帝王院高等学校
思春期は発情期のお友達かしら
「クソ…っ」

エレベーターも非常ドアも固く閉ざされ開かない。ダイヤモンドに匹敵する強度を誇るとまで噂される特注防弾ガラスは傷一つ残らず、殴り付けた拳に血が滲むばかりだ。

「全く…」

気力が尽きるのと共に額へ手を当てた。

「いつもいつも、後先考えずに行動するんですからあの人は…」

髪を掻き乱しながら踵を返し、佑壱によって半壊にまで荒らされた執務室からバルコニーへ出る。
眼下は山を抉って創られた閉鎖帝国、手摺りを覗き込む気になれないのは高所恐怖症だとか言う可愛らしい理由ではない。


生身の人間が、飛び降りて助かる見込みは0.1以下の高さだ。
覗き込んで大地が赤に染まっていたら、自我が崩壊してしまう。


「…よりによってあの男に縋るしかないなんて」

それ以前に最上階から抜け出す術が無い今、打つ手無しだ。とにかくこの巨大な迷宮から抜け出さねば話にならない。
偽造リングは佑壱が持っている。帝王院のセキュリティシステムを乗っ取る事は可能だが、自分の形跡を残さず遣り遂げる自信は残念ながら皆無だ。
僅かな形跡だけで、あの性格も人格も底無しに壊滅している叶二葉は自分に突き当たるだろう。わざわざABSOLUTELYが有利になる様なネタを与えてやる謂われはない。

あの男にだけは、真っ正面から挑むのが如何に自殺行為か知らぬ者は居ないだろう。
まさかあの山田太陽が真っ正面から皮肉を吐き捨てるとは思わなかったが、察するに初対面ではない事は確かだ。

「一度手合せ願いたいですね」

あの風紀長に喧嘩を売って無事なら、中々に見所があるのかも知れない。
然し、今はまず。



「…リングコードを理解していて、且つ理事会サーバーをハッキング出来る、人間」

そんな芸当が出来る人間に、心当たりは一つ。



「居た」

螺旋の様にキャノン外周を巻くバルコニースロープを駆け上がり、屋上とは名ばかりの展望エリアに寝転がるひょろ長い男に跨った。

「起きろハヤト!」
「ぐー」
「ハヤトっ、起きろ緊急事態だ!」
「んー、だからー…騎乗位のほーが好きって言ったでしょー…むにゃむにゃ」
「寝言はあの世で言え。」

だらしない顔でむにゃむにゃ言いながら尻を撫でてきた男の腹に一発食らわせ、咳き込みながら転がった下着半分丸見えの尻を蹴り飛ばす。
声無く悶える様が気分を僅かに浮上させた様だ。ドSの自覚はある。

「起きたかハヤト」
「げほっ、…ボスー、けほっ………イク時は言わなきゃ駄目ー」
「汚らわしい妄想で総長を汚すな!!!」

転がったまま健やかな寝息を発てる男の背中を蹴り飛ばそうとして、開いたまま放置されていた最新機種携帯に気付いた。
何とも無く拾い上げた時にディスプレイに触れたらしい。タッチパネルは光を取り戻し、開かれたままのメールを浮かび上がらせる。
人のメールを見る訳には、と理性が働くより早く笑った。

「けほっ」
「…ハヤト。」

振り向けば腹を抱え背を丸めた神崎隼人が、すぴすぴ寝息を発てている。遠慮皆無、足で蹴り転がした隼人がごろりと仰向けに戻ると再び跨って顔を近付けた。

「起きないなら、」
「ぐー」
「…総長からのメールは削除します」
「ぐー…はれ?カナメちゃん、何で俺の上に乗ってんの?」
「漸く起きたか」
「あれえ、カナメちゃんってば大胆なのお?」
「は?」
「うっかり跨っちゃうくい隼人君とエッチしたかったのー?んー、そうだなー、一回くらいならいーよー?」
「…抹殺されたいか?」

振り上げた拳はカラフルなタイルストーンを殴った。
今まで下に居た筈の長身が消え去り、舌打ちする間もなく背中に受けた重みで体が沈む。


「残念無念、隼人君の勝ちー」
「ぐ、」
「なぁんかー、ぽんぽんとお尻が痛いにょー?」
「重いぞハヤトっ、降りろ!」
「むふふ、カナメちゃんったらナイスバディー。細っこいお尻ですねえ、隼人君の突っ込んだら壊れちゃうかなー?」

両腕を右手一つで拘束されて、太股の上に腰を落とされれば身動きなど出来ない。

「貴様っ、ど、何処を触ってるんですか…!」
「んー、なんか清らかな反応だあ。もしかしてカナメちゃん、処女ー?」
「雄は死ぬまでマリアだろうが!」
「あは、楽しいなあ。無理矢理突っ込んであんあん言わせてみよーかなー」
「今すぐ死ね!」
「でもさー、童貞じゃないよねえ。ちぇ、完璧初もんだったらもっと燃えたのにい」

スラックス越しに太股から尻までのラインを撫で上げられ、頬が痙攣した。

「ゴムないからー、中出しでいっかあ」
「さ、わ、る、なっ」
「んー、敢えて濡らさず突っ込んだら気持ちよいかもお。ぐっちゃぐちゃにしてえ、やり逃げー」
「今すぐ死んでくれ」
「はあ、カナメちゃんが屈辱に歪む顔は燃えるだろーなあ。うん、いい。無理矢理するのって、何かいい」
「人格崩壊者が…!」
「だぁってー、カナメちゃんと隼人君には愛情なんてないでしょー?つーかさあ、隼人君には愛情なんて理解出来ないしぃ。
 エッチの相性が良ければー、見た目も性格も関係ないと思わないー?」

ベルトを外される気配に息を呑み、全力で抵抗した。
覆い被さってくる男の吐息が項に掛かり、凄まじい早さで全身に悪寒が走る。

「き、しょく悪いっ」
「うーん、はじめは死ぬくらい痛いけどー、その内気持ちよい声が出ちゃうと思うよお。才能があればいきなりイケるかもねー」
「ぅわっ、脱がせるな!」
「えー、自分で脱ぐ派なのー?遠慮しないでいーよ、脱がせるくらいサービスしたげるからさー」
「慎んで拒絶させて貰おう!」

体が反転した。
両腕は未だ拘束されたまま頭上に持ち上げられ、固いタイルの感触を背中に見上げた男の唇が吊り上がる。


「どうせ、暇だろ」

逆光で暗く濁った顔は低い雄の声で呟き、

「ご冗談を。多忙の最中です」
「…満月のテメェは気違いだけど、今はてんで話になんねえ」

空いた右手で己のスラックスへ手を掛ける光景に、深い息を吐いた。

「冗談はそこまでにしなさい」
「掘られたくなけりゃ本気出せや。…このまま俺に喰われたいんなら話は別だけどな?」
「報復は次の満月の夜にさせて頂きます。隼人、ユウさんが飛び降りました」
「あ?」
「俺を脱がす前に携帯を見た方が宜しいでしょう。メールが着ていますよ」
「ほっとけ。
 …んー、まだ半勃ちだけど、まあ、よいか。とりあえず突っ込んでから考えよーねえ」

屈み込んで来た隙に頭突きを食らわし、隼人のものではなく自分の携帯を掴んで突き付けた。

「ってぇ、…このドグサレが!」
「お褒めに預かり光栄ですね!見なさいこのドグサレ野郎めっ」

額を押さえた男の鋭い双眸が見開かれ、獰猛な色合いが消え失せる。肩で息をしながら勝ち誇った笑みを浮かべ、

「恐らく、貴方だけ返信していないのでしょう?」
「っ」
「ああ、貴方にだけ届いていないなら話は別ですがね」
「ずっるい!」
「代わりに返信して差し上げましょうか、『只今セックス中の為、お返事出来ません』とでも」
「はいはい、冗談じゃんかただのー。ジョークが通じないんだねーカナメちゃん。モテないよー?」
「ふふふ、死にたいのか貴様」
「今日は勝てないよー、カナメちゃんじゃお話にならないしー」

鼻歌いながら黄色いブレスレットを嵌めた右手が己の携帯に伸び、灰色の瞳が甘く緩む。
見ているだけで顔が赤くなる様な表情だが、生憎要には美形の微笑よりオタクのニヤニヤの方が価値があった。

「返信は後にしなさい」
「ふんふんふん♪るーるるるー♪」
「ユウさんが飛び降りたんです、執務室から!」
「だあいじょーぶだよお。伊達にバスケ上手くないんだからー」
「ユウさんはサッカーも上手…とか言っている場合ですか」
「あ、そーだあ。さっきケンゴ達に魔王様が話し掛けてたよお」
「…叶二葉、ですか?」
「他人行儀だねえ」
「他人ですから」
「そら、そーか」
「で、何の話か聞いたのでしょう?」
「ユーヤが苛められててー、ケンゴが裸でえ、魔王様が舞い降りた感じー」
「あの図体を誇るユーヤが苛められる訳ないでしょう」

指輪だらけの指が、北東方向に見える一般クラスの教室が並ぶ離宮を指差し、

「外部生を追い出したいんだってえ、言ってたなあ」

読唇術か、と。相変わらず人間離れした隼人に眉を止せ、小さく息を吐く。
健吾と裕也が相手なら、俊はまず間違いなく負けない。万一俊に傷一つ付けていたなら生爪剥いでタバスコプールに投げ捨ててやれば良い、などと顔に似合わず過激な事を考えていた要は、小さな笑い声に目を上げる。


「ユウさんが探してるものはなぁに?」

携帯を暫し眺めていた灰色の瞳が、立ち上がるのと同時にこちらへ注がれた。

「20階から飛び降りるなんてー、かっこいーつーかあ、ただの馬鹿?」
「光王子への報復、ですよ」
「へえ、今更?ほんとに入院したら爆笑もんだねー」

にこにこ底知れない笑みを滲ませたまま、両手にゴツゴツ嵌めた指輪を一つ取り外した隼人が首を傾げた。



「じゃあさー、」


繰り返す様だが、賢いのは紛れもなく隼人だ。いつもいつもやる気の無い風体で一位を奪っていった男。
何が得意、ではなく全てが優秀な頭脳は理数系が壊滅的な佑壱より余程優れているのではないだろうか、と。誰もが口を揃えた。



「カナメちゃんが探してるものはなぁに?」

クスクス、耳障りな声が笑う。
それすら優しげにしか見えない男が、ぽいっと放った指輪を受けとめた。

「黙秘権でもいーよお、隼人君はカナメちゃんにあんまきょーみないからさー」
「1人でほざいていなさい」
「珍しい人、見たよー」
「はぁ?」
「神様が眼鏡をだっこしてたー。相っ変わらず美味しくなさそーな顔だったねえ、魔王様は美味しそうなんだけどなあ」
「…」
「カナメちゃん、神様に会わなかったのー?」
「誰も居なかった」
「へえ、折角ユウさんが生徒会室に行った記念日なのにねえ」

何も彼も全て知り尽くしているかの様な声音を睨み、指輪を握り締めて背を向ける。



「ねえ、カナメちゃん」

擽る様な声が追い掛けてきた。

「カナメちゃんにはさあ、お母さんが居るでしょお?お父さんまで欲しがるのって、ずっるいと思わないー?」

振り向けば、手摺りに寄り掛かり座り込んだ長身が、灰色の瞳を瞬かせている。
風が吹き抜けた。眼下には外界から隔絶された皇帝の都が広がるばかり、

「俺にはお父さんしか居ないんだからさあ。みーんな、ずっこい」

何を思い出しているのか奇妙な笑みを浮かべた男が立ち上がる。

「…我々に迷惑を掛けないなら、貴方が何をしようが許します」
「ありがとー。そのクロスリング、気に入ってるから早めに返してねー」

黄色いブレスレットを嵌めた右手がひらひらと空を掻いた。
脱色した髪がさらさら舞い、青空に映える光景を最後に二度と振り向く事はない。





「あーあ、眠たくなくなっちゃったにょ」

ふわわんと発てた欠伸が、下がった目尻に雫を浮かび上がらせる。

「外部生を追い出したら、ボスの居場所教えてくれるんだっけー?」

二葉の唇が象った台詞を思い出しながら、表情全てから笑みを消す。



タイムリミットは今日一日。



「溺れる犬は悪魔にも縋る、なんてねえ…」

夜まで待って返事が無かったら、容赦しない。

←いやん(*)(#)ばかん→
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あきゅろす。
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