帝王院高等学校
平凡な彼にはバスローブ無用
「ユウさん?どうかしましたか?」

携帯を閉じた佑壱が、途端に欠伸を発てたのを見やりながら首を傾げた。
メールを打っていた佑壱が曖昧な笑みを浮かべていたので、また何処ぞのセフレからだろうかと思っていたのだが、

「昨夜寝てねーかんな、寝るわ」

どうやら予想は当たっていたのかも知れない。この非常時に寝るなどとほざいた佑壱の神経を疑いたいものだが、寝るの意味が違っていたなら話は別だ。
然し総長である俊が見つかった今、女よりも俊を優先するだろう佑壱に謎が募る。

「はぁ?ハヤトはどうするんですか、」
「お前らで勝手にしろ、どうせその内ひょっこり戻って来るだろ」

いきなり面倒臭いと言わんばかりの態度を見せた佑壱に、隼人を案じている気配はない。

「また夜遊びするつもりですかっ」
「まーな、夜はこれからだぜ。体力保つかねぇ」
「ユウさんっ」

引き止める要を無視し背を向けた佑壱は、曲がり角でいきなり態度を一辺させた。
眠たそうに振る舞っていた表情を引き締め、辺りを見回して窓から飛び降りる。



「ふ、三階なんざ俺の敵じゃねぇ」

ひらり、と着地した赤毛はスラックスから煌びやかな携帯を取り出し、先程見たメールをもう一度開いた。



subject: 遊びの時間がやって来た

さァ、この俺を侮辱した神へ望み通り対面しよう。手筈通り、今宵のパーティー準備に取り掛かってくれ。
但し、今夜はドッキリだ。

キャストは任せる。
必要以上の配役は要らない。

お姫様を迎えに征く王子様は、俺とイチ、あと一人で十分だ。
お前ならそれが誰か、判るだろう?



「あー、もー、最高だ総長」

だから要には何も言わなかった。
即座に新規メールを送った相手は健吾だが、それは佑壱の身勝手な不信感によるものだ。俊が言う王子様が誰なのかなんて、確かめなければ判らない。



『ルーク=フェインには近付かないで下さい』

そう言った時、目元だけで笑う気配に気付いた。分厚い眼鏡など何の意味も成さない。

『俺の二の舞にならない様に』

心の中で呟いた台詞を口にしたなら、聞き飽きたと笑ったかも知れない。
一度、みっともないくらい溺酔した時に洗い浚い叫び聞かせてしまったいつかの自分に、俊はただただ微笑みながら頭を撫でてくれたから。


『全てに警戒心を働かせていたら、いつか限界がやってくる』
『…』
『お前が嫌うものに俺は近付いたりしない。お前を傷付けるものなら、俺が守ってやる』
『家族だから?』
『そう、俺はお父さんだからなァ。俺の家族を傷付けるものに、容赦はしない』

だから、隼人だろうが誰だろうが、それがもしかしたなら敵かも知れない味方だろうが、何か有れば腹が立つし守れるものならそうしたいと思っている。
でも深層心理では自分以外信頼する事の出来ない不器用な自分は、もし俊が敵ならやはり敵として排除しようとするだろう。
けれど。俊は違う。絶対に敵ではない。

『イチがマフィアだろうがマフィンの生まれ代わりだろうが、俺の可愛いワンコだ』

平気で投げ飛ばされるし、平気で殴られるし、平気でパシリにはさせられる。
そんな俊が敵なら、拳を握る前に笑い飛ばすだろう。腕力では絶対に適わない。知識でも絶対に適わない。でも、神威とは違い、いつも本気で対応してくれる。

嫌がる事はしない神威とは違い、平気で居なくなる様な血も涙も無い飼い主は、でもちゃんと人間扱いしてくれて、


「さて、あのスかした鼻っ面ヘシ曲げてやんぜ。見てろ、ルーク=フェイン」

追記してあるメールの文末を眺めながら、昨夜とはまるで違うただただ楽しそうな夜の訪れを待つべく走った。





P.S.
  部屋に弁当があるから、食べてイイぞ。さっきレストランでご飯食べてきたからな。
  ついでに、王子様らしい格好をする事。守らなかったら絶交だからな。


  お姫様の方がイケメンだったら、神帝のテンションも下がるだろ。
  神帝の引き立て役だけにはなりたくないからなァ、お父さんは。


  追伸の追伸。お夜食は唐揚げ乗っけた玉子丼がイイですっ。



「然し…唐揚げ乗っけた玉子丼も、親子丼なんじゃねーか?」











全学年併せて90名前後、と言うSクラス生徒専用ラウンジには風呂は勿論ジムやビリヤードなどの施設も充実している。
留学生や帰国子女が多い帝王院では純日本人を探す方が難しい様に思われがちだが、実際一般クラスには日本人の方が圧倒的に多いのだ。

然しやはり成績重視の帝王院、平気でカクテルを出すバーもある。カフェテリアとは違う、酒を愉しむ為だけの一角は教師もご愛用している様だ。
寮内では制服の着用義務が無い為、殆どが私服姿の、そうすると未成年には見えない生徒達で溢れるラウンジバーでは、可愛らしい少年を口説く青年やバーテンと盛り上がる教師が窺えた。

「わぁ、やっぱり高等部は凄いなぁ」
「悪影響、俊には見せらんないなー」

アヒルの玩具が付いたバス用品を、同じくアヒル柄の洗面器に纏めた桜が興奮げに囁く。
IDカードを胸元に直した太陽が無難に選んだシンプルなバス用品は、ボディタオルやシャンプーなどが詰め込まれたクリアブルーの洗面器だ。

「然し、このカード見せただけでタダになるなんて…」
「やっぱり、左席副会長って偉いんだねぇ。中央委員会と同じなんだもんねぇ」
「何か、いきなり肩身が狭くなってきた様な…」

購買コーナーでバス用品を購入した太陽は、桜の様にIDカードを使う事は出来なかった。
中央委員会会長である神威や、同じく中央委員会書記である佑壱は例外だが、通常帝君だろうとカードを使う必要がある。店員がカードを読み込み、帝君ならば支払いが0円表示される訳だが、今回太陽はカードを店員に渡す事すら無かったのだ。

『クロノスカードですね。ご利用有難うございました』

ただそれだけで、商品を手渡されて。何事だと目を見開きながら、レジのすぐ隣にあった緑茶のペットボトルを掴んで定員に渡せば、すぐに袋に入れられ渡された。
今度はカードの提示すら求められずに。



「バスローブ買っちゃえば良かったのにぃ、太陽君も」

クリーム色のバスローブが入った袋を小脇にしている桜が言えば、ブルブル頭を振った太陽が眉を寄せる。

「いや、過度の浪費は精神に異常を来たす…。何でこんなコトになっちまったんだろー、本当」

呟く太陽に難儀な性格だねぇと笑った桜が、重たそうなペットボトルの袋を奪った。

「桜、持てるから大丈夫だって」
「駄目だよぉ、太陽君がバスローブ奢ってくれたお礼だもん」
「ま、タダだから奢れちゃっただけなんだけどねー」

試しに一番高いバスローブをレジに持って行った太陽が、やはり支払う事無く袋に入れて貰った商品を桜に押し付けたのは当然だ。
自覚ある平凡にセレブなバスローブなど似合わない。似合いそうな神威や俊が居ない今、桜が被害者だった。そこまで考えて、室内浴場に続くロッカールームを見回した。

「然し、俊は何処行ったんだろ?もう中に入ってんのかなー」
「ぅん、トイレだったらぁ、買い物してる僕らに気付いた筈だもんねぇ」
「全く、自分の立場判ってんのかなー、俊。ただでさえ外部生で帝君で左席会長、なんて華々しいデビュー飾った後だって言うのに…」

乾いた笑みを浮かべた桜が頷き、呆れた太陽が脱いだシャツを畳みながら「然もカルマ総長の癖に」と呟き掛けた時、



「全くだよ。天の君を一人で野獣の群れに放り込むなんて、人間のする事じゃない」
「君達にはほとほと呆れたよ、山田君、安部河君」
「悲しい事だよ、山田君、安部河君」

聞き慣れたクラスメートの声が割り込み、ロッカーを向いていた太陽と桜が同時に振り返る。


「「………」」

眼鏡、眼鏡、眼鏡、眼鏡、眼鏡。
眼鏡の山、山、山田太陽。とかつまらないギャグを飛ばしている場合ではない、聞き慣れたクラスメートの声を聞いたにも関わらず、見慣れたクラスメートは何処にも居ないのだ。

「今、溝江君と宰庄司君と武蔵野君の声がしたよねぇ…?」
「桜、アヒルのスポンジが落ちてる」
「ぁ、僕スポンジは使わないから、太陽君にあげる」

気味の悪い眼鏡集団から意識的に目を逸らした太陽が、足元に転がったスポンジを拾う。
然しすでに脱ぎ終えていた桜は腰にアヒルタオルを巻き付けた姿で洗面器を抱え、ロッカーのキーを抜いていた。

「スポンジよりボディタオル派なんだー、俺」
「僕もぉ。ボディブラシも良ぃけどぅ、泡立ちが良ぃのはザラザラタオルだよねぇ」
「でも桜、シャンプーはこだわってるって言ってたじゃん」
「僕、猫っ毛で天然だからぁ、すぐクルクル絡んじゃうんだよぅ。太陽君はサラサラで良いな〜、コンディショナー使ってる?」

太陽の髪に手を伸ばした桜が羨ましげに首を傾げ、漸くロッカーを閉めた太陽がタオルを腰に巻き付けながら首を振る。

「トニックかリンスインの適当な奴しか使わない。面倒臭いし、あんま気にしたコトないからなー」
「ちょっと!無視しないでくれるかい!」
「全く無礼な奴らだな、君達は」
「ああ、もしかしてボク達が誰だか判って居ないのかも知れないよ、二人共」

然し浴場に向かおうとした時、やはり聞き慣れたクラスメートの声を聞いた桜が笑顔で肩を竦め、太陽が目に見えて不機嫌に陥った。
平凡な見た目は同じでも、愛想の無い太陽が桜の様に優しげな笑みを浮かべる事はまずない。その相手がクラスメートとなれば、二葉に向ける表情より格段に凶悪だ。


「わざわざ話し掛けて来るなんてどんな心境の変化かなー、溝江君」
「君が本当に天の君に相応しい器かどうか、見届けなくてはならないからね。わざわざこの僕自らやって来たのさ」

如何にも育ちの良い甘やかされたボンボン気質のクラスメートは、黙っていれば格好良いの部類に入る顔に分厚い眼鏡を掛けていた。

「山田君、安部河君。没落気味の僕から見れば君達は十分良家の子息かも知れないけど、天皇家の血を引くとすら噂されてる天の君には相応しいとは言えないよ」
「宰庄司君、初耳だからそれー」
「ぁ、ぁはは」

その傍らの三人の中では一番小さい(それでも太陽よりは大きい)、どちらかと言えば美人な部類に入る少年にも同じく赤いフレームの分厚い眼鏡。
天皇家とはまた逸脱した噂だ、と呆れ顔の太陽を横目に桜の乾いた笑いが響く。

「ボクは遠野く…こほんっ、猊下がこんないかがわしい施設をご利用になるのが我慢出来ず、密かにお守りすべく馳せ参じただけだ」

最後に、くいっと眼鏡を押し上げた神経質そうな美貌の長身な彼は、太陽が購入を躊躇ったバスローブを纏いスケッチブックを抱き締めている。

「武蔵野君はぁ、美術部だったっけ…。去年のコンクールで入選したんだったよねぇ」

眼鏡を外せば似合うのかも知れないと、桜は乾いた笑みを零した。風呂にスケッチブックはミスマッチな気がするが、写真撮影は風紀により禁止されているので不信感が募る。


「僕らの事は気にせず、早く行きたまえ。君達の行動を監視しながら、僕らは僕らの使命に努めるのみだよ」
「溝江、ワイン風呂に天の君が入っていた時の為に、シャンパンを持って行こうよ。サラミとチーズの盛り合わせで良いかな」
「いや、万一サウナルームをご利用だった場合に備えて、水風呂の温度を上げておこう。余りの冷たさに天の君の心臓が止まったら大変さ」
「確かに、大変だよ」

スパッと男らしく脱いだ二人が下半身を隠す事なく、眼鏡で顔半分を隠したまま浴場に消えていった。
呆然と眺めていた太陽を余所に、バスローブ姿のクラスメートを見やった桜が首を傾げる。

「何だったんだ…」
「プライド高い溝江君や宰庄司君、いっつも無関心そうな武蔵野君までがどうしてこんな所に?」
「目が醒めたんだ、ボク達は」
「僕達、って…」
「あ、アンタら従兄弟同士だっけ、そう言えば」

普段から眼鏡を掛けている彼は、珍しく微笑みを浮かべ、



「偽りの無い潔さが持つ美は、芸術だ。」

←いやん(*)(#)ばかん→
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