帝王院高等学校
ドリームはINGでドリーミング
ふわふわ空を飛んでいる感覚。
そんな馬鹿な、と空中で胡坐を掻いて顎に手を当てた。





「つか、完全寝てんじゃん、俺。」


頭をボリボリ掻けば、違和感は益々強まった。
夢なのに、何故か指が触れた後頭部が鈍い痛みを放っている。


「…ちっ、あの人格崩壊野郎に負けちまったパターンかよ…あ?」

然も、頭を掻いた手が異様に小さいのは、何だ。





「…何か、縮んじゃってんね、俺」

188cmがいきなり縮む筈が無い。
旅館に行く度に鴨居で頭を打ち付けそうになる身長が、たまに縮まないかな、などと考えた事はあるが、だからと言ってこうも明らかに縮む筈が無いではないか。



『どうしたんだ?』
『そんな所においででしたか、坊や』

「─────」


聞き覚えが有り余る懐かしい声音に硬直して、緩やかに頭を上げた。
全身の血液が俄かに沸騰していくのが判る。だから、今度こそ絶望に似た嘲笑を零したのだ。







「は。………悪夢じゃねぇか、完璧」









おいで、おいで。















「王呀の君?」
「その方は、…星河の君ですか?」

いつもは可愛らしいと思う親衛隊気取りの生徒が駆け寄って来るのを、今回ばかりは煩わしく思った。
舌打ちを零さないよう細心の注意を払ったが、然し内心の苛立ちを払拭し切れない。


「まさか今日のお相手に?」
「そんな…」
「あー、何っつーか、」

スペアカードを渡していた生徒が愕然とした表情で縋り寄って来たが、

「嘘ですよね?だってさっき僕に、」
「そう言う事だから、悪いな」
「王呀の君!」

追い縋ってくる生徒から擦り抜ける様に自室へ入り、扉を足で閉める。


「煩ぇなぁ、きゃんきゃんきゃんきゃん、仔犬かよ」

ただでさえ、軽いとは言え一般男性以上に育った人間を抱いていると言うのに、幾ら知られていないとは言え実の弟と、所謂セフレ関係にあるなどと言う噂が立ってしまったなら、


「…益々嫌われそうだな、俺」

まだ初対面も済ませていないと言うのに、だ。隼人から嫌われる要素ばかり増えていく。
然も大半が自滅だ。


「因果応報…畜生、賢くなったぜ」
「ぅ、…じぃちゃん、ばぁちゃん」
「…」

身動ぎした腕の中に刹那身を固くし、まさか起きないだろうと恐々覗き込む。
どうやら寝言らしいのに息を吐き、昨晩の情事を事細かに教えてくる己のベッドシーツに鼻白んだ。

「ちっ、精液塗れの汚ぇベッドに寝かせられっか」

シーツを蹴り剥ぎ、腕の中の隼人をソファーに寝かせ、いそいそと取り替えたシーツで人生初のベッドメイキング。


「あー、枕はいっぱいあった方が良いのか?…ぬいぐるみとか要るんだろーか」

手当たり次第にクッションやら枕やらを並べ、チラリと振り返りすやすや寝ている弟を一瞥、まるで眠れる森の何とやらではないかと頷いた。

「記念撮影しとくかな…デジカメ何処に片付けたっけ」

大分ブラコンフィルターが掛かってきた様だ。
自分よりデカイ弟がまさかこんなに可愛くて堪らないなんて、然も性的なニュアンス無しに。


「ゃ、」
「ん?」
「ゃだ、酢豚ー。それ隼人くんの酢豚だよお…」
「ぶは!」

不良の台詞に自治会長は鼻血を吹いた。

「エビー、隼人くん、エビフライ大好きー…」
「ぐふっ」

だらだら流れる出血を丸めたシーツで拭い、腰砕けに近い前屈みな態勢で部屋の片隅にあるダストシュートに投げ込む。


「酢豚って!エビフライって!」

地下にあるリネンまで直通であるそれは、清掃員によりクリーニングされるが、明らかにエロい使用法をされたシーツに血が付いていたら、かなり危ないのではないだろうか。
これで明日から王呀×星河の噂が確定的になるだろう。左席会長の耳に入らない事だけを切に願いたい所だ。


「隼人くんの酢豚、返してよー…」
「返します!返します!兄ちゃんの分の酢豚も食べて良いから!」
「エビー…」
「はいはいっ、お代わりあるからね!ちょっと抱っこするから、我慢しなさいね!」
「ママー、ご飯足りないよー…」

抱き上げてベッドへ運ぼうとした時、硬直した。
酷く無防備な寝顔がふにゃりと笑い、母親と生活した事など無い筈の隼人がどんな夢を見ているのか、想像するだけで哀れ過ぎる。


「…あんなクソババアでも、居なかったら俺は産まれてねーんだよな」

改めて思い出した己の母親は完全なる自己中で、結婚はしたものの女々しく女癖も悪い父親には早々に愛想を尽かし、自分の為にだけ生きている。
隼人の母親と違うのは、家庭を顧みないからと言って息子を蔑ろする訳では無い所か。

参観日も面談もキチンと出席するし、度を超した悪事を働けば流石に叱られる。
遊んでも良いが妊娠させる様な失敗はするな、女が苦労する。などと平気でのたまう男みたいな母親は、世間体こそ気にするが父親より随分マシだ。



「おとうさん」


ああ、もう。
何て残酷な夢を見ているのだろう、この頭は。
幼い呟きと共にこれ以上ない幸福な笑みを滲ませた唇が、砂糖菓子よりも甘く溶けて。



「一緒に、お昼寝…しよーよ…」

ベッドに沈んだ身体にブランケットを掛けて、我が身を恨むのだろうか、自分は。


「あんなクソ親父でも、居なかったら俺もお前も産まれてねぇんだよ」

健やかな寝顔を暫し眺めて、このまま起きなければ良いのに、と。
つまらない打算を考えた。

「このまま、此処に居たら良いじゃねぇか、隼人」

このまま目が醒めなければ。
このまま記憶を失ってしまえば。
眠る前の一切を忘れてしまえば良いのに、と。


そうしたら、不安に震える体躯を抱き締めて、残り全ての人生を懸けて誰よりも誰よりも幸せにしてやるのに。
15年も独りぼっちにしてしまった代償になるなら、誰よりも何よりも強く深い幸せを与えてやるのに。



ほら、俺がお兄ちゃんだよ。
忘れたならまた覚えていけば良いんだよ。
だってずっと一緒に居るんだから。
一緒に昼寝しよう。
一緒にご飯を食べよう。
酢豚も春巻きも麻婆豆腐も好きなだけ、いっぱいいっぱい食べようか。


今日も明日も時間が許す限り。
だって二人きりの兄弟なんだから、一緒に居て当然じゃないか。




「…子守歌なんか知んねぇぜ、兄ちゃん失格だな、俺は」

兄ちゃんは弟の為なら何でも出来るんだ。テストで3位を取るくらい訳はない。
あの憎らしい嵯峨崎佑壱に勝ちを譲って、今まで負けた事のない相方に負けても平気。


「駄目な兄貴だ、本当」

そうしたら、不安に震える小さな弟を手に入れられると思ったから。
ほら、やっぱりその通りだったろう?




今、此処に君が居る。




「セキュリティライン・オープン」

返して貰おう。
憎いカルマからも、これ以上知らない振りは出来ない親友からも。


「俺の部屋に、海老フライと中華料理を運べるだけ運んでくれ」
『ご利用人数は?』
「人間一人の、15年分だ」
『15年分?!』
「何か文句あんのか!」
『いえ、失礼しました。仰せのままに、会長』



食べきれないくらいの料理を見れば、笑うだろうか。
このまま迎えが来なければ良い。
このままあの憎たらしい皇帝が現われなければ、弟は一生此処に居るのだ。



「西指宿隼人。…韻が悪いな、神崎麻飛の方が何かしっくり来る気が、」
「待ってて…ねえ…」

笑いながら手を動かしている隼人の手を掴み、起きたらまず何と言おうかと考えた。
まずは自己紹介と、兄弟である事を教えてやって、




「お昼寝、…するだけだから、ねえ」
「俺が、ゼロの命令でも中央委員会に入らなかった理由を教えてやろうか。何の為に成績落とす必要があったのか、隼人」
「待ってて…ねえ…」
「弟が、左席会長代行なんかやってるからだよ、隼人」



このまま永遠に。
幸せな微睡みの中で、ずっとずっと。

















何だか夢を見ている様な気がする。



優しいけれど残酷な祖父母が何故か生きていて、生前のあの幸せだった頃と同じ表情で手招いてきた。



隼人、隼人。



優しい祖父母が笑っている。
その隣には父親と母親が佇んでいて、だから夢だと判るのだ。



おいで、おいで。



未だかつてそんな幸せそうな両親を見た事はあるだろうか?
いや、そもそも二人が肩を並べている光景すら知らないと言うのに。新人女優に手を出した好事家と、堕胎出来なかった息子を育児放棄した年若い自己中と。

そんな二人が両親である自分。
(馬鹿馬鹿しい)
(悪夢を見るくらい嫌っていたのか)
(他人だったら良かったのに)



おいで、おいで。



それはまるで麻薬の様に呼んでいる。
このまま眠り続けていたら、もしかしたなら、迎えに来てくれるのではないだろうか・と。

つまらない事を考えた。



『おいで』


たった一人、何の見返りもなく自分を必要としてくれたあの声が。
(父親にとって子供は体裁の道具)
(母親にとって子供は仕事の道具)
(祖父母にとって子供の不始末を尻拭いしただけで、)
(寄って来る人間は皆、)
(見返りばかり求めてくる)





『一緒に昼寝しよう』




たった一人、何の見返りもなく抱き締めてくれたあの腕が。
(柔らかな女の体は気持ちが良いけれど)
(欺瞞に満ちた愛情を押し付けてくる)
(そして言うには、)
してくれ・と。)


(外見の良い男を)
(自慢の道具になる男を)
(愛しているだけだろうに)



『耳掃除してやろうか?気持ちがイイぞ』


このまま眠り続けていたら、悲しむだろうか、などと。つまらない打算に目が眩んだ。
このまま死ぬまで眠り続けていたら、枕元であの人はこの身体が息を引き取る瞬間を看取るのかも知れない。傍らで、この手を握りながら。
このまま記憶を失ってしまうのも良い。その時だけは自分のものになるのだ。あの気高い生き物が。



そして後悔するのだろうか。
自分の責任だ・と

泣くのだろうか。
同情でも体裁を取り繕う為でもなく
自分の責任だ・と
少しは反省するのだろうか
勝手に居なくなった王様は

死に逝くペットを前に
神を恨むだろうか



僕にとって貴方が神様なのに



眠いんだ。
今日は月が見えない夜だから。





『ハヤ』



泣いた姿など見た事もない癖に。
そもそも、泣かせたくない癖に。

他の誰が許さなくても、駄目なのに。
だから本当につまらない打算なのだった、すぐに打ち消してしまうくらい。夢見てしまうくらい許されるだろう、ペットがご主人様を独り占めする夢を見るくらい。


どうせ、ただの夢なのだから。
どうせ、無理だと判っているのだから。

大好きなのに、居なくなったのだから。
大好きなのに、一緒に居られないんだって、知ってしまったのだから。





『ハヤ』



判ってる。
すぐに目が醒めて、また形振り構わず貴方を捜し出そうとするんだ。
まるで無限に続く鬼ゴッコだと思いながら、それでも捜し出そうと足掻くに違いない。



『おいで、ハヤタ』


ああ、何て幸せな夢だろう。
新月の夜は幸せな夢ばかり見てしまう。ご主人様の膝で、睡眠薬も柔らかい女の体温も要らない。

いつも怖い佑壱が眠りに落ちる間際の声音で、異国の子守歌を歌う。
いつも意地悪な要も健吾も裕也も眠っていて、新月の夜には何の不安も存在しない。

皆、ご主人様が護ってくれると知っているのだから。





『俺の可愛い、ハヤ』



だから少し、昼寝するだけだ。

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