帝王院高等学校
明日の宿題はいつやるの?今でしょ!
光輝いていたのだと、過ぎ去りし日を思い浮かべては泣きたくなる。
情緒不安定だ。だからどうしたと言われても、答えに窮する事など目に見えている。

色鮮やかな日々だった。
灰色に上塗りされたマイナスコントラストの世界は、それでもまだ、光に愛されていのだと今なら判る。


幸せだったのか・と聞かれれば、首を振る理由はない。
不幸だったのか・と聞かれれば、躊躇わずに首を振るだろう。


あの日が、最も幸せだったのだ。
きっとあの時、あの瞬間、普遍的な毎日だと気にも留めていなかったあの刹那的な日常が、永遠ではなかったのだと知ってしまったその時から、心は後悔で蝕まれている。



例えば、考える訳だ。
あの時こうしていたら。あの時ああしていたら。人はそれを後悔だと知っていて、今とは違う別の次元を夢見る。無駄だと笑う者も少なくはないだろうが、一時、何かに縋らないと精神を保てないのだろう。言われなくても、後悔とはそれを抱いた本人にしか理解出来ない痛みがあるのだ。

あの日が一番幸せだった、と。
一言でも認めてしまえば、今と言う瞬間、今と言う次元が根底から覆る。今この瞬間に立っている足元が崩れ去り、後悔とは、今ある全てを否定してしまう事なのだ。


不幸だと。思ってしまったその時から、不幸以外のものが見えなくなった。
空気を吸い込んだその時から、もう人は母親の羊水へは戻れなくなってしまった。



ゆらゆらと。
たゆたう様に落ちていく様に、決して戻らない時の流れに流されるまま、後悔を抱いた魂は何処へ辿り着くのだろう。






戻る所など何処にもないのに。
(けれど無には戻れないのだ)










「音楽は俺の一部だったけど、全部じゃなかったっつー事っしょ」

声とは、大気を震わせる生きた音楽だ。
音とは、鼓膜がなければただの振動でしかない。人は音の違いに気づいた。人は音が言葉になる事を覚えた。共通する言葉さえあれば、心の中が見えなくとも気持ちを伝える事が出来る。

「判ったんだ。俺の手が俺の意思に従わなくなった事を思い知って、ピアノの鍵盤を叩く指の力が均等じゃなくなって、サックスの穴を塞ぎ切れなくて空気が漏れるのが判る。なのに俺は、ちっとも悲しくなかった」

けれど人は嘘を覚えてしまった。
人は真実と嘘を音にする術を知り、世界は反転した。真実など何処にもない。けれど嘘ばかりではない。真偽乱れる世界の真理は、常に矛盾している。

「つまり、そんだけの事だったっつーな。頭の中で鳴ってるメロディーを誰かに聞かせる事が出来なくなった、たったそんだけ。俺にゃ、崇高な目的とか綺麗事じみた理由とか、そんなもんが一個もねぇんだ(ヾノ・ω・`)」

その声は、誰よりも感情を滲ませていた。
誰よりも素直な感情を偽りなく、音として大気を震わせ、人の鼓膜を震わせる。

「餓鬼のママゴトよ。皆から天才だの何だの誉められたって、別に嬉かった訳じゃねぇし。親父とババアに言われるまま練習して、あ、練習っつーのは、俺が楽団の皆に合わせる練習の事な?俺が本気で演奏するなら、ソロしか駄目だったんだよ、ウケんだろw」

真実だけを、あるがまま。
高野健吾はオレンジの髪を靡かせ、大袈裟に腹を抱える振りをしながら、わざとらしい程に笑う。聞く者によっては自画自賛だと嘲笑うだろうその台詞は、然し他人の昔話を語っているかの様だった。

「だからかな?何かさ、俺だけ仲間外れみたいな気持ちになっちまうんだよ。大人の中に一人だけ餓鬼が混ざってたら、そりゃ同等な訳ねぇんだ。芸術に国境がないって言うけど、年の差は国境より深い溝ってこったな(・ω・ )」
「おー。オメー、今の台詞イケてんじゃねーかケンゴ。意味は良く判らなかったけどよ」
「あは。すり鉢ですりおろしたいくらいイラっとするの間違いじゃない?」
「ハヤトさんは全面的に国境だらけだよね。仲間外れってゆーか、一匹狼…って言うのも何か違うかも。んー、勘違い独裁者?」
「ちょっとお、それどう言う意味かなあ、シロの癖に」

酷い表情だ。
誰よりも身嗜みに煩い嵯峨崎佑壱を見て育ったも同然な錦織要は、今にも殴り掛かってきそうな気配を漂わせながらも佇んだまま、顔をくしゃくしゃに歪めている。

「この天下無敵・国士無双、天は人の上に人を作らず、隼人君の下に世界を創る、そのスーパーモデル様に対して勘違いとはどう言う意味かなあ、神様の怒りに触れて寿命縮められたいみたいだねえ?」
「いひゃい、いひゃいれす、ハヤトさん…っ」

自称天下無敵な国士無双から頬をつねられている加賀城獅楼は、目付きは悪いが案外円らな瞳に涙を滲ませ、赤く痛んだ頬を両手でさすった。非難の目で自称スーパーモデルを睨んでいるが、笑顔一つで反論を封じたモデルは『もっぺん泣かすぞ』と無言の重圧だ。

「オメーに何か事情があるんだろうなって事は、最初から知ってたっつーの。何つーか、しっかりしてる様で抜けてんよな、カナメはよ(*´`*)」
「抜けっぱなしの猿がほざいてら、カッコ笑い」
「巻き舌が出来ねー系男子がほざいてるぜ、カッコ笑い」
「ちょw括弧で笑うなし。似た者同士だから喧嘩になんだよな、オメーら(´`*)」

何度目かの睨み合いで火花を散らす裕也と隼人は、エキセントリックな字を書く似た者同士なだけに、同族嫌悪かも知れない。

「カナメちゃんの事情が判ったのって、ユーヤの父親がグレアムの秘書だったからって事だよねえ。知ってた癖に助けない所とか、マジ人間としてどうなのお?」
「あ?笑えるほど弱ぇ癖に一人でカルマに喧嘩売ってきた何処かの族狩りに、人間を語る権利があんのかよ。あん時の続きやんのかハヤト、今回も瞬殺してやるぜ?」
「はあ?タイマンなら負けませんけどお?何勝った気になってんの、馬鹿じゃない?」

獅楼は入隊前だったので、隼人加入時の惨状を知らない。
最悪にも、ABSOLUTELY幹部の叶二葉に高坂日向までもが一同に介していた場所へ、隼人が単身乗り込んできたと言う話は、カルマの仲間から聞いているが、裕也と隼人が喧嘩したと言う様な話は聞いていなかった。
どちらが強いのだろうと些か目を輝かせた獅楼に溜息一つ、沈黙したまま動かない要を見やった健吾は、裕也のブレザーを引っ張る。

「オメーら、仲間内の喧嘩は規律違反だって忘れてんな?やりたきゃやれば良いけどよ、一切合切総長にチクっから(・∀・)」
「あは。何言っちゃってんのかなあ、ケンゴ君。隼人君とユーヤ君は仲良しだよお?喧嘩なんかしてないよねえ、ユーヤ君」
「あー、オレら前世からのマブダチだからよ、喧嘩なんかする訳ねーぜ。だよな、ハヤト君」

掌を返すのが早い。流石は似た者同士だ。
わざとらしい笑顔で肩を組んでいる隼人と裕也は、完全に目が笑っていなかった。

「総長の威力、半端ない」
「バット振り回してたハヤトを片腕で組み伏せて馬乗りになった挙げ句、ハヤトの耳元でエロボイス放って腰抜かしたハヤトをカフェまで連れて帰ったの、総長だかんな(ヾノ・ω・`)」
「ええっ?!そ、総長ってそんなに強かったの?!」
「阿呆かシロップ、総長はユウさんの十倍くらい強いっつーの(o゚Д゚)=◯)`3゜)」
「うっそだぁぁぁ…」
「だってオメー、白百合に『仔猫を殴るのは趣味じゃない』っつって、売られた喧嘩を買わなかったんだべ?早い話が、喧嘩する価値もねぇっつー皮肉っしょ」
「それって、いつの話?」
「それ、隼人君も知らないんだよねえ」

二葉が初めてカルマの前に現れたのは、彼の来日後間もなくの事だった。
当時二葉は中等部一年、佑壱が初等部六年の頃だ。要を筆頭に、健吾や裕也、帝王院学園のメンバーはそれだけで、後は街中で知り合った少年ら数人で遊び回っていた頃だった。

佑壱が二葉を相手しなかった事もあるが、あの当時はまだカフェカルマはなく、カルマの前身になるチームとしても固まっていなかった事もあり、遊び場所が定まっていなかった為、ABSOLUTELYとかち合う頻度は低かったと思う。
当時ABSOLUTELY総帥だったのは佑壱の兄である零人で、零人の活動範囲は4区の繁華街周辺が多く、副総帥だった日向の実家に程近い所だった。

その後、中等部へ進んだ佑壱の元にカルマが発足すると、ベッドタウンと化しつつあった寂れた商業地区、8区に溜まり場所を作る話が上がる。あの頃は十人程度だったメンバーの内、殆どが家庭の事情で居場所がない仲間ばかりだったのだ。
生来面倒見が良かったらしい佑壱が、皆の食事を用意してはもてなす事も増えていた。当時行き場のなかったメンバーは佑壱のマンションを拠点にしていたが、衣食住が満ちてくると今度は、将来の事を悩む様になったのだ。

初期メンバーで唯一働いていた17歳の少年が最年長で、中学時代から度々警察の世話になっていたそうで、高校へは通っていなかった。
やんちゃが過ぎて家族との折り合いが悪く、家からも追い出され、日雇い同然の仕事を転々としては、ストレスを溜めて暴れ、また警察の世話になると言う悪循環を繰り返し、すっかりやさぐれていた。佑壱達と知り合った理由も、イライラを発散する為に向こうから仕掛けてきた喧嘩からだ。

奇抜すぎる見た目の佑壱にあっさり負け、色んな意味で目が覚めたらしい彼は、それから佑壱を見掛ける度に仕事中だろうが駆け寄ってきては、兄貴兄貴と挨拶をしてくる様になる。
佑壱の方が年下だったが、慕われる事の方が少なかった佑壱は扱いに困ったのか放置を続け、とうとう根負けした。ホームレス同然だと言う少年をマンションの一室に住まわせ、家賃代わりに掃除をさせる事で寮暮らしの佑壱が持て余していたマンションを、管理させる様になったのだ。

そんな彼は、佑壱に大層感謝していた。
健吾達を連れて佑壱がマンションへ足を運ぶ時は、佑壱の料理の手伝いも率先する程だった。
転々としていた仕事も続く様になり、手先が器用だった男の料理の腕を佑壱が誉めると、一念発起したらしく、料理学校に通いたいと資金を貯める様になった。

何を考えたのか、佑壱はそれから間もなく店を探すと宣言する。
最年長だった少年以外にも様々な事情を抱えたメンバーが増え、20人程になる頃、偶々倒産したクラブの後の店舗が売りに出されていると知った要が、8区にしようと言い始めた。元は商業地区だけに栄えていた商店街の中央部分だが、近年は客足も少ないからか破格の金額だったからだろう。何にせよ要の凄まじい計算能力と値引き交渉には、不動産業者も舌を巻いた程だ。

思い立ったが吉日とばかりに即金で買い上げた佑壱は、買ったその日の夜にテナントへ足を運んだが、そこでヤクザに囲まれていた榊雅孝を拾った。
居合わせた日向と一触即発状態に陥ったものだが、店の権利書を突きつけ、

『今日から此処は俺の店だ。文句があんなら掛かって来やがれヤクザ共、但し相手が誰なのか念入りに調べてからにしろや。…なぁ、高坂サンよ』
『ちっ』
『コイツ幾らだ。タダじゃ駄目だっつーなら、』
『要らねぇよ。そもそもソイツは部外者同然だ。んな一銭にもならねぇ餓鬼、何処にでも連れていけ』

当然ながら、ステルシリー最高幹部の佑壱に対して、幾ら光華会の男らと言えど軽々しく口を開く事はない。榊が庇っていた元クラブの店長だと言う男は、逃げたオーナーの代わりに組員らが連れていき、それからどうなったかは不明だ。
佑壱が榊を助けたのは気紛れに近かったが、極道を前に気丈にも店長を庇いながら殴られていた姿が、何らかの琴線に触れたのかも知れない。

一部始終を目撃した健吾と裕也は、何となく誇らしかったものだ。
要だけは弱い奴を助けるなんて、と、最後の最後までごねていた覚えもあるが、榊が医学部志望の高校生だと聞くなり、さらっと掌を返した。医者の息子は裕福に違いないと、瞳の中に円マークがあった事を健吾は知っている。

「店を買ったのが年末で、内装は自分達でやるって皆が言い出して、ケンさん…あ、料理人になったケンジさんの事な。シロもいっぺん会った事あんだろ?」
「あ、料理学校に通って、すぐに創作料理のお店出した人?」
「そーそー。本当はカフェが出来たら軽食以外も出せる様に、ガテンで貯めた金で調理師の免許取りに行ったんだ。ユウさんはどうせ客なんか来ねぇだろうから商店街のジジババ相手に、昼飯代わりのサンドイッチとコーヒーを出してやる程度のつもりだった訳よ(・∀・)」
「店として登録する時によ、清子さんが名前貸してくれたんだぜ。商店街の端で雑貨屋やってんだろ?」
「あ、うん。清子さんのお店なら、おれ、お使いで何回も行った事ある」
「ケンさんも、料理学校が休みの時は店を手伝いに来てくれるっつってたけど、付き合ってた彼女が妊娠して、それ所じゃなくなっちまった訳よ(・∀・)」

結局、調理師の免許を取得した彼は、それまで絶縁状態に等しかった実家へ結婚の報告を入れ、両親との確執が緩和した。孫可愛さにとうとう一緒に住もうと言い出した両親は、佑壱へ挨拶に来た。
色々と世話になったが、店まで世話になる訳にはいかないと言った彼らは、息子の出店は親である自分達に任せて欲しいと言ったのだ。流石にこれには要が真っ先に憤慨し、それまで育児放棄同然で息子を追い出した癖にと尤もな指摘で大人を黙らせたものだが、佑壱その人が二つ返事で頷いた事で要は押し黙った。

『親の前でしゃしゃり出るつもりはねぇっスよ。だが、賢治の将来は賢治本人にしか選べやしねぇ。アンタらは確かに賢治の親だろうが、賢治も父親になんだよ。男の決断を尊重してくれ』

関係修復で気が焦っていた両親は、言葉少なに承諾して帰っていったが、その後の出店は本人の力で行われた事をカルマの誰もが知っている。
彼が己の店を持ったのはほんの一昨年の話だが、まだ調理師の免許を取得する前、カルマの総長が変わった三年前に二葉は再び現れた。当時佑壱は中等部2年、二葉は3年生だった時の話だ。

「懲りずにユウさんに喧嘩売ってきやがった白百合に、ユウさんじゃなくて総長がキレたんだよ(・∀・)」
「上段蹴りで叶の仮面だけ吹っ飛ばして、『美人が汚い言葉を口にすると、お姫様にはなれない』っつってたぜ」
「あは、あは!ボスってばお姫様って、眼鏡のひとにゆったわけえ?!」

腹を抱えて笑っている隼人には悪いが、獅楼は青褪めた。
帝王院学園の誰もが恐れる二葉に対して、明らかに皮肉じみた台詞ではないか。いや、あの俊なら裏も表もない言葉通りの意味だったのかも知れないが、プライドが高い二葉は頭に来たに違いないと思う。

「で、無言で殴り掛かってきた白百合の攻撃をサササと避けて、さっきの一言(*´`*)」
「仔猫を殴るのは趣味じゃない。カッケーぜ、流石は殿」
「あは、あは、あはっ!ABSOLUTELY最凶眼鏡に、仔猫!あは!もー、ボスってば格好よすぎー!あはっ」

獅楼は裕也と隼人の台詞に、恐る恐る頷いた。
俊をただの外部生だと思っていた頃、獅楼は俊をダサ眼鏡と呼んで格下に見ていた事があるが、思い返すだに恐ろしい。人は見た目ではないのだと、痛いほどに思い知った。後悔とは何故いつも、懲りず後から思い知るのだろうか。

「ほら、いつまでもンな恐ぇ面してんじゃねーっしょ、オメーも話に入ってこいってカナメ(*´`*) あっちで俺とユーヤが固まってんべ?(ヾノ・ω・`)」
「お子様達はさあ、エンジェルなカナメちゃんが消えちゃったからあ、ビビってんじゃないのお?」
「つーか、餓鬼の頃のケンゴはあんな生意気な感じだったかよ?覚えてねーけど」
「覚えてねーのかよ!Σ( ̄□ ̄;)」
「はいそこー、キモいからイチャイチャしないでくれますう?ぶっ殺すにょーコラー」

今にも泣きそうな(ともすれば発狂しそうな)、例えるならホームに滑り込んできた快速電車に飛び込もうとしている自殺志願者の如き表情で、むっつりと黙り込んでいる要へ、それを遠巻きに眺めていた子供達が、何を思ったのかそろそろと近づいていく。

「兄ちゃん、さっきは変な頭とか言って何かごめんな?カナちゃんを勝手に連れてったロリコン金髪野郎の仲間だと思ったっしょ、違ったみたいだけど」
「弱い大人がいても、良いんだぜ。オレの母ちゃんなんか、塩と砂糖を間違えた野菜炒めを『残したら八つ裂きにする』とか言って、虐待する様な大人だったからよ」
「マジかよユーヤ、お前も中々苦労してんのな」
「まーな」

子供らは子供らなりに要を慰めている様だが、それを見ていた健吾と裕也は同時に頭を掻いた。目の前に姿形は違えど自分が存在していると言うのは、何とも言えない気持ちになってしまう。
幾らか若い隼人が出現した時は他人事だったが、自分が同じ目に遭って漸く、隼人が大人げなさを爆発させてしまった理由が判った。

「何つーか、自分じゃねぇ自分が迂闊な事を言ったりしねぇか、ドッキドキな気分だぞぃ(´°ω°`)」
「母ちゃんの野菜炒めの事なんか、今まで忘れてたぜ。ズッキーニと胡瓜を間違えて炒めてた事は覚えてるけどよ」
「甘い野菜炒めねえ。んー、隼人君的には吝かでないよ?今度ママに作って貰おっかなあ」

隼人の言うママは、間違いなく某オカンである。
何の罰ゲームだと顔を曇らせた健吾と裕也はそっと顔を逸らしたが、未だに沈黙している要を元気づける為か、演奏会を始めた幼い健吾と裕也は、ちょこちょこと動き回っていた。
サックスを吹いているチビ健吾は跳ね回り、何処から取り出したのかカスタネットを叩いているチビ裕也は、健吾の演奏と全く合っていない。

そう言えば、と。
健吾は揶揄めいた笑みを浮かべ、そわそわと揺れている傍らの裕也を見たのだ。この凄まじい不協和音で踊り出しそうな裕也は、その視線に気づいて緑の瞳を曇らせる。

「その半笑いは何だよ、ケンゴ」
「昔オメー、電池入れるとカスタネット叩く猿の玩具、じーちゃんに買って貰ってスゲー大事にしてたよな(*´`*)」
「あ?…あー、中の線が断線して電池取り替えても動かなくなった、あれな」
「近所の幼稚園で毎日やってたお遊戯会でさ、朝っぱらからカスタネットの音がすんだ。俺は通院があったし、オメーは国籍がまだドイツだったし、とうとう幼稚園には通えなかったもんな」
「別に、幼稚園なんか興味なかったぜ。じーちゃんと釣れねー釣りに行く方が、楽しかったかんな」
「嘘吐け。オメー、釣りじゃなくて城とか遺跡とか行ってたんだろ?ユーヤの母ちゃんが行きたいって行ってた場所を調べる為に図書館にも通ってたらしいじゃんか、住職のおっちゃんが言ってたべ?(*´Q`*)」

チンドン屋の如き騒ぎを呆れた表情で眺めていた隼人は、健吾と裕也の会話を横目にチビ裕也からカスタネットを奪い取った。

「返せ!」
「下手過ぎだっつーの。このハイパーミラクルスーパースターの隼人君があ、大人のパフォーマンスって奴を見せてあげるー」

壮絶な身長差で取り返せない事を良い事に、タタタンタンと軽快にカスタネットを叩く隼人は、ただ事ではないうまさだ。目を丸めた獅楼と裕也を余所に、二人の健吾はカスタネットに合わせて躍り回っている。体が音楽で出来ている様だ。

「「うひゃひゃひゃ」」
「あ?んだよハヤト、秘められた特技発揮してんじゃねーぜ。何だその無駄なスキルはよ」
「すっご、プロみたい!」
「まーね。デビューした頃、プロモーションビデオのカットでプロのパーカッション集団と撮影した事があんのお。休憩の時に教えて貰ったらあ、何かソッコー出来たんだよねえ。やっぱ神に愛された才能ってゆーかー」
「や、でも決まったパターンしか叩けてねーっしょ(*´`*)」
「全部ニ長調だもん、単調ですぐ飽きるっしょ!」

然し、ダブル健吾には隼人のカスタネットスキルは素人レベルにしか聞こえなかった様だ。そこで要が少し動いた。口を押さえ、しゅばっと後ろを向いている。どうも健吾達の指摘でツボが刺激された様だが、ジト目の隼人に睨まれて何とか笑いを耐えたらしい。

「つーか、オメー本当に俺なん?」
「おー、本当にお前だべ?何、信じる気になったかよ?(´q`*)」
「だったら、これ弾いてみ」

サックスを左手で肩に担いだチビ健吾が、宙に右手を伸ばした。
その小さな手の中に、ふわりと、オカリナが一つ現れる。魔法じみた光景に言葉を失った皆を余所に、健吾その人だけは、参ったとばかりに笑っている。

「それ俺が初めて吹いた奴じゃん。懐かし(//∀//) でも悪ぃけど、」
「つーか、俺の癖にカナちゃん助けて満足してんの?」
「は?(○Å○)」
「俺は捨てるとか考えた事もねーっしょ。オカリナもピアノもバイオリンもサックスもトライアングルもシンセサイザーもフルートもハンドベルも口笛も全部、どれか一つなんて面白くねーじゃん」
「…」

不思議そうな幼い自分の台詞に、健吾は口を閉ざした。
隼人と裕也は意味もなく目を合わせ、珍しく揃って様子を窺っている。

「オメーが簡単に諦めちまうから、カナちゃんが困っちまったんじゃねぇの?折角さ、俺のピアノに嫉妬するくらい認めてくれたのに、ガッカリっしょ」
「ガッカリって言われてもな、マジで下手過ぎて笑えるべ?」
「それ、いつの話?最近?」
「あ、いや、オメーよりちょっと上くらいの時(;´Д⊂) マジ、あれから口笛以外は何もやってねーし」
「じゃ、やってみろし。下手だったら笑ってやっから」

小さな健吾は自信満々に、15歳の健吾へオカリナを差し出してきた。
暫し逡巡した健吾は然し、


「オメー、笑われんの得意だろうがケンゴ」
「あー…、うん、確かにw」

ぽつりと呟いた裕也の台詞で、諦めた様に笑ったのだ。





























「タイヨー」
「なーに?」
「ご主人公様には宿題よりも大事なものがあると思うにょ」
「そっかー。俺には宿題より大事なものは今んトコないなー。主人公って大変なんだねー」

真っ白なノート、反してびっしり文字が並ぶ参考書、並べて広げた二冊の本は絶妙なコントラストをテーブルの上で彩っている。上唇と鼻の間にシャープペンシルを挟んだ黒縁眼鏡は、開始数分で白旗を上げた様だった。屁理屈を捏ねて、テーブルの上にぺちょりと崩れ落ちる。

「情報処理とか言われても困るにょ。僕のBL情報は日々インフレ状態で、にっちもさっちも処理しきれてないのに!」
「次から次に増えてりゃ、処理しきれないよねー。とにかく今は目の前のレポートを処理しよっか?」
「タイヨーちゃんがそう言うなら…。錦鯉きゅん、問1から問25まで教えて頂けませんか?」
「勿論です猊下」
「俊、宿題を丸投げしない。錦織君も俊を甘やかさないでよ、そんなんでも帝君なんだから」
「猊下をそんなん扱いとはどう言う了見ですか!発言を撤回すべきですよ山田君」

結局、とっとと宿題を終わらせている隼人のノートを盗み見ようとしたオタクの眼鏡は曇り、要に睨まれながら宿題を終わらせた太陽はノートを閉じた。

「終わったー。俺、社会は得意なんだよねー。…こらこら俊、神崎君のノートに落書きしたら駄目だよ?」
「あは、別によいよー。書いた内容は全部覚えてるからさあ。あ、ボス、隼人君への想いをしたためたラブレターなら、全ページに渡って書いてくれてもよいよ?てか、一冊じゃ足りなくない?」
「んー、こことここの跳ねと払いがちょっと事故ってるにょ。あ、こっちの『足尾銅山』は『足尾金同山』にしか見えないなり!大事故ですにょ!」
「どこ?…あらら、何と言うか、特徴的な字だねー。象形文字みたいだー、良く気づいたね俊、偉い偉い」
「えへへ」

赤ペンでてきぱきと隼人のノートを添削している腐男子に乾いた笑み一つ、何とも言えない表情でノートを眺めている隼人と吹き出すのを耐えているらしい要を横目に、太陽は俊のノートをトントンと指で叩いたのだ。

「ほーら、人の字に難癖つけてる場合じゃないよ。自分の宿題をしなさい」
「カイちゃんだって宿題やってないにょ」
「あ、ほんとだ。カイ君も宿題やんないと、単位貰えないよー?」
「俺は既に終わっている」
「ふぇ?カイちゃんのノート見せてちょ」
「こらこら俊、自分の宿題は自分でやらんかい」
「俺のノートならば構わんが、今日見掛けた萌えを俺なりの解釈で取り纏めた走り書きに過ぎん。今日のカリキュラムのレポートならば、受け取った時に終わらせ既に提出した」
「ぷはーんにょーん」

どうやら、星形の黒縁眼鏡を優雅に押し上げているオタク大は、寮には宿題を持ち帰らないタチらしい。神威が無言で書き続けていたホモネタを眺め、阿呆帝君は鼻血を吹き出して痙攣している。
これはもう駄目だ。俊のノートは鼻血の湖で沈んでしまった。

「仕方ないなー、もう。お風呂入ってからちゃんと宿題終わらせなきゃ駄目だよ俊、………って、鼻血で宿題終わっとるやないか〜い」
「あふん、はふん」

奇跡的に鼻血が描いた血飛沫が、瀕死のオタクに代わって宿題を終わらせている。
世界地図に世界遺産の場所を印付けするレポートで良かったと言うより他ないが、担当教師はこれを見て悲鳴をあげるのではないだろうか。

「カイ君、どさくさに紛れて人工呼吸をしないでくれる?それただのキスにしか見えないから」
「ならば心臓マッサージを、」
「胸を揉まない。俊、そんな所で死んでないでお風呂行くよー?イケメンが居るかもよー?」
「あっ、はい!遠野俊、ただいま生き返りました!元気ですん!」
「返事がいいねー」

全く、太陽の親友には今日も、突っ込み所しかない。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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