帝王院高等学校
その時、勇者に旗が立った。
DEAR 殺したいほど愛しい貴方
僕から逃げた貴方は
今 何処で笑っているのでしょう。
僕から逃げた貴方は
今 何処で息をしているのでしょう。
貪り尽くしてあげたいほど
そう 犯し殺してあげたいほど
全身全霊で貴方を憎んでいます。
期限は今宵。
太陽が眠り 闇の静寂が姿を現すまでにご連絡下さい。
僕が貴方を見付けてしまう前に。
「何はともあれ、進級祝いだ。
何か良く判らんが、遠野が左席会長になってめでたいしな。あ、あと自滅山田も」
佑壱の台詞に要は真顔で沈黙し、隼人が曖昧な表情を滲ませる。
「めでたい…のでしょうかね」
「ユウさんはお気楽だねえ」
俺はついでですか、と冷めた目を向ける太陽に高速拍手を送るオタクは、自分より太陽の副会長入りが嬉しくて堪らない様だ。
「やっぱり萌の神はいらっしゃるのかしらっ?!平凡受けが副会長平凡受けに昇格するなんて思ってもなかった状況ですっ!ハァハァ、うっかりサイト更新する手が止まりませんっ!」
「つかさー、左席って確か中央委員会と同じくらい偉いんじゃなかったっけ?('∀')」
「山田に逆らうと退学だぜ」
「「ははーっ、山田様ーっ」」
背格好が似ているオタクと蒲公英頭が土下座し、いつも朝礼や体育祭の時だけ列の一番前で偉そうに腰に手を当てなければならない山田太陽は沈黙した。
チビにしか判らない悩みだ。
「…ま、これで高野も藤倉も、無闇に『外部生』を襲えなくなったんじゃない?」
「…きっついなぁ、タイヨウ君orz」
「道理だな。神帝のお陰で魔王から逃れる術が見付かった、なんて笑えねーぜ」
「何の話だ?」
蚊帳の外である佑壱が首を傾げ、何かに感付いたらしい要が痙き攣った笑みを零す。
「魔王様?えっと、帝王院には実はRPG要素があるにょ?」
「うん、きれーな右斜め45度だねえ。ぶっさいくー」
きょとりと首を傾げるオタクを眺め回し、満面の笑顔でダッサイと呟く隼人は佑壱と要から同時に殴られた。
「何すんのさー」
「「とりあえず死ね」」
「ちょっとー、」
死ねなんて言ったら総長が怒るよ、とでも言うつもりだったのかも知れない。
「ちょ、ま、…ギョヒ!(>Д<)」
健吾が慌てて手を伸ばした時には遅かった。
決して小さくはない佑壱と要がリノリウムの上に崩れ、珍しく目を見開いた隼人が二人の上に跨る男を凝視している。
「あっちゃー…」
山田太陽が天を仰いだ。
「…いつから、貴様らはそこまで偉くなったんだァ?」
「ぐ…、す、すいません…」
「と、遠野君…」
「イチィ?カナタァ?」
「ねえ」
要と佑壱の上に正座するオタクの『眼鏡』を片手に呆然と佇む隼人が、信じられないものを見る様な目で俊を凝視した。
「あちゃー(ノД`)」
健吾が顔に手を当て天を仰ぎ、目を見開いたまま微動だにしない裕也の肩を宥める様に叩く。
「眼鏡、落っこちたよお」
「あらん?…僕の眼鏡が、モテキングさんのお手てに?」
「俊っ、あそこで俺様攻めと健気受けが浴衣着て歩いてるぞー!!!」
「マジかァアアアアア!!!!!」
太陽がビシッと指差した方向にしゅばっと走り出して行くオタクを、無意識に捕まえようとした隼人は然し、
「うちの会長に、幾ら星河の君だろうと近付く事は許しませんからー。…悔しかったら21番を倒して下さいな!」
「ちょ、」
しゅばっと眼鏡を奪いチビ特有の素早さで逃げていく太陽に、ポカンと口を開いたままだ。
「油断しました。大丈夫ですかユウさん」
「当然だ。…畜生、カッケーぜ遠野」
よろよろ立ち上がった要が制服の乱れを直し、ぴょんっと飛び起きた佑壱が尊敬の眼差しで二人が走り去った方向を見つめている。
「しっかりしろユーヤぁ!( ̄ロ ̄;) 傷は浅いぞしっかりしろユーヤぁ!(TεT;)」
「ちょっと」
未だ硬直したまま身動きしない裕也を揺さ振っていた健吾の肩に誰かの手が乗り、
「あン?(◎-◎;)」
「ねえ。ちょっとお兄さんとお話しよっかー、コーヤ君。ユーヤ君は放っといてさあ」
「うひゃひゃ、…今日はちょっと生理痛が(@_@)」
「あは、…処女喪失の痛みにしてあげてもいいけどー?」
尻の危険が迫った健吾が有り得ない機敏さで隼人を蹴り飛ばし、涙ながらに逃げたそうだ。
「しゅーん!しゅーん、早過ぎるからーっ。置いて行かないでー!」
「はふん」
早過ぎるから置いてイカないで。
オタクの頭の中で別の意味に書き換えられた平凡の台詞で、暴風オタクはぴたりと動きを止めた。
「早漏は嫌われるにょ。遅漏もウザがられるにょ。…僕、どっちなのかしらっ」
「悩まなくて良いから。眼鏡忘れてるよー…あれ?」
レンズブリッジの部分がスリーセブンな眼鏡を掛けている俊を見上げ、黒縁6号を握り締めた太陽は沈黙する。
「俊、スペア幾つ持ってんの?」
「大体10個くらいは毎日…」
「あ、そう…」
「今日は家を出てから校門潜る前に2つ割れちゃったにょ。ハァハァ、門番のお兄さんにうっかり鼻血が出るかと!」
「門番って、…確か今日は西指宿会長じゃない?金髪に紫のメッシュがざっくり入った、見た目爽やか系の」
「ハァハァ、寝乱れた雰囲気で爽やかスマイル下さいましたっ!胸にコサージュを付けられた時にうっかりハートまで奪われるかと!」
「ああ、やっぱ騙されてるなー」
太陽が痙き攣った笑みを浮かべ、首を傾げた俊は眼鏡6号を無意識に掛けてしまった太陽に鼻血を垂らした。
「本物の守衛さんは筋肉もりもりなスポーツマンだから。…多分、お楽しみ中だったんだろーねー」
「お楽しみ中?」
佑壱からパクって来たらしいハンカチをズボっと突っ込み、右手の携帯を光速の早さでぽちぽちしまくる。今夜のブログネタが多過ぎて知恵熱が出そうだ。
「雑食だって噂だよ、会長は」
「ふぇ?好き嫌いないのはイイ事ですっ」
「好き嫌い…ってゆーか、西指宿麻飛って言うんだけどねー、あの人。さっき自治会挨拶見逃したから知らないかもだけど、一応高等部生徒会長なんだよ」
「ふぇ?会長は神帝じゃないにょ?」
「神帝陛下、帝王院神威先輩は中央委員会の会長だから。まぁ、確かに事実上あの人が帝王院全体の会長だけどさー」
「ミカドインカイ?ミカドイン、カイ…?」
むむむ、と顎に手を当てて何やら考え込む俊を覗き込み、
「俊?」
「むにゅん、何でもないにょ。ふぇ、そー言えばカイちゃんはどうしたんだっけ?迷子かしら?」
「エレベーターで何処か行っちゃったよー。用事があるんじゃないかな?もしかしたらカルマにビビったのかも…可哀想に…」
「カイちゃんのメアドまた聞きそびれたにょ…あらん?」
ポリポリ首を掻いたオタクは指に引っ掛かった何かに首を傾げ、ちょいちょいとそれを引っ張った。
ゴールドとシルバーのチェーンに、黒のドッグタグが付いたネックレスだ。
「なァに、これ?」
「んー?あ、これ何か高そうなネックレスだねー。はれ、プレートに何か彫ってあるみたいだよ?
ほら、黒いトコに」
「はふん、本当にょ。えっと、」
「英語…って言うか、メアドみたいじゃない?」
石の様な質感の黒いタグに、言われた通り文字が刻まれている。見るからに手の込んだアクセサリーだと庶民二人が目を輝かせ、裏に遠野俊と流暢な文字で俊の名前がサインされているのに目を輝かせた。
「達筆にょ!従兄弟のカズちゃん並みに達筆にょ!」
「これって完璧ドッグタグだねー。アハハー、カイ君の仕業じゃない?」
「カイちゃんのメアド?えっと、えっと、早速、」
何処か浮かれながらオタクが携帯を開いた時、渡り廊下の向こう、桜並木から誰かの悲鳴が響いた。
「何、今の?!」
「はふん、多分主人公が不良か親衛隊に襲われてるにょ。カイちゃんにメールしてから出歯亀するなりん」
「いやいやいや、何を悠長なコト!」
また、誰かと誰かが争う様な声が響き、真剣な表情を帯びた太陽が機敏な動きで並木へ突っ込んだ。
「サクラちゃーん、好い加減俺らに近付くのはやめな」
「ウエスト、コイツどうしますか?」
「イーストも大分迷惑してる様だからなぁ、サクラちゃーん、聞こえてる?」
枯れ葉に足を取られた太陽が転び掛けながらも声の発生源を覗き込めば、
「セイちゃんは、僕に迷惑してるんですかぁ?」
「当然だよねぇ。だって、サクラちゃんはアイツの好みじゃないんだもん」
「早く済ませねぇと、セントラルマスターに見付かります」
「はいはい、じゃーサクラちゃん、もうイーストに近付けない様にしてあげるからねぇ」
園児に話し掛ける様な金髪を中心に、数人の如何にも不良チックな生徒が群れを成している。
目を細めて窺えば、彼らに取り囲まれている小柄な生徒が見えた。
「やめて下さぁい、西指宿会長ぅ」
「つか、喋り方がモロ好みなんだよサクラちゃん。…ま、見た目は残念だけどな」
金髪の後ろ姿を眺めていた太陽は立ち上がり、拳の骨を鳴らそうとして鳴らない現実にも挫けず平凡らしからぬ勇敢な態度でしゅばっと跳んだ。
黒縁6号を掛けたまま。
「やいやいテメーさん方!一人相手に三人で寄って集って恥ずかしくはねぇのかい?」
「はぁ?何だお前」
「ダッセェ眼鏡…」
「餓鬼は引っ込んでろ、邪魔だ」
「…ワタシがこんなに紳士に話し掛けていると言うのに、テメーさん方…」
そして彼らは不気味なオーラを見る。魔の一言で。
「失せろ、チビ」
眼鏡チビが手を突っ込んだポケットから何かが飛び出した。
まずは携帯、健吾とメアド交換した際に無理矢理押し付けられた上半身裸の佑壱が指を立てたやんのかコラァな待ち受けが表示されたディスプレイが、不良の一人にブチ当たり。
俊が食べた飴の棒がもう一人の不良の目に刺さり、
鳴らなかった拳が曲がりなりにも高等部自治会長の美形な顔を殴った。
それはもう、ガツンと。
「「ウエスト!」」
「ってぇ…」
「殴れば殴った方も殴られた方も痛いんだ!それでも男かテメーさん方!男の手は大事な人を守る為にあるんだろ?!」
携帯を静かに閉じた俊が眼鏡を外し、桜の木の影でまともなものが一切入っていないブレザーの袖口からキラキラした何かを取り出す。
口元には笑みが滲み、光を帯びたそれを纏えば、恐らく帝王院学園の生徒で知らない者は誰も居ない姿に代わる。
「男なら陰険な苛めはやめなさいっ!」
「何様だテメェ!」
「餓鬼が調子コイてんじゃねぇぞ!」
今にも太陽へ殴り掛かろうとした二人は、然し西指宿麻飛の前で吹き飛んだ。
「…俺の相棒に手を出すのはやめて貰おうか、弱き神帝の飼い猫共。」
ABSOLUTELYも襲われていた生徒も太陽までもがその姿を網膜に焼き付け、呆然と、ただ呆然と、
「カイザー」
呟いた台詞に、黒いシャツと黒いスラックスを纏う銀髪の男は目を細めた。
凄まじい威圧感、ブラックホールを前にした微生物にでも成ったかの様な圧倒的な威圧感に全てが呑み込まれ、西指宿麻飛以外が怯えた様に逃げていく。
感心した様にそれを見送った太陽の腕が引っ張られ、半裸の生徒を抱き起こしていた俊が明らかな威嚇の目を注いだ。
「相棒?…お高いカオスカイザーにンな大層なもんが居たのかよ、あ?」
「その腕を放せ」
「嫌だ、…っつったら?」
「貴様、」
「俺に触るんじゃねーっ、遊び人がーっ!」
珍しく目を丸くした素顔の俊の前、頬を押さえながら呆然と太陽を見つめる男の頬が赤みを帯びていく。
如何にも平手打ちしました、と言うポーズのまま、ズレた黒縁6号の下から据わった目で睨み付けているではないか。
流石の俊も無表情でしゅばっと正座し、腰に手を当てて眼鏡を押し上げる太陽の白百合ポーズを見た。
ハァハァしながら。
「やい、西指宿麻飛。
アサヒアサヒ、良い名前じゃないかい。うん?ご両親が泣いてるんじゃないかい?」
「え?あ、いや、」
「俺は一年Sクラス山田太陽…いやいや、左席委員会副会長、人呼んで口内炎の君です」
中央委員会副会長は光炎(こうえん)の君だ。
「悩みがあるならいつでも聞いてあげるから、もうこんな陰険な苛めはやめなさい。良いかね、若人よ?」
紳士と言うかただのお節介親父と化した太陽がニヒルに笑い、きょとんと眺めているサクラちゃんの肩をさり気なく抱きながら桜並木を去っていく。
その後ろを黒髪のオタクがぽてぽて続き、
「あ?あんな奴居たか…?」
呟いた西指宿は無意識に左頬を押さえ、平手打ちだけでは到底有り得ない赤みを帯びていく。
「口内炎…山田太陽…」
紫が混じった金の髪を掻き上げ、
「惚れた…」
会長攻め平凡受けの予感。
(#)ばかん→
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