帝王院高等学校
上へ上へと手探る子供
「ぐっ、げほっ」
「腐れ外道が…!」

凄まじい力で壁に叩き付けられた健吾を認め、右唇から滴る血液を舐めた。
不意を衝いたつもりで放った回し蹴りは片腕だけで止められて、右手一本で首を絞められている健吾が終始抵抗しているにも関わらず男は笑みを滲ませる。

「悪いな、下等生物共。…俺は両利きなんだ」
「…の野郎、」

痙き攣り笑いを浮かべている健吾が左目を瞑り、それと同時に二葉の手を引っ掻いていた両手を離した。
眼尻の黒子が痙き攣れて、酸素を奪われパクパク喘ぐ唇が音の無い旋律を紡ぐのを見る。

「…ぅ響曲第四番、カール・ニールセン…」

読唇術なんて特技は持っていない。だからこれは幻聴だろうと判ったが、

「ニ短トホ長調、」

だから言葉を引き継ぐ様に唇を開いた。揶揄めいた笑みを眼尻に浮かべた健吾を認め背後のテーブルまで跳ね退がり、盤上のチェスを掴んで。


「「『不滅』」」


投げ付けるのと同時に全力で体当たりした。視界の端に足を振り上げた健吾が判る。

「舐めてんじゃねぇよ!(∩∇`)」
「遅いよ、おじーちゃん」
「…無駄な事を。」

三方同時に攻められてほんの僅かばかり隙を見せた二葉から健吾が離れ、だからそれこそ嵌められたのかも知れない。

「ぅわっΣ( ̄□ ̄;)」
「ようこそ、前クロノスマスター代理」

離れた、のではなく離された健吾が二葉の足元に沈み、渇いた音の無い悲鳴を零す。

「っ、」
「ハヤト?!」

隙を衝いたのではなく、隙を『見せられた』だけだったのかと気付いた時には腹に鈍い痛み。背骨に走る電流は恐らく痛みだろうが、麻痺してそれすら判らない。

「勘違いしてねぇか、貴様ら?ああ、俺の見た目が女々しい所為なら検討違いだと教えてやるよ」
「ち、くしょ」
「ハヤトを離し、や、がれや!」

腹を踏み付けられても腹筋で起き上がろうと足掻く健吾が二葉の足を掴み、一瞬まともな呼吸を忘れた自分は漸く酸素を肺に送り込む。
それが精一杯だった。

「この世に存在するほぼ全ての格闘技をマスターさせられてねぇ、…青春とは言い難い遥か昔に」

右手だけで隼人を、左足だけで健吾を。拘束した男はブレザーの胸元に開いた左手を差し入れ、日本ではまず有り得ないものを取り出した。

「例えばこれは手榴弾。今、戦争に行かせられたら俺は三日で国一つ消せる」
「…頭おかしーんじゃない」
「ナイフも銃も戦車も俺の駒。毎日毎日殺されるかも知れないイギリス生活で養った、幼児の知恵やねぇ」

何処か関西訛りの口調に変化した二葉に健吾の眉が寄る。
暫し思い起こし何かに気付いたのか目を見開いた。左眼尻の黒子が攣り上がって、

「叶…Σ( ̄□ ̄;) 思い出したっしょ!京都…近江八幡の忍一族!(><)」
「はあ?」
「親父が言ってたんだ、伊賀だか何かの忍者が将軍家の姫と結婚して、凄い有名な忍び武家が今じゃ最強の用心棒やってるって!( ̄□ ̄;)」
「叶っつったらKFコンツェルンだろーが」
「確か、今の財閥社長はヤクザもビビる鬼神…文仁だか何だか(´`)」
「良く知ってはる、言うた方がええどすな」

囁く声音に状況を忘れていた二人はすぐに臨戦態勢を整え、のらりくらりとした口調とは真逆に表情一切を無くした美貌を認め息を呑む。

「但し、げに恐ろしきは冬臣。財閥会長の次男坊ではなく、龍神頭領どす」
「アンタ、兄貴が二人居るんだったねえ」
「ええ、同じ両親から『作られた』兄弟がねぇ」

にこり、と。
何の邪気も無い微笑みを最後に、視界が真紅に染まる。
上質織物の感触に、ああ、やはりペルシャ製なのか、なとど的外れな事を考えた。

「ハヤト!」
「来んな、早く行け馬鹿野郎!」

態勢を立て直した健吾の声に何とか叫び返し、嫌な痛みを帯びた脇腹を抱えながら見下してくる蒼い眼を睨み返す。
高校生が右手に銃、左手にショートボーガンを構えて見下してくる光景など目にする日が来るとは想像にもしていなかった。普段の読めない微笑を失った美貌は、ぞっとするほど忌々しい雄の色気を放つ。
二葉と俊がその昔やり合ったと聞いた事がある。但し、勝ったのは、

「さっすが、デリシャスボス。…こんなん相手にどうしたら勝てたんだろー」
「貴様らを見ていると苛々する。我儘で身勝手で秩序を乱すしか能の無い下等生物、…目障り以外の何物でも無い」

左手に構えた弓を、恐らく健吾の方向に向けて何の躊躇いも無く撃った男の眼差しだけが微笑むのを見た。
防御本能が凄まじい警告音を響かせる。なのに見下してくる蒼い眼を前に起き上がる事さえ出来ない。

「勘違い甚だしい。俺は貴様らの飼い主に『勝たなかった』だけだ」
「人殺しやろー」
「心臓は狙わない。一息にやっちまうのは趣味じゃないんでねぇ」
「オージ先輩のが、よっぽど常識人だったんだあ。やっぱ騙されてたよ」
「だろうな。少なくとも、日向は人の寝首を掻いたりはしない」
「アンタはすんの?闇討ちとか寝込みを襲うとかさあ、卑怯者だよねえ」
「失せろ、…蛋白質」

右手の人差し指に力が入るのが判る。舌打ちと同時に足掻こうとした足は、


「その汚ない手ぇ離せや!」

然し誰のものでもない声と同時に掴まれて、凄まじい力で引き寄せられた。
ぱちくり、見開いた網膜にボーガンの矢を右手に持っているオレンジ頭と、自分の足を掴む誰かの手が映る。ああ、まさか足を引っ張て助けられるなんて、などと。
冗談を飛ばし掛けて、久し振りに表情を固まらせてしまったのだ。

「地獄の国士無双見せんぞ、叶…!」
「邪魔をするつもりですか、ウエスト」
「…はっ、いつまでも先輩面してんじゃねぇよエゴイストが」
「おやおや、…麗しい家族愛だ」

右腕から血を流した、金髪の男。
何故か呆然としている健吾がボーガンの矢を持ったまま、我に還って近寄って来た。

「どうなってんだ、これ」
「Tut mir Leid, Ich Verstehe nicht.(悪い、全く判んねぇ…)」
「オージ先輩のカッコした偽もんかよ?…ウエスト、っつったか?」
「Ich Weiβ nicht.(知るかよ)」
「いつまでナチス気取ってんだ、ザワークラフトやろー」

どうやら無傷らしい健吾に溜め息一つ、無言で睨み合う背後を一瞥し開いている違う戸口に素早く目を配った。

「おい、よく考えりゃ今夜の隼人君は危険日でした。…逃げんぞ」
「テメーに生理なんかあって堪るかΣ( ̄□ ̄;)」
「絞め殺すぞ、眠くて死にそうなんだよタコ」
「あー、そ〜ゆコトになっちゃいます?(´∀`;)」

目に怒りを目一杯滲ませた隼人がボソリと『あの眼鏡貴族、今度闇討ちしてやる』と呟いたのに冷や汗を浮かべた健吾が、短い矢を二葉目がけて投げ付けるのと同時に走り出す。

「そこの副会長っぽいコスプレの人!代わりに刺されてくれてあんがと!(・∀・)d 頑張ってド鬼畜忍者倒してっ┌|∵|┘」
「今日トトロの再放送あるからー、隼人君は帰るよー。じゃーねー」

ドアを潜るのと同時に見慣れた顔の色違いを見付け、油断した健吾の隣で満面の笑みを滲ませた隼人が問答無用で拳を固める。

「さっきはどーも、ナミオ2号」
「僕の方がお兄ちゃん系なんだけど、な!」

素早く飛び退いた川南北斗が隼人達の出てきた部屋を覗き込み、痙き攣り笑いを零した。
今にも殴り掛かって行きそうな隼人や臨戦態勢を整えた健吾に片手を上げ、緩く首を振る。

「僕はデスクワーク派なんだよ。それに、今はお前らよりうちの隊長がヤバイ系」
「四天王が何ほざいてやがる(T_T)」
「あは、やっさしいねえ、アンタらのリーダーはさあ。罪無い一年生を身を挺して救ったんだから」

クスクス肩を震わせる隼人が無抵抗の北斗の腹を殴り、崩れ落ちる体躯を蹴り転がす。
室内を一瞥し唇に笑みを浮かべたまま、

「クロノスライン・メルギトス、第一種緊急配備。…セントラルクラウン解除、現在地から外までの最短ルートを表示しやがれー」
『マスタースコーピオを確認、仰せのままに』

健吾が纏う白いシャツに浮かび上がった地図を眺め、1人でスタスタ歩いていく隼人を慌てて健吾も追い掛けた。
校舎とも寮とも違う廊下を暫し早足で歩けば、開いたままのゲートを通り抜けるのと同時に見慣れた廊下へ出る。


奇妙な違和感。


「何階だ、此処?(´`)」
「地下2階。アンダーラインの下」
「うっそ、駐車場のまだ下があったん?!Σ( ̄□ ̄;)」
「理事会ぐるみで中央委員会が作った秘密基地、ねえ」
「だから窓がねぇんか(´`)」

キョロキョロ辺りを見回す健吾を余所に、人の気配に気付いた隼人が素早く防火戸に背を預ける。

「警備員まで送ってんのかよ」
「…うわ、マジ?(Тωヽ)」

エレベーターホールに群がる数人の警備員を覗き見、舌打ちを零した隼人が逆方向に足を向けた。
すぐに用務員用の扉を見付け、カードリーダーではなくジャラシャラ煩わしい指輪を一つ外しドアノブの下の窪みに嵌め込む。

『スタッフNo.19-A19確認、施錠解除』
「何だ、今の?!(^Д^;)」
「適当に作った架空用務員No.イクあーイク、ゴミ処理担当」
「ちょ、何でもありかお前は!Σ( ̄艸 ̄;)」
「うっせー、置いてこっかなー」
「お供させて下さいm(__)m」

存在しない従業員のIDすら捏造するらしい犯罪ギリギリの隼人に縋り付きながら、静かに閉めたドアの内側は文字通りゴミ処理場だった。
三メートルはあるだろう天井付近に無数の穴があり、薄暗い照明が汚れたシーツの山や空き缶、ペットボトルやシュレッダーした後の紙くずなどなど分別している巨大なコンテナバスケットを照らしている。

「うひゃ、何か帝王院の裏側を見た感じ(・艸・)」
「そこのコンテナがあんだろ。都合よく籠型になってるやつ」
「あー、こっちはシーツだらけじゃぞ!(´∀`) 何だあのぐしゃぐしゃなシーツ!何ヤったらあんな汚くなるんだっつーの!(*/ω\*)」

ステンレスを編み込んだコンテナを身軽に攀じ登った健吾が中を覗き込み、ケラケラ腹を抱える。
別のコンテナに攀じ登った隼人が壁際まで近付き、コンテナの縁に乗り上げた。2メートル近くあるコンテナに乗り上げた隼人の頭は今にも天井に当たりそうだ。

「うぉ、ンなトコ乗って何…って、もしかして(´`)」
「見ろ、ダストシュート中にハシゴが見えんだろ」
「は?(・・?)」

同じく身軽に縁へ飛び乗った健吾が綱渡りの要領で隼人より器用に壁際へ近付き、視線と同じダストシュートの穴を覗き込む。人一人入るのが精々と言う穴の中は真っ暗だったが、眼が慣れてくるとすぐ近くに手摺りが点々と並んでいるのが判る。

「たまに自殺したがる奴とか、間違って落ちる馬鹿が居る所為で、ぐるぐるコーナリングしてんだと」
「ウォータースライダー…(´∀`) で、最後のカーブを回り切ったら万一の為の命綱って?」
「わざわざ説明ご苦労サマー。この手摺り登って行きゃ、後はぐるぐるカーブっつーことは」
「昔さぁ、滑り台を登ったりせんかった?(*´∀`) 何で滑り台なのにクライミングしてんだっつー話(^皿^ )」

ヘラヘラ笑いながら身軽に穴へ飛び上がった健吾がスルスル梯子を登っていく。
肩を竦めた隼人は上靴のスニーカーと靴下を無造作に脱ぎ捨てて、細身だが長身を縮めながらそれに続いた。

「ナイキ捨てて良いん?(´`)」
「後でフロントに、間違って捨てちゃったとかゆっとけば持って来んだろーが」
「だからって何で脱ぐんだよ(=Д=)」
「…黙ってろ猿。テメーと違って人間サマにはねえ、無駄な足枷なんて邪魔なんだよー」
「んなっ!┌|∵|┘」

ステンレス製らしい穴の中を、両手両足で登りながらスイスイ上がっていく健吾の尻に舌打ち一つ。
普段の馬鹿さ加減に鳴りを潜めがちだが、健吾の身体能力はカルマ随一だ。自ら提案しておいて今更だが、潜り込んだダストシュートが何処まで続いているのかは判らない。
リングで調べる暇無く勝手に登ってしまった健吾に、わざわざ『最上階まで続いているかも知れないから登りたくない』などとは言えまい。

「で、結局何処に出んの?(´`) 何かハリウッド映画みてぇでドキドキするっしょ(//∀//)」
「知るかよ、ちび猿」
「誰がチビだ!お前、後でタイヨウ君にチクっからな(●´mn`)」
「あー?」

慣れてきた目で闇の中を上へ上へと進みながら、振り返っては文句を垂れてくる余裕の健吾に痙き攣り笑いを浮かべた。長身な分、手足が長い隼人は確かに分が悪い。

「総長、もう動いてっかなー…(Тωヽ)」
「マジで見付かったのか?わっ、」

叫ぶのと同時に最初のカーブで手を滑らせ、あわや転落かと言う体を健吾の手に支えられる。ケラケラ笑いながら言うには、

「総長はさぁ、目も耳も鼻も利くからきっと近くに来てっしょ(´∀`)」
「…ちっ、モノホンだろーな」
「さーね。お前なんかにゃ教えてやんねーよΨ(`∀´#)」
「てめ、」
「言ったって、お前信じねぇじゃんか。…テメーで見聞きしなきゃさ」

悟った様な声音に眼を上げたが、無言で登っていく健吾の顔はもう見えない。
闇に乗じて惨めな気分になるのを止められたらきっと、楽になれるのだろうが。



「…知ったよーな口、叩いてんじゃねーよ、猿」

愛した人から等しく愛された事が無い自分に、それを理解する術はない。

←いやん(*)(#)ばかん→
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