帝王院高等学校
不死鳥は桜吹雪と共にその名を呼ぶ
ぺろっと特大料理を平らげたオタクが眼鏡を輝かせながら明後日の方向を見つめている。



「あ、ちょーちょ。」

ウッドチェアーに正座し、復活を遂げた携帯を片手にフラッシュと眼鏡を光らせまくっていた。
渋めの緑茶を啜る若年寄り、別名平凡少年は片付けられていく一口も食べていない皿達を横目に腹を擦る。

「食べてないのに気持ち悪い…。可笑しい、絶対俊の胃袋は可笑しい」

ほんの数時間前に佑壱お手製ハンバーグとおにぎりをあれだけ貪り、ミルフィーユを盗み食いした人間が今また明らかに五人前以上あろうかと言う大皿料理を殆ど平らげただなどと、一部始終目撃したがまだ信じられない。

殆ど、ではなくほぼ全てだ。
神威に貝を一口差し出し、残りは全て俊が完食した。
カイにカイをあーんして、完食したらいいんやないカイ。


「はっ、現実逃避してた…」

あっちやこっちやをパパラッチしまくり写メを増やす俊の携帯がアニソンを奏でた。

「あー、仮面ダレダーの主題歌じゃん。俺は先々代のダレダーが好きだったなー」
「タイヨータイヨータイヨー」
「ん?」

眼鏡を曇らせた俊が神威を気にしながら手招いてくる。何だろうと小首を傾げつつも身を寄せ、内緒話の態勢を整えた。


「どーしたの?カイ君はカルマの人じゃないよね、やっぱ何かあったの?」
「あにょ…」
「そもそも何で俊はあんな所に居たんだい?俺はてっきり神帝に誘拐されたとばかり、」
「ぃ、イチが、怒ってるにょ」

か細い声で呟いた俊に片眉を跳ね上げ、恐る恐る差し出された携帯の小さなディスプレイを覗き込む。



そして目を見開いた。




着信48件。
受信メール396件。



「な、何だこれ。ひ、開いていい?」
「ど〜じょ…」

如何にも少年漫画の主人公らしき快活な少年が、如何にも少年漫画の悪役らしき赤髪の美青年に脱がされている待ち受けを軽くスルーしてメールボックスを開けば、フォルダリストが表示された。
俊の眼鏡が益々曇り、今にも大嵐が起こりそうな不穏なオーラが滲み出る。

「俊。無自覚に殺気出すのやめてー」
「ふぇ」

どうやら恐怖の余り半泣きなだけらしい。恐ろしいオタクだ。

「えっと…メルマガ21通、腐レンズ43通、サイト関係14通、家族2通、………カルメン、316通。」

内訳。
ユーヤン2通、カナタ8通、ケンゴン12通、イチ138通、その他156通。


「な、何か一人だけ圧倒的に数値が可笑しい人が居るねー…」
「ふぇ」



総長っ、16話が抜けてるっス!

総長っ、16話まだっスか!

総長っ、気になって苛々するっス!

16話

まだっスか

…テメェ、仮病決め込んでんじゃねぇぞ!

早くしやがれコラァ!

ジャロに訴えんぞコラァ!

つか今何処に居やがる?!

アンタ帝王院の状況判ってねぇだろーが!

今すぐ戻ってこい!今なら怒らないから!

要から聞いたぞコラァ!何処ほっつき歩いてんだテメェ!




etcetcetc。



「………えっと」
「ひっく、ぐす、ふぇ、怖いにょ怖いにょ、うぇ、嵯峨崎先輩がひっく、お、怒ってるにょ!」

ビビりMAXに陥った俊が半狂乱で喚き始め、周囲の生徒達が何事かと振り返る。
然し余りの事態に流石の太陽も言葉が無い。佑壱のブチギレっぷりは見なくても判る。今になれば校舎へ進む背中が厭に威圧感を秘めていた様に見えたのは、静かにキレていたからだろうと判る。

「先輩って血液型、」
「O型ですっ」
「あー…、怒らせたらマズイタイプやないか〜い」
「ひっく、ぐす、ひっく」

最早恐怖最高潮に達したらしい俊がテーブルの下に潜り込み、膝を抱えた。
膝に顔を埋め、しくしくぐすぐす泣き濡れている。

「イチが来るにょイチが来るにょ」
「どうかなさいましたか?!」

ウェイターが慌ててやってきたが太陽がそれに声を掛けるより早く、頭上で凄まじい音がした。




ズサササっ、と言う大量の桜吹雪と共に、今まで俊が腰掛けていたウッドチェアーの真横に降ってきた物体。




「は、はぁ?!」
「……………よぉ、山田。」

地を這う様な声音と、唇を舐め上げながら不敵に笑う赤い瞳。
桜と木の枝に塗れた髪はサラサラストレートで、ヘアゴムが毛先に絡まっていた。

「ア、アンタは忍者ですか?!
  どっ、どうやったらそんな登場になるんですかー?!」
「煩ぇ、…遠野はどうした。」

周囲の野次馬を睨め付けながら、鼻をひくつかせる男に太陽は強張った笑みを浮かべる。

「や、やだなー、俊だったら先輩がお探しになってますでしょー?」
「つまらん嘘はやめろ。遠野はどうした、すぐ近くに居るだろーが」
「な、何故にそう仰るかー」
「匂いがする。間違いねぇ、五メートル以内に絶っ対ぇ居る」

本気で犬だ、と太陽は心の中で呟いた。口には出さない。命が惜しいからだ。
不意に佑壱の視線が太陽から離れ、チェアーに腰掛けたまま狼狽した様子もない男に向かう。

昼食を忘れ、現れた佑壱に釘付けとなっている生徒達とはまるで正反対に、彼だけが全く無反応であるのは明らかに不自然だ。


「テメェ、何処かで見た気がする…。つかそのダサ眼鏡何処で仕入れやがった、あ?」

佑壱の台詞に漸く顔を上げた男は、然し首を傾げて不思議げに囁いた。


「ああ、久しいな紅蓮の君。日常に変わり無いか」
「何だテメェ、気色悪い喋り方しやがって…」
「そろそろ席を外そう。…最早刻が迫っている」
「おい、」
「さらばだ、山田太陽」
「え、あ、はい、サヨナラ」

無駄の無い動作で立ち上がった男に軽く目を見開いた佑壱は、然し何か思い出したのか口を閉ざし顎に手を当てる。
去っていく背中を見送りながら、テーブルの下で硬直している俊の姿を盗み見た太陽は緊張の余り今にも倒れそうだ。


「あの匂い、何処かで…」
「あ、あのイチ先輩。先輩こそそろそろ講堂行かなきゃマズくないですかー?」
「あ?」
「先輩は一応中央委員会の役員ですしー、帝君の一人でもあるんですし…ひぃっ!」

話をはぐらかせようとした太陽は、然しいきなりシャツごとブレザーを脱いだ男に飛び上がった。
男らしい脱ぎっぷりに照れたからだとか周囲の黄色い声に怯んだ訳ではない。



「けっ、キショいと思えば毛虫が入ってやがった。死ねボケ、くすぐってぇんだよハゲ」

力強い背中に、翼を広げた巨大鳥の入れ墨。

「わ、わわわ、毛虫握り潰した…じゃなくてぇ、任侠映画かー!」
「あ?毛虫に刺されたら痛ぇんだぞ、俺は平気だがな」
「違っ、せっ背中のそれっ、それっ」
「ああ、これか?見たまんまフェニックスだ。カッケーだろ」
「やっ、ヤンキーじゃなくてヤクザさんだったんですねー…」
「誰が馬鹿猫だとコラァ!首締めんぞ山田ぁ!」

しゅばっと振り返った佑壱にとりあえず恐怖で硬直した太陽は正座し、脱いだシャツをバサバサ振り回した男がテーブルの下を何気なく見つめ、




「I FOUND YOU(見ぃ付けたぁ)、遠野俊クン〜?」


ブレザーをぽいっと放り、シャツだけ羽織って屈み込む。


「ふぇ、」
「なぁにしてんのかなぁ、遠野俊ク〜ン?先輩を心配させちゃ駄目じゃないか〜」
「うぇ、」
「始業式まで、ちょっとお兄さんとお話しようかぁ?そうだなぁ、体育館フロアの隅なんか良いなぁ」
「ひ、ひっく、怖いにょ怖いにょ、ふぇ、お母さん、お母さァん、うぇ、ひっく」
「何か言う事は。」
「うぇ、ご、ごめんなさァい!」

びとっと張り付いてきた鼻水オタクをガシッとキャッチした佑壱の嘘臭い微笑が消えた。
周囲は何が何だか全く判らないながら、口々に話し込んでいる。恐らく俊の悪口だと思われるが、オタクの鼻水をハンカチでふきふきしてやりながら凄まじい形相で睨み付けるワンコのお陰で、すぐにカフェテラスは無人と化した。


「あー、蜘蛛の子を散らす様に居なくなったなー…」
「ひっく、ぐす、うぇ、ちーん!」
「はいはい恐かったでちゅねー。だからお母さんが毎日言ってるでしょ、1人でお外出たらいけませんってねー」
「いや、それ何プレイなんですかイチ先輩。俊が恐怖の余り喋れなくなってるじゃないですか」
「喧しい山田め、人様の総長と仲良く昼飯にフケ込んだ裏切り者が偉そうに」
「俊を泣かせた駄犬が抜かさないで下さいねー。あはは、何か色々思い出したら頭に来たなー。
  ちょっとイチ先輩、今すぐ近場の教室に行きませんか。」
「すいませんでした」

黒板消しを叩く様な仕草をした太陽に佑壱は見事な土下座をし、鼻をぐずぐず啜るオタクからうっかり三つ編みにされている。


「つーか、また何かあったみてぇだなぁ、山田。二人揃って仲良く左頬赤ぇぞ」
「ちょっと、馬鹿犬の息子にマーキングされましてねー。あはは、段々ムカついて来たなー。俊とイチ先輩が揃った今、気分はLv99の最強パーティーって言うかー」
「何だそれ、訳判んねぇ。あ、総長。どうせならセーラームーンにして下さい」
「あはは、月に代わって何したいんですかイチ先輩ー…」

佑壱の頭の左右高い位置でお団子を作った俊はしょんぼり膝を抱え、ウェイターにコーヒーと鏡を頼んでいたらしい佑壱はコーヒー片手に満足げだ。
その眉はすっぴんギャルに匹敵しているが、余りにも目の毒としか言えない光景に太陽はひっそり涙した。


「あー、手が勝手に写メってしまうー。まさか?!あはは、違うか!」

一人乗り突っ込みを止める者は居ない。ツッコミ不足だ。

「俊、どうしたの」
「タイヨー」
「ん?」
「カイちゃん、ばいばいしてないにょ」

先程まで神威が腰掛けていたチェアーの上で膝を抱え、唇に手を当てながら呟く声に首を傾げる。

「始業式ですぐに会えるよ。Sクラスは固まって席があるから」
「カイちゃん、メアド聞いてないにょ」
「会ったら聞けばいいじゃん」
「ぅん」

こくりと頷いた俊は、然し未だ眼鏡を曇らせたままだ。
二つ結びのお団子ヘアーを掻き上げ、コーヒーカップから手を離した佑壱が椅子の上で長い足を組み替える。

「カイっつーのは、さっきのデケェ眼鏡か?」
「先輩と同じクラスじゃないですか?イタリア語ペラペラみたいだったんですけど」
「見た事ねぇな。今期は二年に入れ替えはねぇ筈だ」
「じゃあやっぱりクラスメートなのかなー…。何か凄い頭良さそうだったんですけど…」
「三年、の訳ゃねぇか。アイツらはエリアが違ぇからな」
「エリア?」

ブレザーのポケットから真新しいラムネを取り出した佑壱が俊の手にそれを握らせながら、短い息を吐く。


「高等部Sクラスは毎月教室が変わる」
「毎月変わるんですか?!」
「大学部は閉鎖エリアだからな、まず問題ねぇ。だから刃傷沙汰が多い高等部特進を校内で守るには、教室の位置を一般クラスに知らせないのが手っ取り早い」
「成程…。校内が安全なら、危ないのは寮くらいですもんねー」
「今年の三年はヤベェのばかりが揃ってんだろ。…特に本物の王子様は方々から狙われてっからな」

意味深な台詞を風か攫う。

「本物の王子様って何ですか?」
「機密事項だ。誰にも喋んじゃねぇぞ山田」
「口は固い方、と言うより話す相手が居ませんから俺の場合」
「高坂日向は、イギリス王宮縁の人間だ」
「はい?」
「ヴィーゼンバーグっつー公爵家の、正真正銘プリンスなんだよ」
「!!!!!」

口を押さえ跳ね上がる太陽を横目に、見上げてくる俊を真っ直ぐ見返した佑壱が僅かに目を細める。




「貴方が居なくなってから先、ABSOLUTELYが動いています」
「…その話は、聞いた」
「高坂日向はまだ良い。貴方はアイツがお気に入りでしたからね、総長」
「…昔の話だ」
「でも」

静かな声は凛とした背中に。
舞い散る桜吹雪の中、思い出すのはあの世界を闇に還す異常な威圧感だ。






「ルーク=フェインにだけは、何があっても捕まらないで下さい。」


白亜の仮面に、銀糸の長い髪。

←いやん(*)(#)ばかん→
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