帝王院高等学校
お忙しい保護者の皆様にご報告申し上げます
ゴーン。
除夜の鐘の様な音がする。

「全く、困ったものですねぇ。気楽なお坊っちゃん方は頑なで」

ゴーン。
ゴーン。
ゴーン。
聞き慣れた始業ベルの音が、すぐ近くから。

「自分の運のなさを恨みなさい、平田太一君。君の弟は君を守る為に降伏を選びましたよ?」
「な、にぃ…?!おみゃあ、その人をどうするつもりだ?!」
「君は知らなくて良い事ですよ」

走って走って走って、駆け上がっていた階段の中腹で。
幾つものセキュリティゲートを容易く開いていった男は、たった一人の男が現れるなり動きを止めた。彼がたった一言、『ごめん』と言った事だけが平田太一の判る全てだ。

「さぁ、ご同行頂けますか、皇子殿下」
「っ、秀皇に、」
「触らないでくれなんて言いませんよねぇ、山田社長?裏切っておいて嫉妬するとは、余りにも矛盾しているとは思いませんか」

シンプルなフレームの眼鏡を掛けた男の腕に、無抵抗の男が捉えられていく。
くすくすと、嫌な笑みを響かせる男に敵う筈がない。何代も続いてきたレジストと言うチームの初代そっくりな男を前に、現レジスト総長の平田が選ぶべき選択肢は恐らく、従う事だけだ。

ああ、それでも。
味噌問屋の跡継ぎが嫌で、一人で寮に入るのも嫌で、例えば同じ学年なのに双子ではない兄弟を馬鹿にされるのも嫌で嫌で仕方なく、両親が絶倫だからだの、実は腹違いだの、どちらかが里子だの言われる度に、言った相手を叩きのめしてきた。

体も声も大きく馬鹿でがさつな自分と、幼い頃から要領が良く手先が器用な弟を比べれば、どう見ても自分が里子ではないか。ただ笑えるほどに顔が父親に似ているだけで。弟は母親にそっくりだ。

『天の君ちゃん、時の君ばっか見とりゃーすね』
『はい、それはもう!タイヨーは僕の体であり魂であり命の源なので、24時間見守ったくらいでは時間が足りません!はっ!もしやひらちー先輩もタイヨーに釘付けですかっ?』
『ひらちー?俺?』
『ハァハァ。好きな気持ちは誰にもとめられない…!腐男子は眼鏡の底から応援します!その気持ち、純!』
『は?…天の君は眼鏡取るとどえらい男前だがね、何で眼鏡なんか掛けとるの?別に度も入ってへんやら?』
『あっ。オタクは眼鏡から入るものなのですん!眼鏡のないオタクなど!紅生姜のない牛丼みたいなものでして!』
『牛丼は牛丼だがや』
『山椒のないうな丼みたいなものでして!』
『うな丼はうな丼だがや』
『海苔のない海苔弁!』
『そらあかん、欠かせんもんやね』
『そ〜なんです!』

例えば。
ああ、そう、例えばだ。8区に君臨する最強皇帝を知らない総長が居ない様に、あの恐ろしいカルマ初代総長が忠実なまでに服従する二代目が、例えば山奥の私立高校に突如編入してきたとしても。
それが高等部創立から50年近く経て、初めて外部生であろうとしても。
入学式典で全校生徒を前に、もっさり眼鏡と長ったらしい前髪で素顔を隠し、正々堂々と、最早笑えるほどに潔く宣誓布告した新学年帝君が、やはり突如として左席委員会会長に就任したとしても、だ。



『交響曲第零番、漆黒の鎮魂歌』

47の楽器を容易く奏でる指揮者を知っている。
銀糸の下から恐ろしい程の威圧感を秘めた漆黒の眼差しで、静かに世界を見つめるばかりの男を。
従う事が嫌で逃げ続け、のらりくらりと過ぎる時間を見送ってきた平田は、だから、知っているのだ。考えたのだ。恐らく、願うほどの強さで、望んでいたのだ。




あれに従うとどれほど気持ち良いのだろうか、と。





「その手ぇ、離しゃあ」

一切の表情を削げ落とした男の腕を掴み、何処かへ連れていこうとする眼鏡の男の肩を鷲掴む。窓から差し込む陽光を反射させたレンズの下、薄ら笑いを浮かべる唇を見た。

「何のつもりですか、平田太一君」
「レジスト総長の前で易々逃げられる思ったら、どえらい思い違いだで?」
「おやおや、弱い者ほど良く吠える…」
「その子は関係ないでしょう?!手を出さないで下さい、小林さん!」
「ぐっ」

悲痛な叫びと、凄まじい痛みが平田を襲ったのはほぼ同時だ。
だからと言って掴んだ肩を離すつもりなど毛頭なく、レジスト8代目総長は左腕で蹴られた腹を押さえながら、決して離すまいと力を込めた右腕の下、鼻で笑った。

「…笑かすなぁ、弱いのはどっちやの。シーザーやったら、右ストレートで一発KOだに」
「しぶとい子ですねぇ」
「やめろって言ってるんだろうが、叶守矢!」

重力を帯びている様な声に膝が崩れた平田の頭上で、恐ろしい笑みを浮かべた男が平田ではなく、優しげな顔立ちをした男の顔を鷲掴むのが見える。

「う…っ」
「困りましたねぇ。榛原如きが、気安く私の名を呼ばないで貰えますか?」
「大空から手を離せ、小林守矢」

その腕を静かに叩いた黒髪の男は、整った美貌に凍える程の怒りを滲ませていた。数秒前まで平田を支配していた確信のない強気が霧散し、顔を上げる事さえ躊躇われる。

「どいつもこいつも、餓鬼の癖に目上を敬う事を知らない。お前達は静かに従っていれば良いのです。私の世界に、お前達は必要ないのですからねぇ」
「…嵯峨崎先輩が今の台詞を聞いたら、どう思うでしょうかね!」

ぱしんと、顔を掴まれていた山田大空が刺々しく怒鳴りながら手を払った。痛ましげに平田を一瞥し、冷たい笑みを浮かべている男を睨む。

「信じていた部下が裏切ったなんて、」
「おや?いつ私があの人を裏切りました?」
「へぇ。この期に及んでしらを切るんですか、情けない」
「全ては愛しい人達の為です。私の世界に存在するに値する、母親似の愛らしい姪の為。私から姉さんを奪った甥の罪を贖う為」
「へぇ、悉く全部が個人的な理由じゃないですか。何が裏切ってないだ、白々しい…」
「君もそうでしょう?妻子の無事と引き換えに、親友を犠牲にしているではありませんか」
「っ」
「『秀皇は神威の近くにいるかも知れない』と言ったのは、他でもない、貴方ですよ?」

怖い。
怖くて震える。理由は判らない。大人と子供の差、だろうか。
膝から崩れ落ちたまま俯き続けていた平田の耳に、微かな足音が聞こえた様な気がする。それと同時にポケットからピコンと言う音が聞こえ、平田太一は弾かれた様に顔を上げた。

「おーい!平田〜ぁ!逃げても無駄だ、カルマ特製GPSにお前は完全に包囲されている〜ぅ!」
「この辺にいるのはバレてんだぞ、馬鹿でイケてない方の平田〜ぁ!」
「このクソ忙しい時に総長のパパさんが大変ってどう言う事だ〜ぁ!」

ああ。
何と賑やかなオーケストラ、指揮者不在でも騒がしさでは工業科ナンバーワン、Fクラスの生徒も一目置いている、それはオレンジ色の。

「見つけたぞー!」
「高野健吾に虐げられて強くなる、ユーヤさんに憧れてケンゴ隊に左遷されたカルマのはみ出し者!」
「疾風三重奏ですよー!…はぁはぁ、マジ待って、走りすぎて脇腹が痛いの…」

ダダダっと階段を上がってきた一人と、ガシャーンっと窓を蹴り開けて飛び込んできた一人と、脇腹を押さえながら平田達の上階から降りてきた一人に囲まれる。
学園指定のものではない、艶やかオレンジの作業服はボロボロで、酷く汚れていた。然し平田の目には何よりも輝いて見える。

「ただでさえユウさんが死にそうな時に良くも呼び出してくれたな平田太一ぃ!」
「Fクラスの癖にLINEでスタンプ使いこなしやがって平田太一ぃ!」
「ぜぃ、はぁ、ごほっ、ごめ、免許取ってからこっち、運動不足かも…はぁ、ぜぇ…」
「負けんなたけりん、うめっち!運動不足なんてケンゴさんにバレたら…死ぬ!」
「はっ!あの人を見ろ、おまつ、たけこ!」
「なっ?!ちょ、笑えるほどホストモードの総長にそっくりだー!」

余りの騒がしさに誰も口を開けない。
勝手に騒ぎ続けた三匹の内、真っ先に駆け寄ってきた二人が呆然としている大人に張り付いた。馬鹿でも体格は良いので、平田を一撃で戦闘不能にした眼鏡を前にしても怯んでいない。

「ちわっス!自分は遠野俊さんの舎弟っつーか犬です!俊江姐さんにはお世話になってます!」
「ちわっス!自分も遠野俊さんの舎弟っつーか奴隷っつーかワンコです!いずれ総長の下の世話は任せて下さい!」
「ちわっス!はぁ、ぜぇ、自分も遠野俊さんの舎弟で運動不足でなんやかんやで犬です…!はぁ、はぁ、ちょ、スんません、タンマ…」
「そ、そうか、えっと、遠野秀隆です」
「ひー!総長のパパさんが喋ったぞ〜!」
「いやー!親子揃ってイケメン過ぎる〜!」
「はぁ、はぁ、ごほっ」

しゅばっと三匹に囲まれた帝王院秀皇は、わっしょいわっしょいと持て囃され、ついには胴上げが始まり、山田大空と小林守矢がポカンとしている内にカルマに拉致された。
余りにも鮮やかなお手並みに平田もまたポカンとしたが、状況が判っていない癖に小林へメンチを切った三匹は、三人で俊の父親を背後に庇っている。

「で、平田よ。ドイツが敵だ?!」
「おまつ、ドイツはユーヤさんだろ?」
「ユウさんが死にそうな時に総長のパパさんまで死なせたら、俺ら全員総長から殺されるぞ…!はぁ、脇腹の痛みなど感じて堪るか!」
「「竹林様ー!」」
「…待ちなさい、先程から言っている『ユウさん』と言うのは、嵯峨崎佑壱の事ですか?」

収拾がつかない馬鹿達に口を開いたのは、平田が睨み付けていた眼鏡だ。
流石、カルマが誇る馬鹿でも優秀な犬を自称するだけに、秀皇を庇いながら今にも唸りそうな表情で小林を見据えた三人は、臨戦態勢に見える。

「そうだよ、校庭が地盤沈下してやべぇんだ」
「どう言う事ですか?」
「オレらが知るかよ!」
「そうよそうよ!あたし達が中央キャノンのクレーンで瓦礫を持ち上げないと、重機を運び込む場所もないんだからっ」
「だからどう言う事だと言っているんです!馬鹿だろうが馬鹿なりに死に物狂いで説明なさい!」

ビクッと震えた犬共は、しゅばっと総長のパパさんを抱えると、一言も喋らず駆け出した。余りの早さに平田も山田も沈黙していたが、舌打ちを零した鬼畜眼鏡だけは階段を凄まじい早さで降りていったので、残ったのは平田と山田だけだ。

「な、何なのかな、あの子達は」
「カルマのアホトリオだがや。アホだが葱頭の舎弟だで、どえらい強い筈…」
「…はー。何か良く判らないけど、助かったのかな。有難う、平田君だったかな?」
「あー、えらい。しんどいわぁ、もぉ、何やの、さっきの訳判らん女と良い、初代と言い…」
「訳判らん女って?」
「あ。会長の親父さん、本当にシーザーの親父さんなんです?似てるからカマ掛けて、さっきのアホ共にLINE送っとったんです」
「会長…そうか、君は秀皇から神威の父親だって聞いてるんだね。どっちにしろ、まぁ、正しいのかな」
「マジかいな。それじゃ、会長と天の君は兄弟…」

マジか、と。
絞り出す様に呟いた平田は、ボリボリと金髪に染め抜いた短い髪を掻いた。熊の様な体格を丸め、深い溜息を吐いている。

「ちょい、すんません。弟が心配だで、探しに行きますわ」
「待って!悪いんだけど、僕の携帯を取られてしまってね。君の携帯を貸してくれないかい」
「別にええですよ、どーぞ」
「有難う。…あ、やっぱ駄目だ、君のも圏外だ」
「へ?」

使い古したスマホをぽいっと投げると、それを見た男前は顔を曇らせた。返して貰ったスマホを見やれば、確かにアンテナが立っていない。
それならば先程の三匹はどうやって平田の位置を特定したのか謎だが、イケメン揃いのカルマの中で最も扱い易い三人なので、追及するのはやめておこう。合コンのメンツが減るだけだ。

「困ったな。…そうだ、もし嵯峨崎財閥の会長か僕の奥さんを見掛けたら、伝言を頼めないだろうか」
「嵯峨崎財閥の会長さん?!いやいや、よう見掛けんし、おみゃあさんの奥さんの顔知りませんし!」
「大丈夫、君は見込みがある。…僕の声を聞いて意識があるだけ、ね」
「はい?」
「そうだ、僕は山田大空。一年Sクラスに所属してる山田太陽って生徒の父親で、」
「はぁ?!時の君のおやっさん?!似てなッ!」
「あはは。どう言う事だい?俊君と秀皇を似てるって言ってた癖に、僕とアキちゃんが似てない訳ないだろう。え?太陽は僕の息子だよ?え?良ぉく見てご覧よ、小林専務なんか僕よりアキちゃんの方が男前だって言うくらいなもんだよ全く」

何故そうひんやり怒っているのか判らないが、確かに似ているのかも知れない。遠回し気味にチクチク言ってくる所とか。
何か腹黒そうと思っていると、平田の背後にあった掃除道具置き場のドアがガタガタと音を発てた。

「今度は何ぃ…」
「誰か居るみたいだねー」

ドアには外鍵しかなく、誰か閉じ込められているのだろうかと仕方なく起き上がり、ダダダっとフロアを一周駆け抜けて来たらしい阿呆共の足音が近づいてくるのをBGMに、平田はドアの鍵へ手を掛ける。

「うっうっ、外だぁ!やりましたよ総長!やっと外に出られました!」
「このまま死ぬかと思ったぜ!」
「掃除道具入れで死ぬとか、光炎親衛隊の制裁かよと思ったぜ!」
「おのれ、外人共…!」
「あん?フォンナート?」

想像してもいなかった男達が詰め込まれていたらしく、ぞろぞろと派手な見た目の男達が出てきた。
これには流石の平田も引いたが、外人殺すと呟いている見た目外国人なイケメン同級生は恐ろしい表情で平田…ではなく、山田大空を見るなり、ピタッと動きを止めたのだ。

「ご…ご主人様?!」
「はい?え?それって僕の事かい?君のご主人になった覚えはないんだけどねー」
「平田〜!道がなかったー!」
「セキュリティガチガチで無理だったー!」
「はっ、はぁ、ぜぇ、はぁ、そ、総長は何で走り回っても息が乱れねぇのか、誰か判り易く教えてくれないかしら…はぁ、はぁ」
「「総長だから」」
「OK把握…っ!」

それと同時に何処にも行けなかったらしい阿呆共は、真顔のワラショク課長をわっしょいしながら非常階段へ戻ってくる。
親友のそんな姿を初めて見た山田社長は無意識で口元を押さえると、がくりと座り込み、ふるふると背中を震わせた。必死で笑いを耐えている様だが、誰が見ても耐えられていない。

「カルマ?!何で平田とカルマが?!」
「あれ?変態フォンナートと変態エルドラドだ」
「あ、スヌーピーが好き過ぎて都内のゲーセンの景品を荒らしてる変態チームだ」
「誰か保健室連れてって下さい。もう走れません」
「死ぬなおたけー!お前が死んだら誰が俺をカルマまで連れてくんだー!徒歩で8区は物理的に無理過ぎー!」
「だからオレの背中に乗れって言ったろたけこー!1分500円な」
「10分に割引して…ゲフ」

がくりと阿呆が一匹息を引き取り、カルマの追悼式が行われた。仲間二人はオタクの父親をわっしょいしている為、無言で黙祷しただけだ。

「おみゃあら、良く神帝の親父さんをそんな扱い出来ゃあすな…」
「あ?!神帝の親父だと?!あのいけ好かない帝王院の父親って理事長じゃねぇのか?!」
「大変です総長!やっぱ見覚えあると思って捜査資料めくってたら、この人ご主人様のお父様です!」
「ワラショク社長の山田大空さんです!」
「やっぱりそうか!ご主人様に似てると思ったんだ、俺も!」
「初めましてご主人様のお父さん!ボク達、山田太陽先輩の舎弟で犬です!」

ぞろぞろとFクラス三年ばかりのエルドラドが、笑い崩れている山田を取り囲む。先輩なのはコイツらだが突っ込みはない。
ヤンキー同級生からは毛虫の如く敵視されているカルマシーザーの敵、ABSOLUTELYのマジェスティと言えば、誰もが恐れ、そして一度で良いから素顔が見たいと思ってしまう、三年Sクラスの帝君だ。

「えっ、つーか神帝の父親どこ?」
「どんな顔?」
「イケメン?」
「美人?」
「叶より美人?」
「高坂よりイケメン?」
「でもこの人もイケメンだぞ?」
「マジだ…イケメンだ…」

素顔を知らない三年生は興味深げにキョロキョロしていたが、オレンジの作業服らが抱えているイケメンを見つめるなり、じっと見つめた。
それはもう、近年稀に見る凄まじいフェロモンを漂わせているイケメンだけに、山田太陽の熱烈なファンであるグレイブ=フォンナートも凝視してしまう程のイケメンだ。

「な、何か良く判らない状況になったみたいだね、秀皇…プフっ」
「人の不幸を笑いたければ笑うと良い。お前はそう言う男だオオゾラ、儚い友情だったな」
「うちのアキちゃんがご主人様って呼ばれてるの、知ってた?」
「知るか。お前が昔、親衛隊からそう呼ばれてたのは知ってる」
「あ、改めてこんにちはー。僕は山田大空、ワラショクを経営してます。山田太陽のパパだよー」

さらっと話を摩り替えた山田は、興味津々な高校生らにひらりと手を振った。崩れ落ち咽び泣いたのはエルドラドで、山田太陽にはあんまり興味がないカルマらは、すたりと飛び降りたイケメンを前にしゅばっと背を正す。

「で、俺が遠野秀隆だ」
「知ってます!」
「総長のパパは俺らのパパ!」
「すいませんっ、後で良いんでサイン下さい!」
「「「「「シーザーのお父様?!」」」」」

俊よりほんのり小さい様な気がする様な、そうでもない様な、と言う殆ど変わらない背丈の遠野秀隆を前に、待てが出来る犬をアピールしていた。走りすぎて死んでいた一匹も華麗に復活し、命令を待つ犬の表情だ。キリッとしている。いつまで続くのか。
全身を無表情でまさぐった男は、ボールペンがない事を告げたが、カルマのみならずエルドラドもまた、待てが出来る犬のポーズでハッハッしている。

「………お手?」

むさ苦しい高校生に見つめられたオタクの父親は、ぽつりと呟いた。昔飼っていた犬を思い出したからだ。
しゅばっとその手に飛び付いた不良集団は声もなく咽び泣き、二度と手を洗わないと汚手宣言だ。洗いなさい。

「で、本名は帝王院秀皇。帝王院神威の父親って言ったら、どんな反応するのかなー?」

にこにこ。
差し出した右手を握られたり舐められたりかじられたり、精神的に大ダメージを食らった親友にハンカチを投げつけながら微笑んだワラショク腹黒社長は、ピタッと動きを止めた平田以外の高校生に笑みを深めた。満足する反応だった様だ。

「いいかい、これは機密中のトップシークレットだよ。俊と神威の父親が同一人物なんて、お前さん達しか知らない事なんだ。これがどう言う事か判るかい?そうだね、迂闊に話しちゃうと…大変だろうなー…?」

にっこにこ。
CMソングそのままにいつもニッコニコな山田大空を前に、今此処に、カルマ&エルドラド&レジストの連合軍が結成された。山田に逆らうべからず、最早息子の扱いと大差ない。

「あら?大人しくなっちゃった」
「はぁ。子供を脅すな…」
「だって秀皇、何だかんだ小林さんから解放されたのは、平田君達のお陰だよ?何の説明もなく帰して、後から小林さんの報復なんて起きた日には、寝覚めが悪いじゃんか」
「窓の下が騒がしい様だが、抱えられている時に一周回ったお陰で、外の状況が幾らか判った。第五棟の周辺が崩落したらしい」
「第五?」
「ああ。あそこには、義父さんのファントムウィングを隠してあった筈だ」
「はっ?待って、それ初耳なんだけど…?!」
「家に置いておくには差し支えがある資料なども保管していた筈だ。俺が俺である時に聞いた事がある」
「はー?!」

何やら、恐らくただ事ではない話を聞かされている。
連合軍十名はハラハラしていたが、二大組織の総長の父親を前に、口が開けない。遠野俊と山田太陽の父親と言うだけでもカルマ総長の父親だと言うのに、この上、片方は帝王院神威の父親でもあるのだ。
出来れば知りたくなかった。知りたくなかったが、今更逃げれれない。

「…面倒になったわ」

ボリボリと頭を掻きながら逃げるタイミングを計っている平田を余所に、ハァハァ恍惚の表情で二人のイケメン大人を見つめているエルドラドは、この絶望的な状況を楽しんでいる様だ。流石は真性マゾばかりのエルドラドである。

「帝王院が兄貴で」
「総長が弟」
「総長が左席で」
「帝王院が中央委員会」
「どっちが右?」
「総長は永遠の攻めだけど、こればっかは判らん」
「はっ!そう言えば帝王院とユウさんって従兄弟だったよな?!」
「はっ!そう言えば、さっき俺ら、帝王院の顔見たんだった!」
「えっ?!イケメンだったっけ?!」
「すっげーイケメンだったしハヤトさんと背の高さ変わらなかったよな?!」
「イケメン滅ぶべし!」
「待てよ?!総長が背の高さは攻めの重要な要素だって言ってたぞ?!」
「「はっ!言ってた!」」
「するってぇと、つまり…?!」

片やカルマ三匹は悟りを開いた表情で、カイシュンだと意味の判らない事を宣い続けた。嵯峨崎佑壱が聞けば発狂しそうな会話だったが、悟りを開いた馬鹿は馬鹿故に真理の扉を開いてしまったのかも知れない。

「総長は左でも右でも変わらず俺らの総長だよな…?」
「ああ、そうだとも。こうなったらユウさんには全力で高坂を押し倒して貰って…」
「でもな、俺な、気づいちゃったんだ。ユウさんってさ、高坂よりさ、その、背が低いよな…」
「言うな…!ユウさんはデケェ男だっ!」
「そうだそうだ!例え相手が高坂でもきっと、攻めてくれるさ…!」
「でもな、ユウさんな、総長に抱かれたい系男子だし…」
「そうだった!畜生、ユウさんの女子力の高さが憎い…っ!」
「こうなったら最後の頼みはソルディオだろ?!あの人なら白百合もヤれる…!」
「いや、俺な、流石に無理だと思うんだわ?ほら、あれな、フタイヨーじゃん?」

カルマは悟りを開いた。
カルマには受けしかいない。馬鹿故に左席の教えを必死で学んだ三匹は、そこそこ出来る腐男子力を秘めていた様だ。ホモには全く興味のない三匹だが。

「カイシュン…」
「フタイヨー…」
「高坂とユウさんは、何だろうなぁ…」
「ヒナユー?」
「コーサガ?」
「ピナイチ?」

答えが出揃った。
出家したお坊さんの表情で、窓の外を見つめるオレンジの作業着は、何処となく晴れやかな表情である。
それを眺めていた父親二人はその聡明な頭であれこれ考えていた様だが、先に青褪めたのは、やはり腐男子の息子を持つ父親の方だった。

「そう言えば…シエが俺に隠れず堂々と読んでいた漫画で、リーマンウケがどうとか…」
「え?リーマンウケって何?」
「判らん。判らんが、一ノ瀬と小林の話をぽろっとした時の反応が、割引の牛肉を見つけた時の反応と同じだった気がする…」

それはもう、凄い食いつき方だったと言っておこう。旦那がきゅっと尻を引き締める程には。

「お前さん、奥さんにどんな生活を強いてるんだい?俊江さんは料理が上手いって言ってたけど、いつも自分で買った商品に9割引シールを貼り直してから帰宅するそうだね」
「通常価格で買ったと言ったら叱られるからな…」
「流石に毎回、出張土産とか懸賞で当たったとか、理由が無理なんじゃない?」
「ああ、それに関しては大丈夫だ。シエも俊も疑わない性格でな」
「あっそ」

遠回しに妻子を馬鹿にしている気配だが、天然セレブは気づいていない。そんな馬鹿な所も愛しいと言わんばかりに鼻の下を伸ばしている。

「自転車は危険だからパソコンは買ってやったが、ある程度買い与えておかないと、俊がまた何処でどんなバイトを始めるか…」
「………あー、警備員だっけ?しかも東雲財閥が保有してたホテルの…」
「医師会の会合で偶々通り掛かった義父さんが、怒りの余りそのまま警備会社に乗り込んだ事件だ。東雲会長が三日寝込んだ」
「あーね、あれね、あったよね。…でもさ、お前さんも18歳の時にホストやってた事あるじゃんか、大学サボって。お陰で高坂先輩が三日寝込んで、僕に連絡くれたんだ」
「授業が簡単過ぎて一ヶ月で卒業認定貰えたんだから、別に構わないだろう?大体、家庭を持った男は働けと言ったのはお前だろうが」
「働くの意味が違うって事!何なんだよ、僕にはぽんっと会社与えた癖に、自分はホストって!」
「俺に言うな、それは秀隆の時の話だろう?スーパーのお使いの帰りにスカウトされて、日給2万くれると言うから…」
「帝王院財閥の跡継ぎが2万なんて…ワラショク会長が2万なんて…」
「若気の至りをいつまでネチネチ責めるんだ」
「入店初日で店中の酒と言う酒を客に貢がせて、嫉妬した他のホストと乱闘した挙げ句、駆けつけてきた高坂さんの肋骨を折った癖に、若気の至りで済むと思ってるのかい、お前さんは!」

ガーッと捲し立てた山田は、そこで青褪めた高校生達に気づいた。今更遅いとは、わざわざ言われなくても判っている。
ふわりと欠伸を放った男と言えば、腕を組み、首を傾げ、だから何だと言わんばかりの表情だ。

「貢いだのは客だし、売り上げが上がっているのにガタガタ文句を宣ったのは向こうだ。帝王院学園出身のヤクザが居ると言うから会ってみれば、それが俺より前の中央委員会会長だっただけだろう?」

神々しささえ感じられる満面の笑みを浮かべた男を前に、山田大空以下、全ての男達が沈黙した。


「中央委員会会長歴のある二人が喧嘩しただけだ。単に俺が勝った、それの何が悪い?」

ヤバイのは明らかに、コイツだ。

←いやん(*)(#)ばかん→
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