを落とす…
「(〜〜〜〜〜っ?!?!)」
肩が震えた、だって悠月の視線は裕理ではなく、その先にいる此方に強い眼差しを向けていたのだ。
角度を変えて深いものに変わっても、悠月は此方から決して視線を逸らさない
(いやいやいやいや、ないないない!!!、絶対ない!勘違い、勘違い、私の勘違いだよね!!)
心中で葛藤する、先ほどまであんなに悠月と視線が合う事を期待していたのに、今は全力でそれを否定する。
ざわめきだす周囲。周りの悶絶している様子をみると、勘違いイモ子はどうやら私だけではなかったようだ。隣にいた女子高生ABC達は我よ我よと悠月が自分をみていたと主張。よ、よかった…妄想していたのは私だけじゃないのね…。未だに早まる鼓動が収まらず、顔が熱い。しかし、妄想女は自分だけじゃないとわかり、強く精神を保つことにした。
「…はいっ、カット!」
「よしっ、悠月くんも裕理ちゃんもオッケー!よくやった!」
どうやら一発でOKが出たようだ。悠月の周りは安堵の表情を浮かべながらも即座にメイクさんやらアシスタントたちによって囲まれる。まるで台風のような早さで片付けがなされ、撮影が終わったのだと理解できた。
私は買い物の疲労と、極度の妄想による過呼吸でだるかった。何かの勘違い勘違い!ああ、もう帰ろ、帰って今日借りて来たビデオみよー、だなんてアスファルトの上に置いておいた今日の戦利品達を引き上げようとした時、突然鳴るケータイ。
手が塞がっていたので相手も見ずに適当にタップすると受話器越しに聞こえたのは…
「(良かったろ、俺のキス)」
ばっと面を上げ、声の主に視線を向けると、悠月は腰の辺りでひっそりとVサインをしていた
「っ〜〜!(悠月のばかあ!!)」
悠月「(あはははははっ!お前照れすぎだろ、)」
口がぱくぱくしてしまい、伝えたい事がただの空気となって声に乗ることなく消えて行く。
悠月さーん!とアシスタントさんの呼ぶ声が電話越とこの場の両方から聞こえた
悠月「(じゃーな、)」
「まっ、待って!、」
悠月「(あ?)」
「お、お疲れ様…すごい、良かったよ、」
「(…ん、)」
どちらともなくケータイをきるとツー、ツー、と聞こえる無機質な音。それでも寂しくならないのは、本人が笑顔を向けてくれたからかもしれない、
「(うわわわわわあああ〜〜〜!!)」
真っ赤であろう顔を隠すため、私は人混みへと飛び込んだ、
(私たちしか知らないトキ。)
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