帝王院高等学校
ボスもサブボスもマイペースだよねえ
未熟児だった弟に掛かりきりの母が、疲れた顔でうたた寝をしている。早熟にして、当時自分を『天才』だと思っていた自分は、二歳になろうにも関わらず、まだベビーベッドで寝かされている弟に少しばかり兄としての威厳を見せたかったのだろう。

「おきて、おきて、あそぼ」
「うー。あー、あーちゃ…」
「まっててねー。ここあけたら、あそべるからねー」

無邪気なものだ。
チャイルドロックなど見ていればすぐに外せる様になる。普通の子供は。然し弟はその時まだ、満足に話す事も出来ない、大人しい子だった。
よちよち歩きも覚束ない為に、母親が目を離せなかったのも当然の話だ。

「あいたー。あっち、いこー」
「あ、あーちゃ、あーちゃ…」
「おそいよー!にかいに、あきちゃんのおもちゃ、あるよー」

やっと手すりに手が届く。
二階へ続く階段は、大抵後ろから追い掛けてくる祖父と一緒に登っていた。歩く練習の様なものだったのだろう。然しその時、自分は上へ急ぐ余り、歩くのもままならない弟より先に、登りきってしまったのだ。

「あーちゃ」

弟が呼ぶ声に振り返る。
その時網膜に映ったのは、たった数段登った瞬間、背中から落ちていく弟の、縋る様に伸ばされた小さな。


「やすちゃ、」

余りにも小さな、掌だったのだ。













脳に刻まれた情報とは、斯くも脆い。
些細な亀裂でエラーを吐くハードディスクの様に、人間の脳も大差ないと言う事だ。


いつか薄れ、消え去るのだろうか。
今は永久と信じて疑わぬこの形容し難い感情も、未練と言う名の過去へと、変貌するのだろうか。



だとすれば今、心は既に、死んだのだ。









「久しいな、級友よ」

目隠しをされたまま絨毯の上へ投げ込まれてきた男を眺めながら足を組み替え、純白のまま汚れを知らない真新しい手帳の上を彷徨っていた万年筆を、弄ぶ様に一回転。
目隠しへ手を伸ばす他人の手を認め、顔にアイマスクを巻き付けている紐を目掛け、万年筆の切っ先を投げつける。

「私を覚えているか、3年Sクラス席次四番」

はらりと解けて落ちたマスクは深紅の絨毯で沈黙し、己の目元へ手を伸ばしたまま明らかに怯えている男の視線をただ、見返した。

「それとも薄情なそなたは、一度として講義を受講していない私の顔など、記憶してはおらんか」
「陛、下…」
「随分と、愉快な事を企んでくれたものだ。流石は我が同胞と、まずは讃えるべきだろうか」

今、自分はどんな顔をしているのかと、先程まで万年筆を握っていた手で頬を撫でたが、変化は感じられない。

「高坂の庇護が私に通用するものか、試したのか?」
「っ、ち、ちが…!」
「級友を『陛下』などと呼ぶ薄情なそなたを、私は心から褒め称えよう。宮原、私の名を口にしてみろ」
「?!」
「我が名すら、そなたは知らんのか?」

目には見えない選択肢を、目の前の子供はどう選ぶのか。静かに待てば、震える唇を喘がせた男は、跪く様に頭を下げた。

「お…許し下さ、」
「私は口にしてみろと言っただけだ。そなたには言葉が通じんらしい」
「っ?!」
「私の言葉が乞う事はない。須く、命じているものだ」

意味は判るな、と。
眼差しに込めれば、最早生きている事が不思議なほど生気を失った顔が、目を伏せた。

「み…帝王院、会長…っ!お許し下さい…!」
「ほう、無難な選択だな」
「っ、」
「そなたがグレアムの名を口にするのは、些か荷が重かろう。だが賢い選択をした。私は姓でなく名を口にしろと言ったが、文字通り我が名を口にしておれば、そなたのその愛らしい首は胴体から離れ、そこの筆の様に転がっておったものを」

指を鳴らす。
サングラスを掛けたバトラーの一人が、転がった万年筆へと手を伸ばした。

「そなたが敬愛せし高坂からは、殺すなと乞われた。だが私がアレに従う理由はない。何故ならば、3年Sクラス席次三位たる高坂日向に、帝君である私が振り返る理由がないからだ」
「…」
「3年Sクラス席次帝君一位、帝王院神威の名にそなたらは続く。席次二位、叶二葉。三位、高坂日向。四位、宮原雄次郎」

怯える者からの雑音はない。酷く静かだ。

「2年Sクラス席次帝君一位、嵯峨崎佑壱。1年Sクラス席次帝君一位、遠野俊」
「…っ」
「そなたは私と並ぶ、それぞれの帝君に不敬を働かんとした。これ即ち、神帝の統率符を与えられし私への冒涜も同じ事だ」
「ち、ちが…っ」
「何が違う?そもそも、そなたは一年Sクラス神崎隼人の手駒だろう?時を懸けて高坂のリングを複製し、」
「ご存じ、だったんです、か…」
「東條清志郎を率いて、左席会長代理の任に就いた。そなたはその理由を知らされていない」
「………どうして…」
「全てはファーストの謀だ。哀れなそなたは、あれから踊らされていたに過ぎない。俊への不敬を遊ばせておいた事も、神崎隼人に東條清志郎を監視として置いた事も、」
「全てはマジェスティに対する、紅蓮の君の忠誠」

口を開いたバトラーの手には万年筆。

「は、」

目を見開いて顔を上げた罪人の表情は凍りつき、唇は震えている。

「それ即ち、唯一神の冥府揺るがす威光を、須く知らしめんが為に」
「は…やと?」

有り得ないとばかりに彼は、囁いた。

「席次8位だった哀れなクラスメートを無惨にも痛め付けられた高坂は激怒し、セカンドにより当時の風紀委員会は殲滅された。哀れな話だ。調書を目にしたが、高坂の私設親衛隊による暴行だったそうだな」
「…」

当時、まだ中央委員会役員ではなかった日向は周囲を遠ざけていた為、親衛隊は明確な形がなかった。被害者は隣の席のクラスメート、背が高いばかりで大人しく、敵意を向けられるのは容易だったものと思われる。
第一発見者は彼の初等科時代のルームメートと、当時から第五保健室を私物化していた祭美月。祭は暴行の現場である会議室の異常に気づいていたが、見て見ぬ振りをした。

理由は単純に、高坂日向が叶二葉の身内だったからだ。

「そなたは祭美月に目をつけられた。高坂はそなたへの二次被害を踏まえ、己の親衛隊隊長としての立場を与えた。…麗しい友情ではないか、そなたはどう思う、伊坂?」
「マジェスティの仰る通りだと思います」
「暇を持て余していた私が、見ず知らずの級友へ…当時、中等部一年Sクラス8番だった伊坂颯人に、出来る事と言えば」

何だと思う?
囁けば、涙で溢れた双眸を両手で覆った男の叫ぶような泣き声が、響き渡った。

「…ノイズが耳障りだ。伊坂、それを黙らせろ」
「ですが、マジェスティ」
「本日限りでそなたをセントラルバトラーから解雇する。Fクラスからも除籍だ」
「それでは僕が陛下から賜った慈悲に対して、お礼が…!」
「視神経へのダメージは殆どない。最初からそなたの疑似盲目は、精神的なものだ。…最早見えておるのならば好い加減、選定考査を受けよ」

サングラスを震える手で外したバトラーが、深々と頭を下げる。泣き喚いて立つ事もままならない男を抱え上げて、もう一度、頭を下げた。

「後期では同じ教室でお会い出来ますよう、僭越ながら…」
「その願いは叶わん。私は今期で最後だ」
「誠に、残念です。………僕は君とも友達になってみたかったよ、帝王院君」
「そうか」
「…ゆうちゃんを許してくれて、本当に有難う」

雑音が遠ざかる。
手に戻ってきた万年筆をくるりと回し、膝に広げたままのノートへ筆先を落とす。書き込むべき文字は見当たらない。



「許した訳ではない。この学園の生徒を、中央委員会会長は守らねばならないだけ」

何故ならばこの学園は、彼のものなのだ。



『愛している』
『なら、イイにょ』


どうせ彼は全てを赦すのだろう。
(余りにも残酷な神の慈悲を以て)(一切の容赦なく)


『どーぞ召し上がれ、カイちゃん』







(去りし過日は何処たるや)
(絶望は尚も、)










消えないまま強く、帰依している












「…ふむ」

光のない窓辺に佇んでいた男は、大仰しい仕草で眼鏡を押し上げると、くるりと振り返った。

「急な呼び出しにも関わらず集まってくれた諸君。まずは礼を言うのさ」

ゴウン、ゴウン、家庭用にしては些か大型なプリンターから吐き出されるプリントを半分に折っているもう一人の眼鏡は、教室へ厳かな表情でやってきた他の男らには目も向けない。

「って言うか、急過ぎだ。こんな時間にこれだけの人間を呼び出すなんて何を考えてるんだ、君達」
「天の君、星河の君は勿論の事、蘭姫や時の君…安部河君も居ないのか。見事にこれは、左席委員会のメンバーだぞ」

訝しげなクラスメート、何か探る様な目付きのクラスメート、各々様子は違うものの、表情は固い。さもありなんと、一年Sクラス溝江信綱は眼鏡の柄を掴み、親友にしてメガネーズ相方である宰庄司の肩を叩いた。

「此処に居る宰庄司が何をしているか、薄々気づいている者も居るだろう。ご多忙であらせられる天の君に代わり、一年S組の新歓祭特別版の出版中なのさ」
「な、」
「何だって?!」
「ほ、本気なのか溝江氏!この件、天の君の許可は下りているんだろうな?!」

そっと溝江は目を逸らし、緊張に染まる一年Sクラスが息を飲んだ瞬間、ぱちんぱちんとホッチキスで重ねたプリントを冊子状に纏めていたクラス委員長、野上直哉は眼鏡を曇らせたのだ。

「残念だけど、天の君の許可は下りてないんだ。どうにもお姿が見当たらなくて…東雲先生を脅してでも居場所を教えて貰おうと思ったのに、逃げられてしまってね」

ふふ…。
乾いた笑みを零すダークなクラス委員長に、愉快な一年Sクラス生徒らはゴキュッと唾を丸呑みだ。

「東雲先生を片付ける…じゃない、うちくらす…でもない、東雲先生を脅すのは後にして、今は明日の最終日に行われる二校三委員会の出し物合戦のパンフレットを作っているんだ」
「出し物合戦だって?」
「あの噂は本当だったのか?!我らの天の君が畏れ多くも神帝陛下に直接進言したって!」
「聞いた話では負けた方が総辞職すると!あれも本当だったの?!」
「そんな…!例え神帝陛下と言えど、天の君と言えばそれこそ畏れ多くもあのカルマのっ、」
「呼んだか?」

がらり。
教室のドアが開き、顔を覗かせたサングラス男を全員が見遣り、世界は凍りつく。

「今、カルマと聞こえた気がしたんだが…」

その声に応える者はない。
戸口に佇む彼以外が、時が止まった様に。

「あ、忙しい所お邪魔して申し訳ない。イチか隼人か要を見なかっただろうか?離宮の第三セクター…違う、第三キャノン、だったか?に、行きたいんだが、どうも俺が早く走りすぎた様で、はぐれてしまったんだ」

サングラスを広げた右手で押さえながら首を傾げる男の髪は煌めく銀色で、凍りついた生徒らは誰一人声が出せないまま。

「どうしたものだろう、隼人の話の途中だったのに…怒ってるだろうな。折角俺になついてたのに…まァ、土下座すればイイか。それより携帯が何故かずっと圏外で…ん?」

ぶつぶつと呟き続けていた男は、そこで皆の視線に気づいた様だった。

「違う。俺は怪しい者では…いや、怪しい、のか?おかしいな、一年Sクラスと書いてあったと思ったんだが…」

サングラスを外しながら外を覗き込んだ男は、教室のルームプレートを確認し何度か頷いて、再び教室の中へ目を戻す。

「俺は遠野俊、恐らく15歳。このクラスの生徒だと聞いているんだが違うのか?それより、君達はシローと言う男を知っているか?俺の可愛いワンコなんだが、訳あって今、俺は彼の顔を知らないんだ」

やっと動いた生徒の一人が、無言でブレザーの胸元からパスケースを取り出した。学籍カードを真顔で外し、その下に隠してあった、カルマの切り抜きと戸口の『遠野俊』を見比べ、真顔のままふらりと、背後から倒れ込む。

「ぷにょ」
「ほ………本物、だぁ。判ってたけど本物のシーザー…だ…」
「ちょ、き、君ぃいいい?!しっかりしろ、大丈夫か?!おい君っ、俺か?!俺が睨んだつもりは全くないけど目を合わせてしまった所為かァ?!うそん、死んで詫びる以外の方法が見当たりませんわァアアア」

鋭い眼差しに光るものを浮かべた男はダダダっと光の早さで窓辺へ走り、ガシャーン!とそれを突き破った。
然し窓の向こう側もまた薄暗い廊下である事に気づくと、がくりと崩れ落ちる。

「な、何とした事かァアアア!記憶がないとは言えクラスメートを殺してしまうとはァアアア!!!またかァ!高校でもまた不登校…どころか今度こそ退学を選らばねばならぬのかァアアア!区役所で退学届を貰わねばならないのかィイイイ?!」
「そっ、天の君!お気を確かに天の君!」

割れた窓ガラスの破片に構わずリノリウムの冷たい床を殴り付ける男に、慌てて駆け寄ったのは野上委員長だけだった。メガネーズは揃って興奮の余り鼻血を吹き出しており、一心不乱にスケッチブックへ何かを書き込んでいる武蔵野以外もまた、同じ様な状況だ。

「俺なんか、俺なんか死ねばイイんだァ!モテない地味根暗チキンヘタレ童貞ヒモ男なんか死ぬしかない…!そうだ、死のう」
「落ち着いて下さい天の君!死ぬなんて、死ぬなんて、っ、そんな簡単に言うんやなか!男ならしゃっきりしない!しゃっきり!」
「あ…はい、すみません。やっぱり怖いので死ぬのはやめます」
「!良かった、判って貰えて嬉しいです…!」

がしっと手と手を取り合った銀髪サングラスと普通眼鏡は、そこで教室の窓辺にぎっしり張り付いている他の面々に気づき、ビクッと怯んだ。
特に至近距離からの凝視に慣れていない駄目男は、挙動不審に辺りを見渡し、しゅばっと正座する。

「割れた硝子の請求書は…とりあえずイチに送って下さい。俺を見つけてくれないイチが悪いのだと思いま、」
「Sorry, I founded you.(そりゃすいません、見つけましたがね)」

窓辺にぎっしり張り付いている生徒らががばっと振り返り、次々に腰を抜かしていくのを呆れた表情で見ていた主人公は、わざとらしい溜息一つ、破片で切りつけた傷が既に瘡蓋へ変わりつつある右手をそっとレザーパンツのポケットへ突っ込み、外していたサングラスを掛け直した。

「今頃掛けても遅ぇっつーの。…アンタ今の状況判ってんのか、ああ?」
「お母さん。その『ああ?』は、お父さん、好きじゃないな」
「ああ?!隼人と要がこれを聞いたら、」
「ぷはーんにょーん!言わないでェ!バカン!いけず!いつからお前はそんな苛めっこになったんだァアアア!!!そんな所も堪らなくイイぞイチ!もっと、もっとぐいぐい来てくれて構わないぞ、俺としては…!」
「はいはい」

あ、いつもの天の君だ。
緊張の余り沈黙していた一同は安堵の笑みを浮かべ、佑壱に張り付いている俊を暖かく見守る。いや、見守っている場合ではないらしい。

「うわ…っ?!」
「Don't move anyone!(全員動くな!)」

一年Sクラス生徒の一人が、見知らぬ男に捕らえられていた。
俊を探す為に全神経を注いでいた佑壱も気配に気づかなかったらしく、俊を庇う様に身構え、皆無に等しい眉を吊り上げている。

「ああ、やっと出てきた」
「…気づいてたんスか、総長」
「聞こえたんだ。明らかに子供ではない足音が、こっちへこっちへ逃げていくんだ。後は息遣いがずっと聞こえていた」

煌めく鈍色の銃口が、真っ直ぐこちらを向いていた。それは真っ直ぐ佑壱に向けられていると、気づいている者は少ない。俊の台詞を計りかねた佑壱だが、自分が狙われている状況で、後輩を巻き込む訳にはいかない為に気が逸れ、疑問はついぞ、口に出せないまま。

「お前は何が目的だ?」
「ち、近寄るな!余計な真似をしやがって、私の計画がパァだ…!マスターに何とお詫びを、」
「ふむ。Hallo can you hear me? I ask you just so what do you want?(聞こえているか、俺は「何が目的だ」と聞いたんだ)」
「ひ…っ」

青ざめ力が弛んだ男の手から、恐怖で痙き攣っていた生徒が慌てて逃げ出した。馬鹿が、と、飛び出した佑壱の網膜に、狼狽した男が銃口を突きつける光景が映り込む。

「…愚か者が、」

間に合わないと言う絶望的な推測が脊髄から這い上がるのと、銃口を向けられた生徒が叫ぶのは同時だった。


「月へ祈り己が過ちを悔いるがイイ」

けれど発砲を待たず、鉄の凶器は銀髪の男の手の中に。
誰の目にもその動きを捉えられなかったが、飛び上がった俊の足が、異国の男の頭へ真っ直ぐ踵落としを決めた事だけは、捉えていた。

「む。少し強く蹴り過ぎたか?…おい、生きている、かな?どうしたもんだイチィ!俺はとうとう殺人をっ、」
「や、残念っスけど生きてますね、こりゃ。…おい、フリードかネクサスは居るか!」
「お呼びでござスかマスター♪」
「我らが出る幕もなく、お見事です」

またまた廊下から姿を表した二人の外国人に腰を抜かした一年生は声もなく、へらへら笑いながら佑壱を見ているコーカサスは歌うように。キリリと顔を引き締めた精悍なネグロイドはそれを横目で睨みながら、気を失っている男を手錠で拘束した。

「マジェスティ直々に、日本滞在中の全社員へ通告がありました。この男は我々が連行させて頂きます。…宜しいでしょうか?」
「あー、任せる。調子に乗りやがって、半殺しにしても足りねぇが、…俺よりアイツの方がえげつないだろ」
「イチ」

佑壱が呼びつけた二人の内、どちらにも見覚えがない俊が囁いた。笑みを微かに震わせた金髪の男は、この威圧感で何故、日本人達は平然としているのかと考える。
佑壱が飛び込んでいったのと同時に、此処まで辿り着いていた彼らは然し、俊が余りにも恐ろしく、反応が遅れたのだ。

「あ、すいません。コイツらは何つーか、家の関係の奴らで…」
「そうか。それよりシローを探しに行かなくてイイのか?覚えていないとは言え、俺が『報せろ』と言ったんだろう?」
「っス。それが、コレっスよ」

叩き起こされ、聞き取れない英語で何やら喚いている拘束された男の髪を鷲掴んだ嵯峨崎佑壱は無機質な目で呟き、怯えている男へ口を寄せる。

「…お前、高坂を狙ってんじゃなかったのか、あ?」
「な、何、」
「この俺に殺意を向けたっつー事は、少なくとも、死ぬ覚悟が出来てる訳だ。精々セントラスアビスで、ゆっくり生皮剥がされてろ雑魚が」
「黙れ異端者が…!貴様もルークもセカンドも、全て死に絶えるが良い!」
「…んだと?」

静かな俊から逃げる様に出ていった二人に連れられていく叫び声に、佑壱は虚を衝かれた表情で黙り込んだ。空気を読んで沈黙していた他の一同は、慌ただしい足音と共に駆け込んできた隼人と要を見るなり、また、一斉に目を反らした。

「み、はぁ、見つけたよお、パパー?!えっ、何、何で全員揃ってんの?!はぁ」
「っ、お怪我はありませんか総長…!姿を見失った時の俺がどんな気持ちだったか!ああっ、総長!」
「すまなかった。許してくれ、パヤパヤ、カナカナ。俺も色々あってチビりそうだったんだ、マジ今パンツが悲惨な事に…」
「…はあ?!相変わらずアホみたいなスピードでとっとと行っちゃってえ!隼人君だってマジおこなんだからねえ?!激おこぷんぷん丸なんだからあ!」
「そうですよ!ハヤトの言う通りです!俺をこんな男と二人にするなんて酷いです!判らず屋の総長には体で教えなきゃなりませんか!喜んで!」
「喧しい」

佑壱の拳骨で沈ませられた隼人と要を、一年Sクラスの心優しい一同がわらわらと取り囲んだ。

「大丈夫かい、星河の君?痛そうなのさ」
「錦織君、傷は浅いのさ。しっかりしたまえ」
「シーザーの素晴らしさを直視して恐怖をミーハー心が追い越してしまっていた所だったけど、君達を一撃で倒してしまう紅蓮の君の凛々しいお姿に手の震えが止まらないよ…!」
「紅蓮の君!お写真を一枚、宜しいでしょうか!」
「あ?何に使うつもりだテメー」
「我らが一年S組の特別版冊子のカットに是非とも使わせて頂きたいと思いまして!ねっ、天の君!」

ずささ!
っと、全員の視線を浴びた銀髪は挙動不審にクネり、『俺か?』と言う様に己を指差した。全員が謀った様に揃って頷き、ズレたサングラスを押し上げた男は、小刻みに震えながら。

「イチ、格好良く撮って貰いなさい」
「え?」
「学生生活とは、青春の一ページだ。だから俺も混ざってイイですか。フィルム費用はお支払しますん」

ガマ口財布をぱちっと開いた銀髪は、中身がすっからかんな代わりに萌えデザインの図書カードを見つけてサングラスを曇らせた。

「…何だこれ?あにょ、男の子っぽい二人が見つめあってる図書カードがあるんだが、未使用品なのでこれで何とかなりません?」

全員の視線を浴びた銀髪は小刻みに震えながら要に張り付き、囁いたのだ。

「ヒィ!何ともならない気配。ぐすん。お父さんに出世払いでフィルム費用貸して欲しいにょ、カナタ」
「どうぞ総長、財布ごと差し上げます」

隼人と佑壱が真っ青な顔で、抱き合った。



















「じゃ、ノヴァから直々に任命されたの?」

余程驚いたのか、単に想定外だったのか、ぱちぱち何度も瞬く弟そっくりな眼差しに頷いて、指で小さな四角を描く。

「このくらいの銀色のプレート渡された。何か書いてあった気がしたけど、じっくり見ないで神崎に渡しちゃった」
「あちゃー…。それは不味いよアキちゃん、多分それ社員証だもん」
「社員証?」
「そう。僕は訳ありのイレギュラーだから持ってないけど、シルバータグはランクAを証明する名札なんだ。…ふーん。キングの円卓で空席だったのは組織内調査部だけだから、余ってたプレートを持ってたんだねぇ」
「イレギュラー?空席?」

独り言の様に呟かれた台詞に首を傾げれば、散々ベッドの匂いを嗅いでいた体躯はがばっと立ち上がった。

「女の子には色々秘密があるもんなんだよ?僕から全部聞き出したかったら、結婚して」
「ずるい女は嫌いだなー」
「…どっちが狡いのさ!アキちゃん、僕を弄んでるでしょ!」

がちゃり。
怒鳴った人から投げつけられた枕が太陽の顔を直撃した瞬間、ドアが開いた。

「あ、ぁのぅ、ぉ茶とぉ菓子、良かったらどぅぞ〜」
「ありがと。後は僕がやるから」
「ぁ、はぁい…」

崩れ落ちた太陽を気にしながらもドアの向こうへ消えた桜に、ふん、と鼻息一つ。

「何これ、塩大福?だっさ」
「こらこら、文句言うなら食べ………てる。凄い頬張ってる」

もぐもぐ塩大福を頬張る姿にデコを曇らせた太陽は、部屋に備え付けてある普段は殆ど使わないノートパソコンを開いた。一通り隼人から使い方を聞いている筈だが、手際は悪い。

「…ん?セキュリティが光ってるけど…」
「どれ?んー、何か変な奴が出たみたいだねぇ。アキちゃんのセキュリティ僕が弄ったから、クロノスサインが弾かれてる」
「クロノスサインって、えっと、左席の通信って事?」
「そう。ちょっと待ってて、聞いてみるね」
「聞いてみる?誰に?」
「仮とは言え、自分の部署くらい覚えといてよ。僕はオリオンの代理だけど、アキちゃんはマスタープレート渡されたんでしょ?」
「あっ。えっと、組織内調査部?」
「そ。…って言っても、悪い事やってたランクBを脅して、手駒にしてるんだけどねぇ」
「そんな奴らを使ってるんですか…?大丈夫なの?」
「多分。月に一度、見せてるしねぇ」
「見せてる?何を?」

怪訝げに首を傾げた太陽を横目に、携帯を耳に当てた人は早口の英語を捲し立てた。
デコを益々曇らせた山田太陽はお茶を一口啜り、塩大福へ手を伸ばしたが、通話を終えた人の手に素早く奪われのである。

「あっ。俺の…」
「反逆者が出たみたい。一位枢機卿の命を狙った奴が、区間保全部に捕まったって」
「?」
「嵯峨崎佑壱クンが殺されそうになったって事」
「はー?!」
「どぅしたのぉ、太陽君?!」

太陽の大声に桜が飛び込んできたが、塩大福のお代わりを堂々とせびられた為に、事なきをえたらしい。

←いやん(*)(#)ばかん→
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