帝王院高等学校
笑顔溢れる食生活と気障な俺様教師
その光景はいっそ清々しかった。



「…何だったんだ、あの二人組は」
「支配人、…料理がなくなりましたね」

二人の壮年の男性がその光景を、何処か寂れた背中で見つめている。
背後が俄かに慌ただしくなった。

「冷蔵庫全滅しました!」
「厨房、三名が急性腱鞘炎っ、料理長が過労で運ばれました!」
「支配人っ、これ以上の営業は無理ですっ!」
「開店三時間で大変言いにくいんですがっ、」
「ああ…」

煌びやかなレストラン。
壁添いに並べられた瀟洒なテーブルの上には銀のトレーが横並びに続いていて、ビュッフェスタイルだと言うにも関わらず料理は乗っていない。

「あら?」
「まだ開店時間じゃないの?」

楽しみに来店した客は茫然自失で立ち並ぶ店員や、昼のランチ時を僅かに過ぎただけのレストランに起こった喜劇…いや、悲劇を知らず首を傾げている。

「………三名の料理人を腱鞘炎にし、三ツ星レストラン勤務経歴もある料理長を過労で倒れさせる…食欲」
「副支配人、もしかして先程のお客様は名のある大食い稼業の方達では…」
「でも半額クーポン券をご利用になられましたよ」
「然も…此処だけの話、持ち込みされた大量のコンビニ弁当も食べてましたよ」
「食後に持ち込みした贈答品の煎餅を貪ってましたよ」

従業員のひそひそ話を聞きながら、雇われ店長である支配人はいきなり増えた白髪をそのままに、





「皆、…今夜は飲もうか。」
「…支配人、まだ昼時ですよ」















「課長、突然失踪するのはやめて下さいといつも言ってますのに」


神経質そうな眼鏡を掛けた若い彼は、いっそ清々しいほど無愛想だった。
重要、と記された書類の束を小脇に、空いた手で眼鏡を押し上げる。


「すいません、通い慣れた通勤コースで迷子になってました」
「またですか。私に連絡して下さったら迎えに行きましたのに」
「半日の出張が1週間に伸びてしまった理由も、実は迷子になったからかしらどうかしら」
「何ですか、その何処となく満足げな表情は。無表情を装っても無駄ですよ」

軽く睨み付けてくる部下に、然し男は全くめげていない。
年の割にメタボの心配がない腹を撫で、

「ゲフ」
「春巻きと酢豚とオムレツにポテトサラダの匂いがしました」

男らしい空気鉄砲で眼鏡サラリーマンの前髪がそよいだ。

「いや、最近のワラショクの弁当は凄いな、のり弁の次に中華弁当が凄いぞ」
「我が社のエースがスーパーワラショクの常連なんて、社長が聞いたら何と仰るか…」
「6時過ぎに半額になるんだ、覚えておくが良い。運が良かったら6時前でもパートのおばちゃんから半額シールを貼って貰えるぞ」

二人を余所に、総務課と掛かれた室内は慌ただしい。働き者のサラリーマン達は、雑談中の上司二人を恨みがましく見つめている。


「そうですか」
「たまに半額シールを貼ったおばちゃんがカートに乗ってたりするが、私には愛する妻が居るからな。あ、写メ見るか?
  アルバムならデスクの引き出しに、極秘コレクションなら資料室にあるぞ。持ち出し厳禁だからな、家に持って帰って不埒な妄想に使うなよ…」
「判りました、仕事して下さい遠野課長」

その視線に気付いている眼鏡サラリーマンが、呆れの溜め息だ。
遠野一家を抱える大黒柱と言えば、


「いかん、シエの可愛さに目が眩んで仕事にならない。…頭を冷やす為に走ってくる!」


全く話にならない。
最早息子より会話にならない。


「…逃がすか、馬鹿野郎。」

パチン、と眼鏡サラリーマンが指を鳴らした。


「遠野課長捕獲!」
「係長、迷子になる前に課長を保護しました」
「ご苦労、そのまま山田社長に突き出せ」

若きOL軍団によって、遠野課長は敢えなく捕まった。

「この私を逮捕するとは…ミニスカポリスめ!有給二日追加だ!」
「やった!」
「わーい、課長有難うございます!」

ミニスカOLに捕まった課長は無表情で興奮気味だ。
そこに忍び寄る人影一つ。


「アハハ、遠野秀隆課長ー、1週間振りだねー…」
「ぎく。…山田大空社長、今日も輝くおデコが元気そうで何よりですん」
「うん、……………誰がハゲだと?」
「きゃー」



断末魔の悲鳴は社長室に消えた。



「係長、課長が見当たりません」
「いつもの事だ、気にするな」
「それも、そうですね」
「一同、速やかに業務へ戻れ。早速総務課定例会議を行う」
「係長、遠野課長がお仕置き部屋………ゴホン、社長室で膝を抱えてます」
「我が社のコマーシャルソングを歌いながら泣いてますっ!」
「成程、今回のお仕置きは全6番まである社歌の暗唱か」


さて、一方では。


今日もお空に太陽が〜お財布片手にニコニコ〜♪
  怒った夕陽もニッコニコ〜♪
  ニコニコ〜♪24時間お買い物〜♪
  新鮮激安・ニッコニコ〜♪
  貴方と僕のみ・か・た〜♪
  笑顔溢れる〜♪
  わ〜ら〜しょ〜く〜〜〜
、…しくしく」
「はい、一番の歌詞からやり直し。」

竹刀片手に佇む社長の前、膝を抱えた課長は泣き濡れていた。


「しくしく、喉が痛い…」
「秀隆、小学校からの親友がこんなに優しくしている内に反省しなさいよー?」
「オオゾラ、お前の優しさはいつから四畳半より狭くなったんだ」
「オオゾラじゃなくてヒロキだから、いい加減覚えなさいねー。…はい、最新コマーシャルの分も追加」


「しくしくしくしくしくしく」












「父ちゃんの高笑いが聞こえた気がする」


さて、副会長ハチマキが何処となく板に付いてきたチビ眼鏡が空を見上げている。
その傍らの会長オタク眼鏡と言えば、


「タイヨーのパパさん!ハァハァ、タイヨーのパパさんは健気受けですかっ、強気受けですか?!」
「父ちゃんは弟と同じ腹黒で、人の嫌がる事が大好きな確信犯だから救えないんだ。ま、俺達とか母ちゃんには甘いんだけどねー」
「きゃ、腹黒鬼畜溺愛系!受けかしら、攻めかしら!リーマンものはネタ切れ知らずですっ」

さて、オタク会長を塩っぱい顔で見つめている太陽の隣、先程から全く喋らないフリルスカートが見える。
お菓子を抱えたまま、お汁粉の小豆をもぐもぐしている桜は首を傾げ、パイロットの長身を見上げつつ一言。

「ケンちゃんどうしたんですかぁ、藤倉君?」
「…判らないなら、判らないままで良いんじゃねぇか?」
「はぃ?」
「子供にはまだ早いぜ」

きょとりと首を傾げる桜を横目に、不穏な眼差しでもう一人の男を睨む裕也に、睨まれた当の銀髪庶務は。

「…近い、俊」
「はふん」

太陽に張り付いていた俊を抱き上げ、判り易く不機嫌らしい。

「余り他人に近付くな」
「ふぇ?」
「誘拐されたらどうする」
「はっ、寒気が!俊っ、暗殺者が近くに居るかも!」
「マジかァアアア!!!遂に殺し屋まで虜にしたのかァアアアアア!!!ビバ☆!」

背筋に走った殺気に太陽が青冷め、キョロキョロと周りを見回していた。

「何処に居るんだい、この凍える殺気の主は…!」
「サンライズ☆萌えぇえええええ」
「まさかまた白百合か?!出て来いっ、叶二葉!」
「サンライズ☆萌えぇえええええ!!!」

曇りまくった黒縁では、妖しく光る黒縁9号の睨みには気付かない様だ。
叫び過ぎたオタクは満足げで、草むらを掻き分けインテリ眼鏡会計を探すオタク(小)の目は血走っている。白百合恐怖症かも知れない。


「そう言えば、みるく君はどうしたにょ?」
「みるく君?」
「桜、多分川南先輩のコトじゃないかなー。俊ってばすぐ人にあだ名付けるから」

探したが見付からなかった白百合に満足げな太陽の言葉で、お汁粉の空き缶を握り締めた桜は成程と頷く。
サワークリームの様な乳白色の髪の毛が、きっとミルクっぽく見えたのだろう、と。

川南兄弟は二人同時に髪の色もカラコンも変える為、見分けが付かないので有名だ。
二卵性の双子だと言う話だが、一卵性ではないかと言うくらい似ている為に見間違えてボコボコにされた生徒は多い。

人当たりの良い兄の北斗は報道局所属で、高等部自治会の書記である。白百合親衛隊隊長として広く知られ、中央委員会への出入りも許されていると言う。

弟の北緯は判り易く一匹狼で、愛想笑いなど見た事もない。写真部とは名ばかりの、彼が作った部員一人と言う愛好会に所属し、空き部屋を暗室にしていると有名だ。
佑壱と同じクラスだが、殆ど登校しない佑壱に代わって二年Sクラスを恐怖に染める男である。
カルマが少ない二学年では、無駄にニコニコしている神崎隼人でもない限り笑顔など持続しないのかも知れない。


「川南先輩なら用があるからって先に行っちゃったよぅ。」
「ま、すぐ会えるでしょ…いや、会えるだろ」

総長だと判った時点でタメ口が使えなくなったらしい裕也は、然し太陽や桜の会話で何とか敬語を控えている様だ。
と言っても語尾に『っス』を付ける事が敬語だと思ってる節がある不良に、丁寧語・謙譲語の違いを答えられるかは怪しい。去年までSクラスだった優等生の筈だが。

現在ニ学年帝君である佑壱ですら、敬語どころか丁寧語も怪しいのだ。


『帝君で左席会長の俊は、これから迂闊に友達も作れないんじゃないかなー』
『中央委員会の人も、もしかしたらそぅなのかも…』
『俺は友達なんて作らない方が楽だと思ってたけど。実家から憂鬱な気分で戻って来た校門でさ、俊に会ってから世界が変わったんだ』
『ぅふふ、僕らの学年で太陽君が一番無愛想だったもんねぇ。去年の修学旅行覚えてるぅ?』
『うわー、やめろー』

今でこそにこやかに笑い飛ばす二人に、裕也はひっそり決めた。
親友は無理でも、友達になれば離れなくて済む。ペットには言えない事も、友達には言ってくれるかも知れない。

これからもずっと、ずっと。



「ケンゴ、教室行く前に部屋行くぜ」
「あー(〇д〇)」
「スペアの制服に着替えるぜ」
「いー(〇д〇)」
「腑抜けだぜ」
「うー(〇д〇)」
「担ぐぜ」
「えー(〇д〇)」
「一応、聞いたからな。文句は無視すんぜ」
「おー(〇д〇)」

裕也よりやや小さいだけで、俊と大差ない体格の健吾をひょいっと抱き上げ、肩に担いだパイロットが空いた手で帽子を脱いだ。
そのままその帽子を神威に横抱きされている俊へ放り、


「オレらの役職決めといて、…会長」

総長、が、会長に変わっただけだと呟きながら、珍しく唇に笑みを乗せる。
赤く染まった平凡眼鏡三人に首を捻って、

「あ、出来ればそこの雑用よりは偉い役職で宜しく」
「雑用…まさか俺の事か、藤倉裕也」
「さあな、因みに左席はセクハラ禁止にすんぜ。…次やったら殺すぞ、テメー」
「ほう、…出来るものならば良いが」

バチバチ、見えない火花が二人の長身の間で散った。何だか不穏な雰囲気だ。
然し空気が読めない平凡三人と言えば、

「ぁ、俊君、首の所赤くなってるよぅ?」
「あ、本当だ。もう蚊が居るのかなー?やっぱ地球温暖化現象じゃない、これ」
「ふぇ?そう言われたら痒いにょ。舐めたら治るかもっ!」
「ぁ、唾液には殺菌作用があるんだっけぇ?でもバイ菌も多いんだよぅ、お口にはぁ」
「そもそも首は舐められないと思うけどねー、幾ら俊でもさー」
「痒い痒い、ムヒ下さいっ!」

裕也の背中を睨んでいた黒縁9号が、掻きまくる俊の喉を覗き込み、



「舐めれば治るのか」
「「「!」」」

吸い付いたデカイ蚊、いや、蚊威によって益々オタクの首は嵯峨崎色だ。
今頃何処かのワンコがくしゃみをしているかも知れない。








「くしゅん!」
「おや、風邪ですか?」

赤毛が鼻をむずむずさせている。
傍らの教師が朗らかに首を傾げ、

「季節の変わり目ですからねぇ、気を付けて下さいよ、烈火の君」
「…どーも」
「ああ、今は嵯峨崎先生とお呼びしなければいけませんか。これは失礼し、」
「嵯峨崎先生、学園長がお呼びです」

さて、気弱そうな教頭から呼ばれて立ち上がった男はその長身を遺憾なく発揮し、校長室のすぐ隣ではあるが無駄に遠い学園長室へ歩く。
その姿は威風堂々、正に王者に相応しい有様だ。



「コード『ゼロ』、最上学部A4総合カリキュラム博士課程帝君、嵯峨崎零人入室します」
「お入りなさい」
「失礼します、学園長」

開いた扉の向こうに、柔らかな笑みを浮かべた壮年の女性が腰掛けている。
近年足が悪くなった彼女は車椅子の上から、皺が増えた手で手招いてきた。軽く頭を下げて部屋に足を踏み入れ、右手を左胸に当てて深く頭を下げる。


「お久し振りにございます、学園長」
「そう堅くならないの、レートちゃん。私は貴方を実の孫の様に思っているんですからね」
「勿体無い。俺では実のお孫さんには到底適いません。陛下が悲しまれます、学園長」
「ふふふ、今朝もルークは挨拶に来てくれたけど、相変わらずキングは私を嫌ってるみたい」
「そんな事は、」
「…秀皇が居なくなってから、益々あの子は変わってしまったわ。私は帝都も秀皇も、分け隔て無く育てて来たつもりだったのに」

哀しげに目を伏せる老女へ屈み込み、その皺くちゃな手をそっと握った。


「必ず、皇子を御前へお連れ致しますから。マイマリア、貴方は笑顔で居られて下さい」
「まぁ、レートちゃんったら」

気障な台詞に彼女は笑みを零し、すぐに目を伏せた。
思い描くのは二人の息子、聡明で優しい二人の、在りし日の姿だ。

「…良いのよ、帝都を怒らせてしまったら貴方も嶺一さんも危険に晒されてしまう」
「然し、」
「一部の心無い者達が、秀皇は帝都に殺されたなんて言うけれど。あの子達は、本当に仲の良い兄弟だったのよ…」

語尾に涙が滲んでいるのに気付き、彼は音の無い舌打ちを零すのだ。
彼女に言うべきか言わざるべきか、当の帝王院秀皇が姿を現した、などと。彼女が聞けば、何故会いに来ないのかと心を痛めるかも知れない。

「どうして、こんな事に…」

ただでさえ、帝王院財閥会長だった彼女の夫はこの十年病床にあり、彼女自身も体を患っている。
負担は少ない方が良い。

長男が財閥を継承してしまった以上、心の支えである孫の神威は、その内彼女の元から居なくなってしまうのだから。



「ごめんなさいね、愚痴っちゃったの私。駄目ね、レートちゃんだから甘えちゃったのよ。許して頂戴ね」
「俺で良ければ、いつでも」
「ユウちゃんは大丈夫?ちゃんとご飯食べてるかしら?」
「ああ、大丈夫。無理矢理引き摺ってじゃないと帰って来ない愚弟は相変わらず、気の良い仲間と上手くやってます」
「そう。…やっぱりまだ、ルークの所には戻ってくれないのね」
「…」
「ルークもユウちゃんもとても良い子なのに、何故一緒に居られないのかしら。…秀皇の様に」
「学園、」
「駄目だわ、こんな事ばかり私ったら」

短い溜め息が落ちた。
僅かな間を置いて、背を正した人が握っていた手を離す。


「嵯峨崎零人教諭、貴方には東雲村崎教諭の補佐として今季高等部一年Sクラス担当をお願いします」
「はい」
「一・ニ学年のフランス語、三学年の一般教養。それぞれの教諭と補佐役として尽力し、学びの実習期間を過ごして下さいね」
「御心のままに、精一杯励みます」

教育実習生は通常、一般クラスの担当として校長から説明を受ける。
零人の他にも大学から実習に来た生徒は多いが、学園長直々に勅命を受ける人間は少ない。


「頑張って頂戴ね、レートちゃん」
「マリア・テレジア、貴女の笑みが世界を照らす限り、この世の雄に不可能は存在しないでしょう」


差し出された白い手を握り返しキスを落として、小さく息を吐いた。

←いやん(*)(#)ばかん→
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!