帝王院高等学校
やめられない止まらない終わらない!
深度一万メートルよりまだ深くへと、落ちていく記憶を覚えている。
焼けつく様な背中のそれは痛みなのか温度なのか、その時もその後も、定かではなかった。

篠突く雨に衝かれる全身。
雷鳴なのか大気の唸りなのか、轟音に支配された世界は絶えず震えていた。小刻みに揺さぶられる、まるで女の体の如く。


「Hey, …hey! Are you okay?!(おい、…おいってば!)」

ともすれば、雨音や雷鳴に掻き消されていても可笑しくはなかった。その声は。
それなのに鼓膜をしっかりと震わせた囁きを覚えている。もしかしたら、極度の緊張から捏造された幻聴かも知れない。

「お…まえ、何で、大丈夫かよ…っ」
「Couldn't be better.(全然大丈夫)」
「そんな訳ねぇだろ!」

本能の為すがまま。
何に突き動かされたかなんて、最早覚えてはいない。血が命じるまま、魂の命じるまま、即ち無意識の、安い言葉で飾るのであれば前世からの宿命だった・とは、流石に馬鹿らしいだろうか。
ぽたぽたと、真夏の豪雨とは言え、それにしては温かい水滴が落ちてくる。

「It sucks!(馬鹿が!) 死んだらどうするんだよ!」

額に、頬に、次から次へと。
ぼやけた視界で彷徨う手が、何かに触れていた。止めどなく落ちてくる雨に負けて、殆ど目を開けていられない。

「…Sure, I have nothing to lose.(死んだって構わなかったんだ)」
「っ、は?!」
「痛い、平気?」

ああ、間違えた。
日本語はやめておけと言われたのに。だから返事がないのかと持ち上げた腕の力を抜けば、その手はすぐに温かいもので包まれたのだ。

「死ぬな…っ」
「It is just easy game. How’s it going?(こんなの何でもない。怪我はない?)」
「I am okay!(何もない!)」

震えている。
それは世界か、冷えていく手を伝う誰かの熱か、それともこれすら幻覚なのか。

「Don't, don't be afraid. Don't let it bother you. I feel just awesome today.(怯えなくていい。大丈夫、今日はきっと良い日だ)」

熱い。背中と左胸が。
寒い。全身を穿つ雨に奪われ続ける体温と、呼吸。
父親を煩わせるなら死んだ方がマシなのではないかと、いつも大人に守られて、堅苦しくとも自由を与えて貰いながら生きていくのかと、朧気ながらに考えていた事があった。どうせ死ぬなら誰かの役に立てれば、自分にも価値があったのではないかと。

『Do you fancy a few sherbets after work tonight?(無事助かったら打ち上げ会でもしようか)』

あの日も雨だった。
訳が判らないまま箱の中に閉じ込められて、訳が判らないまま目覚めた時に聞いたのは、見た事もない恐ろしい表情で、けれどいつもと同じ揶揄めいた笑みを交えた、男の言葉。
血塗れで、それでもただの一度として敵に背中を向けなかった男の背には、一匹の虎が刻まれていたのを覚えている。

『テメェら、腐れイギリス人共。この俺の愛息子を誘拐して、生きていられると思ってんのか…?あ?』

誰かがサムライだと叫ぶ。
ああ、そうだ、自分はサムライの国で産まれた。だからきっと、サムライから産まれたのだ。勇ましく竹刀を奮うあの母が、愛した男から。


熱い。
寒い。
震えている。
眠い。
でも駄目だ、せめて一人だけでも守り抜ける男に、なれなければ。

自分は何の為に、生きてきたのか。



「東から昇る」

世界の音が消えた瞬間を、覚えているか。
白銀を抱き抱えた漆黒が、眩い紫色の稲光を背後に、六角に尖る星を従えていた。
あの嵐の中で、真っ黒な、星を。

「太陽は常に。緋の系譜、光でありながら全てを放棄して愛を選んだ神は、地へ落ちた半身を探す為に狼へと身を落とす」

あの時、あの子はどんな顔をしていた?
真っ赤に燃える様な髪はきっと濡れそぼり、気丈な台詞に反してきっと、泣いていたのではないだろうか?

「お前達の慈悲と愛から産まれたアダムとイブは、父親に唆されて禁忌の実を口にした。アダムとイブはイザナギとイザナミ、兄妹は何度転生しても引き離されてしまう運命。全てはお前が犯した過ちだ。覚えているかい、金色の我が子」
「あやま、ち…?」
「繰り返される業を俺に捧げるのであれぱ、助けてやろうか。人間には『業』『魂』『体』が存在し、その全てに時間と言う制約が課せられている。生きながらに三つの文字盤を負う、生ける羅針盤だ」
「だ、れ」
「そうだな。俺は魔法使いだ」

何かをただ、抱き締めた。
離れた所で丸まる黒を見た気がするけれど、あれは誰だったか。白い肌が真っ赤に染まっている様だ。真っ白な雷鳴に照らされて、あれは従弟に良く似ている。

「いつか遠野星夜だったお前は、人を救おうと足掻いた。自分が失ったものの形、名前、体温、全て忘れて尚、魂に刻まれた想いだけを抱いたまま非情な業を嘆きながら死んだ」
「な、に」
「お前の片割れは産まれると同時に死に、軈てお前は気づく。月と出会い太陽を思い出したんだ。失った双子の片割れこそが、自分の大切な人だと」

歌う様に、それは囁き続けた。
まるで雷鳴の様な、月の光の様な、真っ白い何かを腕に抱いたまま。

「道化師は嗤う。己らを騙した父の悲劇を、神から犬へと堕ちた光を。けれど業は為された。探していたのはお前だけじゃなかったからだ。地獄のマグマへと落とされて尚、不浄なる犬の魂は燃え続けた。そうして犬は翼を得て、鳥となる」

ああ、駄目だ。
それを取らないでくれ。それは自分のものなのだ。それは自分だけのものなのだ。ずっとずっと前から決まっていて、だから、どんな理由を並べ立ててみても、初めから定められていたかの如く、同じ事をした筈なのだ。

「触る、な…!」
「再び空へ還る為に」
「返せ、っ、…Angel!」

背中が熱い。
視界が黒へと染まっていく。ああ、こんなにも世界は轟音で埋め尽くされているのに、どうして。

「俺が壊してしまった太陽の子に、感情を与えたいんだ。手始めにお前から『喜び』を奪う。奪われて尚もお前が喜びを手にしたその時は、新しい時が始まるのだと思う。俺ではない、別のクロノスが刻む、時間が」

待ってくれ、と。思っただろうか。
過ぎ行く時間を止めてくれと、願っただろうか。



「願わくは、等しく全ての魂へ、良い夢を」

赤い赤い、それはいつか大事だったものに良く似ている。
赤い赤い、それはいつか犯した罪にさえ、酷く似ている何か。

「暁を希い、己が犯した過ちを贖うべき時がもたらされるよう、祈りを」

私の名は何だった?
私の運命は何だった?
私の宿命は、何処へ消えてしまった?

(けれど)
(最早それも忘れた)
(背中が冷えていく)
(雨はやまない)
(ああ)

(この雨、は)









(いつか私が降らせたものと、酷く似ている)











「カエサル」

ああ、まただ。
飽きもせず毎日毎日、計った様に午後三時、昼日向の長閑な空気を割ってくる。

「眠っているのか?」

その日は口を開くのも億劫だった。
人とは興味を失うと、呼吸すら煩わしくなるものらしい。

「ただ、祈っているのか?…それとも、願っているのかな、君は?」

彼は本当に眠っていると思っていたのだろうか。
いつもと同じ揶揄いが滲む声音は楽しげに、けれどいつもとは違い、幾らか穏やかに響いては、大気へと消えていった。

「僕はそれすらしなかった。顧みた時には全てが終わった後、離れるまでこれでも大切にしていた筈だった娘が、こんなに愛しかったのだと知ったのは、彼女が埋葬された後だったよ。愚かだろう?」

ゆったりと。
常に時間とは酷くゆったりと流れている。加速する事も巻き戻る事もない代わりに、止まらずゆったりと進む。オールのない小舟が、ただただ流されるまま川を下るように。

「決して叶わぬと、努力する事を放棄して。研究者にあるまじき失態だった。出来る出来ないじゃ解明出来ない、やらなければ、一つも」

季節はいつ頃だったか。

「妻とも娘とも逃げずに向き合うべきだった。他人が何を考えているか判らなくて、国語は得意じゃない癖に屁理屈ばかり探しては、自分の時間ばかり優先してきた。他人が何を考えているか判らないなんて、当たり前の事なのに」

明確な部分は脳から淘汰し殆ど覚えていない癖に、その声だけは今も鮮明に覚えているなど。

「だから僕らは会話と言う手段を手に入れた。全生命の中で唯一、知識を得た生命体なんだ」

笑えない、笑い話だ。

「君には同じ後悔を覚えて貰いたくない。賢い君なら理解してくれるだろう、カエサル」

結局、彼の言葉は独り言として終わった。
一言も返事を与えられなかった男はあの時、何を考えていたのか。彼の言葉を借りるなら、判らないのは当然らしい。



「………下らない事を宣う」

けれどその時は正しく理解していなかったのだ。
何せ自分には、理解出来ない生命体など存在していなかったのだから。



『綺麗なものだな』

あの日から。

『銀の髪と、金の目か』

ああ、恐らくあの日からだ。
篠突く雨に打たれ、濡れそぼる野良猫に話し掛けている艶やかな黒髪を見掛けた、あの日から始まった。

『…少しくらい、弱点があれば良いのに』

止まっていた文字盤が軋む音がしなかったか?

『…なァ、天使は狡いと思うんだ』
『…狡い?』
『綺麗な人間ばかり依怙贔屓する』

かちりかちりと、音がしなかったか?

『恵まれた王様にはきっと一生判らない』
『誰の話をしている?それはそなたの話か?』
『何で、…テメーなんかが俺の前に』

あの日から恐らく自分は、ただの人間に成り果てたのだ。
(あの誰をも圧倒する強者の瞳に)
(あの今にも呑み込まれそうなオニキスに)
(喰らわれればどうなるか、興味が湧いた瞬間に)

『どうせ、何からも恵まれた王様には判らない』

あの時、手を伸ばせば届いた筈だ。
あの時、手を伸ばせば逃がさなかった筈だ。
繰り返すのはいつも、後悔ばかり。

季節が変わろうと、自分が人間である事実がある限り、永遠に。
後悔を覚えてはいけないと、教えてくれた祖父はきっと、正しかったのだ。それなのにどうして、判っていて人は、悔いねばならないのか。

『なァ。テメーを倒せば、平等である筈の天使は俺を迎えに来てくれるのか?』

道標を失った迷い犬の様だった。
母猫を探す子猫の様だった。その、揺れた黒曜石は。

『殻から抜け出した蝉は、二度と地中には戻れない。死んだ体が風化して大地の一部に戻るまで、空で歌いながら誰かを探し続ける』
『…』
『俺は脱け殻になりたくない』

人が何故言葉を必要としたのか、判るか。

『なのに脱け殻のままなんだ。どれだけのものを詰め込んでも脱け殻のままなんだ。一つとして俺のものにはならない。…なァ、どうすればイイ?』

誰かに縋る為にか。
誰かに答えを与えられる為にか。

『…やっぱり、答えられないのか』

あの日、あの瞬間。
終わらない疑問が始まったその刹那から、絶えず今に至るまで。

『空っぽな俺は中身ばかり求めていて、空っぽだと思い込みたいお前は、二度と戻らない時を無意味に過ごすだけ。その傲慢さを知らずに』

何処かで針の音が聞こえている気がする。何かを紡ぐ様な、何かを貫く様な、



『ばいばい、裸の王様』

鋭い、針の音が。



















「きりひかくれくも?(´°ω°`)」

ムスっと黙り込んだ男女の口元と後ろに回された両腕には、帝王院学園高等部の金刺繍入り白ネクタイが巻かれていた。

「ユーヤ、霧火隠雲って何?(;´Д⊂)」
「コイツの名前だろ?」
「読み方が判らんっしょ(´・ω・`)」
「オレにも判んねーぜ。霧隠才蔵なら判るけどよ」
「真田十勇士?!大坂夏の陣が始まりそwww」

唯一自由になる足の爪先で、字が書けないらしい男の代わりに地面へ文字を書いた女は、それを見た高野健吾が首を傾げながら呟いた台詞に眉を跳ね、心底馬鹿にした表情で鼻を鳴らす。
歴史の話を始めるタイミングを逃した事で目を細めた藤倉裕也は、近年稀に見る不機嫌顔だ。

「…んだこのババア、脇腹弱ぇ癖に可愛いげがねーぜ。もっぺん絞めるかよ?」
「おま、キレ易い最近の若者代表ユーヤ!(//∀//)」
「先程右から書いているのを見ました。右から読むんじゃないんですか?」

健吾が馬鹿にされてしれっとキレた裕也と言えば、むっちり剥き出しの女性の太股を真顔で擽った。節張った裕也の指の感覚に、堪らずびくっと震えた女は猿轡を深く噛み締め、眇めていた瞳を屈辱で染める。

「あーね、昔の日本は縦書き文化だったから、横書きでも右から書いてたもんねえ。カナメちゃんの言う通りだとお、こっちは雲隠ヒキリでえ、雲隠エンって読めるかもー」
「ハヤトさん、おばさんがまた何か書き始めたみたいだよ?…あ、ヒギリとホムラだって。ほんとに右から書いてる!紛らわしいな〜」
「オメーらさ、幾ら向こうから喧嘩売ってきたからっつってもさぁ、女にババアとかおばさんとか言うなよ…」
「君達は気が抜けますねぇ」

女子供にも容赦ない叶二葉が、久し振りに特技の拷問スキルを披露する事は出来なかった。楽しそうな二葉を見やった錦織要から、二葉の拷問技を幾つか小耳に挟んだカルマ一同が、流石にそれは不味いと、二葉を止めたからだ。

「雲隠焔の名に覚えはありませんが、私の曾祖父に当たる男が雲隠から降格したと聞いた事があります」
「はい?(°ω°)」
「マジかよ。まさかオメー、ユウさんの…」

山田太陽以外には一切の躊躇がない事で世界的に知られている魔王は、心底残念だとばかりにその場は譲ったが、隙あらば八つ当たりと言う名の拷問を始めそうな気配だ。

「灰皇院では珍しい事ではないでしょう?ふふ、君に至っては、大河朱雀だけではなく、遠野猊下の親族でしょうに」
「そうなん?!Σ( ̄□ ̄;)」

その気配を悟っているのかいないのか、健吾のマイペースは崩れない。気づいてなかったのかと呆れ顔の隼人は溜息一つ、ぼりぼりと頬を掻いた。

「だからあ、ボスの曾祖父が学園創設者の帝王院鳳凰名誉学園長な訳じゃん?入学する時に貰った入学便覧の学園史に、鳳凰学園長にはお姉さんが居るって書いてあったよねえ」
「マジ?読んでねぇべ、んなもん(°ω°)」
「馬鹿猿確定かよ。で、そのお姉さんは駆け落ちしたって話でえ」
「そうです、その男の名が叶芙蓉。立場上、私の祖父の兄です。絶縁されましたがねぇ」
「ほー(°ω°) 何か判ってきたっしょ(*´Q`*)」
「芙蓉の息子の子孫が朱雀で、芙蓉の娘の子孫がオレだぜ?朱雀の母ちゃんとオレの母ちゃんが姉妹だから従兄弟っつってるけど、突き詰めると、オレと朱雀は遠い伯父と甥みたいな関係になるかも知れねー」

この辺りは説明が面倒になったらしい裕也が、言葉そのまま「面倒臭ぇ」と呟いたので、それ以上の突っ込みはない。

「はぁ。これが夢とか幻とかどうでも良いんだよ、お前は判ってくれるよな、イースト。あれだよ、人としての線引きは忘れちゃいけないじゃん?そんな最低限のマナーっつーか暗黙の了解がさ、あるじゃん?俺、何か間違ってる?」

育ちの良さが災いし、カルマから全身を擽られ声も出ないほど悶えていた男女を直視出来なかった西指宿麻飛は、そっと東條清志郎の背後から後輩らをたしなめた。
然し義弟の神崎隼人に負けず劣らず舐めている誰もが、西指宿の指摘に耳を貸す事はない。二葉に至っては正論を突きつけるだけ無駄だ。人の話など聞いちゃいない。

「お前が正しいと思えば正しいんだろう。だが誰もがお前に賛同する訳じゃない。世の常と言う奴だウエスト、正論では政治は出来ないんだったろう?」
「…お前、此処でそれ言うなよぉ。いつの話をしてんだ、そりゃ俺がグレる前の話だろよ…」

幼い頃は言われるがまま、父親の期待に応える為に経済学や政治を学び、マナーにも努めていた西指宿だが、隼人の一件を知ってからは盛大にグレており、今や父親の方から絶縁に近い扱いを受けていた。
夫婦仲が冷えきっている為に、顔を合わせても口論すらしない他人行儀な仮面夫婦は、未だに離婚はしていないものの完全な別居状態であり、それはこの数年の事ではなかった様だ。

「おや、君にも反抗期があったんですねぇ」
「人の会話に入って来ないで下さいマスター、にやにやすんな」
「反抗期と言うのは一端の人間が迎えるものですよ2年Sクラス西指宿麻飛、去年の前期、君がイーストに次席を許した事は、記憶に新しいと思いますがねぇ?」

西指宿の父が隼人の母親を口説いていたのは独身時代だった様だが、当時政治家としては駆け出しだった為に、勧められた見合いで断りきれず結婚し、事務仕事の様に子供を作った。
それと時同じくして漸く隼人の母親との交際が始まったが、離婚を切り出す前に妻から妊娠を知らされて逃げ場を失った、と言うのが事の次第であるのは、恐らく間違いない。

「そりゃ人間なんだから一度や二度は不調な時だってあるでしょうが!アンタだって毎度文系で躓いてんでしょ!」
「おやおや、然し私は学年二位から落ちた事がありませんのでねぇ。ふぅ、三番目から見る景色が判らないんですよ。そこからホワイトボードは見えるんですか?」
「見えるに決まってんだろ!もうっ、たった一つ後ろなだけで急に視力が衰えるかっつーの!」

隼人を出産した時、彼の母親は十代だった。
端から見れば、一回り以上離れた男に弄ばれた哀れな娘だ。結婚を望んでいたのかまでは知らないが、人知れず隼人を出産した彼女は、今に至るまで独身を公言し女優としてメディアに露出している。
独自にあれこれと調べた西指宿は、ふとした切っ掛けで母親にバレてしまったが、案外行動派である母は神崎母子の動向をもっと早くから調べていたらしい。

同情しない事もないがと前置いた上で、だからと言って素直に別れてやるのは癪だと、真顔で宣いもした。浮気相手の女が憎いのではなく、単に夫に対しての嫌がらせに近い。

「自治会権限が必要ならば、最低限の責任を果たす事です。責任が果たせないのであればいつでも役を取り上げて、一般人に戻してあげますよ」
「判ったぞイースト、この人は俺を精神的に拷問して悦んでんな?」
「…今頃気づいたのかウエスト。閣下に刃向かうだけ無駄だ、お前は光炎閣下の様に聞き流せないんだからな…」

だから、西指宿が隼人を東京に呼ぼうと思うと、それなりの覚悟を決めて母親へ告げた時、彼女の返事はあっさりしたものだった。言葉こそ違うが簡単に訳せば、アンタの好きにすれば、だ。
お陰様で母親には頭が上がらない為、西指宿は帰省する度に夜の飲食店を経営している母の店に、二十歳と言って出勤している。中等部自治会長に就任した中等部2年の夏頃からだから、2年以上だ。

「そう言や、ハヤトとウエストも兄弟だべ?何かこうしてみるとよ、人類皆兄弟丼って奴じゃね?(´艸`*)」
「丼かよ、パネェな。その場合はハヤニシかよ?ニシハヤかよ?」
「待ちなさいユーヤ、BLの話であればこの俺に聞くべきでしょう。ケンゴにはまだ早すぎます」
「俺の方が誕生日早いんスけど?!(*´Q`*) カナメ、BLに目覚めてたん?!www」
「何でオメーに報告すんだよ」
「リーダーですから」
「マジかよ、突如としてリーダー面かよ。うぜー」
「左が攻めでしたっけ?ハヤトは受けなんですか?」
「そっから?!(ヾノ・ω・`) オメー、ユーヤ以上に女遊びしといてカマトト?!何それ可愛くね?!」
「あ?カナメの何処が可愛いんだ、馬鹿かよ。オメーはオレのケツでも愛でてろボケが」
「は?何でケンゴさんがユーヤさんの尻を可愛がるの?カルマ1女好きのケンゴさんだよ?」
「シロには判らない大人の事情があるんだよ」
「ホークさんは年上だけどユーヤさんは同級だもん!何だよっ、皆でおれを子供扱いしてさっ」

気の抜ける会話を繰り広げている後輩を横目に、西指宿は息を吐いた。自分と隼人の話題らしいが、だからと言って迂闊に首を突っ込めば、密かにキレているらしい隼人が怒り狂うのは想像に難くない。

「あーあ。今まで何だかんだABSOLUTELYの肩書き、結構気に入ってたんだけどなぁ」
「おや。私は全く気に入ってませんでしたよ、深夜徘徊などお子様のする遊びですからねぇ。恥ずかしくて思わず変装する程には何の思い入れもありません」
「誰よりも喧嘩っ早くて陛下からも呆れられてた癖に、何一人だけ大人振ってんの?!」

ホストが板につきすぎて下半身の弛さに拍車が掛かったのは認めるが、元来、中身は真っ当な男だった。昔からマナーに煩い嵯峨崎佑壱に淡い恋心を抱く程には、世間知らずのボンボンだったと言えよう。
なので二葉を相手にケンケン吠えている西指宿は、カルマ一年メンバーから見えても幼児が魔王に戯れている様にしか見えなかったが、誰も庇おうとはしない。あの隼人ですら二葉を敵に回すのは得策ではないと判断しているのだから、堂々と叶二葉は敵だと宣える錦織要はやはり強いのだろう。メンタルだけは。

「ハヤト、その絵は何ですか?」

無言でガリガリ地面に何かを書いていた隼人の手元を覗き込み、要が首を傾げた。

「…失礼ですねえ、カナメちゃん。どう見ても相関図でしょー」
「ハヤトは字も絵も下手過ぎて泣けるw俺の腹筋を的確に犯し続けてるw勘弁しろしw」
「ざまーねーぜハヤト、オレが代わりに書いてやるよ。オメーはすっこんでろ、ウエストでも犯しとけクソが」
「ほんっと、猿とユーヤは隼人君に何の恨みがあんだっつーの!誰にだって苦手な分野はあるじゃん、上から目線で馬鹿にしてえ!」
「ばwおまwハヤトの事を笑える立場かよユーヤきゅんwちょw書くなw『お』に見える『よ』を書くなwww」
「『お』でも『よ』でもねーぜ、『す』だぜ?」

笑死した健吾は呼吸が出来ないほど悶え転げており、裕也が地面に書いた字を真面目な顔で眺めた要は、ぱちぱちと瞬いてから『暗号?』と呟いている。加賀城獅楼は真顔で吹き出した。要のツッコミが腹筋を直撃した為、表情がついていかなかったらしい。

「俺は音楽以外の芸術関連にはそれほど覚えがないんですが、著名な書道家が書いた習字に、こんな感じの字がありませんか?」
「や、やめ、やめてカナメさ…!おれ、おれ、もう無理っ、ブフッ」
「ひゃひゃひゃ!それ以上攻撃してやるなし…!グフッ、おま、ンな真顔で『著名な書道家』とかwもうwオメーら三人でコントするなwww」

カルマでも類を見ないほど悪筆な隼人と裕也は、どうせなら笑い飛ばされた方がマシだったと肩を落とし、同じ様な表情で不貞腐れてしまった。
地面に指で字を書くと言う野蛮な真似はしない川南北緯は、ミミズが這った様な隼人の文字と、ハングルにしか見えない記号の様な裕也の文字を見比べ、パシャっとシャッターを切る。

「ハヤトさん、選定考査がマークシートだったら満点だった事が何度かあるよね。漢字を書き損ねて減点されてた」
「うひゃひゃひゃ!そうなん?!(*´Q`*)」
「確か『荻』と『萩』が微妙に判断つかない感じだった」
「何でてんめーが知ってんだあ、ホークまじ犯すぞコラー!」
「おやおや、気にしないでも良いんですよ一年Sクラス神崎隼人君。私の愛しい山田太陽君は、自分で書いた方程式の『÷』を『+』と見間違え計算し、惜しくも3点取り損ねた事があります」

いや、だから何で知っているのかと、笑い転げていた健吾と獅楼までも、平然と宣った笑顔の二葉を見つめて動きを止めた。自信満々の二葉は何を思い出しているのかうっとり息を吐き、麗しい憂い顔を装うと、わざとらしく呟く。

「あの時のハニーは4日もゲームを我慢してお勉強なさっていたのに、何と言う悲劇でしょう…。流石にこの私も、考査受験会場での座席決定システムを改竄する事は出来ませんしねぇ」
「あー、講堂で試験受ける前に渡される座席番号札?(°ω°)」
「ええ。あれこそ、歴代中央委員会会長で唯一学園を卒業していない、帝王院秀皇先輩が構築したシステムなんですよ」

マジか、と、縛られている男女以外の声が揃った。
そんな話は誰も知らないので中央委員会にだけ伝わっているのかと思えば、どうやらそうではない様だ。

「私の兄である叶文仁も中央委員会会長だった事があるんですが、文仁の時代には既に現在の考査システムが完成していたと聞いた事がありましてねぇ。ならばいつからあるのか気になったので、学園録を覗いて設置された年度を特定したんです」
「…確か、文仁会長は34歳でしたっけ」
「良く覚えていましたね青蘭。お前はどうも文仁を崇拝している様ですが、金が稼げるからと言って人間の価値は計れませんよ?」
「お前に比べれば王呀の君の方が何倍もマシな人間だと思いますがね、洋蘭。山田君から振られろ」

言ってはいけない一言を宣った瞬間、カルマ幹部長である要が吹き飛んだ。それと同時に巻いていた巨大な蛇の脱け殻が破れてしまい、蹴られた痛みよりそちらの方でショックを受けている。

「ああッ、俺の蛇革が!」
「他人の不幸を笑うからですよ。全く、お前は小さい男ですねぇ」

どっちが小さいのかと、恐らく誰もの声が揃った。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!