帝王院高等学校
大浴場に欲情します!
「指輪さん」

掌を広げキラキラ光る指輪を眺めながら、ほうほう感嘆の溜め息を零す俊が何とも言えない表情の太陽を振り返った。

「タイヨーにも指輪さんあったなり。良かったにょ」
「良くないって、別に…」

いつの間にか二葉が桜に手渡していたらしい封筒の中に、俊の物と良く似た指輪が入っていた様だ。

「時の君。太陽君も、これで名実共に左席委員会の閣下なんだねぇ」
「嬉しくないよ、桜…」

几帳面な文字で特例措置、と銘打たれたメモが同梱してあり、太陽の頭痛の種はこれだった。
今まで副会長不在だった左席委員会の統率符は『天』の一つ限りだったが、『時』を増やす事が議会で可決されたらしい。それに併せて当然だがクロノスリングも増やされ、シルバーに黒の羅針盤が刻まれた指輪が太陽にも与えられる事になったそうだ。

「俺は見てないけど、あの光王子がわざわざ使い方までご指南下さったなんてさー。気持ち悪い、何企んでんだか」
「フェアじゃないからにょ。副会長は、俺様だけど卑怯じゃないなり」

日向の肩を持つ俊に片眉を上げ、おやっと首を傾げた。今は目立たなくなった俊の口元の痣、それを付けたのが恐らく高坂日向である事には薄々気付いていたのだが、だからこそ日向を敵対していない俊に引っ掛かるのだろう。

「…ま、確かに柚子姫の件を一応謝罪に来たらしいけど。あのムカつく態度!何処が卑怯じゃないの、悪魔だろ悪魔!」
「えっと、お化けは嫌いです。でも悪魔はハァハァします!」
「俺は嫌いだね、大体中央委員会の奴らは皆そうだよ。偉そう。馬鹿にしてる、見下してる!」
「タイヨー、何かあったにょ?」

神威から飛び降りたオタクが、輝かしいばかりの眼鏡で迫ってくる。
無意識に唇を拭う仕草を見せた太陽が後退り、あわあわと視線を漂わせた。

「絶対、何かあったにょ。僕の眼鏡を盗んで、きっとBL的な展開があった筈…」
「ベ、ベーコンレタス的な展開って、何かな、とか、思ったり…」

いつの間にか居なくなっている裕也はともかく、桜も太陽の態度を疑問に感じていたのか無言で覗き込んでくるは、いつでも無表情無言な神威は眼鏡からでも判るくらい睨んでくるは、最悪だ。

「素直に自白しなさい。怒らないから、そう、僕の眼鏡を盗んで誰とイチャイチャしよ〜が、素直に事細かに言えば勝手に妄想と言う名の萌旅行に旅立てます!」
「お前さん、俺をそんなにホモにしたいのかい?」
「当然にょ!」
「言い切るなよー…」

ガクリ、と肩を落とした太陽が指輪を握り締めたまま、たまたま通り掛かった先のゲートを認め顔を上げた。

「ラウンジゲート、だ」
「キラキラした自動ドアなりん」

俊も漏れなく足を止め、神威が恐ろしく不機嫌なムードを漂わせる。桜が興奮げに拳を握り締め、

「僕、中等部の頃から憧れてたんだぁ!あれはねぇ俊君っ、ラウンジゲートって言って、高等部の進学科にしか通行許可が許されていないサロンなんだよぅ!」
「サロンパス?初夜で痛めた主人公の腰を癒すあのツーンとした匂い!大好きですっ、ガソリンスタンドの匂いの次に!」

匂いフェチな俊が変態発言をカマしているが、無言で抱き付いてくる神威はやはりどう見ても不機嫌ではないか。

「カイ庶務、セクハラ禁止」

桜が興奮げに煌びやかなSのアルファベットを抱えた巨大な扉を見つめている隣、太陽が渋々口を開く。

「…」
「しつこい男は嫌われるんじゃないかい?ベタベタ暑苦しい男はさー」

特に人が多い場所では軽く無視されている筈だが、珍しくピクリと肩を震わせた神威が俊から離れ、煌びやかなゲートを写メる俊を覗き込む。

「あれは室内庭園並びに大浴場へ続く通行ゲートだ。…興味があるか?」
「温泉?!」

俄然好奇心を滲ませた眼鏡がしゅばっと扉に張り付き、ピピっと言う短い機械音を放った扉が開く。

「おっきいお風呂っ、おっきいお風呂っ」
「わぁい、大きいお風呂〜」

跳ねる様に自動ドアを潜っていった俊に続いて桜も行ってしまい、着替えも入浴セットも持たずに走って行った二人に呆れながら、立ち竦んでいる神威を掴む太陽もゲートに近付いた。

「何やってんの、まさか裸の付き合いが恥ずかしいとか言わないよねー?」

ピピっと言う短い機械音、パネルに山田太陽と言う表示が現われ、その下に入場許可の文字が青く灯された。
然しやはり微動だにしない神威を揶揄めいた太陽が見上げ、その無表情と言うには些か奇妙な眼鏡に首を傾げる。

「…俺は、辞退する。心行くままに進むが良かろう」
「あ、ちょ、おい!」

太陽一人を通し閉まったゲートの手前で、パネルを憎々しく睨み据える美貌がその手をゲートに伸ばした。

ピピっと言う短い機械音を放った扉は、然し開かない。
パネルに『対象外』の表示が現われ、それまで金色だったSのアルファベットが白銀に変化していく。

『カード、並びにリング認証が正しく機能しませんでした。網膜認証開始………98%、コード:ルークを確認』

勝手にペラペラ喋り続ける機械音声に、周囲の生徒達が怪訝げな眼差しを向けてくるのが判った。だが然し、その機械音声が異国語である事が要因だろう。

『ゲートプラチナ、セントラルフロアに切り替えます』

彼らに恐らく意味は通じていない。短いモーター音を聞いた。
扉の向こうが変化していくのが判る。そう作ったのは紛れもなく自分自身だと判っているから、苛立つのだろうか。


『中央プライベートフロアへお帰りなさいませ、陛下』

太陽の台詞を思い出していた。
雑音にしてはやはり、何処か他の人間とは違うあの男の声を。優秀過ぎる鼓膜を用いて、人間を越えた記憶力で、



『中央委員会は、生徒の混乱を懸念して食堂の利用が制限されるんだ』

思い出した台詞に、自嘲したのかも知れない。
違う、五百メートル先の密談でさえ聞き取るこの聴覚が全ての要因なのだ。人間にとってはただの囁きが、自分にとっては何よりも耳障りな雑音と化す。だから、出来る限り他人を寄せ付けたくなかっただけだ。


「俊」

システムを変更するのは簡単。
別ルートで大浴場へ向かう事も可能だ。但し、Sクラス生徒で溢れたフロアには当然クラスメートも存在し、大学部の生徒も利用が許されている為に人間で犇めいている。

二学年、三学年のSクラス生徒には、下位とは言え中央委員会役員も存在するのだ。
自分を見れば、彼らは謀らずも跪き宣うだろう。


『神帝陛下』


そう、忌まわしいスペルで。
それを嫌う俊の前であろうと、跪くのだ。


「お帰りなさいませ、マジェスティ」
「………」

タキシード姿のバトラーが恭しく頭を下げ、夕食の有無を聞いてきた。片手で必要ない事を示せば、煌びやかなシャンデリアや調度品で飾られたリビングホールに招かれる。

「お茶をご用意致します」
「…下がれ、構わずとも良い」
「ならばお召物をお預かり致します。本日ご着用のお召物は破棄し、新しい制服を明朝お届け致しますが、宜しいでしょうか?」
「クリーニングを施し、一年Aクラス藤倉裕也の元へ届けよ」
「Aクラス、ですか?」

言葉を濁らせたバトラーを、ただ一瞥しただけで返答は終わった筈だ。

「何が言いたい」

けれどまだ何か言いたげなバトラーはその場に残ったままで、違うバトラーがワゴンを押して来るのを横目に外した眼鏡をソファに乗せた。
ワゴンの上には日向が嫌がりそうな甘い菓子の山と、二葉が喜びそうな紅茶の匂い。

「恐れながら、マジェスティがAクラスの生徒などと関わられるのは容認致しかねます」
「衣服を借用しただけだ。借りたものを返さぬ訳には行くまい」
「…畏まりました。それでは新しい制服を用意し、該当者へお届け致します」
「好きにするが良い」

控え目に姿を現した中央委員会役員が次々に一礼していく様子に気付いたが、纏っていた白いワイシャツをそのままにソファへ腰掛ければ、紅茶を運んできた別のバトラーが眼鏡を奪う。


「…何をしている」
「ご不要ならば破棄しようかと、」

まるで何とも無い様に微笑んだ男が、目前で倒れるのをただ眺めていた。片手にはシンプルこの上ない眼鏡があって、



「…思い上がるな、誰がそれを命じた?下がれ、と命じた筈だ。愚鈍な人間に用はない」
「も、申し訳ありません」

足音も発てずに退くバトラーも、恐々とこちらを窺う部下も苛立ちを増す要素にしかならない。
そうだ、初めて俊から貰った眼鏡は部屋に置いたままだった。脱ぎ捨てた制服と一緒に、もう処分されてしまっただろう。
二度目に貰った眼鏡は校舎に捨ててきた。だから、これが残った一つきりだ。


「リング制限解除。プライベートライン・オープン、ラウンジのセキュリティカメラ映像を転送しろ」
『了解、リブララウンジゲート内部を表示します』

壁一面を覆う巨大な液晶モニタに、先程俊達が入っていったサロンが映し出された。


「セキュリティ8・9、音声連動稼働」

芳しい紅茶の香りを余所に、16台のセキュリティカメラから目的を探す。すぐにドアップの黒縁眼鏡が判った。


『俊、何やってんのー?』
『タイヨー、此処に天使が居るにょ。お目めがキラキラしてて、綺麗なりん』
『ミロのヴィーナスだねぇ、あっちにはミケランジェロの絵もあったよぅ』
『俊って本当、綺麗なもんが好きなんだなー。そんなに覗き込むなよ、何か変態っぽいからさー』

聞き慣れた三人の声、漸く離れたドアップの黒縁眼鏡が持ち主の全貌を写し、背後に他の二人も映し出した。


『あれ、タイヨー、カイちゃんは?』
『皆と風呂入るのが恥ずかしいから帰るってさー』

勝手な事をほざきながら、セルフサービスのドリンクサーバーから緑茶を注いだ太陽が、紙コップ片手にサロンの片隅に腰掛ける。

『カイさんがお風呂に居たらぁ、他の皆が混乱しちゃうからねぇ。寧ろ良かったのかもぉ』

桜がコーラとネクターピーチを注ぎ、コーラを俊に渡しながら無邪気に笑った。

『ふにょん』

ずずっ、と炭酸水を啜った俊が開いた片手でシャツの内側を漁りながら、まさか監視カメラが仕込まれているとは想像もしていないだろう女神像をチラチラ振り返り、

『カイちゃんとお背中流しっこしたかったなり』
『ねー、俊。…本当の所さ、カイ君とどう言うアレなの?』
『ふぇ?』
『僕はぁ、カイさんが俊君にラブラブなんじゃないかなぁって、思ぅ』

ぽっと頬を染めた桜にも、忌まわしいと言わんばかりの太陽にも、全く興味は無かった。

『そんな訳ないと思うにょ。僕ってばただのウジ虫だし…』
『じゃ、俊はアイツのコトどう思ってんの?人前で抱き付かれて、その、キ、キスとか、さ。…嫌じゃないの?』

きょとりと首を傾げた俊が、ドッグタグ付きのネックレスを襟から出す光景を見ていただけで、その他にはまるで関心が無かったのだ。


『えっと、チューは好きな子としなきゃ、駄目』
『ま、普通はそうだろーね。俺らは日本人だし、挨拶でキスはしない。ハグもあんましないよなー』
『そぅだよねぇ、でも僕は凛々しい俊君と綺麗なカイさん、とってもお似合いだと思ぅ、かも…』
『カイちゃんは男の子だから、お似合いにはなんないにょ。カイちゃんはタイヨーにラブラブなんです!』
『はいはい、絶対無いから、それ。寧ろ俺は完璧に嫌われてる。俊と俺の扱いが違う、俺にはラブじゃなくてブラックだからー』
『ぅん、ちょっと怖ぃよねぇ、カイさん…』

二人の台詞など聞いていなかった。
用意した時には何の感慨もなかったあのネックレスを、液晶の中で大切そうに握り締める人間にしか網膜も鼓膜も働いていない。

『ま、いっか。大浴場どっちにする?あっちは露天風呂、こっちが室内浴場だけど』
『室内浴場にはサウナと足湯・半身湯、露天風呂には温水プールがあるって書いてあるぅ。プールの水深80センチだってぇ』
『俺的にはサウナが気になるって言うかー、一万円のバスローブって、俊ならやっぱタダになるのかなー』
『着替え、持ってきてないよねぇ、そぅ言えば。あっちでお風呂セットは売ってるみたいだけどぉ…バスローブは恥ずかしぃ』
『クリーニングに預ければ、一時間半で仕上がるんだってさ。そんくらいなら余裕で経つんじゃない?』
『そぅだねぇ、あっちこっち入ってたらそれくらいすぐだよぅ。マッサージもあるしねぇ』

紙コップを捨てた二人が立ち上がる光景が映ったが、




『あれ?俊、何処行った?』
『見てないよぅ。トイレかなぁ?』


どの映像を探しても、俊の姿を見付ける事は出来なかった。

←いやん(*)(#)ばかん→
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