帝王院高等学校
美味しい和菓子には刺があるにょ。
「何でアイツが此処に居るんだ…!」
「知るかよ!くそ、マスターに報告するぞ」

並木を掻き分け進んでいた彼らは、然し桜並木から一歩足を踏み出した瞬間怯えた様に足を止めた。



「…告げ口は感心しないねぇ、悪い子は閻魔様に喰われちまうヨォ」
「お前、」
「カルマが俺らに逆らうつもりかコラ!」

黒いシャツを靡かせて、陽光を帯び金に輝く髪を掻き上げながら彼は笑った。
細い腰の、上。凍り付く様な冷気を発する狼が睨み付けてくる。



「逆らう…?何かそれじゃ下剋上じゃね?(∀) カルマが最強なのに、何で逆らわなきゃなんねーの?」
「テメ、」
「舐めやがって…!」
「つかさー、俺、今とっても気分が良いんだ(・∀・) さっき見たものを忘れてくれるんなら、ライブはやめてあげても良いぞ(´Д`)」

満面の笑みを浮かべた男は、然し怪訝げな二人に肩を震わせた。


「物分かりが悪い子は、…地獄の業火に焼かれちゃうヨォ。
  だから餞別にハイテンポなヘビメタをプレゼントしてあげる(´Д`*)」
「リードピアノは僭越ながら錦織要が」

何の気配も無く現れた深い海色の髪が妖しく揺れた。

「錦織…っ?!」
「くそが、回り込みやがって!」
「バイオリンは高野健吾が務めさせて頂きます」

弾かれた様に振り返った彼らは、恐らく夜には一層煌びやかに輝く赤い月を視たのだ。



「指揮者不在を心よりお詫び申し上げます」
「それでは我らカルマバンドのボーカルをご紹介しましょう、」



空高く輝く太陽の存在も忘れて、



「よう、雑魚共。」
「紅蓮の君…」
「嵯峨崎ぃ!」


ただただ怯えながら、







「…最高の地獄に案内してやんぜ、テメェら」



背中に灼熱の翼を刻む、月を。



















「あのぅ」
「全く、迂闊に眼鏡外しちゃ駄目だろ俊」
「ふぇ、ごめんなさい」
「あのぅ」
「然も何で銀髪になってたんだよー、さっき」
「えっと、折角訳有り変装平凡受けのご登場なのに、あにょ、カブっちゃいけないっと思ったんだァ」
「あのぅ?」
「眼鏡がカブらなくてもヅラカブってちゃカブりまくりやないか〜い」
「ルネッサーンス」
「すいませぇん?」
「つか俊、カツラまで持ち歩いてんの?」
「昔からの習慣が抜けなくて…めそり」
「あのぅ?」

黒のレザージャケットを腰に巻いたオタクがしょんぼり肩を落とし、その隣で黒縁6号をズレ落ちさせたオタク(小)が顎に手を当てる。


「しっかし、やっぱカルマ総長なんだなー、俊って。生で本物見るの初めてで驚いたけど、あはは、格好良かったよー」
「マジかァ?!マジですかァアアア!!!」
「で、そのレザーどうしたんだい?つか、ブレザーは?」
「ブレザーにょ、これ」

腰に巻いていたジャケットを外し、クルっと裏返せば帝王院の冬服ブレザーに早変わり。
ぱちくり、と瞬いた太陽は慣れない手付きで眼鏡を押し上げ、


「リバーシブル…?!ブレザーがリバーシブル?!そんなアホなー」
「近所の呉服屋さんの息子でコスプレ友達に作って貰ったにょ。今度お礼にイチの着ぐるみパジャマ姿を送るつもりですっ」
「着ぐるみって…」
「やっぱドラちゃんのパジャマが可愛いかしら?!いやっ、ココは一つ羊のパジャマがイイかしら?!
  羊の皮を被ったワンコって何か萌える気がします!ハァハァ、ふわふわ羊さんの着ぐるみが必要にょ!購買に売ってるかしら?!」
「アハハー、売ってたら俺が買ってあげるよー!イチ先輩が着ぐるみなんて想像しただけで爆笑問題みたいな的な!」
「あのぅ、イチさんってもしかしなくても紅蓮の君ですかぁ?」

いつの間にか寮の目前まで歩いていた平凡二人は揃って隣を見やり、きょとりと首を傾げるふくよかな少年に吐血した。


「えへへ、やっと気付いて貰えましたかぁ?山田君とぉ、天の君ですよねぇ」
「ちょ、ちょ、え、あ、ってゆ〜か、安部河君?!」
「お餅が喋ったァ?!桜だらけのお餅が喋ったァアアア!!!!!」

ふわふわ天然パーマな小豆色の髪に桜の花びらを引っ付けた、太陽と大差ない身長の、然し体重だけなら隠れ筋肉質な佑壱に匹敵するのではないかと思われるまん丸ボディが佇んでいる。

「な、何で安部河君が…?」
「さっきは有難うございましたぁ、山田君」

いつからそこに居るのか冷や汗を浮かべる太陽に少年は柔らかな笑みを浮かべ、じりじりと近付いてくるオタクがクンクンクンクン鼻を蠢かせているのに瞬いた。


「あのぅ、天の君?」
「くんくん、ふんふん、アンコの匂いがするにょ!くんくん、ふんふん、アンコの匂いしかしないにょ!」
「えーっとぉ、ポッケに桜餅が入ってるからだと思いますぅ。春なのでぇ、おやつに作って来たんですぅ」

ちょっぴりきつめなブレザーのポケットからラップで包んだそれを取り出し、体格も表情も柔和な少年はオタクが垂れ流す涎に目を見開く。

「お腹空いてるんですかぁ、天の君?もぅお昼ご飯の時間過ぎてますからねぇ。はい、これ良かったらどぅぞー」
「ふぇ?桜餅食べてい〜にょ?桜餅お食べしても怒らないにょ?お代わりありますかっ?!」
「僕のお部屋にまだまだ沢山ありますからぁ、遠慮なくどぅぞ〜。あ、山田君もどぅぞ〜」
「あ、いや、有難う安部河君…」

拳サイズの桜餅を葉っぱごと一口で味わう俊が眼鏡を輝かせている。もきゅもきゅ咀嚼しながら、少年のぷにぷにボディを漁りまくり見付けた桜餅をおねだりだ。


「ぷはーんにょーん!ご馳走様でしたァ」
「うわぁ、天の君ってスリムなのにいっぱい食べるんですねぇ。羨ましいなぁ」

意地汚い俊を然しにこやかに眺めている安部河を横目に、出来るだけ人気の無さそうな南口からエレベータホールへ向かう太陽は無言を貫いていた。

「ふぇ?僕のお腹ぶーちゃんにょ。ほらん、触ってみます?」
「あっ、あっ、帝君のお体を触ったりしたら皆さんに怒られちゃいますぅ」
「桜餅のお腹はぷにぷににょ。ハァハァ、ぷにぷに…っ、抱っこしてイイですかっ?!ハァハァ、桜餅は柔らかそうにょ!ハァハァ」
「あのぅ、桜餅じゃなくて桜ですぅ。安部河桜、Sクラス一年ですぅ」
「安倍川餅?桜餅?和菓子だらけ?」
「安部河、桜ですよぅ。家が和菓子屋さんなんですぅ」
「お餅だらけ、お餅尽くし!お雑煮に大福にヤキモチ焼いた攻めのお仕置きエッチも好物です!」

全く話が噛み合っていない二人を背後に、漸く降りてきたエレベータに乗り込んだ太陽はドアが閉まると同時に安部河桜の肩を押し付けた。



「きゃ、」
「はふん」
「何処まで聞いたのかな、安部河君。…さっきは君だって判ってたら助けたりしなかったよ、悪いけど」
「タイヨー?」

珍しく冷たい眼差しで桜をエレベータの壁に押し付け、狼狽する俊に構わず空いた手でIDカードを取り出した。


「君は何処まで聞いたのかな、安部河。答えによっては、ABSOLUTELY関係者の君を『拘束』するから」
「タタタタタイヨーさん?!どうされましたにょタイヨーさん?!何だかとっても悪役チック!」
「あのぅ、何処までって言われても…」
「君は見た筈だろ、…天の君が誰なのか」

俊が動きを止め、低い声を出す太陽の肩に手を伸ばす。


「見たならもう駄目だ、俺は中央委員会に従う帝王院の人間が好きになれないから」
「タイヨー」
「汚い奴らには汚い手も使ってやる、神帝が左席にさせたんだ。だったらその権力使ってでも、」
「太陽。」

ぐるん、と。
抵抗など何一つ許されない風の様な力に引かれて反転し、暖かい胸の中。





「もうイイ」
「…っ」
「神帝の飼い猫が見てる。その時点で俺の存在は筒抜けだ」

見上げれば分厚いレンズ越しに穏やかな色合いを滲ませた黒い双眸があって、その澄み切った黒に自分の汚さを改めて思い知らされてしまう。

「判ってやった事だから、気にしなくてイイ。…探し人がすぐ傍に居るとヒントをやったんだ」
「でも、」
「俺は俺を拒絶する奴に興味は無い。俺は俺が信じた人だけ傍に居てくれたら他に何も望まない」
「俊」
「俺は神帝が大嫌いだ。だけどあの男は恩人でもある。あの男が居たから今の俺が在って、俺の陳腐な世界に天使が舞い降りたんだ」

宥める様に頬を撫でる指に、その何処か遠慮がちな指に笑いたくなって、失敗した。



「タラシの才能あるんじゃない、俊ってば。天使って、…漫画の読み過ぎじゃない」
「目の前に男らしい天使が、…俺なんかを庇おうとしてる」
「コラ、お前さん俺の友達を『なんか』なんて言いなさんな。幾ら水瓶座ロマンチストな俺でも、本気で怒るよー」
「お二人って…」

ぽーっとした表情で無駄に親密な二人を眺めていた少年は、きゅっと両手を握り締め、



「仲良しさんなんですねぇ!
  うふ、判りましたぁ。大丈夫ですよぉ、お二人がヴァルゴの並木道で秘密の逢瀬をしていた事は誰にも言いませんからねぇ!!!」
「「……………はい?」」
「きゃ、きゃっ。僕ぅ、今までこんなんだからお友達も少なくてぇ、恋のお話を見たり聞いたりするの初めてなんですけどぉ、でも僕を助けてくれた山田君と山田君を颯爽と救いに来た天の君なら芋羊羹より甘い恋物語だと思いますぅ!」

内ポケットからしゅばっと取り出したカバー付きの文庫本を抱き締め、ふくかな体をぎゅっと縮める彼は頬を上気させまくる。
ぽつんと取り残された二人は揃って口をあんぐり開き、


「ちょ、ちょ、ちょっと待って、誤解、誤解だから!俺達は別に、」
「はぅ、惹かれ合う二人は性別の壁も白百合閣下の取り締まりの壁も乗り越えて、いつしか海の見える丘の上の小さなチャペルで秘密のブライダルを…っ」
「ちょ、ちょ、」
「はふん、タイヨーが新婦で僕は神父で、あらん?シンプさんばかり?」
「あぅ、僕はお二人のハッピーウェディングに向けて今日からウェディング饅頭のデザインに取り掛かりますぅ!きゃ、きゃっ。お式には絶対呼んで下さいよぅ!」
「ウェディング饅頭なんてハイセンスにょ!ハァハァ、桜餅ちゃんったら萌の使者ですか?!餅の使者じゃなくて萌の使者でしたかっ」
「桜餅じゃなくて桜ですぅ、天の君ぃ」
「遠野俊ですっ。好きなものと得意な科目はBL全般ですっ」
「あ、あの、ちょ、ちょっと二人共…」

異様に盛り上がる二人を見つめ、エレベータの開ボタンを押しながら狼狽する太陽は、



「山田君と遠野君、HRまでお暇ですかぁ?」
「萌がそこに有る限り命尽きるまで多忙にょ!」
「左席委員会って他の役員はもぅ決まってますかぁ?」
「僕とタイヨーだけにょ。求人チラシ作らなきゃ駄目かしら、時給800円以上じゃないと今時の高校生は食い付かないかしら!」
「もし良かったらぁ、僕も委員会のお手伝いさせて下さぁい。これと言って得意な科目は無いですけどぉ、和菓子作りと読書が好きですぅ」

にこにこ笑う桜の台詞に顎を外した。ABSOLUTELYの関係者が、左席委員会に入れる訳が無いのに、だ。



「ま、待って、安部河は四天王…清廉の君の幼馴染みだったろ、確か!」
「はい〜、セイちゃんはお家が隣同士なんですぅ」
「セイレンノキミって、だァれ?」
「ABSOLUTELY四天王のイーストだよ!俊、知ってるだろ?」
「む。イーストイースト、パン屋さんにあるのはイースト菌………ああ、ハヤタと喧嘩して引き分けた白髪さんだったかなァ」
「ハヤタって…まさか神崎君?!」
「あの時はイチと二葉先生が喧嘩しててェ、僕がうっかり二葉先生をぱちんしたら終わったにょ」
「ぱちんしたら、って…」

痙き攣る太陽と目を見開く桜の視線を受けて照れた様に頭を掻いたオタクは俯いた。



「あんなに美人さんだって知ってたら、ぱちんされても踏み踏みされても悦べたのに…」



ドMか。



「駄目ですよぅ、僕は白百合閣下の容赦無い取り締まりも、光王子閣下の見境無い爛れた交友関係も許せません〜」
「ふぇ?」
「あ、安部河君…?」

にこにこ御三家を罵倒する柔和な笑みにオタクが首を傾げ、太陽がとうとう腰を抜かす。



「桜で良いですよぅ。僕、今までセイちゃん以外はただのお馬鹿さんと思ってましたけどぉ、山田君と遠野君はやっぱり違うみたいですねぇ」
ぷに受け…ハァハァ、まさかの毒舌設定キタァアアアアア!!!」
「ちょ、俊、落ち着いて。何だかいつの間にか俊の部屋の前に来てるし、落ち着いてみよう、うん、深呼吸しようかー」
「ヒッヒッフー」
「ヒッヒッフー…ってラマーズ法やないか〜い」
「ルネッサーンス」

混乱した太陽とハァハァしたオタクが長閑にハイタッチを決め、落ち着いたオタクが初めての自室にときめきながらIDカードを翳しているのを見つめつつ、



「僕、不良さんは皆ただのオタンコナスだと思うんですぅ」
「あ、それ判るなー…」
「でも紅蓮の君はお菓子作りするって聞いてぇ、紅蓮の君はただのヤンキーさんじゃないんだなぁって、思うんですぅ」
「ヤンキー越えてヤーさんだからねー、イチ先輩は…」
「あにょ、狭っ苦しい独身童貞の部屋ですが、どうぞお入り下さいませご主人公様方っ!」
「帝君の部屋が狭かったら俺達の部屋なんか犬小屋だよー、俊」
「でぇ、僕ちょっと考えたんですけどぉ、紅蓮の君はカルマさんですよねぇ?」

執事の様にドアを開け、自分より早く太陽と桜を入室させるオタクは初めての『お友達訪問』に眼鏡を涙で曇らせた。


「僕の部屋に初めて家族以外の抜け毛が見付かりそうですお母さーーーーーん!!!!!」

既に佑壱の赤毛が落ちていそうだが、ワンコの抜け毛は人に含まれないのかも知れない。

「あ、それもしかしたら俺と同じ考えかも」
「あぅ、やっぱり山田君は凄いですぅ」
「ま、話の続きは座ってからにしようよ。あとその敬語も擽ったいからやめて欲しいなー」
「判ったぁ。うふ、何だか仲良しになれた気がするなぁ」
「しゅーん、早く入っておいでー。感動して泣きたい気持ちは判るけど、同人誌の箱が凄過ぎて寛げないからー」


ソファではなく佑壱が敷いた二畳サイズの敷物に座る平凡二人に見上げられ、









上目遣い。





「ゲフ」


とりあえずしゅばっとデジカメを構えたオタクは、豪快に鼻血を吹き出した。

←いやん(*)(#)ばかん→
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