帝王院高等学校
道を極めたお侍さん以外お断り!
「お帰りなさい、親父」
「ご苦労様です組長」

厳しい男達が口を揃えるのに、白髪混じりの黒髪を掻き上げた男は仰々しく頷いた。

「内藤、4区でお前ン所の茶髪小僧が暴れ回ったらしいな」
「へい、面目無い。しっかり灸据えて置いたんですが…」
「次はねぇぞ、…判ってんな」

基本的に極道は黒髪しか許されない為に、染髪しているのはただのチンピラ、直接組とは関係ない組員の舎弟達だ。

金持ちの別荘や豪邸犇めく3区〜8区に於いて、4区は別格だった。
それもその筈、4区のほぼ6割である四キロ四方の敷地に建てられた見事な日本家屋。
遡れば江戸時代から大名家としてこの地区に君臨し、平成のご時勢には『ヤの付く自由業』を営む高坂家があるからだ。


「親父、榊連合が代替りの御披露目に親父と若の出席を希望しとりますぜ」
「ああ、榊の先代はぽっくり逝ったばかりだったなぁ。継ぐのは長男坊か?」
「いや、長男は医者になるっつって家出したそうですぁ。継ぐのは次男だそうです」
「あー、アブ何とかっつーヤンキー気取りの族に入ってやがった、暴れん坊の方か」
「アブソルートゥリーですぁ、組長。ちゅーか、若頭が副総長やってる族じゃねぇっすか」

幹部の二人が宣うのに、厳しい表情を緩ませた男は思い出した様に頷いた。

「ああ、可愛い日向が飛び跳ねてるグループか。全く、いつの間にか俺よりデカくなったかと思や…」

真新しい携帯をパカッと開いた男がだらしない表情で待ち受けを見つめ、ズラッと並んでいた若い組員達が顔を寄せ合う。


「な、お前って坊っちゃんの顔見た事あっか?」
「床の間のポスターしかねぇな。俺が組に拾われたのが四年前、若はもう寮に入ってた」
「盆正月も顔出さないからなぁ、坊っちゃん。床の間のポスターは幼稚園の時のだろ?あんなに可愛いんだから、きっと今は美人なんだろうなぁ、姐さんみてぇに…」

知らず知らず頬を染める若い組員達が、脳内でどんな想像をしているのかは知らないが。
完全なる俺様攻め副会長が聞けば、凄まじい無表情でこの二人を殴り倒した事だろう。


「親父、姐さんは道場にいらっしゃるそうですぜ」
「組長、絶対!その携帯バレないで下さいよっ」

他の組員からペコペコ頭を下げられる立場にある二人が、鼻の下を伸ばしながら息子の写メを眺めているロマンスグレーに詰め寄った。
途端、携帯を直し表情を引き締めた男が、無愛想な表情に冷笑を浮かべる。

「…バレたら、今度はうちが代替りだ。俺の跡は日向に継がせろよ」
「お、親父ぃ!後生ですっ、まだ逝かないで下さい!」
「組長亡き後の4区は、抗争が起きますぁ!!!」

日本一と言っても過言ではないだろう高坂組は、全国各地から恐れられている日本最大規模のヤーさんだ。
息子もヤーさんだが、ヤクザとヤンキーじゃ大分違う気がする。


「………ふ、この俺がそう簡単に死ぬか馬鹿野郎。この阿修羅に懸けて、な」

ジャケットごとワイシャツを脱ぎ捨てた男の背中に、見事な阿修羅の姿。

「高坂三代目組長を侮るな!」

男達は感嘆の息を零し、尊敬の眼差しで組長を見つめた。貴方の為なら死ねます、と言う暑苦しい思慕が聞こえてくる様だ。



「彼様な所でストリップか、変態が」

冷え渡る様な声音と同時に、高坂組長の足元へ日本刀が突き刺さる。
声もなく怯える組員を余所に、後数センチズレていたら革靴に突き刺さっていただろう銀の刄を見つめた男が、ゆるりと顔を上げた。

「毎回毎回危ねぇ真似しやがる。足ならまだしも、俺の刀に刺さってたらどうするつもりだったんだ、おい」

股間を示しながら親父発言の組長は、黙っていたら格好良いと言う可哀想な人だった。
砂利を踏み締め剣道着のままタオル片手に現れた美青年は、短いサラサラのハニーブロンドを靡かせながらエメラルドの瞳を眇め、

「避ける必要が無いと判断したから動かなかったくらい言え、変態」
「それが愛する男に言う台詞か、ハニー」
「門限の六時を15分も超過し、尚且つ見覚えの無い携帯電話を携えた貴様の何処に『愛』がある?」

砂利に突き刺さった日本刀を軽やかに抜き、自分よりまだ上背がある男の喉元に躊躇いなく刄の切っ先を向けた。

「今でこそ爵位は持たぬが、心根は未だ公爵だ。その私を謀るつもりならば、貴様の命貰い受ける」

鋭利な美貌は日向に瓜二つで、ただ違うのは全く変化しない表情が冷たく感じる所くらいか。

「いや、だから式典が長引いてだな、見覚え無いも何も、いつもと同じ携帯だぞ、ほら、ちゃんと見ろ、日向の写メもバッチリこの通りだな…」
「今朝まで見受けられた無数の傷痕が消えている。ストラップの向きが変わっている。それは私の見知らぬ携帯電話だ」

日向の待ち受け画面を突き付けた組長は、然し怖いくらい無表情で細かい所を突っ込んだ美青年に痙き攣った。

「アレク、」
「…また、浮気か。サンフラワーが聞いて呆れる、貴様はただのダンテライオンだ」

心なしか目が据わっている気がする、愛しい人。キラリと輝いた日本刀の切っ先が、だらだらと嫌な汗を滲ませた。

「姐さん落ち着いて下さい!親父に浮気する様な甲斐性はありませんよ!」
「そ、そうですとも!何せ根っからのゲイだった組長が選んだのは姐さんただ一人なんですから!」

太陽を恋い焦がれる向日葵ではなく、綿毛を風に任せてふわふわ飛ばす自由気儘なタンポポ。その台詞が出たら危険だと言う事を、この屋敷の人間で知らぬ者は居なかった。

「そ、そりゃ、一目惚れした時は姐さんを男と勘違いしてたかも知れませんっ。それは親父が悪い!」
「脇坂!ンな事ほじくり返すんじゃねぇ!」
「養子縁組するつもりだった相手が女だった、なんて理由で暫く浮気しまくってた昔の組長は馬鹿ですぁ!」
「石塚ぁ、何つー過去を思い出させてんだ!」

焦りながら組長のフォローに回った忠実な幹部二人は、直後硬直する。
ポロリ、と。見た目完全なる美青年、それも剣道着姿のイケメンが無言で涙を流していた。
嫁いできた当所は女の子らしい長かったブロンドも、今や年中短く切り揃えられていて。ご近所では女性に大人気のイケメン妻だ。

「…私だって、男に産まれて来たかったんだ」
「あ、ああ、あああ、泣くな、頼む泣くな俺が悪かった、すまん!」
「私が女だからヴィーゼンバーグは私を見放し、私が女だから貴様は別の男と浮気、浮気ばかり…」
「してない!本当にしてませんっ!遠山の金さんに誓って言える、俺は浮気なんてしてないぞぉう!」

遊び人に誓ってどうする、と言う組員の呟きはさりとて。
亡き先代組長である父親が、何処からか寄越して来た見合い写真…を写したカメラマンに一目惚れした若き日の高坂組長(当時若頭)は、俊が聞いたら鼻血を吹きそうな熱烈アタックで今の妻、旧姓アリアドネ=ヴィーゼンバーグをゲットした。

当時、息子以上に遊んでいた彼は女も男もバッチコイな俺様攻め全盛期で、然しその強烈な一目惚れで自分がゲイ寄りなのだと自覚し、初恋気分のまま浮かれ回り勝手に入籍…ならぬ養子縁組手続きに走って、


『アレクが女だとぉおおお?!』

美青年が美女だと知った途端に意気消沈。付き合ってくれ、結婚しよう、幸せにする、と半年に懸けて迫った彼女とキスもしない内にビバ二股。
三股、四股、五股………エンドレス。


長い金髪を靡かせ、貴公子然していた彼女がブチギレるまでノンストップだった浮気も。プロポーズの時とは真逆に押し切られて結婚した後、綺麗さっぱり無くなったのだ。
何せ16歳まで男だと信じたまま育った嫁は、侍真っ青なくらい男らしい。たまに笑うのがとんでもなく愛らしい、ツンデレ美人受けだ。

結婚してから熱愛が始まった二人に待望の息子が誕生、高坂組を継いだ現組長と元貴族家出娘の幸せなラブラブ生活は短かった…と、懐かしむ目で日本刀の刃先を眺めていた彼は頭を振った。


「とにかく、俺はアレク、てめぇだけのモンだって何度言えば判るんだ」
「…お前は格好良いから、老若男女に愛される。面白味の無い私など、いつか捨てられるのだ」
「ちょ、誰がンな馬鹿な事を…」
「文仁が」

すんすん鼻を鳴らしながらタオルで顔を覆ってしまった妻に組長は痙き攣った。
マフィア百人相手にも全く動じず日本刀を突き立てる鬼嫁を、こんな可愛らしい乙女嫁にした男の名前に聞き覚えがあり過ぎたのだ。



「出て来いっ、馬鹿兄弟が!!!」

背中に彫られた阿修羅ごと吠えた組長に、罪の無い組員達は腰を抜かし、植木がザワザワ揺れる。
クスクス、鈴を転がす様な笑い声が暗んだ空に響いて、屋敷の上から人影が二つ、降りてきた。


「そない大声を出さんといておくれやす、向日葵はん。あてはまだアラサーやさかい、怒鳴らんと良う聞こえるんどすえ?」
「やめなさい文仁、お前の京弁は背中が擽ったくて適わない」

艶やかな長い黒髪を緩く結った長身の美丈夫と、その隣に酷く精悍な顔をしたこれまた長身の男の姿。

「また貴方らか、冬臣さん、文仁さん」
「親父を怒らせるのはやめてくれって、ワシらの話聞いてねぇだろ」

怯んだ組員達が口をパクパクさせているのを横目に、幹部である脇田と石塚が溜め息を零した。

「つれへん御方ばかりや事。あての可愛い二葉が最後の青春を謳歌するこの善き日に、そない厳しい顔で何を吠えとりますのや?」
「文仁、お前がアリー小母さんに出鱈目を吹き込んだからだよ。いい加減その口調はやめなさい」

怒りが頂点に達しているらしい高坂は拳を握り締め言葉にならない呻き声を発てているが、のんびり身なりを整えている二人はとことんマイペースだ。

「…はん、この俺が冬ちゃんの言う事を聞いて大人しくしてやってんだ。イチャイチャ暑苦しい真似してんじゃねぇぞ、糞ジジイ」

長い黒髪を優雅に掻き上げながらにっこり微笑んだ文仁が、表情とは真逆過ぎる低い声音で吐き捨てた。凄まじい豹変に付いていけない組員はともかく、

「文仁、可愛いふーちゃんに良く似たその顔で汚い言葉遣いはやめなさい。私は悲しい」
「じゃあ冬臣兄さん、そろそろ俺とハネムーンに行こうよ」
「ハネムーンは家族旅行じゃなくて新婚旅行だと、毎日言ってるだろう。行きたいなら結婚しなさい」
「だから冬臣兄さんが俺と結婚したら良いんだって、毎日言ってるよね」
「大概にしとけや、不毛兄弟」

漸く唸りから言葉を発するに成功した組長が、羨ましげな妻をぐいっと引き寄せ抱き締めて、ポッと頬を染める美青年チックな妻にムラムラしながら睨む。

「ふーちゃんの写メなら諦めろ、俺は可愛い日向しか写してねぇ。アレク仕込みのプロ顔負けカメラ技術を、愛息子以外に使う気なんざねぇんでな」
「ひま、…惚れ直したぞ」
「ハニー、俺は毎日惚れてるぜ」

喧嘩後の熱愛ムードに組員達が安堵の息を漏らし、愛想笑いを控えた文仁が興味を無くした様に舌打ちした。


「ちっ、ジジイが盛りやがって。勝手にやって、」
「ふふ、…この俺の可愛い二葉が、日向に負けるだ・と?」

龍。龍の幻影が見える。
吹き荒ぶブリザードに偉そうな文仁でさえ青冷め、痙き攣った組長を庇う様に凛々しく嫁が一歩進み出た。

「ヴィーゼンバーグの動向を探らせたのは私だ。その為に諸君らは始業式典への出席が適わなかった。改めて詫びよう、すまない」
「別に俺はどうでも…」
「お気遣いなくアリー小母さん。カメラマンを派遣したので、記念撮影はご心配に及びません」
「それは良かった。ならば、今宵の来訪は頼んでいた件か?」

俺はただの付き添い、と面倒臭げに髪を結い直す文仁の隣で、文仁を腹ドス黒と言うなら腹ドスコイ真っ黒である冬臣が首を傾げた。


「どうやら暫く懸念の心配はない様です。但し、別の心配が生じましたが」
「どう言う事だ?」
「公爵へ女王自らが圧力を掛けた様ですよ」
「陛下が?!」

流石の高坂夫妻が口を閉ざし、冬臣の指が宙に文字を書く。




「ルーク=フェイン。女王が求愛して止まない、世界の覇者の命で、ね。」


X、と。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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